第22話 叛逆者の世界

文字数 6,072文字

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未知の世界が行く手を阻む―――
己の常識が覆されたとしても―――
君は柔道が楽しいか?
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 柔道界の未来を期待されている4人の若者が、東京の港という思いがけない場所で遭遇した。
 彼らの側には、付き添いの人間と思わしき人物達がチラホラおり、4人と同様に困惑している。
 人が処理できる情報の量は決まっており、この場にいる全ての人間が、処理落ちしたパソコンのように固まってしまうのだった。
 纏め役を担うことが多い赤神(あかがみ)が最初に口を開く。

「……俺は九条(くじょう)刑事と共に、ある高校とリヴォルツィオーネとの繋がりを探りにここに来た」

「……刑事(デカ)の九条だ」

 視線を泳がせる赤神は、アイコンタクトで対角線上にいる黒城(こくじょう)に、次はお前が話せと無言で訴える。

「あぁー……俺はこの……人……」

「なんや歯切れ悪いのぉ~黒城ぉ? こんばんは(ウィ~ス)!! 縄張り(しま)荒らした馬鹿(パー)追っかけて、ここまで遥々やって来た、ヤクザの黒岩(くろいわ)、ぴちぴちの36歳でぇ~す!!」

「おまっ!? 何でヤクザだってバラしてんだよっ!?」

「あぁ~? んなもんワシの勝手やろがい、ブチ殺したるぞっ!?」

 どうやら黒城の付添人はヤクザらしい。
 小さな黒い丸眼鏡を駆け、痩せこけた頬に髪を所々剃り上げている、見るからに近づいてはいけない風貌の人間。
 彼と口喧嘩している黒城は、俺達のことは良いからさっさと次にいけと目で指示する。
 横にいた白桜(はくら)は、視線を真上へと泳がしながら、1つ1つ丁寧に説明していく。

「えぇっとぉー……この2人と札幌空港で話してたら怪しい奴ら(ふしんしゃ)を見かけて……尾行してたらここにいた……?」

「完璧ですぜぇ白桜のダンナぁ。そう思いやすでしょ? 蛇島(へびしま)のダンナぁ?」

「……桐ケ谷(きりがや)先輩……!! 俺、もうカバー出来ないですよっ!! 何なんすか、この状況っ!?」

「まーまー蛇島のダンナぁ……落ち着いて青汁でも飲んでて下さいな。ほら、よく言うでしょ? 旅は道連れって」

「どれだけ道連れにすれば気が済むんですか……っ!! ちゅー……!!」

 青汁をやけくそで飲んでいる長髪の小柄な男。
 東京の新人戦で乱入してきた7人の内の1人であり、リヴォルツィオーネの人間である蛇島。
 彼が先輩と呼んでいるということは、桐ケ谷と呼ばれている流浪人みたいな男も、芋づる式でリヴォルツィオーネの人間となる。
 世界に喧嘩を売る組織の人間を、2人も引き連れている白桜。
 彼は体が震えすぎて泡を吹きそうになっているので、青桐(あおぎり)は手短に自分達の事情を説明していく。

「……リヴォルツィオーネの人間らしき人物を追って、古賀さんとここまで来た……以上、です……」

「……」

「……」

「……話しが変わるが赤神……お前に聞きたいことがあんだよ」

「なんだ黒城」

「なんかさぁ……東京おかしくねぇか? ここに来るのに迂回したんだぞ俺らっ!!」

「あっ!! それ僕も思ったっ!! ねっ!! なんか(いみふ)だよねっ!?」

「赤神さん、何か知ってるんですか? 東京の住人だし……」

「……知っている。だが話したくない」

「んでだよ? 黒城(おれ)赤神(おまえ)の仲だろ?」

知り合い(ダチ)だから尚更話したくないんだ……」

「えぇ~!? 教えてよぉ!!」

「赤神さん、取り合えず(とりま)話してくれませんか?_」

「……」

 青桐、黒城、白桜に詰められる赤神。
 流れて司会進行を務めている赤神は、眉をひそめすぎて顔中皺だらけになっている。
 頑なに口を開けようとしなかった彼だが、観念したのかダルそうにしぶしぶと話し始めた。
 
「……東京はだ、悪魔に取り憑かれた100万人の市民が暴れ回っているんだ。連中は柔道(しあい)を挑んできて、一本を取れば正気に戻る。警察(サツ)も対応しているが、手が回っていない現状だ。分かるか?」

「オメェどうした疲れてんのか?」

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「……それぞれ、これ以上の詮索はよせ。一先ず……柔県へ向かうぞ」

 東京の異変を信じて貰えなかった赤神は、一同にリヴォルツィオーネの本拠地である柔県へと向かうように促す。
 彼らが乗り込んだ小型の乗客船は、異様な空気に包まれている。
 各々距離開けて座席に座った後、誰も話そうとしないのである。

「……」

「……龍夜(りゅうや)、龍夜」

「……なんだ隼人(はやと)

「俺はもう我慢できねぇ……柔県ってさ、アイツらの本拠地(アジト)じゃん? 何でこんな普通に行けんの? ねぇ?」

「……そりゃ……交通網がないと不便だからな」

一般の人(パンピー)が行っていいの? ほら、九条刑事の顔見ろよ。滅茶苦茶困ってんじゃん!? 『俺はこのまま乗り込んで良いのか?』って(ツラ)してるじゃん!?」

「そうだなぁ……」

「ってかさ、何で白桜はあんなにリヴォルツィオーネの人間と和気藹々(のほほん)としてんだよっ!? 何で黒城さんはヤクザと行動してんだよっ!? 俺もう訳がわからねぇよ!!」

「隼人、落ち着け」

「古賀さん……」

「人生な……諦めが肝心(きも)だぞ」

「古賀さんっ!?」

 沈黙に耐えきれるような人間ではない草凪隼人(くさなぎはやと)
 ここぞとばかりに疑問を吐き出していくも、古賀に強引に宥められる。
 息の詰まる空間に閉じ込められること数時間。
 彼らが目的地である柔県の港へと到着した。
 謎の集団リヴォルツィオーネが、一から作り上げた人口の島。
 そこは、日本の他の離島と遜色ない土地であり、港の側に飾られている全体図には、東京の大島程度の大きさと説明されている。
 何も知らない人間が迷い込めば、広大な自然が広がる素晴らしい観光地だと勘違いするだろう。
 リヴォルツィオーネの人間である桐ケ谷と蛇島が先導していき、港に停車していたバスに乗り込む青桐達。
 時刻は18時を超えており、街灯が辺りを照らし、夜という静寂な空間を彩っている。
 バスガイドのように青桐達へと案内する桐ケ谷。
 隣にはこの世の終わりのような表情で蛇島が項垂れているが、そんな事はお構いなしに流浪人はアナウンスをしていく。

「えぇ~この度は、柔県へとお越しいただき誠に感謝(あざっす)。あっし、僭越ながらこの短い旅のガイドを務めさせていただきやす、桐ケ谷仁(きりがやじん)と申しやす……あっし、結構様になってやしませんか? 蛇島のダンナぁ?」

危機(やっべ)獅子皇(ししおう)さん激怒(げきおこ)だよこれ!!」

「えぇ~と気を取り直してだぁ……皆さんにはこれから、ある場所へと向かっていただきやす。まあ、アレだ。あっしの仲間達(ダチ)が練習している浜辺ですので、そんなに警戒(ピリピリ)なさらずに……多分そこに行きゃぁ、各々が探している人物の手掛かりが見つかるのではないか……あっしはそう考えているんですぜぇ」

 そう桐ケ谷が話す場所。
 バスの窓越しに見えて来た浜辺には、夜にも関わらず大勢の人間が走り回っていた。
 浜辺には屋根付きの筋トレジムや、畳が敷き詰められた試合会場がいくつも存在しており、夜景を眺めながら汗を流すのにうってつけの場所になっている。
 ……のだが、そんな爽やかな空気をぶち壊しにする暑苦しい雄叫びが、浜辺から続々と上がっている。
 正確には歌だろうか。
 誰が作ったんだと心から叫びたくなる、歌詞が英語の筋トレの歌を爆音で歌いながら、己の体を追い込んでいる集団が目の前に見えて来たのだった。

『Muscle!! (Muscle!!) Muscle!! (Muscle!!) Muscle!! (Muscle!!) Pump!!
Let's train muscles everyone!! Right arm Pump!! (Muscle!!)
Let's train muscles everyone!! Left arm Pump!! (Muscle!!)
It's too early to give up! ?? Why are you giving up there! ??
Bully the muscles!! Bully the muscles!!
Look muscles are happy! !!
It's too early to give up! ?? Why are you giving up there! ??
Bully the muscles!! Bully the muscles!!
It's a good pump up!!
Let's all scream together, the name of the muscle!!
Pectoralis major!! Deltoid muscle!! Latissimus dorsi!! Triceps brachii!! Trapezius muscle……
yeaaaaaah!!

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「BAHAHA~!! 2人共帰ってき……た、か?」

 集団の音頭を取っていた筋骨隆々の大男。
 以前新人戦で黒城(こくじょう)と対戦した刃狼(じんろう)という男が、帰省した桐ケ谷(きりがや)蛇島(へびしま)の元へと駆け寄って来た。
 直前まで筋トレをしていたのだろう。
 半裸のまま歩いて来た彼は、真冬の空に真っ白な湯気を立ち昇らせる。

「き、桐ケ谷……お前何を……黒城っ!? はぁ"!?」

「ああ、刃狼のダンナぁ~コイツはですねぇ……以前白桜(はくら)のダンナにお世話になったので、その恩返しですぜぇ。想定以上の人数になっちまいやしたがねぇ~……」

「へ、蛇島ぁっ!? お前、何のために付いて行ったんだぁ!!」

面目ない(さっせーん)、それしか言えないね」

「UUU……獅子皇(ししおう)っ!! ちょっと来てくれぇっ!!」

「……呼んだか刃狼……っ!? 貴様らっ!? なぜここにいるのだ……!?」

 リヴォルツィオーネの大将である獅子皇(ししおう)
 以前赤神と対戦した彼は、刃狼と全く同じ反応をとる。
 このままでは埒が明かないと判断した赤神は、敵の総大将に事情を説明していく。
 先の見えない展開に、ひそひそ声で青桐龍夜(あおぎりりゅうや)に話し合いを求める草凪隼人(くさなぎはやと)
 青桐も小声で会話をしていく。

「龍夜、これいつまで続くの?」

「知らねぇよ……すぐ終わるだろ」

 人数が人数なだけに、この場でじっとしているだけで目立つ青桐達。
 赤神との会話を終えた獅子皇は、追加で2人を呼びつけると、その内の1人を案内役として同行するように指示を出す。
 青桐と草凪、古賀の3人を案内する深紅色の男。
 かつて青桐がボロ負けした相手であり、再開するのは福岡の柔道タワーでの事件ぶりである烏川(うかわ)が、3人の案内役として抜擢された。

「……よりにもよって、お前かよ」

「あ"ぁ"!? 仕方ねぇだろ、獅子皇さんの指示なんだしよぉ!! 文句あんのか青桐っ!?」

「君が俺達の案内役(ガイド)か。よろしく頼むよ」

「……っ!? え、(ウソ)古賀(こが)さんですか!? 俺、試合をテレビでよく見てました、握手して貰っても良いですか!?」

「あ、あぁ……」

「やっべ、本物(マジモン)だわ、快感(たまらねぇ)……え、古賀さん、こんな所までなんで来たんですか? 一般人(パンピー)が来るような場所ではないと思うんすけど」

「……ここの人間の行方を追って来たんだ」

「ああ、獅子皇さんもそう言ってました。行方を追っている……? 誰をですか?」

「スキンヘッドの男だ。恐らくここの工作員の」

「スキンヘッド……工作員? えぇ……そんな奴いたか……?」

「おいおい……お前らの組織の人間だろ? 知らない事ってあるのか?」

「はぁ~俺に完全敗北(ボコ)られた青桐君は、俺が何でも知ってると思ってんのかな?」

「……」

 売られた喧嘩を即座に買った青桐を、後ろから羽交い締めにして止める草凪。
 青筋を立てている青髪の青年を横目に、古賀は烏川と情報のやり取りを行っていく。

「俺達の組織は細かく役割が分担されてて、よく理解(わか)らんっすよ。工作員もいるっちゃいるんですが……スキンヘッド? 見たことがないっすね」

「手掛かりなしか……」

「うぅん……街に行って探してみますか? しらみつぶしになるんすけど」

「ここから近いのか?」

「ええ。この島は主に東西南北4つのブロックと、中央の土地の計5つに分けられるんすけどね。各ブロックに街があるんすよ。今なら(てきや)の人間に聞けるんで、どうにかなるかもしれないっす」

「分かった。そこへ急ごう。龍夜!! 隼人!! 行くぞ!!」

 これからの方針を纏めた2人。
 古賀は青桐と草凪を呼ぶと、烏川を先頭にして目的の街へと向かって行く。
 早足で進んで行く4人。
 時間潰しも兼ねて、青桐は烏川達の組織の深堀を試みる。

「……お前らの組織って、いつ頃に出来たんだ?」

「知らね。俺が生まれるよりも前ってことしか理解(わか)らねぇわ」

「さっき街って言ってたよな。そんなにこの島には人がいるのか?」

「あぁ? そうだなぁ……人口はざっと10万人くらいだったか? そんなこと聞いてなんになるんだよ」

「一から作ったなら当然移り住んだ人間が大半だろ? よくそんなに集まったな」

「そりゃなぁ~柔道絡みで世界(シャバ)恨み(ヘイト)を持つ人間なんて、わんさかいるからなぁ~……あっ、タイム、今言った事忘れろ!!」

「……恨み(ヘイト)を? どういう事だ」

「ちょっと俺もその話は詳しく聞きたいな」

「げぇー……古賀さんまで……やっべ、口が滑ったわ、最悪(がんなえ)ぇ~」

 烏川から告げられた言葉。
 日常生活で耳にすることの無い言葉を聞いた青桐達は、思わず息を呑んでしまう。
 烏川は言葉を続ける。

「まあ、大体の連中が色々ありましてねぇ~日本各地(シャバ)を転々として最終的にここに流れ着いた人間が大半なんすよ。だからまあ~……反骨(レジ)る気持ちが(パな)いっすね。お!! 街が見えてきた」

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 烏川の身の上話を聞いていた青桐達は、彼が話していた街へと到着した。
 一般的に想像する田舎の街ではなく、ビルがいくつも立ち並ぶ先進的な場所へとやって来た。
 目隠しをしてここに連れて来られたら、東京の都心だと勘違いしてしまうようなこの場所。
 烏川は青桐達にビルの影で待つように伝え、何処かへと姿を眩ませていく。
 数分後、彼は紙袋のような物を手に持ってきており、中からマスクと帽子を取り出すと、青桐達に配っていく。

「なんだこれ」

変装(カモ)小道具(エモノ)だよ。俺は良いけどお前らはこの島の住人じゃないだろ? 見つかって騒ぎになったら面倒(うぜぇ)ことなっちまうからさ」

「……随分協力的(サポ)ってくれるんだな」

「あぁ? なんだ青桐、俺が罠に嵌めようとしてるって言いてぇのか? はぁ~……いやさ、お前らの話を聞いてたら、俺もその未確認工作員(ハゲあたまども)がどんな奴らか知りたくなったんだよ。ん~(エゴ)が出た? って感じ。そんじゃ聞き込み開始で……30分後ここに集合な……あっ」

「……?」

「街をうろついている機械警備員(アンドロイド)……殆ど人間と見分けがつかない連中が居るんだけどよ、そいつらには見つかるなよ。えぇっと……バイクに乗る時に身に着ける、フルフェイスヘルメットを被ってるから直ぐに理解(わか)るはずだ。そんじゃよろしく」
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