第26話 巨船での戦い

文字数 4,438文字

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悪に振り切れた人間の暴走―――
直視し難い光景に直面したとしても―――
君は柔道が楽しいか?
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 2021年2月16日暮夜。
 途中合流した城南柔道部の関係者、大原(おおはら)、シモン、ジョンソンヘッドコーチ、修多羅(すたら)監督の4人と共に、小戸公園内の物陰に身を潜める青桐(あおぎり)達蒼海柔道部の面々。
 財前は現在、地下で造船していた豪華客船のお披露目を兼ねて、能古島に停泊しているそれの最上階で、豪勢な宴会を楽しんでいる。
 巨悪を打ち倒すため、会場に乗り込もうとする青桐達。
 だがそれを見越していた財前は、能古島へと続く橋の前に、無数の部下を配置しており、不審人物が侵入出来ないように警備を固めていた。

「ここからは手筈通りに行くよ……青桐さん、よろしくね」

了解(うっす)

 ジョンソンヘッドコーチから合図を送られる青桐。
 手元のスマホでしきりに時間を確認している彼は、警備兵の正面に堂々と正体を現すと、周囲をキョロキョロと見回している。
 その様子が目に入った警備兵達。
 挨拶代わりに青桐へ手荒な暴言を投げかけていく。

「お~いおいおいおい!! 来やがったぜぇ~!! おうテメェ!! 財前さんの邪魔しに来たんだろぉ~? なぁ"!?」

「……」

無視(シカト)してんじゃねぇぞゴラァ"ァ"!!」

「……やっと来たか、アイツ」

「お~う青桐~!! 来てやったぜぇ!! そんで……アレ!! 持ってきてんだろうなぁ!?」

 青桐がしきりに探していた人物。
 黒い柔道着を身に纏う赤髪天パーの青年、リヴォルツィオーネの烏川(うかわ)が、手を振りながら満面の笑みで青桐の元へと駆け寄って来た。
 無表情のまま心の中でガッツポーズしている青桐は、烏川の期待に応えるべく、色紙入れに入った古賀さんのサインを手渡していく。

「うっひょ~!! 現物(マジモン)じゃん!! おいどうした青桐!? 急に古賀さんのサインくれるってよ~お前さては良い奴か!?」

「……烏川、ちょっとこっち来い。もっと良いもんくれてやるからよ」

現実(マジ)でっ!? 行く行く~!!」

「……おい糞警備兵どもっ!! 一丁前に数だけ揃えやがってよぉ!! それで邪魔出来ると思ってんのかっ!? 0がいくら集まっても0のまんまなんだよっ!! 数学出来ねぇのか? あ"ぁ"ん"!?」

「青桐、何これ? 青桐くぅ~ん?」

「テメェらなんてなぁ……1人で十分なんだよっ!! とっとと柔道着を着衣(キメ)てかかってこいやぁ!! ……ってこの黒い柔道着の彼が言ってました」

「ん"ん"っ!?」

 警備兵達へと威勢よく啖呵を切った青桐。
 直後に右手で烏川を指差し、全ての責任を赤髪の彼に擦り付けていったのだった。

「……青桐? お前何してんの……?」

「烏川……俺はお前の柔道の実力(ウデ)を高く評価している。散々お前に敗北(やられ)てきたからな」

「え? 感謝(あざっす)……」

「だからこうやって、お前を生贄(おとり)にするんだ」

「おい待てっ!! ……お前まさかこのために呼んだのかよっ!?」

「察しが良くて助かるラスカル」

「お前俺を無礼(なめ)てんよなぁ!? な"ぁ"!? この前一緒に行動したからか!? おい撤回しろっ!! 今すぐにっ!!」

「あぁ? 男に二言はねぇんだよ」

「お前、自分に関係ねぇからって好き放題言ってんじゃねぇよっ!?」

「おいオメェらっ!! 先にあの黒い柔道着の方から柔道()っちまえぇ"ぇ"ぇ"!!」

「お"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"!!」

「はぁ!? はぁ!! はぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!?」

「おらご指名だ烏川ぁ!! とっとと柔道()ってこいやぁ"ぁ"ぁ"!!」

「ギャァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"!!」

 烏川を蹴り飛ばし、警備兵の群れへと叩きこんだ青桐。
 能古島へ続く道をこじ開けつつ、日頃の鬱憤を晴らすことに成功した彼。
 その場で小さくガッツポーズしながら、達成感に包まれるのであった。

「…………よし」

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 能古島へ続く橋を駆け抜け、豪華客船内へと進入した青桐達。
 事前にジョンソンヘッドコーチが内部工作していたルートを辿ることで、難なく船の内部へと潜入していた。
 船内の人だかりを搔き分けて、目的の場所へと急ぐ青桐達。
 船の最上階に進む階段の目の前まで到着した彼らは、ジョンソンヘッドコーチと最後の打ち合わせをする。

「この先に財前が待ち構えているよ。今頃大勢の人間と立食パーティーでもやってるんじゃないかな? 彼らが到着するまで適当に(べしゃ)って時間を繋ごう。それじゃ早速……」

「おい見つけたぞっ!!」

「……まあ、そう簡単にはいかないか」

 最上階野外デッキに突入しようとしたまさにその瞬間。
 後方から船の警備に努める人間が、柔道着を着込んで青桐達に追いついて来た。
 どうしたものかと困った表情を浮かべるジョンソンヘッドコーチ。
 アロハシャツを素肌の上に着ている城南柔道部の監督が、それを見て助け舟を出していく。

「……ここはワシらが食い止めようか? シモン、其方もここに残りなさいな」

「oh!? ワタシ、居残りですカ!?」

「ワシも一緒に居るから安心せい。どれ……足止めがてら、ちょいと遊んでやるわい」

「修多羅監督、では僕達は先へ行って来ます」

「はいよ。城南の恥晒しに責任(けじめ)、つけさせてきなさいな」

 二手に別れることになった青桐達。
 城南の監督とシモンを残し、青桐一行は財前の元へと向かって行く。

「……ワタシも行きたかったでス」

「そう不満(むくれ)るな。後で寿司を奢ってや……」

「なんだかやる気が出てきましたヨっ!! 監督、ご馳走様(ゴチ)でスっ!!」

「……本気(マジ)で其方、調子者(はじけ)てるわい……」

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「おやぁ~~~? はぁ~……警備兵共は使えませんねぇ!!」

 財前が待ち構える最上階、野外デッキへとやって来た青桐達。
 会場には、ドレスコードしてきたであろう来賓客が、楽しそうに談笑しながら、此処彼処の机の上に置かれた豪勢な料理を皿にとって嗜んでいる。
 そんな和やかな空気の中、場違いな場所へとやって来た侵入者を発見した財前。
 会場入り口から最も遠い場所に待ち構えていた彼は、煌びやかな椅子に座り、机の上の料理を貪り食いながら、眉間に皺を寄せている。

「招いた覚えはないのですけどねぇぇぇ!!」

「やぁ財前理事長!! お楽しみの所悪いねぇ……ちょっと付き合って貰うよ!!」

 青桐達の登場によって、会場の空気が一変していく。
 会場のど真ん中を悠々と歩いて行く青桐達。
 先頭を歩くジョンソンヘッドコーチは、今まで独自に集めて来た財前の悪事を、芝居がかった口調で余興の如く披露していく。

「財前理事長……アナタ、悪人(チンピラ)達を利用して、周囲の高校を妨害活動(じゃま)してましたよね? 他校の土地買収に、警察(サツ)への賄賂、違法薬物(ヤク)の売買、誘拐(らち)った人間を奴隷として働かせてたりさ、最近話題のリヴォルツィオーネとも関係があったそうなんだよね。ん~罪状を挙げるだけでキリがないなぁ。いや(パな)いねぇ!! 表ではこんな事しときながらさ? 裏じゃあくどい事ばかりしているよ」

「はぁ~? 何を言っているのかさっぱり……」

「財前理事長……アナタ精神的暴力(パワハラ)(パな)いんだって? 側近が泣きながら告発(ゲロ)ってくれたよ」

「あの秘書の野郎ぉ……」

「さぁ……大人しく警察(サツ)の所へ行きましょう。罪を償うんだ」

「……」

「財前理事長? 聞いてます?」

「……うぅ、うぅぅぅ……!! ワ、ワタクシ、ワタクシ……!! 本当に愚行(バカ)なことを、し、してしまいました……!! 本当(マジ)で、本当(マジ)愚行(バカ)で……!!」

「う~ん……?」

「小市民共がここまでだとは……!! ワタクシ、なんて愚行(バカ)なんでしょうねぇぇぇぇ!! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 ジョンソンヘッドコーチは、ある程度想定していた。
 十中八九、自分から警察に自首しないだろうと考えていたが、もしかしたら……
 その可能性に賭けていたが、どうやら目の前の悪漢には、一切の良心がないらしい。
 大の大人が大粒の涙を流し、その場に膝をついている。
 どうやらプランBに移る必要があるようで、ジョンソンヘッドコーチは、ため息交じりに財前に呼びかける。

「財前理事長、アナタのその返答は、抵抗するという意味でいいんですね?」

「うわぁぁぁぁ!! うぅぅ!! うぉぉぉぉぉぉ!!」

「……理事長っ!!」

「……無礼(なめん)のも大概にしろや糞がァァァァァ!!」

 財前の咆哮。
 それに呼応するように、音もなく現れたスーツを着た無数のSP達が、青桐達の前に割って入った。
 膝を地面から離し、薄気味悪い笑い声と共にコチラに顔を向ける財前。
 彼の真っ黒な瞳は、狂ったように鈍く輝いていた。

「はぁ~……!! ありもしないことをベラベラベラベラベラベラベラベラぁ!! あ"ぁ"!? ワタクシを無実の罪で捕まえようって考えならぁ~~~まとめて台無し(おしゃか)にしてやりますよぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"!!」

「あくまで罪は否定するんだねぇ……」

(もうちょっと時間が欲しいな……)

「青桐さん、適当な暴言で時間を繋いでくれる?」

了解(うっす)理解(わか)りました。おら糞財前!! 養豚所から抜け出した豚野郎には、獄中(ブタばこ)の臭い飯がお似合いだっつってんだよっ!! とっとと自首しやがれっ!!」

「あぁ"ぁ"ぁ"ん!? 誰が豚野郎だゴラァ"ァ"!! テメェ誰にもの言ってんのか理解(わか)ってんのかっ!? あぁ"ぁ"ぁ"ん!?」

「……こんな感じで良いっすか?」

「Great、良い暴言だったよ。今ヘリが見えた……皆、プランBで行くよ」

 じりじりと近づいて来る黒服のSP達。
 周囲を取り囲まれているにも関わらず、青桐達の平静が崩れることは無い。
 ざわつく会場内に、ある音が聞こえて来た。
 輸送ヘリCH-47JAの飛行音である。
 豪華客船の頭上に滞空し始めた3基のヘリ。
 後方の扉が開き、中から畳を担いだ屈強な男達が、パラシュートを開きながらデッキへと降り立ってきた。
 会場中が騒然とする中、ヘリの中から最後の1人である筋骨隆々の老人が、パラシュートも無しに船上へと落下。
 轟音響かせ受け身を取りながら、青桐達と財前の間に割って入って来たのだった。

「……久しいな青桐(こぞう)審判寺一郎(しんぱんじいちろう)見参……!! さぁ……団体戦を柔道()ろうかのぉ若人(こわっぱ)共よ……!!」
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