第59話 光に惑う虫けら
文字数 5,587文字
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弱者は冷遇されるこの時代―――
尊厳を踏みにじられ続けたとしても―――
キミは柔道が楽しいか?
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道場の離陸に備え、体勢を低くし身構えている黒城 達3人。
室内で今か今かと待ちわびる彼らの期待とは裏腹に、道場は一向に飛ぼうとしない。
スピーカー越しに監督へと声をかける黒城。
想定外の出来事に、彼は冷汗をかいている。
「……アレ?早乙女 監督、どうしたんすかっ!?」
『あー……故障 ったくせぇわ……』
「はっ!? どうするんすか、仲間 探しはっ!?」
『……今日徹夜 でどうにかするわ。アンタらは、並岡 で練習してきなっ!! 向こうの先生 に連絡しとくからよぉ!!』
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幸先の悪い落陽山 高校の生徒達。
急ピッチで修理作業に入る監督を道場に置いて、黒城達3人はリュックを右肩にかけ、部のジャージに着替え電車に乗り込んでいく。
目的地は淀川駅。
いくつかの電車を乗り降りすることで、並岡高校へと歩を進める。
「んだよぉ~!! グダグダじゃねぇか!!」
「黒城先輩、後で早乙女監督に密告 るっすよそれ」
「だってよぉ~……」
「不服か? 俺も同じだなぁ!! この日のために気合い入れて来たんだがなぁ!?」
「あ~……酒呑童子も煩いっすよ!! 静かにして歩くっす!!」
「ぬぅぅぅ~……!!」
「……くぅ」
(黒城先輩が2人に増えた気分っすよ……想像してた通りになってるっすけどぉ……!!)
いがみ合いながら進んで行く最中、街中で黒城は見覚えのある人間と偶然遭遇した。
現在は中学3年生で、黒城が中学3年生の際に1年生の後輩だった男。
以前仲間集めで真っ先に連絡を取った薬師寺 であった。
空色の髪を几帳面に七三分けにセットしており、年齢よりも大人びて見える少年。
遭遇するや否や、黒城から彼に駆け寄って行く。
「お……? ……おっ!! 薬師寺じゃねぇかっ!! お~いっ!!」
「っ!? 黒城の兄貴っ!? 何でこんな所にいんのさ!?」
「あぁ~? 今から並岡高校に行くんだよっ!! 今日はちょっと仲間 集め出来なくてさぁ……」
「仲間 集め? ……この前の電話のこと言ってんの? 本気 でやってんだ……」
「おうよっ!! んでコイツが栄えある第一号って訳だっ!!」
「自己紹介 か? 俺の名は酒呑童子 夜叉丸 っ!! 今日から落陽山高校に転入した人間だっ!!」
「ど、どうも……え? 黒城の兄貴、あと何人集めなきゃいけないの?」
「えぇっと……あと3人だな」
「いつまでに?」
「2月の1日 までに」
「……間に合うの? あと5か月ちょっとじゃん……」
「……頑張 る頑張 る。ってかさ、お前が転入してくれたら助かるんだけどっ!! 中学生ランク、上から数えた方が早いだろ? な? なっ!?」
「はぁ~……だから前も言ったじゃん、俺は……」
「医 っ!! 何しているの?」
「あ、お母さん……」
かつての後輩と遭遇するや否や、勧誘活動にいそしむ黒城。
そんな彼らの会話に割って入って来た女性が目の前に居る。
黒城とも面識のある女性。
薬師寺の母親は、道草を食っていた自分の息子にきつく当たっている。
「今日は参考書 の買い出しに出かけたんでしょ? それ以外の時間は無駄 なの、早くお家に帰りますよ」
「……」
「なぁに? 何か言いたいことがあるなら、ハッキリ言いなさい……アラ? アナタは……黒城君?」
「あ、あ、どうも。オヒサシブリデス……」
「御免なさいね、見苦しい所を見せて……それじゃ、私達は帰宅するので。ほら医っ!! 早く行くわよっ!!」
「……理解 ったよ」
「お、おい薬師寺……!!」
「じゃ、またね。黒城の兄貴」
何かを言いたげな目をしている薬師寺は、不満を胸の中に収め、母親と共に帰路につく。
一連のやり取りを見ていた酒吞童子は、口をパクパクさせながらその場で親子の後ろ姿を眺めている彼に質問をぶつける。
「……何だあの親子? 随分不仲 ってんだな」
「あ、おう……あ"ぁ"~!! なんかあの人苦手なんだよなぁ~!! なんかこう……虫けら に見られてるっつ~かさ」
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旧友との偶然の再開により、心に思わぬダメージを負った黒城。
ガタイの良さが消えてしまう程肩を落として歩いていた。
気まずい空気の中、盛岡高校正門前へと辿り着いた3人。
敷地内へと進入すると、正門近くに生えている木に寄りかかっていた1人の大男が、コチラへとズカズカ歩いて来た。
黒城と同じくらいガタイが良く、こげ茶の髪を逆立てており、学生服のボタンを全開にし、鍛え抜かれた筋肉を隙間から見せびらかしている男。
口元にはカイワレ大根を咥えており、パッと見の風貌は、昭和に存在したと言われている番長のような姿をしている。
「おう兄弟っ!! 待っていたぞっ!!」
「……こんちわ~ 」
「オ、オイオイオイっ!? どうした兄弟っ!? 熱があるのかっ!? 上着貸してやろうかっ!? 心配しなくていいんだぞっ!! 俺は半裸には慣れているっ!! さあ、着ろっ!! 兄弟っ!! ぐはぁ……!!」
「あぁ~世話焼 いなぁ!! 阪木原 ぁっ!! 今俺は落胆 ってんだよっ!! 暑苦しいのは止めやがれぇっ!!」
「……脳細胞ミドリムシのお前が落胆 るだと……? 今日は天変地異でも起きるのか……?」
手荒な暴言と共に、黒城に殴られた頬を撫でている男。
並岡のキャプテンである阪木原は、腹から発せられた大声で、黒城達を道場へとガイドしていく。
「まあいいさ……兄弟っ!!春宮 ちゃんっ!! ……知らん顔の奴っ!! 今から道場へ行くぞ、付いて来いっ!!」
「煩ぇなぁ……道順くらい理解 ってるっつ~の……」
「俺が付いていないと不審者 だと間違われるだろっ!! その化石頭 のせいでなぁ!!」
「番長 野郎には言われたくねぇ~よ……」
「道場は既に熱気の渦だ!!徳川 の奴が気合い入っているからなぁ!! チンタラしていると火傷 するぞっ!! 準備はいいなっ!?」
「はっ!! 上等だっつ~のっ!!」
阪木原に促されるまま進んで行く黒城達。
道場の入口に着くと、勢いよく木製の扉を横にスライドさせていく。
一斉に視線を浴びる黒城達。
パラパラとだが、来客へ向けての挨拶が飛び交って来る。
「や、やあ黒城君、よく来たね」
「影澤 監督、乙 ですっ!!」
「お、乙 ……」
黒城達の来訪にいち早く気が付き、グレー色のボサボサな髪をした、幸の薄そうなひょろ長の男が近寄って来た。
ヘッドホンを首にかけ、眉が八の字を描いており、とても人生が幸せそうには見えない彼。
ここの監督だと気が付くのが遅れた酒呑童子は、黒城達に遅れる形で、並岡高校の監督に挨拶をしていった。
「さ、早乙女監督、今日は来ないの……? 黒城君……」
「そっすね。学校で色々やってますから」
「そ、そうなんだ……何か電話越しで話を聞いてたら、怒 だったからさ……僕、気が気じゃなかったんだよ……」
「あー……何か謝罪 」
「ま、話はこの程度にして……練習の時間にしようかな」
「了解 っ!! 今日は要望 っ!!」
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「しゃぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」
「こぉ"ぉ"ぃっ!!」
「く、組際が大事だからね……慎重 に行くんだよ」
練習着に着替えウォーミングアップと打ち込みを行い、乱取りを行う黒城と阪木原。
互いに一歩も引かない技の応酬。
ノーガードの殴り合いのような試合に、周囲の人間達も、思わず乱取りをする手を止めてしまう中、指導者の影澤は、両者に的確な指示を送っていく。
対戦相手を探している最中の酒呑童子は、ワンレングスに切りそろえ、髪先を赤く染めている男に呼びかけられると、実践形式の試合の準備にかかり始めた。
「対戦相手か? よろしく頼むぞ」
「おう、こっちこそだぜっ!! ……お前、名は何つ~んだ?」
「酒呑童子 夜叉丸 、本日付で落陽山高校に転入した人間だ」
「俺の名は徳川翔平 ってんだ、この柔道部の副主将だぜ」
「ほうほう……なら高校生ランクは結構高いのか? この柔道部のNo.2なら……」
「いや……ランクは30000位ぐらいだからそんなにって感じだな……ま、今はそれほどでもねぇけどよ? ……いつか阪木原ぐらいランクを上げてやりてぇなぁって夢見てんだわ」
「ほうほう、俺はその心意気、大好物だなぁ!! ……ちなみに阪木原のランクは幾つなんだ?」
「23位だな」
「現実 かっ!? 俺より上だと……」
「まぁ~……この高校は阪木原が圧倒的 で強 くて、他の人間は……支払金2倍の人間もそこそこいるし、そんなに~て感じだな……だからこうやって、偶に落陽山高校と合同練習して、互いに切磋琢磨してるって訳だ。黒城と練習できりゃ~力が付くってもんだろ。そいじゃ早速……柔道 やろうぜ」
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並岡高校道場のすぐそば。
冷水器が幾つも並んでいるこの場所で、白い衣に身を包んだ3人の若き柔道家達がいた。
彼ら並岡の生徒達は、休憩の時間を利用して水分補給に来ており、額には大量の汗をかいていた。
「んぐ……ぷはぁ!! 生き返るぜ、本気 でっ!!」
「太陽が2つも存在する空間……無理もないだろ。俺も……脱水症状 してるよ……」
「徳川先輩も、落陽山の新しく転入してきた人間と戦ってけど……完敗 じゃん、本気 で……聞いたか? あの酒呑童子って奴、高校生ランク26位らしいぜ? 本気 で強 すぎんだろ。あんな天才達 が、上に上がっていくんだろうなぁ~俺達と違って……」
「……」
「もう辞めよっかな……どんだけ練習 っても、全然強 くなれねぇ……つまんねぇよ、柔道」
「ねえちょっと、邪魔なんだけど」
給水所で屯していた3人の柔道部員に、冷ややかな言葉が投げかけられる。
彼らの目の前には2人の女子高校生が、機嫌の悪そうな目つきで、3人の柔道部員を睨んでいる。
その視線に怖気づいてしまう彼らを他所に、女子高校生は言葉を続ける。
「はぁー……ねぇ? そこ通りたいんだけど」
「あ、ごめん………本気 で……」
「ちっ……!! 気が利かないわねぇ……」
「……」
「行こ」
「はいは~い✰」
3人の柔道部員を横切っていく女子高校生2人。
ある程度道なりを進んで行くと、背を向けたまま、3人の柔道部員に聞こえるように、彼らを侮辱するような言葉を吐き捨てていく。
「……アイツら、本気 で汚物 くね?」
「同意 ~☆ 柔道弱 いのに頑張 ってて意味不明 って感じ~☆」
「才能ないのに勝てる訳ないっしょ」
「ね~☆」
「その点、阪木原先輩って超絶 カッコよくね?」
「ね~!! それに今日はぁ~黒城先輩も練習に来てるってさ!!」
「現実 っ!? ちょっと会いに行こうよ!! 黒城先輩ってカッコいいしぃ~ちょっと惚けてる所が可愛いっていうかぁ~」
「どっかの誰かさん達とは大違いよねぇ~?」
「「キャハハハハハハ!!」」
「アイツら……ちょ、おいっ!!」
「…………」
「うっ……!?」
「……早く行こ」
「あいあいさ~☆」
3人の柔道部員の呼びかけがハッキリと聞こえていた上で、視線を向けただけで無視して行った女子高生達2人。
取り残された彼らは、下を俯いたまま話始めるのであった。
「僕達の声が聞こえてるなら、無視 しないで欲しいよ……無視 されるのが、一番きついのに」
「ふっ……俺、高校卒業したら、柔道辞めるんだ、本気 でさ」
「俺も……」
「僕もだね。ふぅー……僕達なんで柔道やってるんだろうね? あんな制度が無ければなぁー……今月の支払いも厳しいし、バイト増やさないとなぁー……」
「俺、昨日、母さんに怒られたよ。もっと柔道強 くなりなさいってさ」
「……そんな簡単に強 くなれたら、こんなことになってねぇよな? 本気 でさ」
「……」
「……百聞は一見に如かず、もしその気なら、僕達3人で試してみないか?」
「ん? 何を……」
「徳島で噂されてる、身体能力向上 の人体実験 」
「っ!?本気 で言ってんのっ!? ……あ」
会話を進める毎に、場の空気が重くなっていく。
投げやりになりながらもある提案をしていると、その場に乱入して来た空気の読めない2人の大男が走ってやって来た。
ちょうど先ほど話題になっていた黒城と阪木原だ。
3人とは対照的に生気に溢れた振舞いに、死んだように生きている彼らはしり込みしている。
「夏目 !! 吉田 !! 馬淵 !! ここにいたのか、探したぞ!!」
「こんにちは ~!! 俺も今日はここに練習に来たぜ!! ん? ……どしたん? 馬淵」
「……なあ黒城先輩、どうやったら先輩みたいに強 くなれるかな? 本気 でさ」
「あぁ~? 急にどうしたよ? ん~~~……俺は練習しまくったら、いつの間にか強 くなってたようなぁ~……?」
「おおっ!! さては、黒城が来て燃えているな? 徳川みたいにっ!! そうだなっ!? 夏目、吉田!?」
「そっすねぇー……」
「ははっ僕も同じっす……」
「良し良しっ!! 良い心がけだっ!! 早速道場で乱取り するぞっ!! 黒城も当然付き合うよなっ!?」
「おうよ!! いや~やっぱ大人数で練習するのは、楽しいねぇ~!! 俺んとこの部員、やっと2人になったばっかだもんなぁ!! ははは~!!」
「……」
陽気にじゃれ合う2人に流されるまま付いて行く3人。
彼らの足取りは、あまりにも重いのであった。
同時に彼ら3人は、奇しくも同じような事を、心の中で考えていたのであった。
(良いよなぁ……才能がある人間は……俺達と違って楽しそうでさぁー……)
弱者は冷遇されるこの時代―――
尊厳を踏みにじられ続けたとしても―――
キミは柔道が楽しいか?
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道場の離陸に備え、体勢を低くし身構えている
室内で今か今かと待ちわびる彼らの期待とは裏腹に、道場は一向に飛ぼうとしない。
スピーカー越しに監督へと声をかける黒城。
想定外の出来事に、彼は冷汗をかいている。
「……アレ?
『あー……
「はっ!? どうするんすか、
『……今日
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幸先の悪い
急ピッチで修理作業に入る監督を道場に置いて、黒城達3人はリュックを右肩にかけ、部のジャージに着替え電車に乗り込んでいく。
目的地は淀川駅。
いくつかの電車を乗り降りすることで、並岡高校へと歩を進める。
「んだよぉ~!! グダグダじゃねぇか!!」
「黒城先輩、後で早乙女監督に
「だってよぉ~……」
「不服か? 俺も同じだなぁ!! この日のために気合い入れて来たんだがなぁ!?」
「あ~……酒呑童子も煩いっすよ!! 静かにして歩くっす!!」
「ぬぅぅぅ~……!!」
「……くぅ」
(黒城先輩が2人に増えた気分っすよ……想像してた通りになってるっすけどぉ……!!)
いがみ合いながら進んで行く最中、街中で黒城は見覚えのある人間と偶然遭遇した。
現在は中学3年生で、黒城が中学3年生の際に1年生の後輩だった男。
以前仲間集めで真っ先に連絡を取った
空色の髪を几帳面に七三分けにセットしており、年齢よりも大人びて見える少年。
遭遇するや否や、黒城から彼に駆け寄って行く。
「お……? ……おっ!! 薬師寺じゃねぇかっ!! お~いっ!!」
「っ!? 黒城の兄貴っ!? 何でこんな所にいんのさ!?」
「あぁ~? 今から並岡高校に行くんだよっ!! 今日はちょっと
「
「おうよっ!! んでコイツが栄えある第一号って訳だっ!!」
「
「ど、どうも……え? 黒城の兄貴、あと何人集めなきゃいけないの?」
「えぇっと……あと3人だな」
「いつまでに?」
「2月の
「……間に合うの? あと5か月ちょっとじゃん……」
「……
「はぁ~……だから前も言ったじゃん、俺は……」
「
「あ、お母さん……」
かつての後輩と遭遇するや否や、勧誘活動にいそしむ黒城。
そんな彼らの会話に割って入って来た女性が目の前に居る。
黒城とも面識のある女性。
薬師寺の母親は、道草を食っていた自分の息子にきつく当たっている。
「今日は
「……」
「なぁに? 何か言いたいことがあるなら、ハッキリ言いなさい……アラ? アナタは……黒城君?」
「あ、あ、どうも。オヒサシブリデス……」
「御免なさいね、見苦しい所を見せて……それじゃ、私達は帰宅するので。ほら医っ!! 早く行くわよっ!!」
「……
「お、おい薬師寺……!!」
「じゃ、またね。黒城の兄貴」
何かを言いたげな目をしている薬師寺は、不満を胸の中に収め、母親と共に帰路につく。
一連のやり取りを見ていた酒吞童子は、口をパクパクさせながらその場で親子の後ろ姿を眺めている彼に質問をぶつける。
「……何だあの親子? 随分
「あ、おう……あ"ぁ"~!! なんかあの人苦手なんだよなぁ~!! なんかこう……
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旧友との偶然の再開により、心に思わぬダメージを負った黒城。
ガタイの良さが消えてしまう程肩を落として歩いていた。
気まずい空気の中、盛岡高校正門前へと辿り着いた3人。
敷地内へと進入すると、正門近くに生えている木に寄りかかっていた1人の大男が、コチラへとズカズカ歩いて来た。
黒城と同じくらいガタイが良く、こげ茶の髪を逆立てており、学生服のボタンを全開にし、鍛え抜かれた筋肉を隙間から見せびらかしている男。
口元にはカイワレ大根を咥えており、パッと見の風貌は、昭和に存在したと言われている番長のような姿をしている。
「おう兄弟っ!! 待っていたぞっ!!」
「……
「オ、オイオイオイっ!? どうした兄弟っ!? 熱があるのかっ!? 上着貸してやろうかっ!? 心配しなくていいんだぞっ!! 俺は半裸には慣れているっ!! さあ、着ろっ!! 兄弟っ!! ぐはぁ……!!」
「あぁ~
「……脳細胞ミドリムシのお前が
手荒な暴言と共に、黒城に殴られた頬を撫でている男。
並岡のキャプテンである阪木原は、腹から発せられた大声で、黒城達を道場へとガイドしていく。
「まあいいさ……兄弟っ!!
「煩ぇなぁ……道順くらい
「俺が付いていないと
「
「道場は既に熱気の渦だ!!
「はっ!! 上等だっつ~のっ!!」
阪木原に促されるまま進んで行く黒城達。
道場の入口に着くと、勢いよく木製の扉を横にスライドさせていく。
一斉に視線を浴びる黒城達。
パラパラとだが、来客へ向けての挨拶が飛び交って来る。
「や、やあ黒城君、よく来たね」
「
「お、
黒城達の来訪にいち早く気が付き、グレー色のボサボサな髪をした、幸の薄そうなひょろ長の男が近寄って来た。
ヘッドホンを首にかけ、眉が八の字を描いており、とても人生が幸せそうには見えない彼。
ここの監督だと気が付くのが遅れた酒呑童子は、黒城達に遅れる形で、並岡高校の監督に挨拶をしていった。
「さ、早乙女監督、今日は来ないの……? 黒城君……」
「そっすね。学校で色々やってますから」
「そ、そうなんだ……何か電話越しで話を聞いてたら、
「あー……何か
「ま、話はこの程度にして……練習の時間にしようかな」
「
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「しゃぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」
「こぉ"ぉ"ぃっ!!」
「く、組際が大事だからね……
練習着に着替えウォーミングアップと打ち込みを行い、乱取りを行う黒城と阪木原。
互いに一歩も引かない技の応酬。
ノーガードの殴り合いのような試合に、周囲の人間達も、思わず乱取りをする手を止めてしまう中、指導者の影澤は、両者に的確な指示を送っていく。
対戦相手を探している最中の酒呑童子は、ワンレングスに切りそろえ、髪先を赤く染めている男に呼びかけられると、実践形式の試合の準備にかかり始めた。
「対戦相手か? よろしく頼むぞ」
「おう、こっちこそだぜっ!! ……お前、名は何つ~んだ?」
「
「俺の名は
「ほうほう……なら高校生ランクは結構高いのか? この柔道部のNo.2なら……」
「いや……ランクは30000位ぐらいだからそんなにって感じだな……ま、今はそれほどでもねぇけどよ? ……いつか阪木原ぐらいランクを上げてやりてぇなぁって夢見てんだわ」
「ほうほう、俺はその心意気、大好物だなぁ!! ……ちなみに阪木原のランクは幾つなんだ?」
「23位だな」
「
「まぁ~……この高校は阪木原が
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並岡高校道場のすぐそば。
冷水器が幾つも並んでいるこの場所で、白い衣に身を包んだ3人の若き柔道家達がいた。
彼ら並岡の生徒達は、休憩の時間を利用して水分補給に来ており、額には大量の汗をかいていた。
「んぐ……ぷはぁ!! 生き返るぜ、
「太陽が2つも存在する空間……無理もないだろ。俺も……
「徳川先輩も、落陽山の新しく転入してきた人間と戦ってけど……
「……」
「もう辞めよっかな……どんだけ
「ねえちょっと、邪魔なんだけど」
給水所で屯していた3人の柔道部員に、冷ややかな言葉が投げかけられる。
彼らの目の前には2人の女子高校生が、機嫌の悪そうな目つきで、3人の柔道部員を睨んでいる。
その視線に怖気づいてしまう彼らを他所に、女子高校生は言葉を続ける。
「はぁー……ねぇ? そこ通りたいんだけど」
「あ、ごめん………
「ちっ……!! 気が利かないわねぇ……」
「……」
「行こ」
「はいは~い✰」
3人の柔道部員を横切っていく女子高校生2人。
ある程度道なりを進んで行くと、背を向けたまま、3人の柔道部員に聞こえるように、彼らを侮辱するような言葉を吐き捨てていく。
「……アイツら、
「
「才能ないのに勝てる訳ないっしょ」
「ね~☆」
「その点、阪木原先輩って
「ね~!! それに今日はぁ~黒城先輩も練習に来てるってさ!!」
「
「どっかの誰かさん達とは大違いよねぇ~?」
「「キャハハハハハハ!!」」
「アイツら……ちょ、おいっ!!」
「…………」
「うっ……!?」
「……早く行こ」
「あいあいさ~☆」
3人の柔道部員の呼びかけがハッキリと聞こえていた上で、視線を向けただけで無視して行った女子高生達2人。
取り残された彼らは、下を俯いたまま話始めるのであった。
「僕達の声が聞こえてるなら、
「ふっ……俺、高校卒業したら、柔道辞めるんだ、
「俺も……」
「僕もだね。ふぅー……僕達なんで柔道やってるんだろうね? あんな制度が無ければなぁー……今月の支払いも厳しいし、バイト増やさないとなぁー……」
「俺、昨日、母さんに怒られたよ。もっと柔道
「……そんな簡単に
「……」
「……百聞は一見に如かず、もしその気なら、僕達3人で試してみないか?」
「ん? 何を……」
「徳島で噂されてる、
「っ!?
会話を進める毎に、場の空気が重くなっていく。
投げやりになりながらもある提案をしていると、その場に乱入して来た空気の読めない2人の大男が走ってやって来た。
ちょうど先ほど話題になっていた黒城と阪木原だ。
3人とは対照的に生気に溢れた振舞いに、死んだように生きている彼らはしり込みしている。
「
「
「……なあ黒城先輩、どうやったら先輩みたいに
「あぁ~? 急にどうしたよ? ん~~~……俺は練習しまくったら、いつの間にか
「おおっ!! さては、黒城が来て燃えているな? 徳川みたいにっ!! そうだなっ!? 夏目、吉田!?」
「そっすねぇー……」
「ははっ僕も同じっす……」
「良し良しっ!! 良い心がけだっ!! 早速道場で
「おうよ!! いや~やっぱ大人数で練習するのは、楽しいねぇ~!! 俺んとこの部員、やっと2人になったばっかだもんなぁ!! ははは~!!」
「……」
陽気にじゃれ合う2人に流されるまま付いて行く3人。
彼らの足取りは、あまりにも重いのであった。
同時に彼ら3人は、奇しくも同じような事を、心の中で考えていたのであった。
(良いよなぁ……才能がある人間は……俺達と違って楽しそうでさぁー……)