第17話 極限集中

文字数 3,072文字

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龍の力は諸刃の剣―――
己の身を蝕むことになったとしても―――
君は柔道が楽しいか
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 佇まいの変化に目を細める古賀(こが)
 周囲で観戦していた門下生達も、青年の醸し出す物々しい雰囲気に、一人残らず吞まれている。

(青桐龍夜か……その年で龍の聖域に足を踏み入れるとはな……気を緩めると、こっちが食わ(やら)れてしまいそうだ……!!)
 
 実力を測りつつ草凪(くさなぎ)の要望通りに対応していた古賀も、今回ばかりは戦闘態勢に入っている。
 本日最後の試合。
 審判の呼びかけにより、接近していく両者。
 手の平を互いに掴み合い、牽制していく2人。
 経験で優る古賀は、青桐の両腕を払い落すと、右手で青桐の後ろ腰部分を掴み、左手で握った中袖を、小指を天井に向けながら後方へ引きつける。
 右足で青桐の左足の内側を払い上げる内股を繰り出す古賀。
 本来ならこの一撃で青桐の体は宙を舞うはずだったが、目の前の青年は、両膝を抜いて上体をかぶせるようにして押しつぶし、古賀の内股を中断させる。
 体勢を立て直し、相四つの状態になる2人。
 青桐の顔つきを目に焼き付ける古賀。
 彼の瞳は龍のように絢爛な物へと変貌しており、さながら青龍が青桐に憑依したかのようである。

(……さっきと別人だな……龍の力を無意識(ナチュ)に……? 何にせよだ……!!)

 右足を餌のように、青桐の左足の前で動かし牽制する古賀。
 釣られて前へと動かした青桐の左足を、刈り取りつ……

「う"ら"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」

「ほう……!!」

 激流を纏い腰を切る青桐。
 この日初めて古賀の体制を崩した彼は、やっと訪れたチャンスを掴み取るため、針の穴ほどの隙に自分の技を叩きこむ。
 分厚い雲の隙間から襲い掛かる龍の足。
 古賀の左足を外側から刈り取ると、宙に浮いた足を右手で掴む。
 同時に嵐のような向かい雨が古賀へ向かって吹き始め、左足で自分の体を支える古賀は、雨風に煽られ仰け反っていく。
 ちゃぶ台をひっくり返すように右手を天へと払う青桐。
 No.42―――

叢雨返(むらさめがえ)し……!!」

「……おっとっ!!」

「これで……どうだぁぁぁぁぁ!!」

 左手で古賀の中袖を握っている青桐。
 彼が最後に選択した技。
 それは子供の頃、古賀に憧れて見よう見まねで習得した思い出の技―――
 一本背負い。
 古賀ほど研ぎ澄まされてはいない。
 だが今の青桐なら、威力だけなら彼にも引けを取らない。
 周囲の観客達、そしてこの場を設けた草凪は目を疑う。
 手加減していたとはいえ、かつて現役最強だった男を、若き柔道家が投げ飛ばしているのだから―――

「や"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」

「一本ッ!!」

「はっ……!! はっ……!! ゲホゲホっ……!!」

「ふー……投げられちゃったか。青桐……いや龍夜、最後の一本背負い、なかなか良かったぞ」

「あ、感謝(あざっす)……ゲホゲホ!!」

「しかし……青龍の呼応(アレ)を使えるとはね。練習してたのかい?」

「え、アレ? ……何ですかアレって?」

「……やはり無意識(ナチュ)か。そうか……ゴホゴホッ!! 失礼、えぇっとだ……色々話すことはあるけど、まずは彼にお礼を言いなさい」

「お礼?」

「隼人にだ。君が昔みたいに柔道を楽しめるようにと、俺にお願いしにてきたんだからね」

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「前転、開始(ファイト)~!!」

開始(ファイト)~!!」

 2020年10月26日月曜日。
 博多駅地下の修練場内。
 部員達が特訓に励む中、青桐と井上(いのうえ)監督は、今後の練習内容について話し合っていた。

「それで……古賀さんは何と?」

「青龍の呼応を試してみても良いんじゃないかって言われました」

「そうか……そろそろ頃合いだとは思っていたが……土曜日にそんなことが」

「やあ井上さん、青桐君、(おつかれさま)。話し込んでどうしたんだい?」

「ああ、飛鳥(あすか)さん。いや、青桐が古賀さんから色々教わった内容を聞いていたんですよ」

「古賀……あの古賀さん? へぇ~指導(コーチ)してもらったの? 良い(ナウい)経験だったんじゃないか。それで? なんて言われた?」

助言(アドバイス)は3つ。1つ目は静謐の構えの完成を目指すこと。練度が低いと、気力の消耗が激しいから長時間は使えないって言われました。2つ目が、技を左右対称(シンメ)に使えるようになるといいって言われました」

「右利きの選手が使う技の逆の動きってこと? 左手で引き付ける一本背負いを、右手で引き付けるみたいに」

「ええ。左右非対称(アシメ)攻撃(かまし)だと対処がしやすいって言われましたね。左の技が使えれば、右へ左へ揺さぶれて、攻撃(かませ)る幅が広がる。新しく技を覚えるよりは、既存の技の左利き版を練習してみろって言われました」

「……青桐、出来(いけ)るのか? お前結構技を使えたはずだが……」

「足さばきに慣れれば……あと引手と釣り手の動きもっすかね」

「そうか」

「そして3つ目。どうも俺、古賀さんとの柔道(しあい)中に、青龍の呼応を使ってたみたいなんですよ。無意識(ナチュ)に」

無意識(ナチュ)ねぇ……青桐君、その時の自分の状態で、何か覚えていることがある?」

「えぇっと……なんすかね……試合に没頭してて、よく覚えてないっすね」

「そんなところだろうねぇ。青桐君、あの技はね、龍の力をその身に宿して、ゾーンに強制的に入る技なんだ。学校で学んだでしょ?」

「……そんな事言ってましたね、先生(センコー)が。殆ど使える人がいないから頭に残ってないっすけど」

「そうだねぇ……今の高校柔道で、この技と同系統の技を使えるのは、No.98赤龍(せきりゅう)の呼応を使える赤神龍馬(あかがみりょうま)君だけだもんね」

理解(わか)った。その方針で行こう。ただしだ……青龍の呼応(その)技の練習は、ここでの特訓が終わった後にするように。みんなが片づけをしている時間だな。いいか?」

理解(わか)りました」

 一礼してチームメイト達に合流していく青桐。
 ため息を吐く井上監督は、そんな青桐の背中を不安そうに見つめていた。

「あの技を習得するか……修羅の道だぞ、青桐」

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 修練場での特訓も、本日は終わりを迎えようとしていた頃。
 先ほどの井上監督の指示通り、他の部員達が片づけを行う時間になると、修練場に敷き詰められた畳の上で座禅を行い、心を静めていく青桐。
 青龍の呼応と呼ばれる技の練習を始めた。

「井上監督っ!! 一通りの救急道具(エモノ)を持ってきましたっ!! それで監督、これは何に使うんですかっ!?」

「ああ、五十嵐(いがらし)感謝(あざっす)。それはだな……青桐が転倒(くたばった)時に使うんだよ」

転倒(くたばった)……?」

「今青桐が座禅を組んでいるだろ? あれは青龍の呼応って技の練習なんだがな……ちょっとあの技、禁忌(いわくつき)の技なんだ」

「えぇ……? 何かありましたっけ?」

「使い手が極めて少ないから知らないのも無理はない。あの技な、制御出来たら凄まじい(すこぶる)力を発揮できるんだが……失敗(やらかす)とだ」

失敗(やらかす)とっ!?」

()()()()()()()()()()()()()()()んだ。龍の逆鱗に触れた罰としてな。 ……っ!! 青桐っ!!」

 監督の嫌な予感が的中する。
 井上監督は青桐の元へ駆けつけていき、それに続いて五十嵐マネージャーも慌てて走り出す。
 彼らが駆け寄ると、そこには過呼吸で力なく地面へと倒れ込んだ青桐の姿があった。
 体は痙攣し、その場から動けそうにない。
 龍の逆鱗に触れた青桐は、死と隣り合わせの状態になってしまったのだった……
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