第67話 黒衣の歌舞伎者

文字数 3,424文字

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
培った技術が通じず―――
捨て駒にせざるを得なくても―――
君は柔道が楽しいか?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 試合時間は残り1分を切ろうとしていた。
 弾丸の雨に晒され続けた熊谷(くまがい)
 この試合で始めて味わう初見の技を、僅かな時間で既に見切れるようになっており、一切の被弾なしに、相対する銃守(かねもり)との攻防を続けていた。
 互いに足技を繰り出し、相手の出方を窺うも、技ありを取られている銃守には一刻の猶予もない。
 にも関わらず、銃守は至って冷静に試合を運んでいるのであった。

「ふ~……旋風刈(つむじが)りっ!!」

「……ちっ!!」

「ボチボチ試合が終わっちゃうよ? そうなると判定(ゆうせい)勝ちになっちゃうけど……おっと!! 不意ついても無駄だよ✰ 上からの射撃は見切っちゃったからね✰」

「……」

 熊谷の足技をいなし、返し際に上空から敵の背後へと射撃を行った銃守。
 その反撃を熊谷は読んでいたようで、目視せずに上体を反らすことで難なく躱していく。
 組み合っていた道着を振り切り、距離を取る銃守。
 先ほどから絶え間なく弾丸の雨を降らせ続けているようで、疲労の色が顔に出ていたのだった。

「ふ~……いつまでこれを降らせる気? 気力の無駄じゃないのかな✰」

「……」

 にこやかに無駄な抵抗を辞めるように促す熊谷。
 それでも銃守は、執拗に上空から弾丸の雨を降らせ続ける。

「いやだからさ~……」

「……ふっ」

「……あ"ぁ"? はー……面倒(だる)いんだよなぁ~そういうのはさぁ……!!」

 一定の距離を取りながら弾丸を降らせ続ける銃守。
 追い詰めているはずの人間が余裕そうな態度を示してきたことで、流石の熊谷も頭に血が上り始めたのか、強引に前に出始めていた。
 上空からの襲撃に最大限警戒しつつ、銃守のカウンター技に警戒する熊谷。
 表情は変えていないものの、内心は穏やかでは無かった。

(チンタラ柔道しやがってよぉ……どうせ俺を憤怒(キレ)させて突っ込んだ所をカウンターだろ!? そう上手くいかせるかよ……!!)

 右へ左へ弾丸の雨を交わしながら、銃守の道着に手をかけようとする。
 いつでも幻術を繰り出せるように細心の注意を払いながら突っ込む熊谷。
 そんな彼に、銃守は感謝の言葉を述べるのであった。

「……どうも感謝(あざっす)

「あぁ?」

ENo17(この技)に張り合ってくれてよぉ"!!」

 熊谷を迎撃するため、身を屈め重心を低くする。
 そのまま足払い等でカウンターを仕掛けるものだと思っていたのだが、銃守は身を屈めたまま、上体を左へと大きく反らしていく。
 同時に、()()()()()()()()()()()空気の塊。
 No.17仙手で生み出した物体を、熊谷へと水平方向に飛ばしていく。

「!!」

(はぁ~……このチンピラぁ……!! しつこく上から射撃()ってたのは、意識を上に向けさせて、真横からの銃撃を当てるためかっ!! ご丁寧に隠し玉までやりやがってよぉ……!!)

「はぁー……面倒(だっっっっる)っ!!」

 銃守が使用するENoの進化前の技。
 ENo.17の存在が頭から抜け落ちていた熊谷。
 空気の塊を真正面から無防備に食らっていく。
 この試合始めて大きく上体を崩していく彼。
 絶好の好機が目の前に到来した銃守は、即座に敵の道着を両手で掴み取ると、体を反時計周りに回転させ、両手でハンドルを左に切るように動いていく。
 敵の上半身の動きを制限させたまま、銃守の右足は、熊谷の左足を払い上げにいく。
 内股を繰り出した銃守、完全に虚を突いたのと、連戦による疲労も相まって、一本勝ちは確実に思えていた。

「お"ら"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!! っ!?」

「あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"!!」

(おいおいおい!? 体勢殆ど崩れてんのに、そこから"反撃(かえ)しちまう"のかっ!? 糞がぁぁぁ!!)

 雄叫びを上げながら、密着した状態で畳へと投げ飛ばされていく両者。
 銃守が間近で見る熊谷の形相は、整った顔が崩れる程の必死な形相をしており、先ほどまで見ていた人間とは別人に見える程であった。
 互いに背中が畳に付いた瞬間に、試合終了のブザー音が響き渡り、審判が試合終了の合図を言い渡す。

「技ありぃぃぃぃぃぃ!! 終了(そこまで)っ!!」

 技ありの判定を告げ、銃守と熊谷は試合開始の位置へと、道着を戻しながら戻っていく。
 両者が所定の位置に着いたのを確認すると、審判はその右手を空気を縦に割くように、己の体の前へと動かしていく。

相討(ひきわけ)ぇぇぇ!! ……礼っ!!」

感謝(あざ)っしたっ!!」

 相手への礼を行い会場を後にする両者。
 最後の攻防の結果、銃守にポイントが入ったようで、両者技ありの引き分けに終わったのだった。
 汗だくのまま黒城(こくじょう)達の元へ戻る銃守。
 最後の攻防で仕留め切れなかったことを悔いつつ、試合中に抱いた違和感を、仲間達と共有するのであった。

「はっ!! 最後、アレで一本負け(くたば)らねぇのかよ……!!」

「銃守っ!! なぁ……あの熊谷って奴さぁ……」

「黒城ぉ……オメェも何となく察したか」

「あぁ。なんかさぁ~……アイツ、()()()()()()?」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「はぁ~……!! 最後、本気(マジ)で……あぁ~~~!!」

「あれあれ? 熊谷君、熊谷君!!」

「あ? んだよ彩川(さいかわ)……」

「口調口調!!」

「あ? ……あ、ははは~ちょ~~~っと荒っぽくなっちゃったね✰ 謝罪謝罪(メンゴメンゴ)✰」

不覚(やば)不覚(やば)……観客(パンピー)、気が付いたかな……?」

「……どうだろうね✰」

「ん"ん"ん"~~~ならばぁ~~~この花道海老蔵(はなみちえびぞう)ぉ!! 華々しき挨拶(アイツキ)によってぇ~……この空気……変えてしんぜよぉ"~~~!!」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 両者退き、互いに次の戦力が投下される。
 落陽山高校は3人目の酒吞童子夜叉丸。
 彼が負けることで、黒城達は団体戦に敗北してしまう。
 対するリヴォルツィオーネは2人。
 やっとのことで1人目を引きずり降ろしたのも束の間、次の強敵が壁となって襲い掛かって来る。
 試合会場内に足を進める両者。
 ファイアーレッドの髪を獅子のようにまとめている酒呑童子。
 対する花道は、腰にまで届くかのような長髪を、歌舞伎の垂れ幕の色で染め上げており、その大柄なガタイも相まって、見る者に威圧感を与えている。

「次の敵だな? ぶっ潰してやるよっ!!」

「如何にもぉ"ぉ"ぉ"~~~!! この花道……」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 高校生ランク26位「酒吞童子(しゅてんどうじ)夜叉丸(やしゃまる)
      VS
 高校生ランク8位「花道海老蔵(はなみちえびぞう)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

開始(はじめ)っ!!」

「こぉ"ぉ"ぃ"ぃ"ぃ"!!」

「ぬぅ!? まだ口上が済んでおらんぞぉ!!」

 試合開始の合図が告げられる。
 雷を両足に纏い、急接近する酒呑童子。
 そのまま両手で敵の道着を握りしめると、そのまま力任せに引きずりながら揺さぶっていく。

世界(シャバ)に渦巻く失望(ぴえん)の念、このような形で現れようとはぁ……!! 駄目(ペケ)駄目(ペケ)惨劇(チョベリバ)だぁ!! 千両役者な八枚目ぇ!! この修復不能(おそかりしらのすけ)な……」

「……鎧崩(よろいくず)し」

「ぬぅ"ぅ"ぅ"ぅ"ぅ"!?」

饒舌(おしゃま)だなぁ? 長いんだよっ!! うら"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」

 試合会場の場外間近。
 引きずられる花道は、自護体を取りながら、長い長い口上を語っている。
 取り合う気のない酒呑童子は、敵のガードを崩せる柔皇の技、No.74鎧崩しを繰り出す。
 強制的に守りの姿勢を崩された花道相手に、酒呑童子は払い腰を繰り出していく。
 両者とも場外へ出ながら投げられる花道は先に背中を付けていくのであった。

「いっぽぉぉぉぉぉん!!」

 主審の右手が真っ直ぐ天井へと上げられる。
 副審が駆け寄って行く中、主審は声高々に酒呑童子の勝利を告げていく。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み