第19話 思わぬ出会い

文字数 5,423文字

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黒き柔道着を身に纏いし者―――
時に彼らとも協力せざるを得なくなっても―――
君は柔道が楽しいか?
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 地下造船所入口に到着した青桐(あおぎり)達。
 突如出現した異様な空間に、彼らは度肝を抜かれていた。

「糞でけぇぞここ。野球場(ドーム)丸々入んじゃねぇか? どうなってんだよ……」

「ほう地下か」

伊集院(いじゅういん)、なんか知ってんのか?」

「ああ、9割9分9厘な。ここはかつて、第二次世界大戦前に作られた防空壕跡地だ。不動産王(なりきん)正田(まさだ)・マイケル・正芳(まさよし)が、開戦を見越して、一般市民(パンピー)を避難させるために作ったとされている。これに似た場所は、福岡の各地に存在すると(バズ)られているぞ。博多駅地下の訓練場も、所有権を飛鳥さんが買ったんじゃないか?」

現実(マジ)かよ、よく知ってんな」

「これは柔英書房発刊のマニアックな歴史書にしか載っていない。俺も博多駅地下の訓練場の存在を目の当たりにしなければ、都市伝説を疑うほどだからな。知らないのも無理はないだろう……っ!! こっちだっ!!」

 伊集院の動きにつられ、資材置き場の資材の影に身を隠す青桐達。
 姿を隠すと同時に間髪入れず、従業員と思わしき強面の男2人が、先ほど青桐達が立ち尽くしていた場所へとやって来た。
 しきりに周囲を見渡しており、何かを探しているようにも見える。

「兄貴ぃ~さっきここに人影が見えたんすけどぉ……」

「いねぇじゃねぇかよ? ……げぇ!! エレベーターの電源入ってんじゃんかよっ!? 消しとけっつったろ!?」

「うぉ!? 謝罪(さっせん)っ!!」

 青桐達が利用したエレベーターのすぐ近くの部屋。
 制御室のような場所へと慌ただしく駆け込んで行った男。
 中で装置をいじるや否や、エレベーターはただの鉄くずへと成り果てていった。

「……行ったな」

「そうみたいですネ。エレベーターはもう使えないんですかネ?」

「あの制御室で稼働(いじ)れば問題ねぇだろ。んでどうすっか……隼人(はやと)とあの男の人の捜索はよぉ」

「手分けしまス?」

「いやシモン……合流が難しくなんねぇかそれ? まとまって動いた方がいいだろ。伊集院、成功する確率はどんくらいだ?」

「……5割6部7厘だな」

「なんか低くねぇか?」

「四捨五入すれば10割だぞ」

「なら大丈夫だな」

 青桐の提案を受け、それに従い行動する面々。
 7人という大人数での移動のため、最新の注意を払いながら着々と前進していく。
 だが、造船所内は入り組んだ迷路のような構造をしており、内部構造を理解していない青桐達にとっては、自分の居場所を把握するのも困難を極めていた。

「……どこだここ」

「んんん~引き返しますカ? なんか戻れなくなりそうですヨ」

「そーだな……一旦引き返して……あん? んだアレ」

 捜索する事数十分。
 これといった収穫がないまま、いたずらに時間だけが過ぎていた頃。
 暗闇で視界が奪われる中、うっすらとしたロウソクの火のような光が、青桐達に姿を現した。
 まるで青桐達を誘っているかのように、それらは怪しく揺らめいており、顔を見合わせる青年達は、誘われるまま光の道筋を辿っていく。
 そこに存在したのは……

奴隷詰込施設(タコべや)!?」

「青桐さん、奴隷詰込施設(タコべや)ってなんですカ?」

「あぁー……本当(ガチ)でザックリした解釈だけどよ……消耗品労働者(どれい)の寝床って言えば伝わるか?」

消耗品労働者(どれい)っ!? 日本でそんなのがあるんですカ!?」

「昔の日本にはあったらしいぜ。ただ……現代でもこんなのがあるなんて、聞いてねぇよ……」

 そう言って青桐は、檻の中にぎゅうぎゅう詰めになった労働者達に目を移す。
 人一人のスペースすら確保することが出来ず、身体を重ねるようにして床に寝ている彼ら。
 頬は酷く痩せこけており、死んでいるかのように身動き一つ取らない。

逃亡(ばっくれ)る気力すら残ってねぇのか? ……物騒(やべ)ぇ所に来ちまったなこりゃ」

「青桐さん、ここを離れましょウ」

「そーだな、そうしよう……あぁ? ……お前っ!!」

 その場を後にしようとした青桐が、檻の中のある人物に目をやる。
 かつて昇格戦で足を引っ張られ、柔祭りでは因縁を吹っかけて来た男。
 全身の肉が削げ落ちており、骨と皮だけの姿になった不死原(ふじわら)の姿があった。
 瞼が重たそうにしており、光のない黒い瞳を、無機質な天井へと向けている。
 柔祭りでは同じチームだったシモン達も、彼の姿に身に覚えがあるらしく、青桐と共に狼狽えている。

「あ、青桐さん、この人この前いましたよネ!?」

「あぁ……柔祭りだろ? 昇格戦でも足を引っ張られてるから、間違いようがねぇよ……おい、不死原!! お前、大丈夫か? ……死んでねぇよな?」

「……」

「お、おい!?」

「なんか騒がしいぞっ!! 誰かいるのかっ!?」

 目の前の異様な光景に足を止めていた青桐達。
 どうやらその時間が長すぎたようで、見回りの人間の接近を許してしまった。
 全身の皮膚が引っ張られる感覚に襲われる若き柔道家達。
 急いで身を隠すためその場を立ち去る中、青桐だけは檻の前で顔をしかめたまま動けずにいた。

「青桐さん、早く逃げましょウッ!!」

「9割9部9厘、賛同(それな)っ!!」

「青桐君、今は逃げた方が良かよっ!!」

「……ちっ、理解(わか)ったよっ!! ……すまねぇ不死原」

 仲間達に急かされ、後を追おうとする青桐。
 檻から顔を背けようとした丁度その時、虫の息である不死原と目が合ってしまった。
 生気のない両目からは、辛うじて絞り出した僅かな雫が流れており、かすれた声が聞こえてくる。

「青、桐……たず、けて……!!」

 暗い室内に金属同士の接触音が、豪快に鳴り響く。
 不死原からのSOSを耳にした青桐。
 彼は特に表情を変えることなく、反射的に檻を蹴り飛ばし、閉ざされた空間から逃げ出すための出口を作り出した。
 仲間達からの視線を一斉に浴びる青桐。
 数秒考えこんだ後に、彼の額からは冷汗と思わしき液体が滝のように流れていく。

「…………………不覚(やっっっべ)ぇ"ぇ"ぇ"!!」

「あ、青桐、お前……!!」

「青桐君、感情で判断し過ぎばいっ!!」

「おうテメェらっ!! 何処から侵入しやがったぁ!?」

「ちっ!! しゃぁねぇ……なっ!!」

 追っ手に追いつかれそうになっているにも関わらず、青桐は檻の中に慌てて入り込むと、奴隷達を押しのけて、衰弱しきった不死原を背に担ぎ、仲間の元へと合流していく。
 青桐の到着後、すぐさまエレベーター入口まで向かう彼ら。
 後方には、鬼の形相で罵倒しながら追いかけてくる、荒くれ者のような成人男性が、集団を形成しながら迫って来ていた。

「わりぃ!! 捕捉(やらか)した!! どうやって逃亡(ばっくれ)るっ!?」

「……9割9分9厘、エレベーター一択だろうな。俺が制御室で稼働(いじ)る間、時間を稼いでくれ」

「お、俺は伊集院君の支援(サポート)に行くばいっ!!」

「そういうことなラ、オリバーも護衛(しゅご)るヨっ!!」

「Hey~なら俺ハ、不死原の介護(エスコート)だナッ!?」

「Leave it to us about Mr.Fushihara.(不死原さんのことは、俺達にお任せください)」
 
 背に担いでいた不死原を、黒人留学生のアーロンに託し、それぞれの持ち場に向かって行く。
 伊集院(いじゅういん)石山(いしやま)、オリバーの3人は、エレベーター稼働。
 ガブリエル、アーロンの2人は、不死原の保護。
 そして青桐とシモンの2人は、追手と戦い時間稼ぎをすることになった。
 エレベーターへ向かう道の途中に存在した、畳張りの空間。
 そこで足を止めた青桐とシモンは、一瞬で柔道着に着替えると、並みいる荒くれ者達に相対していく。

本気(マジ)失態(ちょんぼ)案件だなこりゃ……」

「そうですかネ? ワタシは良い判断だと思いますヨ?」

「気遣いど~も。んで……柔道の実力(ウデ)はどんな感じだ?」

「そうですネェ……この前の柔祭りよりハ、実力(ウデ)を上げたと思ってますヨ」

「そうか。なら心強ぇ……柔道()るぞシモンっ!!」

OK(ウッス)!!」

「んだコイツら……俺達と柔道()るってか!? 滑稽(ウケ)るなオイっ!? オイお前審判しろっ!! 判定は公平になっ!? こういう糞餓鬼(シャバゾウ)は、柔道で圧勝(ボコ)るに限るからなぁっ!!」

 荒くれ者達も一瞬で柔道着に着替えると、青桐とシモン、それぞれに柔道勝負を挑みにかかる。

一番手(トップバッター)はこの俺ぇ!! お前ら、この人数を相手に勝てると思ってんのか!? 1+1が10にも100にもなる俺達の力っ!! 本当(ガチ)理解(わか)ってんのかっ!? あ"ぁ"ん!?」

「そういうテメェは算数理解(わか)ってねぇじゃねぇかっ!!あ"ぁ"ん!?」

「比喩表現に……噛みついてんじゃねぇ"ぇ"ぇ"!! ギャァ"ァ"ァ"ァ"!?」

「オラ次かかって来いやぁ"っ!!」

二番手(ナンバーツー)はこの俺……見えるぞ……!! 破滅の未来がっ!! ふっはっ!! 屈服したその姿、随分と可愛らしいなぁ"ぁ"ぁ"!?」

「おい!! 見えちゃいけねぇもん見えてんぞテメェ!! 眼科行ってこい眼科っ!!」

「んだとクソが殺すぞテメェ!! ギャァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"!?」

「……オラ次っ!!」

三番手(ふところがたな)はこの俺っ!! こんな時間にこんな場所に迷い込んでぇ~手のかかるぼくちゃんでちゅねぇ~!? 丁重にもてなちてあげまちゅよぉ"ぉ"ぉ"!!」

「んだテメェ、赤ちゃんプレイ(バブ)るのが好きなのかよ、随分いい趣味してんじゃねぇか!? 悪趣味(きっしょ)いな本当(マジ)でよぉ~~~この……多淫(スケベ)野郎がぁ"ぁ"ぁ"!!」

「ばぶぅ"ぅ"ぅ"ぅ"ぅ"!! この侵入者ぁ排除するでちゅ"ゅ"ゅ"ゅ"ゅ"う!! ギャァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"!?」

「…………おいさっきから変な奴しかいねぇぞ!? まともな奴はいねぇのかっ!? 次出て来たら理解(わか)ってんだろうなぁ!? なぁ"ぁ"ぁ"!?」

四番手(しんうち)はこの俺……だっ!! (ママ)にろくな躾をされていないなぁ君ぃ……(ママ)に言いつけられたくなかったら、大人しく捕まりなさいなっ!! (ママ)を悲しませたくな……」

「こんな所で働いてる親不孝の馬鹿息子に言われたかねぇんだよっ!! 右も左も理解(わか)らねぇで人生に迷ってる能無し間抜(ボンクラ)がいっちょ前に説教教示(かま)してんじゃね~ぞハゲカス反社のマザコン野郎がぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」

(ママ)ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"~コイツ言い過ぎぃ"ぃ"ぃ"ぃ"!! ギャァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"!?」

「あぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!! なんなんだよこの珍獣動物園はっ!? 良い見物料回収(ふんだくれ)れそうじゃねぇかぁ!? なぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!?」

 並みいる屈強な男達を一刀両断していく青桐。
 同時に、彼の言葉も火災現場のように燃え上がっており、隣で戦っていたシモンが消火活動に入らざるを得なくなる。

「青桐さん、落ち着いて下さイッ!! 憤怒(げきおこ)大原(キャプテン)より醜悪(ヤバ)い口調ですヨッ!? 深呼吸深呼吸ッ!!」

「ふー……!! ふー……!! ちっ!! にしても数だけはいっちょ前にいやがってっ!! キリがねぇぞっ!?」

「オラ龍夜(りゅうや)!! 暴言に気を付けろっていつも先輩に言われてんだろ!!」

「その声は……隼人(はやと)っ!?」

 青桐の暴言を聞いて駆け付けて来た人物。
 この地下施設へと出向くことになった原因を作った、草凪隼人(くさなぎはやと)が遠くの方から青桐とシモンの元へと駆けつけて来た。
 横に並び、共に肩を並べる草凪。
 額からは大粒の汗が流れており、ここに到着するまでに、至る場所を駆け巡っていたことが見て取れる。
 
「後で密告(チク)るから覚悟しとけよ龍夜っ!?」

「お前……死んでなかったのか。心配したぞ」

「んで死んでる前提なんだよっ!? つ~か今はそれどころじゃねぇ!! ここを切り抜けるぞっ!! ()()()()()も、今回は協力してくれるってさっ!!」

()()()()()……? はぁ!?」

 草凪の影に隠れていた人物。
 共に大穴に落ちて行動していたと思わしき男性は、その身に()()()()()を身に纏い、涼しい表情のまま屈強な男達の前に歩を進めていた。
 ピーコックブルーの麗しき長髪をたなびかせ、レンズの四角い眼鏡と、耳に付けていた天秤のピアスを外しながら、礼儀正しく丁寧に自己紹介をしていく。

「ここは……挨拶(チカヅキ)の流れですかね? 申し遅れました。私の名は東雲当真(しののめとうま)。高校生ランクは10位……さあ、裁きの時間といきましょうか」
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