第44話 南米のトリックスター
文字数 3,768文字
冷気を体から放つ伊集院 。
怯むことなく道着を掴んでいくオリバーは、接触するや否や、指先から体温が奪われていくことに気が付く。
二階の客席で観戦していた青山翼 は、連れの青山龍一 に解説を求める。
「青山 のおっちゃんっ!! 何アレっ!? なんか白いモヤモヤが出てるよっ!!」
「あー……アレか……アレはだな」
「その疑問 、ワタクシ達が解決 いたしますぞっ!!」
「っ!? 誰この不審者 っ!?」
「驚く必要なないですぞっ!! 伊集院氏の研究仲間 ですのでっ!!」
「そうなの? じゃあよろしくっ!!」
「伊集院氏が使用している柔皇の技、冷血化は、自分の体温を下げることで相手の体温を奪取 る技。体温を奪取 られた敵選手のパフォーマンスは、著しく損なわれますぞっ!!」
「凄 い凄 いっ!! ん? じゃあ何でそんな技を今まで使ってなかったの? 始めから使えば良いじゃん」
「んんんっ!! それはですぞ~……あの技が、継続的に気力を消費する技になっていることが原因ですなぁ!!」
「継続的に?」
「そうでありますっ!! あの手の技は、使用する際に少量の体力と気力を消費して、1秒ごとに少しずつ気力を消費しているのでありますっ!! 長時間の使用には注意が必要ですなぁ~!!」
「ふ~ん……じゃあ気力の節約のために、こまめに解除 をしないとねっ!!」
「それは罠ですぞ青山氏っ!!」
「えぇ!?」
「エアコンを想定するでありますっ!! アレは電源を頻繁に解除 すると、使いっぱなしにしているよりも、多くの電気を消費してしまうでありますっ!! 柔皇の技も同じ。発動時に少量の体力と気力を使用している関係上、使ったり消したりしていると、余分に消耗 ってしまうのでありますなぁ!! 基本的に柔皇の技、全般に言えるのでありますが……残量 が限られている以上、初っ端からこの手の技を使う人間はあまりいないでありますっ!! 例外は青桐 氏みたいにいますが……」
試合を観戦しに来ていた、伊集院の研究仲間に、技のレクチャーを受ける青山。
目前で行われている試合の行方を、固唾を飲んで見守っている。
ポイントを奪うため、積極的に組手争いを仕掛けていくオリバー。
だが、接触が増えれば増える程、伊集院の思惑にハマっていく。
「……」
「グゥ……」
(氷を素手で触ってルみたいダヨ……手がかじカンじゃウヨッ!! どうシヨウ? ……ここハ、焦らズ行こうカナ)
前がかりになっていたオリバー。
このままでは弱体化が避けられないと判断し、組手争いを辞め、距離を取って出方を窺う彼。
その行動は伊集院の想定通りだったらしく、右足で畳を踏みつけ畳上に氷柱を発生させ、敵の動範囲を狭めていく。
左右は氷の海、少しでも触れれば足が凍り、動きが止まる。
背後は場外、自らそこに飛び出せば、審判から指導を食らう。
そして前面には……冷気を放ちながら距離を詰めてくる伊集院の姿があった。
「……ッ!! 逃げ場ガ……ッ!! ナイネェコレッ!!」
「……9割9分9厘、追い詰められた袋の鼠よ」
足技を仕掛けるため、敵の体温を奪うため、八寒地獄から這い出し伊集院の右腕が、オリバーの右横襟を掴み取る。
時間をかけるほどに悪化していく戦局。
オリバーは腹を括り、立ち向かう選択を下す。
両手で相手の道着を掴み取り、得意の小内刈りを仕掛けようと右足に力を入れ……
「……ッ!?」
(力ガ……上手く入らナイッ!?)
「……袈裟固めが決まった状態から、体全体の筋肉を酷使して暴れ回ったんだ。体力は想定以上に消耗 ているんじゃないか?」
「……ッ!! その通りカモッ!!」
両腕で体勢を左後方へと押し倒しながら、自分の左足で伊集院の左足の踵の部分を刈り取ろうとしていたオリバー。
体温低下によるパフォーマンス悪化に加え、先ほどの寝技での攻防で、想像以上に消耗していた彼。
そんな体では、伊集院のバランスを崩すことは叶わず、かけられた足の力を抜くことで、易々と耐えられてしまう。
敗北の2文字が頭を過り始めるオリバー。
そんな彼の耳に、周囲の応援に混じってある声が聞こえて来た。
この場にはいない両親の声。
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『お父さん、お母さん、何でオリバーは、みんなと利き腕が違うの? 何かオリバーは変なのかな~?』
『ん? そうだねぇ~……オリバー、それはきっと神様からの祝福 だからだよ」
『祝福 ~?』
『そうさ!! 神様に与えられた才能 ……他人とは違うその才能 を授かったんだ。だから悲観 ることはないんだよ!! その特別な力で、大切な人の力になってやるといいさ!!』
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『はぁー……左利き と柔道 るのは中々いい練習になんなぁ』
『現実 ? オリバー役に立ってル?』
『あぁ、左利き で強 い選手なんて、北海道の聖鏡高校ぐらいにしかいねぇしな。経験になるわなるわ』
『フフフ……!!』
『あん? つーかオリバー、まだ柔道 るのか?』
『当然だヨ、大原 っ!! オリバー、もっと強 くなりたいからネッ!! 試合 、よろしくだヨッ!!』
『はっ!! 相変わらず……自由奔放 してんなぁ。良いぜ、飽きるまで付き合ってやんよ!! 来いっ!!』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(大原 にハ、百千万 試合 に付き合って貰ったからネ。1回も勝てずに戻ったら、大原 が悲傷 だヨッ!!)
体力は限界に近く、崖っぷちに立たされているオリバー。
それでも彼は、己を奮い立てせ、戦いを挑んでいく。
左利きという他者との違いを肯定してくれた人々のためにだ―――
(腕だけじゃナクテ、体全体デッ!!大原 の指導 通り二ッ!!)
煌めく粒子が漂い始める。
蛾眉払いの技を使用すると踏んだ伊集院は、その場で腰を落として身構える。
そんな彼を嘲笑うように、攻撃の途中で別の技へと移行するオリバー。
力の入らない両手で伊集院を引きつけ、体の接触する面積が広くなるにも関わらず、攻勢に入る彼。
左手を腰に回しながら大きく伊集院の股の内に踏み込み、右手を引きつつ腰に乗せて投げる技。
大腰で伊集院を投げ飛ばしに行く。
「Yaaaaaaaaa!! ウゥッ!?」
オリバーは気づく。
足が思うように動いておらず、本来ならそれなりに両足に隙間を開けて投げるはずの大腰が、今は殆ど足が揃っている。
この状態を見逃さなかった伊集院。
彼の足の踵の部分を刈り取り、上半身を地面に倒しながら投げる捨て身技。
小内巻込の要領で両足を刈り取っていく彼は、オリバーと共に畳へと体が倒れていく。
判定は―――
「技ありぃぃぃぃ!! 合わせて一本っ!!」
審判からの判定が下る。
ポイントが入ったのは伊集院。
2つの技ありを獲得したことで、合わせて一本のポイントとなり、伊集院の勝ちが決まった。
連勝によって城南との差を一気に縮めた蒼海。
続く中堅同士の戦いに勝てば、一気にリードを奪うことが出来る。
「Hey、オリバー!!乙 だナっ!! 後は……」
「……後ハ、頼んダヨッ……!!」
場内から場外へと戻って来たオリバー。
敗北した彼は、一礼すると目から大粒の涙を流し、続く中堅のガブリエルに後を託していく。
「……HAHAHA!! ……OKだゼ~戦友 ……!!」
「ふー……」
(3連戦目か……思った以上に体に堪え るな)
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高校生ランク80位 凍てつく探究者 「伊集院慧 」
VS
高校生ランク142位 南米のトリックスター 「ガブリエル・シルヴァ」
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ガブリエルと対面した伊集院。
3戦目に臨む彼の顔は、疲労の色が濃い物になっている。
特に2戦目の中盤から、決着がつくまで使い続けていた冷血化の影響により、著しく気力を消耗していた。
続けざまに戦いに挑む今の伊集院には、ドレッドヘアーの彼を目に捉えることは困難を極めていた。
「開始 っ!!」
「……っ!? 消え……」
「HAHAHA!! 後ろだゼ~……!! No.40ッ!!」
試合開始と共に両足に雷を纏ったガブリエルは、伊集院の背後へと瞬時に移動する。
伊集院が後ろを振り向くと、掴まれたと脳が判断するよりも早く、伊集院の道着の横襟と前袖を掴み、股の奥に大きく右足を入れ込んでいく。
直立に伸びた右足が、眩い光と共に、黄色い火花を飛び散らせていく。
目視不可能な速度で伊集院の右足の踵部分を前方へと刈り取るガブリエル。
右足の動いた残像が、稲妻が真横に走り抜けた様に似ていることから、この名前が付けられた。
No.40―――
「稲妻刈 リッ!! ダァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ッ!!」
タイマーが示す試合時間は僅か4秒。
審判が天へと高々と右手を上げており、試合の勝者を告げていた。
畳に背を付け一瞬の出来事に唖然としている伊集院。
この試合の勝者であるドレッドヘアーの黒人留学生選手は、笑みを絶やさず、好戦的な鋭い目を蒼海の副将へと向けていた。
「HAHAHA!! ガブリエル・シルヴァ!! 派手に戦闘 していくゼ~ッ!!」
怯むことなく道着を掴んでいくオリバーは、接触するや否や、指先から体温が奪われていくことに気が付く。
二階の客席で観戦していた
「
「あー……アレか……アレはだな」
「その
「っ!? 誰この
「驚く必要なないですぞっ!! 伊集院氏の
「そうなの? じゃあよろしくっ!!」
「伊集院氏が使用している柔皇の技、冷血化は、自分の体温を下げることで相手の体温を
「
「んんんっ!! それはですぞ~……あの技が、継続的に気力を消費する技になっていることが原因ですなぁ!!」
「継続的に?」
「そうでありますっ!! あの手の技は、使用する際に少量の体力と気力を消費して、1秒ごとに少しずつ気力を消費しているのでありますっ!! 長時間の使用には注意が必要ですなぁ~!!」
「ふ~ん……じゃあ気力の節約のために、こまめに
「それは罠ですぞ青山氏っ!!」
「えぇ!?」
「エアコンを想定するでありますっ!! アレは電源を頻繁に
試合を観戦しに来ていた、伊集院の研究仲間に、技のレクチャーを受ける青山。
目前で行われている試合の行方を、固唾を飲んで見守っている。
ポイントを奪うため、積極的に組手争いを仕掛けていくオリバー。
だが、接触が増えれば増える程、伊集院の思惑にハマっていく。
「……」
「グゥ……」
(氷を素手で触ってルみたいダヨ……手がかじカンじゃウヨッ!! どうシヨウ? ……ここハ、焦らズ行こうカナ)
前がかりになっていたオリバー。
このままでは弱体化が避けられないと判断し、組手争いを辞め、距離を取って出方を窺う彼。
その行動は伊集院の想定通りだったらしく、右足で畳を踏みつけ畳上に氷柱を発生させ、敵の動範囲を狭めていく。
左右は氷の海、少しでも触れれば足が凍り、動きが止まる。
背後は場外、自らそこに飛び出せば、審判から指導を食らう。
そして前面には……冷気を放ちながら距離を詰めてくる伊集院の姿があった。
「……ッ!! 逃げ場ガ……ッ!! ナイネェコレッ!!」
「……9割9分9厘、追い詰められた袋の鼠よ」
足技を仕掛けるため、敵の体温を奪うため、八寒地獄から這い出し伊集院の右腕が、オリバーの右横襟を掴み取る。
時間をかけるほどに悪化していく戦局。
オリバーは腹を括り、立ち向かう選択を下す。
両手で相手の道着を掴み取り、得意の小内刈りを仕掛けようと右足に力を入れ……
「……ッ!?」
(力ガ……上手く入らナイッ!?)
「……袈裟固めが決まった状態から、体全体の筋肉を酷使して暴れ回ったんだ。体力は想定以上に
「……ッ!! その通りカモッ!!」
両腕で体勢を左後方へと押し倒しながら、自分の左足で伊集院の左足の踵の部分を刈り取ろうとしていたオリバー。
体温低下によるパフォーマンス悪化に加え、先ほどの寝技での攻防で、想像以上に消耗していた彼。
そんな体では、伊集院のバランスを崩すことは叶わず、かけられた足の力を抜くことで、易々と耐えられてしまう。
敗北の2文字が頭を過り始めるオリバー。
そんな彼の耳に、周囲の応援に混じってある声が聞こえて来た。
この場にはいない両親の声。
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『お父さん、お母さん、何でオリバーは、みんなと利き腕が違うの? 何かオリバーは変なのかな~?』
『ん? そうだねぇ~……オリバー、それはきっと神様からの
『
『そうさ!! 神様に与えられた
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『はぁー……
『
『あぁ、
『フフフ……!!』
『あん? つーかオリバー、まだ
『当然だヨ、
『はっ!! 相変わらず……
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体力は限界に近く、崖っぷちに立たされているオリバー。
それでも彼は、己を奮い立てせ、戦いを挑んでいく。
左利きという他者との違いを肯定してくれた人々のためにだ―――
(腕だけじゃナクテ、体全体デッ!!
煌めく粒子が漂い始める。
蛾眉払いの技を使用すると踏んだ伊集院は、その場で腰を落として身構える。
そんな彼を嘲笑うように、攻撃の途中で別の技へと移行するオリバー。
力の入らない両手で伊集院を引きつけ、体の接触する面積が広くなるにも関わらず、攻勢に入る彼。
左手を腰に回しながら大きく伊集院の股の内に踏み込み、右手を引きつつ腰に乗せて投げる技。
大腰で伊集院を投げ飛ばしに行く。
「Yaaaaaaaaa!! ウゥッ!?」
オリバーは気づく。
足が思うように動いておらず、本来ならそれなりに両足に隙間を開けて投げるはずの大腰が、今は殆ど足が揃っている。
この状態を見逃さなかった伊集院。
彼の足の踵の部分を刈り取り、上半身を地面に倒しながら投げる捨て身技。
小内巻込の要領で両足を刈り取っていく彼は、オリバーと共に畳へと体が倒れていく。
判定は―――
「技ありぃぃぃぃ!! 合わせて一本っ!!」
審判からの判定が下る。
ポイントが入ったのは伊集院。
2つの技ありを獲得したことで、合わせて一本のポイントとなり、伊集院の勝ちが決まった。
連勝によって城南との差を一気に縮めた蒼海。
続く中堅同士の戦いに勝てば、一気にリードを奪うことが出来る。
「Hey、オリバー!!
「……後ハ、頼んダヨッ……!!」
場内から場外へと戻って来たオリバー。
敗北した彼は、一礼すると目から大粒の涙を流し、続く中堅のガブリエルに後を託していく。
「……HAHAHA!! ……OKだゼ~
「ふー……」
(3連戦目か……思った以上に体に
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高校生ランク80位 凍てつく探究者 「
VS
高校生ランク142位 南米のトリックスター 「ガブリエル・シルヴァ」
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ガブリエルと対面した伊集院。
3戦目に臨む彼の顔は、疲労の色が濃い物になっている。
特に2戦目の中盤から、決着がつくまで使い続けていた冷血化の影響により、著しく気力を消耗していた。
続けざまに戦いに挑む今の伊集院には、ドレッドヘアーの彼を目に捉えることは困難を極めていた。
「
「……っ!? 消え……」
「HAHAHA!! 後ろだゼ~……!! No.40ッ!!」
試合開始と共に両足に雷を纏ったガブリエルは、伊集院の背後へと瞬時に移動する。
伊集院が後ろを振り向くと、掴まれたと脳が判断するよりも早く、伊集院の道着の横襟と前袖を掴み、股の奥に大きく右足を入れ込んでいく。
直立に伸びた右足が、眩い光と共に、黄色い火花を飛び散らせていく。
目視不可能な速度で伊集院の右足の踵部分を前方へと刈り取るガブリエル。
右足の動いた残像が、稲妻が真横に走り抜けた様に似ていることから、この名前が付けられた。
No.40―――
「
タイマーが示す試合時間は僅か4秒。
審判が天へと高々と右手を上げており、試合の勝者を告げていた。
畳に背を付け一瞬の出来事に唖然としている伊集院。
この試合の勝者であるドレッドヘアーの黒人留学生選手は、笑みを絶やさず、好戦的な鋭い目を蒼海の副将へと向けていた。
「HAHAHA!! ガブリエル・シルヴァ!! 派手に