第57話 執念の龍
文字数 3,503文字
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力を持つ者が必ずしも報われるわけでもなく―――
諦めなければならない現実を受け入れることになっても―――
キミは柔道が楽しいか?
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浮遊するガラスのようなリング状の物体に眉をひそめる酒呑童子 。
磁気を発するそれを指揮し、試合再開と同時に正面から襲い掛かる黒城 は、瑰麗に輝く物体を、敵の道着の両袖部分を重点的に、前面に隈なく付着させるていく。
(磁場か?億劫 いな……!!)
「んじゃ、第二ラウンド始めようぜぇ!!」
黒城の周囲に漂う物体と、酒呑童子の道着に付着している物体同士が反発し合い、真っ直ぐ相手の道着を掴みに行くも、僅かに体の外側に反れていく酒吞童子。
組手にてこずり舌打ちをする鬼の袖を先に掴んだ黒龍は、がっぷり相四つの状態になり、腰を落とし攻撃態勢に入る。
すぐさま酒呑童子も道着を掴みにいくも、物体が発する粒子の力により、黒城の道着を掴むのが僅かに遅れる。
呼吸一回分の隙を見せた敵の懐に入り込むと、黒城は右足を敵の股の下から大きく突き刺し、敵の右足を奥から手前へと刈り取りにいく。
地を這うように落雷する稲妻の如き足技。
小内刈りの強化技、No.40―――
「稲妻刈 りぃ"ぃ"ぃ"!!」
「ぬうぅ……あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」
上体が後方に崩されていく中、足さばきで体勢を整えるのは諦め、両腕で握りしめた相手の道着を、命綱を手繰り寄せるように引き付け、力尽くで堪えていく酒呑童子。
体全体を使って前方へと引っ張りそのまま反撃に移る彼は、地畳に穴が開くのではないかと思うほどの力で、踏ん張るように左足でその場を踏みしめ、軽くジャンプしながら体を左回転させていく。
後ろ右腰に黒城を乗せると、右足を高々と振り上げ、空間が歪むほどの邪気をその場に集め、右足に纏わせようとする。
(リング1個1個の力は弱 いっ!! この一撃で決めるっ!! No.12鬼刈 ……)
「あ……あ"ぁ"!? いつの間に足に……」
振り上げようとした右足が、彼の意思に反して上がらない。
咄嗟に下を向く酒呑童子。
そこには、道着の右足袖の部分に付着していたリングと、地面にばら撒かれた同類の物体が散らばっていることが確認できた。
互いに引き合う力によって、技の始動を妨害された彼。
隙を晒した敵の動きを見過ごさない黒城は、背を向けている敵の左腰の部分を左手で握り、右手は相手の右腋下を回し通して、道着の左襟の部分を握りしめる。
後ろから羽交い絞めしたような形のまま、己の腰と膝のばねを利用して酒呑童子を持ちあげ、体を左へ捻りながら、後方に倒れつつ敵を左後方へと投げ飛ばしていく。
カウンター気味に裏投げを繰り出した黒城。
大きな地響きと共に酒呑童子を勢いよく畳に投げ飛ばしていく彼。
審判から、試合の勝敗を決定づける言葉が発せられる。
「一本っ!!終了 ぇ"ぇ"ぇ"!!」
「ふー……感謝 っ!!」
「んぐぅ……!!現実 かっ……!!」
「はっ!! そう惝怳 るなよっ!! 凄 ぇ強 かったぜぇオメェ、やるじゃねぇの!! お、そうだ……早乙女 監督っ!! やりましたよっ!!」
互いに畳から立ち上がり、試合開始の位置まで戻った2人。
審判から黒城の勝ちを言い渡されると、互いに一礼し、場内を後にしていく。
その足のまま、試合を観戦していた早乙女監督の元へと向かう黒城。
試合の評価を貰いに行った彼を、監督である彼女は、静かに出迎える。
「……取り合えず、よくやった」
「了解 っ!! 俺、ちゃんと言われた通りに柔道 りましたよっ!!」
「……そうだな。一応戦い方を工夫してたな。それはいい、それは」
「了解 っ!! ……あん? それは?」
「……工夫した結果が正 面 突 破 か? あ?」
「……ふぇ?」
「アタシは相 手 を 出 し 抜 く 戦 い 方 をしろっつったんだよ。考えた結果が正面から突撃 すことか? その戦いで、この前の……アレだ、黒い柔道着の連中に通用しなかったから、アレコレ言ってんのを忘れたのか? あ"ぁ"?」
「あ、あう、あう……」
「ふー……今のアンタはだ。野球で言う所の直球 しか投げない投手 だよ。タイミングも殆ど一定間隔に投げるね。いいかい? 緩急も糞もねぇーただのバッティング ピッチャー だよアンタは」
「ぐげぇっ……!!」
「切札 を使わなかったのは褒めてやるが、そんなんじゃどっかで通用しなくなる。肝に銘じときな」
「了解 ……」
「さてと……説教はこの辺にしてと……ほら、酒呑童子を勧誘 るんだろ? とりあえず 行ってきな」
「了解 ~……」
褒められるかと思っていた黒城は、そこそこ真面目な説教を食らい、肩を落として凹んでいる。
テンションが下がったまま酒呑童子の元へと向かった彼。
タオルで汗を拭く酒呑童子は、そんな彼の様子を心配している。
「……なぜ俺に勝ったお前の方が惝怳 ってんだ? 何があった……」
「ちょっと、精神崩壊 したんだわ……あ、そうだ、ウチの高校来る気になった? 俺と一緒に全国制覇 指そうぜ」
「家 来る? みたいに言ってんじゃねぇよ……さっきも言っただろ、物理的に無理だとな」
「……………………」
「……はぁー……ちょっと来い」
誘いを断られても一切折れる気が無い黒城。
そんな彼に根負けしたのか、黒城を引き連れて、柔道タワーのある一角まで歩いて行く酒呑童子。
ガラス張りの室内側面から夜景を一望する中、酒呑童子は人差し指である場所を指示した。
「あそこだ、見えるな?」
「……うん」
「俺はあそこでバイトをしている。解体作業のな。俺含めた家族4人を賄うために、学校が終わったら働いているんだよ」
「偉い ぃ~……両親は?」
「父 は早くに他界した。母 が小学6年生まで家計を1人で支えていたんだがな……体を壊して以降は、俺が代わりに働いているんだ。助成金 にも頼ってはいるんだがな……生活費で資金枯渇 な以上、金のかかることが出来んのだよ。遠征試合 とかな」
「……ん? お前ランク的に、生活費全額免除じゃなかったか?」
「俺の弟達が、支払い金額2倍のランクなんだよ。俺1人だけなら、なんら問題ない」
「現実 かよ……なんか謝罪 」
「構わん、つーか、お前はどこの高校だ?」
「落陽山 高校2年黒城龍寺 です」
「……2年?年上 だと……」
「え? お前、年下 ? ……それでずっと友達口調 だったのか?」
「……謝罪 」
「……いいよ別に」
「……」
「……」
「そういうわけだ。理解 ったか? 俺には無理なんだよ」
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2020年9月8日火曜日夕方。
和歌山の御堂塚高校から下校する酒呑童子は、その足で仕事場へと向かって行く。
重機がいくつも立ち並び、仕切りと歩道を結ぶ工事現場の入口へと向かって行く彼。
敷地内に入り詰所の扉を開け、いつものロッカーへと荷物を押し込むと、作業着に着替えヘルメットを被る。
「ふー……」
(昨日は変な奴らに絡まれたものだ……全国制覇 ? ……金があれば考えたかもしれんが……まあ、俺には縁のない話だ……仕方がない仕方がないっと)
詰所を出て中学の頃から世話になっている職人さんの元へと向かう酒呑童子。
昔ながらのきっぷのいい老親方である火口平三郎 に挨拶をする彼。
そのそばで、今日入った新人のような人間3人が、アレコレとレクチャーされている所だった。
「こんにちは ……新人? 今日入ったんすか、火口の親父」
「おう!! 生きのいい新人 だっ!! 教育係、頼むぞ酒呑童子っ!!」
「了解 」
「んじゃ早速、自己紹介、挨拶 してもらうぜぇ!!」
「了解 !! 落陽山高校1年、春宮早希 っす!! 好きな男の人は、頭が良くて話が通じる人っす!! 熱願 !!」
「了解 っ!! 落陽山高校の教師、早乙女凛 っすっ!! 好きな酒 は神殺しっ!! 結婚を諦めた独身教師 っす!! 哀願 っ!!」
「了解 ぅ"ぅ"ぅ"!! 落陽山高校2年、黒城龍寺 っすぅ"ぅ"ぅ"!! 好きな野郎は仲間 になってくれる強 くて強 くて強 い奴っすぅ"ぅ"ぅ"!! 精力的 で働いて、ジャリンジャリン稼ぐんでぇ!! 皆さん、懇請 ぅ"ぅ"ぅ"ぅ"ぅ"!!」
「お前ら全員帰れぇ"ぇ"ぇ"!!」
力を持つ者が必ずしも報われるわけでもなく―――
諦めなければならない現実を受け入れることになっても―――
キミは柔道が楽しいか?
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浮遊するガラスのようなリング状の物体に眉をひそめる
磁気を発するそれを指揮し、試合再開と同時に正面から襲い掛かる
(磁場か?
「んじゃ、第二ラウンド始めようぜぇ!!」
黒城の周囲に漂う物体と、酒呑童子の道着に付着している物体同士が反発し合い、真っ直ぐ相手の道着を掴みに行くも、僅かに体の外側に反れていく酒吞童子。
組手にてこずり舌打ちをする鬼の袖を先に掴んだ黒龍は、がっぷり相四つの状態になり、腰を落とし攻撃態勢に入る。
すぐさま酒呑童子も道着を掴みにいくも、物体が発する粒子の力により、黒城の道着を掴むのが僅かに遅れる。
呼吸一回分の隙を見せた敵の懐に入り込むと、黒城は右足を敵の股の下から大きく突き刺し、敵の右足を奥から手前へと刈り取りにいく。
地を這うように落雷する稲妻の如き足技。
小内刈りの強化技、No.40―――
「
「ぬうぅ……あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」
上体が後方に崩されていく中、足さばきで体勢を整えるのは諦め、両腕で握りしめた相手の道着を、命綱を手繰り寄せるように引き付け、力尽くで堪えていく酒呑童子。
体全体を使って前方へと引っ張りそのまま反撃に移る彼は、地畳に穴が開くのではないかと思うほどの力で、踏ん張るように左足でその場を踏みしめ、軽くジャンプしながら体を左回転させていく。
後ろ右腰に黒城を乗せると、右足を高々と振り上げ、空間が歪むほどの邪気をその場に集め、右足に纏わせようとする。
(リング1個1個の力は
「あ……あ"ぁ"!? いつの間に足に……」
振り上げようとした右足が、彼の意思に反して上がらない。
咄嗟に下を向く酒呑童子。
そこには、道着の右足袖の部分に付着していたリングと、地面にばら撒かれた同類の物体が散らばっていることが確認できた。
互いに引き合う力によって、技の始動を妨害された彼。
隙を晒した敵の動きを見過ごさない黒城は、背を向けている敵の左腰の部分を左手で握り、右手は相手の右腋下を回し通して、道着の左襟の部分を握りしめる。
後ろから羽交い絞めしたような形のまま、己の腰と膝のばねを利用して酒呑童子を持ちあげ、体を左へ捻りながら、後方に倒れつつ敵を左後方へと投げ飛ばしていく。
カウンター気味に裏投げを繰り出した黒城。
大きな地響きと共に酒呑童子を勢いよく畳に投げ飛ばしていく彼。
審判から、試合の勝敗を決定づける言葉が発せられる。
「一本っ!!
「ふー……
「んぐぅ……!!
「はっ!! そう
互いに畳から立ち上がり、試合開始の位置まで戻った2人。
審判から黒城の勝ちを言い渡されると、互いに一礼し、場内を後にしていく。
その足のまま、試合を観戦していた早乙女監督の元へと向かう黒城。
試合の評価を貰いに行った彼を、監督である彼女は、静かに出迎える。
「……取り合えず、よくやった」
「
「……そうだな。一応戦い方を工夫してたな。それはいい、それは」
「
「……工夫した結果が
「……ふぇ?」
「アタシは
「あ、あう、あう……」
「ふー……今のアンタはだ。野球で言う所の
「ぐげぇっ……!!」
「
「
「さてと……説教はこの辺にしてと……ほら、酒呑童子を
「
褒められるかと思っていた黒城は、そこそこ真面目な説教を食らい、肩を落として凹んでいる。
テンションが下がったまま酒呑童子の元へと向かった彼。
タオルで汗を拭く酒呑童子は、そんな彼の様子を心配している。
「……なぜ俺に勝ったお前の方が
「ちょっと、
「
「……………………」
「……はぁー……ちょっと来い」
誘いを断られても一切折れる気が無い黒城。
そんな彼に根負けしたのか、黒城を引き連れて、柔道タワーのある一角まで歩いて行く酒呑童子。
ガラス張りの室内側面から夜景を一望する中、酒呑童子は人差し指である場所を指示した。
「あそこだ、見えるな?」
「……うん」
「俺はあそこでバイトをしている。解体作業のな。俺含めた家族4人を賄うために、学校が終わったら働いているんだよ」
「
「
「……ん? お前ランク的に、生活費全額免除じゃなかったか?」
「俺の弟達が、支払い金額2倍のランクなんだよ。俺1人だけなら、なんら問題ない」
「
「構わん、つーか、お前はどこの高校だ?」
「
「……2年?
「え? お前、
「……
「……いいよ別に」
「……」
「……」
「そういうわけだ。
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2020年9月8日火曜日夕方。
和歌山の御堂塚高校から下校する酒呑童子は、その足で仕事場へと向かって行く。
重機がいくつも立ち並び、仕切りと歩道を結ぶ工事現場の入口へと向かって行く彼。
敷地内に入り詰所の扉を開け、いつものロッカーへと荷物を押し込むと、作業着に着替えヘルメットを被る。
「ふー……」
(昨日は変な奴らに絡まれたものだ……
詰所を出て中学の頃から世話になっている職人さんの元へと向かう酒呑童子。
昔ながらのきっぷのいい老親方である
そのそばで、今日入った新人のような人間3人が、アレコレとレクチャーされている所だった。
「
「おう!! 生きのいい
「
「んじゃ早速、自己紹介、
「
「
「
「お前ら全員帰れぇ"ぇ"ぇ"!!」