第63話 頂点への壁

文字数 3,232文字

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かつての仲間と別れることになり―――
置いて行かれることになったとしても―――
君は柔道が楽しいか?
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 ひんやりとした畳から体を起こす銃守(かねもり)
 肩で息をしながら空を見上げている黒城(くろしろ)に、苦情交じりの皮肉を投げかけていく。

「オメェよぉ~……畳引っぺがすとかありかよ!?」

「あぁ? アリだろうがよぉ~!! 試合中に畳ひっぺ替えしたらダメとか、そんなのルールには書いてねぇもんなぁ? なぁ? (たちばな)君よぉ!?」

「……んあ!? 俺!?」

 熱戦を間近で見れてホクホク顔の、審判を務めていた橘。
 そそくさと撤収しようとしていた所を黒城に呼び止められ、急いで手持ちのスマホで、柔道の現行ルールを検索していく。

検索(ググ)った結果は~……OK(おけみざわ)!!」

「あぁ!? 現実(マジ)かよっ!?」

現実現実(マジマジ)!! ……多分? てか、畳引っぺがすとか絵空事(ありえんてぃ)爆笑(ウケ)るんだがっ?」

 目から思わず涙が出る程、手を鳴らしながら馬鹿笑いしている橘。
 その場で歯ぎしりをしている銃守は、額に血管を浮かび上がらせながら、黒城を指差している。

「黒城っ!! 約束(ちぎり)通りテメェんとこに転入してやんよっ!!」

「おっ!? 話が早くて助か……」

「糞みてぇな勝ち方したことを後悔させてやんよ……殺す、ぜってぇ殺す……"殺害()ってやんよぉ……!!"」

「なんかやる気じゃなくて殺る気になってない? 大丈夫?」

「ちょ、ちょっと待てよ銃守!! お前本気(マジ)で転入する気かよ!?」

 自然に銃守が転入する流れになっている中、銃守のチームメイト達が、黒城と銃守の間に割って入る。
 先ほどまで血が上っていた彼らは、すっかり冷静になったのか、困惑の表情が強くなっており、未だに熱を帯びている銃守とは対照的であった。

「あ"ぁ"!? 俺が一度言ったことを撤回するわけねぇだろ!! 転入するっつったら転入するわっ!!」

「いやだって、急に……俺達のことはどうでもいいのかよっ!?」

「……あぁ、そうだなぁ。 対して仲良くなかったからなぁ!! あばよ、俺は上に行かせてもらうわっ!! テメェらは今まで通り、そこでダラダラやっとけボケっ!!」

 一瞬何かを考えたようにも見えた銃守。
 わざとらしくチームメイトを煽っていくと、彼らに背負向けて黒城達の元へと進んで行く。
 どうやら今回の試合はお開きになったようで、黒城達は荷物を背に担ぐと、この場を後にしていく。

「……おう、銃守。お前あんな喧嘩(ごろ)別れで良かったのかよ?」

「良いんだよ。こっちの方がスッキリ別れられんだろ」

 夜の闇に溶け込んでいく黒城達の背中を、最後まで眺めていたチームメイト達。
 そろそろ撤収しようとしていた橘にも聞こえるように、彼らは恨みつらみをあげていく。

「んだよアイツ……薄情もんがよぉ!!」

「……」

「ん? どうしたお前」

「い、いや……なんか、今日の銃守、機嫌良かったなぁ~って。試合中だけど……」

「そういえばそうだったな……」

「俺達にはあんな顔しなかったのにな? ……ムカつくなぁ~……糞がっ!!」

「ちっ!! お前ら、よく聞け!! こうなったら俺達もやってやろうぜ!! 練習して(えぐ)くなって……俺達を裏切ったことを後悔させてやんよ!!」

「なぁ、それで1個提案があるんだけどさ……徳島の研究所の話……」

「ああ、そう言えば……どうする? 行ってみるか?」

「ふっふっふっふ~~~ん……ん? 徳島……お、電話……はいはい?」

『橘ぁ!! お前いつまで道草食ってんだぁ!? あ"ぁ"ぁ"ぁ"ん!?』

「……刃狼先輩(じんろうパイセン)、丁度いいっすねぇ~」

『あ"ぁ"ぁ"あ"ん!?』

「見つけたなう……って感じぃ~!!」

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 黒城達が帰路についている同刻。
 四国の徳島に存在する研究所。
 その外観は古びており、人気がないように見える。
 巷では都市伝説のような存在であり、たびたび噂をされているこの場所。
 この地を訪れる者は、必ずと言っていいほどある物を求めている。
 それは……

「な、なぁ~これ危険(ヤバ)いんじゃね? 本気(マジ)でさ!!」

馬淵(まぶち)、静かにっ!!」

「いやでもよぉ~!?」

「やあみんな、よく来たね。立地が最悪でゴメンね? ここに来るの大変だったでしょ?」

「!!」

 恐る恐る無機質な通路を歩いて行く並岡高校の柔道部員。
 夏目(なつめ)馬淵(まぶち)吉田(よしだ)の3人を出迎えたある1人の科学者が、丁寧に頭を下げている。
 白い白衣を身に纏い、3人へと頭を下げていた彼。
 再び顔を見せた時には、瞳から薄っすらと涙を流していた。

「……もっと君達に早く会えれば良かったのにね……君達みたいな人間がよくこの研究施設を訪ねてくるからさ。みんなの事情は大方察してるんだ……」

 そう言って彼は、手繰り寄せるように3人を抱擁していく。
 無念の気持ちに押しつぶされているのだろうか。
 次第に涙の量が多くなっていき、その雫は地面へと滴れている。

「あ、あの!! ここに来れば、僕達柔道が(えぐ)くなれるって聞きました……本当(ガチ)なんですか……?」

「うん」

「俺、本気(ガチ)(えぐ)くなりたいんす!! もう……除者扱いされたくないんす!! 本気(ガチ)で……」

「うんうん」

「もう……俺達、疲れたんすよ……練習しても(えぐ)くなれない……まあ、才能ないからですけど……はぁー……」

「……辛かったよね? 大丈夫、僕が救与(すく)ってあげるからね? だから……だから、安心して頼っていいからね……!!」

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 2020年11月7日土曜日早朝。
 学生たちにとっては生きるか死ぬかの時間が、濃密に過ぎ去っていた。
 自身の待遇を決める、学生達に与えられたランク。
 幾多の人間が人生を狂わされるこの順位を巡り、多くの猛者達がしのぎを削っていた。
 通常の戦いと比較して、大幅にランクが移動する日である昇格戦に、黒城達も参加しており、敵を一網打尽にしていた。
 本日のレギュレーションは、3人チームの団体戦。
 黒城、酒呑童子、銃守の3人でチームを組んでいる彼らは、並みいる猛者を前に余裕な表情を浮かべていた。
 
「う……っし!! また順位上がったぜ!!」

「お~お~ご機嫌だねぇ~銃守!! そんなはしゃぐことか?」

「ったりめ~だろが黒城(とりあたま)!! これよこれ……俺が求めてたヒリヒリ感はっ!!」

「おう馬鹿(ボンクラ)ども景気が良いねぇ~そんなお前らに監督として伝えることがある。決勝の相手だ、よく聞きな」

 何処かへと偵察に行っていた早乙女(さおとめ)監督とマネージャーの春宮(はるみや)
 彼女達がいつにも増して、真剣な面持ちで黒城達の元へと帰って来たのだった。
 春宮が撮影したスマホの動画を覗く黒城達。
 そこに映し出されていたのは―――

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「はぁ~……また試験……こうも続くと倦怠(たる)いなぁ……ん? 黒城の兄貴っ!? ……ああ、今日は昇格戦か」

 憂鬱そうにしていた黒城の弟分とも呼ぶべき存在である薬師寺(やくしじ)が、昇格戦が行われている柔道タワー近辺を歩いていた。
 どうやら今から決勝戦が行われるようで、11月にも関わらず会場の熱気は肌を焼くようなものとなっていた。
 
「……黒城の兄貴と……あの2人は? もしかして新しい仲間(ダチ)? ……黒城の兄貴、本気(マジ)でやってんだ。本気(マジ)で……5人揃えようとしてるんだ……あれ? ちょ、アイツら!?」

 黒城達の相手には、嫌が嫌でも見覚えがある。
 正確には、彼らが身に纏う道着の色で、夏の宣戦布告の映像が、頭の中に鮮明に映し出される。
 黒い柔道着を身に纏う集団。
 リヴォルツィオーネの面々が、黒城達の決勝の相手として名乗りを上げていたのだった。
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