第24話 届かぬ思い
文字数 3,890文字
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その思い未だ届かず―――
叶うことの無い夢だとしても―――
君は柔道が楽しいか?
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2021年1月10日日曜日夕方。
未だに目を覚まさない夏川の見舞いに来ていた青桐。
受付を済ませ、夏川の病室を訪れた彼は、病室の隅で眠り続ける最愛の女性に、普段通りに言葉をかけていく。
「よう。今日はちょっと電車が遅れてな。いつもより遅くなっちまったよ」
「……」
「いや~古賀さんの指導は厳酷 いわ。おかげで強 くなれてるけどさ」
「……」
「……今日も目ぇ覚まさないんだな」
青桐の言葉に返事をする素振りすら見せない夏川。
彼の言葉が届く日はやってくるのだろうか。
認めたくない現実を直視しながら、青桐はただ憮然とした態度で、最愛の人の目覚めを待つのだった。
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2021年1月11日月曜日正午手前。
教室で公民の授業が行われているが、青桐 はどこか上の空である。
柔県での出来事で頭が埋め尽くされており、他の事を考える余裕がなかったのだった。
「……」
(結局あの後、諸々の証拠を九条 刑事に託して終わりか……城南の理事長の財前 と、リヴォルツィオーネの人間が繋がっているのは分ったが……そこから先は、俺にはどうすることも出来ねぇ……鈴音 は結局誰にやられたんだ? そいつらなのか? ……授業に集中出来ねぇな)
授業終了のチャイムが鳴る。
教科書を仕舞う生徒達。
昼休みの限られた時間を有意義に使う他の生徒達とは対照的に、席に座り続ける青桐は、開かれた教科書をぼんやりと眺めていた。
「青桐君、もう終わってるばい」
「あ? ……あぁ、悪い」
「なんか今日は……しろーっとしとるよ」
「……そんなに疲れてるように見えるか? おかしいな……ぐっすり眠ったはずなんだけどな」
「……」
「そんじゃ、売店行って来るわ」
「わ、理解 ったばい」
荷物を纏め財布をポケットに仕舞い、売店へと向かって行く青桐。
生気の抜けた同級生の姿が見えなくなるまで、石山 は教室内で彼の後ろ姿を目で追っているのであった。
彼の周囲にはバリューを買っていると思わしき生徒達が、頻繁に声を掛けている。
無意識の内にプレッシャーをかけているとは知らずに、青桐の心をじわじわと追い詰めていた。
「……最近、あげんことが多か……目んクマも酷 かし……」
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「……石山、ちょっと時間ある?」
「アレ? 夏川さん、どしたとね?」
「いや~その……この前は青桐の馬鹿がごめんね!! 仏頂面過ぎて勘違いさせて……」
「あぁー……よかよ、よかよ。もう気にしとらんけん」
「そ、そう……? えぇっとそれと……この流れで言いにくい相談なんだけど……石山、あの馬鹿と一緒のクラスじゃない? アイツがなんか人間関係で失敗 そうな時は、さりげなく後始末 して欲しいんだけど……いい?」
「ん? そげん簡単 かことで良かと? 俺は構わんばい」
「が、現実 っ!? アイツ、本気 で社会に出せないタイプの人間だから、世話かけまくるけど大丈夫っ!?」
「任せといてっ!! 俺も柔道で胸を借りとるけん、お互い様ばい!!」
「石山、本気 で最高 っ!! 申し訳ないけど……あの馬鹿、頼むねっ!!」
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入学して早々に、クラス内でやらかした彼のことを心配した夏川。
彼女から気に掛けるように言われ、4月から席の後方で、いつも青桐の様子を見守っていた石山。
一時期は腫れ物扱いだった青桐も、石山の協力もあって、割とすぐにクラスに馴染んでいたのだった。
だが、ここ最近の彼から発せられる無言の圧力に、周囲の人間は声を掛けづらくなっていた。
対応に困る石山。
彼は青桐を見送ると、研究仲間と部室に籠って時間を過ごしている伊集院 の元に、アドバイスを貰いに行くことにしたのだった。
彼が柔道部と兼業で所属する柔道研究部の部室では、伊集院と彼の仲間2人が熱い討論を行っていた。
「やややっ!! それは興味深いですなっ!!」
「深いですぞ、伊集院氏!! ……おや?」
「7割3分9厘ほどだがな……ん? 石山……どうしたんだ珍しい」
「えぇっと……そのぉー……」
6つの目を同時に向けられる石山。
事情を話すと、伊集院の片眼鏡はもの憂げに光る。
「……そうか、青桐が」
「いつにも増して、元気がなかし、話しかけづらか……どうすりゃよかか理解 らんよ」
「石山」
「なんね?」
「お前は特に、なにもする必要はないぞ」
「なしてっ!?」
「アイツのあの様子は、9割9分9厘夏川が原因だ。近しい人間がいなくなった場合の心的外傷は計り知れない。医者でもカウンセリングは困難を極めるだろうな……よって、俺達に出来ることはない」
「けど……」
「それでも何かしたいというなら、今より強 くなることだ」
「強 く?」
「柔道は心技体、3つの要素が必要だ。どれかが欠けてもダメだ。アイツも人間で心 が折 れる時もあるだろう。そんな時は、お前の強 さで支えてやるんだ」
「支える……」
「俺もリヴォルツィオーネに負けて以降、アレコレ勝つ手段を模索している……その答えになりうる理論、柔回帰 抑制理論 を考えている最中だな」
「なんね、それ」
「これは……」
「これは伊集院氏が考案している最強 の理論ですぞっ!! 試合中に使えれば全ての技を解析することが可能になるのでありますっ!!」
「柔道研究部始まって以来のとんでもない理論ですぞっ!! 伊集院氏は驚嘆 ですな!?」
「……というわけだ。まだ詰める部分はあるがな。石山……お前も何か武器を磨いたらどうだ? ……お前の類まれな柔軟性とかな……よく柔軟してるだろ」
「そうね……柔軟は……よくしとるばい」
「使える物は全てを使って、己の血肉にする……あらゆる可能性を考えて、試行錯誤するのも良いんじゃないか?」
「……急に来て悪かったね。俺、色々試してみるばい!! それじゃ」
「ああ、部活の時間にまた会おう」
「伊集院氏、流石であります!! 痺れましたぞっ!!」
「お世辞はいい。それに……今のままでは、まだまだ勝てる確率が低すぎるからな」
「……ちなみに、リヴォルツィオーネに勝てる確率はどのくらいでありますか?」
「そうだな……ざっと0割4分3厘ぐらいか」
「0割……っ!?」
「現 段 階 は だな……なんだ? 心配してくれるのか?」
「い、いや……ただ、確率があまりに低すぎるので」
「俺ら研究者の本分は七転び 八起き 。この程度でへこたれる程、俺は諦めが良くないぞ。それに……」
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「ねぇ~伊集院聞いてよぉ~!! またあの馬鹿がっ!!」
「なんだ……青桐がなんかやったのか?」
「そうよ、あの馬鹿っ!! 先輩に無礼 た態度取り過ぎなのよ!! 多分アレ素でやってるのが、余計に質が悪いのよ!!」
「9割9部9厘、不器用な奴だからな……アイツは」
「9割どころか10割よ!!本当 でさ、伊集院もなんか言ってやってよね? 遠慮しなくていいからさ」
「ふっ……遠慮なんてしないさ」
「ひゅ~頼りになるぅ~!! ……石山にも頼んでるけどさぁ……あの馬鹿の世話、頼んじゃって良い? 人は多い方がいいし」
「世話か……アイツの扱いが野良犬みたいだな。まあ、検討しておこう」
「吃驚 っ!? じゃあ、頼むね伊集院!! 本当 で頼りにしてるからさ!!」
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「……頼まれているからな」
石山が部室を退出していくと、室内の空気が薄くなったような錯覚に陥る研究仲間達。
いつも冷静に淡々と話す伊集院。
そんな彼の姿が、本日ばかりは、周囲の人間から変わって見えていた。
澄んだガラスのような氷の向こう側で、青く揺らめく炎。
石山が訪ねて来てからだ。
青桐の様子を聞いてからの伊集院からは、普段人に見せることの無い剥き出しになった激情が、微かに漏れ出ているのであった。
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福岡の街に夜の帳が下りた。
人通りを搔き分けて歩く1人の中年。
誰かから逃げるように、中州の小道へと逃げ込んでいく。
「はっ……!! はっ……!! 何なんですかっ!? ジョンソンヘッドコーチがなぜ!? ……あ」
「Hey!! そろそろ鬼ごっこは満足したかな? 僕ね、そんなに暇じゃないんだよ?」
物腰の柔らかい外人男性。
城南国際糸島アイランドスクール学院高等高校の外人コーチである、ジョンソンヘッドコーチは、羊を狩る獣のように目を光らせ、目前に佇む、財前 の秘書の逃げ道を塞いでいる。
「な、何なんですか……!! 要件はっ!?」
「ん~……先ず確認したいんだけどさ、アナタ……財前に言われて、色々悪さしてるよね?」
「……っ!!」
「うん、図星 だね。あー……そんなに恐怖 らないで……ちょっと提案があるんだよね」
「て、提案って……」
「財前を裏切らない?」
「うっ!?」
「理解 ってる理解 ってる。脅迫 られてんだろ? 安心して……君の安全は僕が保証するから」
「保証って……そんなことが……!?」
「日本に来る前に、公に言えない場所で働いていたー……タダのしがない外国人だからね。大概の事には対処できるよ。財前を策謀 る計画 も出来てるしさ。可愛い教え子達の活躍もあって、証拠集めが捗ってるからね……さぁ包み隠さず白状 ってもらうよ」
その思い未だ届かず―――
叶うことの無い夢だとしても―――
君は柔道が楽しいか?
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2021年1月10日日曜日夕方。
未だに目を覚まさない夏川の見舞いに来ていた青桐。
受付を済ませ、夏川の病室を訪れた彼は、病室の隅で眠り続ける最愛の女性に、普段通りに言葉をかけていく。
「よう。今日はちょっと電車が遅れてな。いつもより遅くなっちまったよ」
「……」
「いや~古賀さんの指導は
「……」
「……今日も目ぇ覚まさないんだな」
青桐の言葉に返事をする素振りすら見せない夏川。
彼の言葉が届く日はやってくるのだろうか。
認めたくない現実を直視しながら、青桐はただ憮然とした態度で、最愛の人の目覚めを待つのだった。
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2021年1月11日月曜日正午手前。
教室で公民の授業が行われているが、
柔県での出来事で頭が埋め尽くされており、他の事を考える余裕がなかったのだった。
「……」
(結局あの後、諸々の証拠を
授業終了のチャイムが鳴る。
教科書を仕舞う生徒達。
昼休みの限られた時間を有意義に使う他の生徒達とは対照的に、席に座り続ける青桐は、開かれた教科書をぼんやりと眺めていた。
「青桐君、もう終わってるばい」
「あ? ……あぁ、悪い」
「なんか今日は……しろーっとしとるよ」
「……そんなに疲れてるように見えるか? おかしいな……ぐっすり眠ったはずなんだけどな」
「……」
「そんじゃ、売店行って来るわ」
「わ、
荷物を纏め財布をポケットに仕舞い、売店へと向かって行く青桐。
生気の抜けた同級生の姿が見えなくなるまで、
彼の周囲にはバリューを買っていると思わしき生徒達が、頻繁に声を掛けている。
無意識の内にプレッシャーをかけているとは知らずに、青桐の心をじわじわと追い詰めていた。
「……最近、あげんことが多か……目んクマも
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「……石山、ちょっと時間ある?」
「アレ? 夏川さん、どしたとね?」
「いや~その……この前は青桐の馬鹿がごめんね!! 仏頂面過ぎて勘違いさせて……」
「あぁー……よかよ、よかよ。もう気にしとらんけん」
「そ、そう……? えぇっとそれと……この流れで言いにくい相談なんだけど……石山、あの馬鹿と一緒のクラスじゃない? アイツがなんか人間関係で
「ん? そげん
「が、
「任せといてっ!! 俺も柔道で胸を借りとるけん、お互い様ばい!!」
「石山、
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入学して早々に、クラス内でやらかした彼のことを心配した夏川。
彼女から気に掛けるように言われ、4月から席の後方で、いつも青桐の様子を見守っていた石山。
一時期は腫れ物扱いだった青桐も、石山の協力もあって、割とすぐにクラスに馴染んでいたのだった。
だが、ここ最近の彼から発せられる無言の圧力に、周囲の人間は声を掛けづらくなっていた。
対応に困る石山。
彼は青桐を見送ると、研究仲間と部室に籠って時間を過ごしている
彼が柔道部と兼業で所属する柔道研究部の部室では、伊集院と彼の仲間2人が熱い討論を行っていた。
「やややっ!! それは興味深いですなっ!!」
「深いですぞ、伊集院氏!! ……おや?」
「7割3分9厘ほどだがな……ん? 石山……どうしたんだ珍しい」
「えぇっと……そのぉー……」
6つの目を同時に向けられる石山。
事情を話すと、伊集院の片眼鏡はもの憂げに光る。
「……そうか、青桐が」
「いつにも増して、元気がなかし、話しかけづらか……どうすりゃよかか
「石山」
「なんね?」
「お前は特に、なにもする必要はないぞ」
「なしてっ!?」
「アイツのあの様子は、9割9分9厘夏川が原因だ。近しい人間がいなくなった場合の心的外傷は計り知れない。医者でもカウンセリングは困難を極めるだろうな……よって、俺達に出来ることはない」
「けど……」
「それでも何かしたいというなら、今より
「
「柔道は心技体、3つの要素が必要だ。どれかが欠けてもダメだ。アイツも人間で
「支える……」
「俺もリヴォルツィオーネに負けて以降、アレコレ勝つ手段を模索している……その答えになりうる理論、
「なんね、それ」
「これは……」
「これは伊集院氏が考案している
「柔道研究部始まって以来のとんでもない理論ですぞっ!! 伊集院氏は
「……というわけだ。まだ詰める部分はあるがな。石山……お前も何か武器を磨いたらどうだ? ……お前の類まれな柔軟性とかな……よく柔軟してるだろ」
「そうね……柔軟は……よくしとるばい」
「使える物は全てを使って、己の血肉にする……あらゆる可能性を考えて、試行錯誤するのも良いんじゃないか?」
「……急に来て悪かったね。俺、色々試してみるばい!! それじゃ」
「ああ、部活の時間にまた会おう」
「伊集院氏、流石であります!! 痺れましたぞっ!!」
「お世辞はいい。それに……今のままでは、まだまだ勝てる確率が低すぎるからな」
「……ちなみに、リヴォルツィオーネに勝てる確率はどのくらいでありますか?」
「そうだな……ざっと0割4分3厘ぐらいか」
「0割……っ!?」
「
「い、いや……ただ、確率があまりに低すぎるので」
「俺ら研究者の本分は
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「ねぇ~伊集院聞いてよぉ~!! またあの馬鹿がっ!!」
「なんだ……青桐がなんかやったのか?」
「そうよ、あの馬鹿っ!! 先輩に
「9割9部9厘、不器用な奴だからな……アイツは」
「9割どころか10割よ!!
「ふっ……遠慮なんてしないさ」
「ひゅ~頼りになるぅ~!! ……石山にも頼んでるけどさぁ……あの馬鹿の世話、頼んじゃって良い? 人は多い方がいいし」
「世話か……アイツの扱いが野良犬みたいだな。まあ、検討しておこう」
「
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「……頼まれているからな」
石山が部室を退出していくと、室内の空気が薄くなったような錯覚に陥る研究仲間達。
いつも冷静に淡々と話す伊集院。
そんな彼の姿が、本日ばかりは、周囲の人間から変わって見えていた。
澄んだガラスのような氷の向こう側で、青く揺らめく炎。
石山が訪ねて来てからだ。
青桐の様子を聞いてからの伊集院からは、普段人に見せることの無い剥き出しになった激情が、微かに漏れ出ているのであった。
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福岡の街に夜の帳が下りた。
人通りを搔き分けて歩く1人の中年。
誰かから逃げるように、中州の小道へと逃げ込んでいく。
「はっ……!! はっ……!! 何なんですかっ!? ジョンソンヘッドコーチがなぜ!? ……あ」
「Hey!! そろそろ鬼ごっこは満足したかな? 僕ね、そんなに暇じゃないんだよ?」
物腰の柔らかい外人男性。
城南国際糸島アイランドスクール学院高等高校の外人コーチである、ジョンソンヘッドコーチは、羊を狩る獣のように目を光らせ、目前に佇む、
「な、何なんですか……!! 要件はっ!?」
「ん~……先ず確認したいんだけどさ、アナタ……財前に言われて、色々悪さしてるよね?」
「……っ!!」
「うん、
「て、提案って……」
「財前を裏切らない?」
「うっ!?」
「
「保証って……そんなことが……!?」
「日本に来る前に、公に言えない場所で働いていたー……タダのしがない外国人だからね。大概の事には対処できるよ。財前を