第36話 受け継がれる技

文字数 3,781文字

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社会の荒波は人を選ばず―――
平等に不幸が降りかかったとしても―――
君は柔道が楽しいか?
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 かつての出会いを思い出す、道場の持ち主である古賀(こが)
 草凪(くさなぎ)が連れて来た青髪の青年は、粗削りで荒々しい闘気を発しながら、果敢に立ち向かって来ていた。
 何度も投げ飛ばされては立ち上がり、古賀へと戦いを挑んでいた青桐(あおぎり)
 そんな彼の技は、長い時間を費やして鍛錬された刀のように、鋭く鋭利に研ぎ澄まされていた。
 水飛沫を上げる鮮やかな水を体に纏う青桐。
 右へ左へ途切れることなく、持ち技を続けて放っていく。

「しゃぁぁぁぁっ!!」

「……」

学生(わこうど)の成長には驚かされるよ……逆方向(ひだり)の技も、普段の技と遜色ないほどに洗練されたな……後は……)

「……よっとっ!!」

「う、おっ!?」

「大方の成果は理解(わか)った。後は……龍夜(りゅうや)、青龍の呼応を試してみろ」

了解(うっす)、ふー……」

 胸を貸して貰っている古賀の指導に従い、両手で組み合った状態の青桐は、精神を統一していく。
 深海へと潜っていく感覚。
 徐々に海底が見え始めるも、あと一歩の所で息がもたなくなってしまう青桐。
 溺れたように呼吸を乱す彼を、古賀はじっと観察していた。

「……もう少しなんだけどな」

「げほげほっ!! ……おぇっ」

「龍夜、一旦仕切り直しだ。息を整えろ」

「う、了解(うっす)

 両手を両ひざにつけ、腰を丸めて立っている青桐。
 胸の動悸が収まるまでそのままの状態でいると、フラフラした足取りで、涙目のまま古賀に試合続行の意思を伝える。

「始め、ましょう」

「……本当に大丈夫か? ……死亡()ねそうだぞ」

「いや、大丈夫、げほげほっ!!」

「……まあ、いいか。しかしだ……何が足りないんだろうな。技術的(テク)の部分に関しては、問題ないはずなんだが……」

現実(マジ)っすか」

「ああ……昔、俺と初めて出会った時だ。あの時、最後(ラスト)の試合で確か使えてたよな……その時はどうやってあの状態になったんだっけか」

「んー……あれ? どうだったっけ……」

「……龍夜、あの時の事を思い出しながら試してみろ」

了解(うっす)

 古賀に促されるまま、かつて初めてこの道場に来た時のことを思い浮かべる青桐。
 あの時は、草凪に連れられてやってきた。
 右も左も分からぬまま、がむしゃらに戦った古賀との試合。
 全ての技がまるで通じず、圧倒的な力の差を見せつけられた青桐。
 一方的にやられていたにも関わらず、彼の記憶に引っ付いている感情は―――

(あの時ねぇ……あの時は―――戦ってて楽しかったような……)

「っ!! 龍夜、そのままだっ!!」

「え? ……あ」

 いち早く青桐の変化に気が付いた目の前の古賀。
 体中から碧水に染まったオーラが立ち上っている青年は、その瞳を龍の目へと変貌させている。

「……なんか出てんぞ? んだこれ……オーラ?」

「……最後の要素(ピース)は、競技を楽しむ心だったか」

「え?」

「武道には心技体の3つの要素がある……聞いたことあるな?」

「ええ、よく井上監督に言われてます」

「磨き上げた肉体、研ぎ澄ました技、そして……健全な心……今回は柔道を楽しむ心か? この3つを高い次元までもっていかないことには、その技は使えないっぽいな」

「は、はあ……」

「……正直、その技は俺でも使えたことがない。そもそもの挑戦権がないんだよな。確か……生まれ持った龍の素質を持つ人間にしか、挑戦権が与えられないんだよ。素質を持った人間でも、使いこなせるかは別の問題。高校生で今使いこなせている人間……赤神龍馬(あかがみりょうま)より以前の選手は……誰がいたかな? 珍しい技だから、知られていない要素が多いんだよなそれ」

「そんな(パな)い技なんですねこれ。なんか……体から出てるし……」

「龍夜」

「はい?」

「今の感覚を忘れるなよ。体や技に比べて、心は時と場合に応じて酷くぶれる。今の精神状態なら問題ないが……もし心が荒廃(ヘラ)っている時には、絶対に使わない方がいい」

理解(わか)りました」

「それとだ……その力を最大限(フル)に発揮するためには、仲間(ダチ)の存在が重要になる。今まで共に汗を流してきた存在を大事にするんだぞ」

了解(うっす)

「……俺も柔道を長年やっているが……学生(わこうど)の成長には驚かされるばかりだ。こうやって柔道をやってきたかいがあったもんだよ。なあ龍夜、俺は柔道という競技に携われて、本当に良かったと思っているんだ」

「……? はぁ……」

「仲間と、時には敵とも切磋琢磨し合う。怪我が多いスポーツだからこそ、相手へ敬意を払う。その一環で礼儀作法も学び、心身ともに磨かれ、人と人とが心で繋がっていく。こんな素晴らしい競技は、そうそうないと思っているんだよ」

「……」

「今の日本(シャバ)は……少し、いやかなりか? 柔道の理念を見失っている。だが……龍夜、お前らみたいな学生(わこうど)がいれば、そう遠くない未来、いい方向へ変わっていくんじゃないかって思っているんだ」

「どうっすかね……正直、大人達(うえ)の熱の入り方が異常っていうか……俺が頑張(きば)った所で、そんなに変わらないんじゃないですかね」

「まあ、俺もハッキリした根拠があって、こう言ってるんじゃないけどな……どうだ? 古賀流の一本背負いを教えてやろうか?」

「え? 現実(マジ)っすか」

「これからの時代を担う学生(わこうど)に唾をつけとこうかと思ってな。有名な選手になったら、柔道を普及させる手伝いでもさせようって話だ。悪くないだろ?」

「そんなことしなくても、古賀さんに呼ばれたら手伝いますよ」

「ふっ……遠慮するなって。滅多に教えないぞ、俺の一本背負いのやり方は……先ずは左手を持つ場所はだな……」

 人生の中でほんの僅かな時間。
 柔道を通して師弟関係を結んだ2人。
 決戦の時が迫る中、古賀の最後の指導が行われていくのであった。
 その姿を道場の隅の方で眺めていた草凪。
 龍の技の完成を目の当たりにし、一先ずほっと息を吐くのであった。

「……あの感じだと、大丈夫そうだなぁ……たっく、心配かけやがって」

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 2021年6月20日日曜日。
 青桐が青龍の呼応を完成させた数日後から、古賀は体調を崩しており、週末恒例の特訓は一旦打ち切りになっていた。
 部活後に近所のコンビニエンス道場で体を鍛えていた草凪。
 怪我に気を付けて最後の追い込みを行っていた彼。
 あれからリヴォルツィオーネの人間とも接触しておらず、心の中に黒いモヤがかかっていた。

「ふー……あとちょっとで夏の大会かぁ……レギュラーいけっかな? 木場(きば)先輩(えぐ)いしよぉ~……しっかし、結局リヴォルツィオーネの件はどうなったんだ? 警察(サツ)から何も連絡が来てねぇし……」

「……そんなに知りたいか?」

「……っ!? テメェは……あの時の……っ!!」

丁度(きっちし)時間だと思ってな。大会を辞退する気にはなったか?」

「あぁん!? 誰がテメェらの言いなりになんか……」

「ワンワン咆えるだけの警察(イヌ)に期待しても無駄だぞ。我々が既に手を打っていたからな。()()()()()()()

「は、はぁ? ……ちょっと待ってろ」

 突如目の前に現れたスキンヘッドの男達。
 草凪は急いで警察に連絡を取ると、以前に伝えた事件のことを問いただしていく。
 電話の向こうで答える警察官の答えは―――

『お名前は草凪君? ……そのことに関しては……あぁー……まだ調査が行われていないですね』

「……はっ!? ちょ、俺、確かに連絡しましたよっ!? なんで一切調査が進んでないんすかっ!?」

『そんなこと言ってもね。上層部(うえ)の指示に従うしかないの、俺らは。それにこんなに人手不足じゃ~大々的な調査は出来ないの。それじゃ』

「あ、ちょっとっ!? ……お前ら一体何をしたっ!!」

「何をしたねぇ……お前、今の日本の政策はどう考えている? 柔道に関することでな」

「は、はぁ? 急に何言ってんだよ!?」

「ランク制度により、強制的に()()()()()()()()この制度……柔道に恨みを持つ人間が増えるとは思わんのかね?」

「そ、それがどうしたんだよ!?」

世界(シャバ)に恨みを持つ人間が増えれば、勝手に犯罪が増える。行き場のない負の感情を解き放つためにな。ある程度なら対処出来るだろうが……その数にも限界がある。不幸な人間がゴロゴロいるこの世界(シャバ)にとって、お前はその中の1人に過ぎん。今警察組織(ポリこう)業務過多(せきのやま)なんだよ。俺達が悪さしまくったおかげでな。お前の番が来るのは……いつになるのか理解(わか)らんなぁ?」

「お、お前ら……!! 卑怯だぞっ!!」

「誉め言葉、どうも感謝(あざっす)悪人(おとな)の姑息さ……無礼(なめ)るんじゃねぇぞ善人(ガキ)……!!」

「ぐ……!! おい、今から柔道しろ!! 俺と……勝負しろ!! こうなったら力尽くでぶっ潰してやるよ、テメェら雑魚なんてよぉ"!!」

馬鹿(パー)かお前。馬鹿正直に真っ向から戦うわけないだろうが。お前らが戦って来た半端な悪党どもは、武人としてのプライドのせいか、戦ってくれたかもしれんがなぁ……生憎俺達にはそんな物すらない。それじゃ……脱退するかの答えは、明日に聞こう。これが連絡先だ。連絡が来なかった場合は、家族の(タマ)はないと思え」

「あ、おい待てよ!! 勝手に話終わらすんじゃねぇよ!! おい、おいって!! ……話し聞けよ糞がぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」
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