第28話 慈愛の巨人

文字数 3,853文字

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かつてのトラウマが脳裏を過る―――
未だ克服できぬ物を背負っていたのとしても―――
君は柔道が楽しいか?
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 場内に留まる敵とは対照的に、場外へと進み次の次鋒と交代する伊集院(いじゅういん)
 片眼鏡を左耳にかけると、開口一番に青桐達へ詫びの言葉を投げかける。

「すまん、一本負け(くたば)った」

「おう、それでどうだった?」

「敵は脳内CPUの終わっている言動を取っているが、力だけは本物(マジモン)だったな。あの体格だと、俺と同じ60㎏前後の軽量級の選手なんだが……実際(リアル)の腕力は、無差別級の人間……100㎏オーバーの選手と同等(タメ)だな」

現実(マジ)かよ」

「そう驚くことは無いぞ青桐(あおぎり)。ただの怪力馬鹿(のうきん)ならどうとでも対応できるさ。一番の問題は、アイツらが()()()()を使用してくると言う事だ。技の練度(レベル)は見るに堪えないんだがな。力で無理やり倒しに来るから、堪ったもんじゃないぞ。石山(いしやま)、お前の体格(ガタイ)なら、ある程度対抗出来るはずだ。頼むぞ」

「わ、理解(わか)ったばいっ!!」

 柔軟体操を念入りに行っていた石山が、場内へと進入する。
 石山の体格より一回りほど小さい敵の赤ちゃんプレイ。
 審判の合図と共に試合が始まると、両者小細工抜きで真っ向から組み合っていく。
 互いに横襟と中袖を掴み、相手を地面に押しつぶすように真下へ引っ張る両者。
 体重は100㎏を超えるほどの巨体な石山。
 体格では優っているはずなのだが、一切その場から相手を動かすことが出来ずにいる。

「……っ!!」

(この人……(パな)か力や……!! ばってん、木場(きば)先輩と比べたら)

 修練場での特訓により、数か月前から飛躍的に実力を身につけている石山。
 同じ体格の人間なら幾ばくか戦いやすいのだが、相手は石山と比べてかなり小柄な選手である。
 足払いを行おうにも的が小さいため、照準が合わせ辛い。
 もたもたしている彼に向けて、敵は雲に紛れ込ませた右足を振り抜き、石山の右足の踵の部分を、手前へと刈り取りにかかる。

「わ、わわっ!?」

「しゃぁぁっぁぁあ!! ……審判っ!?」

「……静止(まて)っ!!」

「ばっぶぁ!? (ウソ)でちょっ!?」

 審判から待ての合図がかかり、試合が一時中断される。
 石山を支える右足の根元を刈り取った赤ちゃんプレイ。
 石山を畳へと押し倒したが、咄嗟に彼が腰を捻り背中からの落下を防いだことで、ポイントが赤ちゃんプレイに入ることはなかった。
 ポイントが入っただろと審判に視線を送るも、審判寺(しんぱんじ)は首を横に振っている。

「あ"あ"ぁ"ん"!? ワタクシ的には技ありくらい入ったと思ったのですがねぇっ!? 審判寺さん、審判寺さぁんっ!?」

「……」

(ちっ……喧しい太っちょアフロじゃのぉ……こっちの太っちょ……石山と言われとったな? ……体が倒される瞬間、腰をひねって背が畳に付くのを防ぎよったわい。体が柔軟(やわ)いのぉ。じゃが、このまま何もしなかったら、処分(しどう)が来るが……それでいいのかのぉ……)

開始(はじめ)……!!」

 審判の掛け声で、試合が再開される。
 体を起こした石山は、乱れた衣を整えながら場内のテープが貼られている場所まで戻る。
 正面からがっぷり四つの状態になる両者。
 先ほどの攻撃によってより一層守りを固める石山は、腰を落とし、足で畳を噛みしめ、敵の攻撃を警戒している。
 赤ちゃんプレイも、守りを固めた石山を切り崩そうと足払いで牽制するも、手ごたえの無い様子でいる。
 時間だけが過ぎていく中、審判は試合を中断し、先ほど憂いていた通りの処分を、石山に下していく。

静止(まて)っ!! ……処分(しどう)開始(はじめ)っ!!」

 両手を鳩尾の部分で縄を巻き取るように回し、石山を右手の人差し指で指し示す審判寺。
 積極的な攻撃がされていないとみなされて、石山は指導を取られていく。

「……っ!! 大変(ヤバ)か……!!」

「……?」

(何でちゅかねぇ……処分(しどう)を取られてから動きが固くなったようなぁ?)

「これは……千載一遇(ワンチャン)きたでちゅよぉ"ぉ"ぉ"!!」

 先ほどまでの石山とはどこか違う。
 石山の相手を務める敵の疑念は、今回限定でチームの指揮官を務めるジョンソンヘッドコーチも抱いているようで、顎に右手を当てながら考えを巡らせている。

「……石山さん、動きがぎこちなくなりましたね。処分(しどう)を取られてから……青桐さん、何か心当たりある?」

「いやぁ……? 石山ぁ!! しっかりしろ!! こっからだぞっ!!」

「ん~……Hey!! Mr.石山!! 今は目の前のことに集中するんだっ!!」

「っ!! わ、理解(わか)ったばいっ!!」

 青桐とジョンソンヘッドコーチの声援を受け、深く深呼吸する石山。
 何かを決心した彼は、敵にぶつかっていくように、前がかりに突っ込んでいく。
 弱腰だった石山の急な方向転換に、一瞬怯んだ敵の赤ちゃんプレイ。
 即座に切り替え、重たい水を纏った右足を後方へ振りかぶると、大内刈りの強化技、絶海(ぜっかい)のモーションに移る。

直撃(くら)えでちゅぅぅぅ!! ……あ"ぁ"ん!?」

 振り子を高い所から落としたような軌道で、石山の左足の内側を刈り取りに行く赤ちゃんプレイ。
 彼の渾身の攻撃は、地面から突如発生した砂の塊によって衝撃を吸収されていく。
 意志を持った砂の大群が列をなし、敵の右足を絡めとる檻のような姿へと変貌していく。
 始動を潰し、敵を砂の檻へと投獄させる技。
 No39―――

地瀑牢(ちばくろう)っ!!」

 組み合う相手へと放つ石山の技。
 砂の檻の中に捕らわれた右足を、強引に引っこ抜こうとする赤ちゃんプレイ。
 相手が動きを制限されている内に、石山は敵の横襟を右手で引き付ける。
 同時に体を反時計回りに回転させ、砂の檻を壊しながら、敵の両足を右足で払い上げるように刈り取る、豪快な払い腰を繰り出していく。

「やぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」

「一本っ!!」

「や……やったばいっ!!」

「OK!! その調子だっ!!」

(……さっきのアレ、何だったんだろうねぇ……この試合が終わったら、ちょっと探ってみようかな)

 一息つく青桐達。
 相手の先鋒を引きずり降ろし、同じ次鋒同士の戦いとなった。
 早くも追いつかれた財前(ざいぜん)達。 
 流石に冷汗でもかくかと思えば、先ほどからの余裕綽々な態度が、崩れる気配さえ見せていない。
 
「んんん!! 追いついたと思って安心していますねぇ!! はぁ~……小市民はこれだから……勝ち抜き戦の恐怖(やば)さを理解(わか)っていませんねぇっ!!」

 財前の言葉の真意は直ぐに理解できた。
 次鋒の戦い、体力が万全な中二病に対して、石山は先ほどの試合の疲れにより、早くも息が上がっていた。
 体力の低下に比例して、パフォーマンスもみるみる落ちていく。
 相手はただでさえ常識外れの腕力で襲いかかって来るため、敵の攻防に抗うためには、本来よりもスタミナを多く消費する。
 先ほどまでは互角の組手争いを行っていた石山も、力で押され始め、柔皇の技を使われずとも、体勢を大きく崩してしまう。
 審判は一本勝ちを、敵の中二病に告げていく。
 したり顔の財前。
 顔を酷く歪ませながら、ご満悦の表情で試合を眺めている。

「ワタクシがなぜ引き分け狙いに入ったのか……勝ち抜き戦は、一進一退(シーソーゲーム)になることが多いのですよっ!! つまりぃ~一度優位(リード)を奪ってしまえばっ!! 殆ど勝ったも同然なんですよねぇ"ぇ"ぇ"ぇ"!! どんなに(えぐ)い選手でも疲労(バテ)ますしぃ~勝ち抜き戦で連勝するってそれほど困難(ハード)なことなんですよぉ"ぉ"ぉ"ぉ"!! オ~ホホホホホっ!!」

 恍惚の表情を浮かべる財前。
 彼がその顔になるのも無理はない。
 一度は並ばれた財前達だったが、()()()()()によって再びリードを得たのだった。
 退く石山と代わるようにして、中堅の草凪(くさなぎ)が場内へとやってくる。
 試合展開は財前達が有利のシーソーゲーム。
 試合開始と共に勢いに乗る中二病は、開始するや否や草凪の道着を掴み取り、自慢の腕力で金髪のイケメンを振り回していく。
 相手の体力を食って、次へと繋げるために……

「さぁ~懺悔の時間だぁ!! 我々を無礼(なめ)たことを、存分に悔いるが……」

「」(から)さばき」

「……あっれぇ~?」

 中二病の両手から重さがなくなった。
 それもそのはず。
 目の前の草凪の体が風に包まれて消えると、傭兵の両椀から逃れた彼は、3歩ほど後方に瞬間移動していた。
 変わり身の術でも使ったかのように―――

「ぐぅ……!! お前、世界(シャバ)を幻影へと誘う食わせ者(オープロシキー)、風属性かっ!!」

「正確には、風と雷だがなっ!!」

「……ぐぁ"ぁ"ぁ"!?」

 中二病の背中を何かが思いっきり突き飛ばす。
 後方にはなにもない……
 中二病の背中を押し込んだのは、草凪が生み出した電磁力による力である。
 紫電の稲妻を纏う草凪は、瞬き一回で一気に距離を詰めると、眩い光と共に体を回転させ、背中に担ぎ上げて投げ飛ばす一本背負いを繰り出していく。

紫電投(しでんな)げ―――!!」

 宙で半月を描く中二病は、電鳴と共に背を畳に叩きつけられる。 
 試合時間は17秒。
 殆ど瞬殺に近い試合運びに、開いた口が塞がらない財前。
 首を鳴らし拳を固め直す草凪は、投げつけた中二病に背を向けながら次の試合に集中していたのだった。

「さてと……()()すっかねぇ!!」
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