第58話 夢託されし者

文字数 4,553文字

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他人に己の人生を縛られ―――
尊い時間を捧げることになったとしても―――
キミは柔道が楽しいか?
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 酒呑童子(しゅてんどうじ)が働くバイト先へと潜入した黒城(こくじょう)達3人。
 ヘルメットを被り作業着に身を包む彼らは、解体現場の資材置き場で説明を受けている。
 死んだ目のまま3人へとレクチャーを行う酒呑童子。
 昨日見せた生気はどこへいったのだろうか。
 投げやり口調で、明後日の方角を見ている。
 
「……さっきの場所が資材置き場だ。あそこから取ってくるんだぞ」

了解(うぃっす)っ!!」

「……休憩時間にはしっかり水を飲むんだぞ。熱中症になるからな」

了解(うぃっす)っ!!」

「……まだ俺を仲間(ダチ)にすること諦めていないのか?」

はい(うぃ~~~~~~~す)っ!!」

「……あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!」

「お、おいおいどうした……? 話聞こうか?」

「聞いてくれるか? ならば聞けっ!! 俺は無理だと言っただろっ!! 金がねぇんだよっ!!」

「だからそれを稼ぎに来たんだよ!! ここって珍しく基本給+出来高制だろぉ? じゃんじゃん働けばそんだけ金稼げるんだろ? 俺ら3人で稼いだ金をお前に渡す。これで困窮(ぴいぴい)は解決って話よっ!!」

「はぁ!? おま、どんだけ働く気だよっ!? 普通に働いてもたかが知れてんだぞっ!?」

「だから異常(レべチ)で働くっつってんだろっ!? 俺の体力甘く見んなよなぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!! ヒャッハァ"ァ"ァ"ァ"ァ"!!」

 気合十分の黒城は、雄叫びを上げながら資材運搬業務のため、安全に配慮して通路を突っ走って行った。
 唖然としたまま後方の2人を振り向く酒呑童子。
 両手に資材を抱え歯を食いしばりながら酷い顔をしている春宮(はるみや)と、同じ資材を肩に担ぎ、教え子の奮闘を見ながら爆笑する涼しい顔の早乙女(さおとめ)監督が、酒呑童子の元へと合流した。

「ふんぎゃぁぁぁぁ!! 重すぎんですけどっ!!」

「ガハハハッ!! 春宮~アンタ今(パな)い顔してるよっ!! 嫁に行けなくなっちまうよっ!! ん? どしたん仲間(ダチ)1号」

仲間(ダチ)1号……? 俺はっ!! ぐぅ……黒城(ばかづら)と同じ会話だぞコレ……」

「くっくっく……!! あの黒城(バカ)に目ぇ付けられちまったんだ、ご愁傷様(ドンマイ)だなぁ~!!」

「……アンタ、教員(センコー)なんだろ? こんな事して良いのかよ」

「いいや? ……あ? どうだったかな……副業OK? NG? ……まあ気にすんなっ!! 最悪土下座すりゃ~良いからよっ!! ガハハハッ!!」

「どうなってんだ? お前らの高校は……」

「ふんぎゃぁぁぁぁ!! あ、早乙女監督!! なんか黒城先輩、あそこで親方さんと話ししてますよっ!!」

「ん~~~? ああ、さっき挨拶(チカヅキ)の時にいた人だねぇー……黒城の奴、速攻(そく)で気に入られてんねぇ~」

「……火口(ひぐち)の親父、現実(マジ)かよ……」

「なんだい、親父って……アンタの父親かい? あ? 昨日黒城から聞いた話じゃアンタ……」

「……俺の父親は既に他界している。あの人は……俺が仕事を探している時に拾ってくれた人だな。向こうがどう思ってるか知らねぇが、俺にとっちゃ殆ど親同然の人だ」

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「おう新人(ペーペー)っ!! なかなか動けるじゃねぇのっ!!」

感謝(あざっす)っ!! 親方っ!! 俺、頑張(きば)って働いて沢山金稼ぐっすっ!! 大金持ちになって散財(じゃかすこ)するっす!!」

「ワハハハッ!!いいねぇ~いいねぇ~貪欲(ハングリー)でっ!! 若者(ヤング)ってのはこうでなくっちゃなぁ!! んで坊主、1個質問に答えな」

「なんすか」

「オメェら、()()()()()()()()()()()()()()()()? ……本当(ガチ)の理由を言いな、誰にも言わねぇらかよ」

 フランクに話していたかと思えば、一瞬で真剣な目つきになる火口。
 その変貌に何かを察したのか、黒城も帯を締め直すように気持ちを切り替える。

「この職場で働いている酒呑童子の奴。俺らはアイツを勧誘(スカウト)しに来ました」

勧誘(スカウト)……柔道のかい?」

「そうっす」

「……何か事情があるのかい?」

「ええ、実は―――」

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 流石に勘付いていた火口の親方に、黒城は諸々の事情を説明してく。
 学校が廃校になりそうな事。
 ヤクザに喧嘩を売り、仲間を4人集めて全国制覇を狙うこと。
 真剣な表情で聞いていた火口も、黒城がやろうとしていることの無謀さに、眉間の皺が寄ったままになっている。

「……黒城って言ったな? お前さん、随分逸脱()ってんな?」

「脳味噌ダチョウだったり、ヤクザチンピラっても言われてるっす」

「……そうかぁー……勧誘(スカウト)ねぇ……」

要望(おねがいしゃっす)っ!! 職場(おたく)の人間、落陽山(ウチ)に下さいっ!!」

「俺に言われてもなぁ~……酒呑童子(アイツ)に聞いてみねぇと理解(わか)んねぇわ」

「そうっすよね……理解(わか)りましたっ!! 承諾(おけり)貰えるよう、俺頑張(きば)るっすっ!!」

 一礼してその場を後にする黒城。
 自分の持ち場へと戻る彼の背中を見て、火口は1人その場に立ち尽くしていた。

全国制覇(てっぺん)ねぇ……」

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 この日を境に、黒城達の資金調達期間が始まった。
 フルマラソンを全力疾走しているかのように、がむしゃらに働いていく黒城。
 呆れ返る程の無尽蔵な体力を有している彼の活躍により、工事現場の作業は、予定よりも早い進行を見せていた。
 途切れることのないモチベーション。
 それは、ある報告を聞くことで、より一層炎のように燃え上がるのであった。
 10月11日日曜日、学校が休みなため、朝から和歌山でのバイトを行っていた黒城達。
 ちょうど昼休みの時間に、スマホをいじっていた春宮から、ある報告を受けていた。

「……あぁ!? 青桐(あおぎり)がリヴォルツィオーネを倒したっ!? 現実(マジ)っ!?」

「そっす!! 昨日福岡で開かれた昇格戦の決勝戦で、ランク14位の西村(にしむら)って奴をぶん投げたって!! 紙一重(ギリギリ)だったらしいっすけど」

「おぉ~……おぉぉ!? あの1年坊(ばけもん)やんじゃねぇか!! 俺も負けてらんねぇわっ!!」

 福岡の地で名を上げていた黒城と同格の男、青桐龍夜(あおぎりりゅうや)
 彼の活躍により気合いを入れ直した黒城は、午後からの仕事に精を出していく。
 そして10月15日木曜日。
 職場から給料が支払われる日。
 待ちに待った日の到来に、ソワソワし始める黒城達を尻目に、給料が入った封筒を手渡ししていく火口の親方。
 受け取った黒城達は、その封筒の厚みに違和感を覚えていた。

「……ん? なんか多くね? ……俺こんなに働いてたのかよっ!! (パね)ぇな俺っ!! 酒呑童子、どうよどうよ~?」

「……」

「あぁ? どしたんだよ」

「……火口の親父、明らかに今月の給料、いつもより多いっすよね? この大金(たいまい)理由(わけ)、話してもらって良いっすか」

「あぁ~? 現実(マジ)か? ……悪い悪い!! 人数増えたから、計算間(トチ)っちまったわ!! 回収するのも面倒(うぜ)ぇし、特別賞与(ボーナス)だと思っといてくれっ!!」

「……」

「……はぁ~……慣れねぇことはするんじゃねぇな……理由(わけ)ねぇ~……ちなみにだ、オメェさんらに渡した額で、金は十分足りるんだな?」

「十分か? 十分すぎますね……そうか、勧誘(スカウト)の件ですかね?」
 
「はっ!! 察しが良くて助かるわなぁ!! ……なぁ酒呑童子、オメェさんがここに来たのは、中学1年生(ちゅうぼう)の頃だったか?」

「そんくらいっすね」

「働ける場所を探してるって縋り付かれてよぉ……俺が許可したの、覚えてっか?」

はい(うっす)、うろ覚えっすけど」

「この仕事場にはなぁ~……オメェさんみたいに、学生(ガキ)の内に働かざるを得なかった人間がわんさかいやがるんだ。柔道の実力(ウデ)はあるのよ、自分の夢を諦めて、家族を食わせるために死に物狂いで働いている連中がなぁ……」

「知ってるか? ……ええ、知ってますよ」

「俺もそうだった。母親が倒れて父親は夜逃げ……弟の支払いをどうにかしなきゃいけねぇ俺は、子供(ガキ)の時から日雇い(ニコヨン)なんかしてよ、食わせてやらなきゃならなかった。青春(じかん)犠牲にして働いて……気が付けばもう還暦超えちまったよなっ!! ワハハハっ!!」

「……」

「悔いはねぇ、両親を恨む気持ちもな……だが1つだけ心残りがある。学生(ガキ)の時、柔道に打ち込めていたら、俺ぁどこまで上り詰めていたんだろうってな。俺も……全国制覇(てっぺん)って夢、持ってたんだぜ?」

「夢……っすか」

「おうよ!! オメェも夢あんだろ?」

「俺の夢……? 金持ちっすかね」

「……それ以外にもあんだろ?」

「……全国制覇(てっぺん)

「ふっ!! だろうなぁ!! 俺には夢叶える機会(チャンス)がなかった。同志(てあい)がそもそもいなかったからな……けどな酒吞童子、オメェにはいるじゃねぇか……そこの黒城って奴がよぉ!!」

「え、俺っすか?」

「ああ!! オメェさんみたいに後先考えず突っ走る野郎見てるとなぁ!! 思い出すんだわ、俺の青春時代(ひかり)をよっ!! 枯れた反骨心(たぎり)を思い出させてくれたオメェらなら、俺の夢、叶えてくれるんじゃねぇかって思ったんだわ!! だからその余分な金は、俺からの投資金だ!! 特に返す必要もねぇ……その代わり俺達に夢、見せてくれや。全国制覇(てっぺん)……ないしはそれに近い活躍が見てぇんだ!!」

「……」

「オメェさんはな、出会いに恵まれたんだよ。 ……暴れてこい。漢なら、後先考えず、いっちょ下剋上(かま)してきなっ!!」

「……はい(うっす)感謝(あざっす)……!!、火口の親父っ!!」

「……いい返事だぜまったくよぉ。おう黒城っ!! 俺もこの1か月、今の高校柔道について予習(ゼミ)ってきたぜっ!! 黒い柔道着の集団、アイツらは素人(ペーペー)の俺が見ても理解(わか)るぐれぇ~異常(とんでもハップン)な集団だ。それでも全国制覇(てっぺん)、目指すんだな?」

はい(うっす)っ!! 誰が相手でも、俺は引く気がねぇっす!! リヴォルツィオーネにも、赤神(あかがみ)の野郎にもっ!!」

「はっ良い目だなぁ!! つ~わけだ……野郎ども!! 漢の門出だ……派手に見送(かま)していきなっ!!」

 給料を受け取るのを待っていた職人達も、酒呑童子を見送ることは聞いていたのだろう。
 数年間共に同じ釜の飯を食ってきた男達は、我が子同然の酒呑童子の門出を、熱く見送っていく。

「火口の親父、みんな……どうも感謝(あざっす)っ!!」

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 2020年10月20日火曜日。
 大阪の落陽山高校柔道部の道場で、本日転校してきた男を待つ黒城達3人。
 待ち合わせの時間である放課後に、その男は落陽山の制服に身を包んでやって来た。

「ここが道場か? 随分(ボロ)いんだなぁ!!」

「年季があるって言えっ!! ……ほぉ~似合ってんじゃん酒呑童子(こうはい)君よぉ!!」

「はっ……これからよろしく頼むぞ黒城(せんぱい)っ!!」

「よしよし挨拶(チカヅキ)は済んだな? アタシは監督の早乙女だ、歓迎するぞ仲間(ダチ)1号君っ!! 早速(そく)で悪いが、仲間(ダチ)探しに奈良に出発(でっぱつ)すんぞ。この道場飛ばすから、しっかり摑まっておきなっ!!」

「飛ばす? ……黒城先輩、現実(マジ)だったんすね」

「おうよ。本気(ガチ)驚愕(ビビ)るぜ!!」

「んんん~!! そいじゃ景気よく奈良に向けて……出発(でっぱつ)じゃぁぁぁぁ!!」
 
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