第37話 また会う日まで

文字数 3,688文字

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永遠の別れが君を襲い―――
心が折れることになったとしても―――
君は柔道が楽しいか?
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 2021年6月21日月曜日早朝。
 誰もいない蒼海大学付属高等学院の道場内に、草凪(くさなぎ)が1人ポツンと立っている。
 道着を入れた鞄の中には、1枚の手紙が入っており、いつこれを渡そうか悩んでいたのだった。

「……」

「お? よう、草凪っ!! 随分はぇな!!」

木場(きば)先輩……そっすね」

「あぁ~? ……んだよ、随分元気がねぇな」

「そうっすか? ……あの、木場先輩」

「あん?」

「今から柔道(しあい)、いいっすか」

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 朝練が始まるにはまだ少し時間がある。
 人気の無いこの時間に、偶然出会った草凪と木場。
 彼らは白い衣に袖を通すと、試合会場の場内へと進み、1試合だけおこなうことになった。
 草凪の様子がおかしいことには気がつきつつも、彼の提案を受け入れた木場。
 デジタルタイマーから、試合開始のブザー音が鳴る。

「しゃ"ぁ"ぁ"!!」

「……こいっ!!」

 練習試合であろうと、加減をする気はない木場。
 燃え盛る闘志を前面に出し、真正面から草凪の道着を掴みにかかる。
 木場の手が触れようとした瞬間、草凪の双脚から黄色い火花が飛び散る。

「うおっ!!」

(相変わらずはぇ~な……んで次は……アレだろな)

 距離を取った草凪は、右足で1回畳を踏みを蹴りつける。
 草凪と木場の両者に翠色の風が纏わりつくと、互いの位置が入れ替わる。
 間髪入れず木場との距離を詰めに行く草凪。
 互いの位置を入れ替えることは木場も読んでいたようで、動揺することなく自分の立ち位置を把握すると、慣れた手つきで草凪の道着を掴みにかかる。
 互いに道着を組み合い、相四つの状態になる両者。
 腕力に自信を持つ木場は、両椀に力を込めると、木場の体を左右に揺さぶりにかかる。

「ぐ、うぅ……っ」

「ど~した? 今日はやけに簡単(ちょろ)く組ませてくれるなぁ!! ……う"ら"ぁ"っ"!!」

 木場の右足は、草凪の左足の内太ももに接触するように移動すると、草凪の左足を開かせるように大きく時計回りに刈り取っていく。
 右足で突っ張り体勢が崩れることを防ぐ草凪。
 そんな彼に追い打ちをかけるように、木場は地面から血の刃を生み出していく。
 竹が生えるように勢いよく、その真っ赤な刀身は草凪の体を突き刺していき、彼が握りしてめいた両手の道着は、血刀が刺さった衝撃により手放してしまった。
 両手が宙ぶらりんになった草凪。
 木場は左手で掴む袖を左の背負い投げの要領で動かし、草凪の右手と右腋を自分の左肩に乗せることで固めていく。
 そのまま投げ落としていく木場。
 袖釣込腰の強化技を繰り出していく。
 No.35―――

袖釣込(そでつりこみ)血刃腰(けつじんごし)っっ!!」

「うぉっ……!!」

「一本、これでいいか? しっかしよぉ~……急に柔道(しあい)をしたいって言ったのに、今日はイマイチ不調(ぱっと)しねぇぞ。何かあったのか?」

「いや……昨日ちょっと徹夜して、寝不足(おねむ)なんですよね。ははっ……」

「あ~ん……?」

「木場先輩」

「なんだ?」

青桐(あおぎり)の事、お願いしますね」

「……青桐を? おい、どういうこと……」

「それじゃ……柔道(しあい)感謝(あざっした)……」

 一礼して場外へと出ていく草凪。
 何処か遠い所へ行ってしまうような、哀愁漂う背中を見せる金髪の青年。
 蒼海の敷地を跨ぐことは、この日を境に辞めることになった彼。
 そんな彼の背中には、何か決意に満ちた物が見え隠れしているのであった……

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 草凪が学校を去ってから一時間後。
 道場内の更衣室である一通の手紙が見つかり、部員達は騒然としていた。
 手紙の主は草凪。
 彼が木場との試合後、更衣室に残していった1枚の紙切れを読むために、マネージャーや監督含め、蒼海の部員全員が集まっていた。
 手紙にはこう書かれている。

『暫く部を離れることになる。事情は今は言えない。だけど……必ず戻って来る。だから俺を信じて待っていて欲しい』

 草凪の手で書かれた短い文章。
 突然の離脱を告げる手紙に、部員達は戸惑いを隠せない。
 その中の1人、彼の幼馴染である青桐は、酷く動揺していた。

「アイツ……部を離れる? ……何があったんだよ」

「風はこう言っている。青桐、何か聞いていないのか?」

「いや……何も聞いてないっすね……まさか……リヴォルツィオーネに何かされたのか?」

「あの野郎……」

「何かあったんすか、木場先輩」

「あ? いやよ……さっき草凪が来ててよ、ちょっと柔道(しあい)したんだよ。その時のアイツ……なんか様子がおかしかったんだよな」

「あの野郎、勝手にいなくなんじゃねぇよ……」

「……お前ら、今は切り替えろ。朝練を始めるぞ」

 事態の深刻さを重く受け止めている井上(いのうえ)監督。
 これから始まる朝練前に、団体戦のレギュラーメンバーを発表しようとしていた彼にとって、草凪の突然の離脱は、手痛い知らせとなったのだった。
 
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「これから団体戦のレギュラーメンバーを発表する」

 朝練後の黙想の時間。
 正座する部員達の前で共に正座している井上監督。
 今年の団体戦は、60㎏級・66㎏級・73㎏級・81㎏級・無差別の5階級から1人ずつ選んでいくようになっており、それぞれの階級でトップの実力を有する人間を順に発表していく。

「60㎏級、伊集院慧(いじゅういんけい)!!」

「9割9分9厘、勝つことを誓う」

「66㎏級、花染司(はなぞめつかさ)!!」

「……台風の目となろう」

「73㎏級、青桐龍夜(あおぎりりゅうや)!!」

了解(うっす)

「81㎏級、木場燈牙(きばとうが)!!」

「おうっ!!」

「無差別級、石山鉄平(いしやまてっぺい)!!」

「う、了解(うっす)!!」

「そして控えが……」

 次々に発表していた井上監督の言葉が、ここで初めて止まる。
 彼が考えていた控えの人間、その男の名は……

「監督、草凪なんですか?」

「……そうだ。だが……いなくなってしまったのなら、考え直さねばならない。控えの人間は……」

「監督、俺達は草凪を推薦します」

「……理由(わけ)を聞こうか」

 控えの選手を誰にするのか。
 その問題に草凪を提案してきたのは、先ほど呼ばれた5人以外の選手達であった。
 彼らは何かを決意した様子で、井上監督に提言している。

「アイツは……少なくともアイツは、約束(ちぎり)を破る人間じゃないっすよっ!! 帰って来るって書いてたなら、絶対に帰ってきますよっ!!」

「正直、俺らじゃ、アイツの実力(ウデ)には遠く及ばないっす……アイツ、(えぐ)いっすから。蒼海が全国制覇(てっぺん)取るには、アイツの力が必要だと思うっす!!」

「俺、アイツとよく話してたけど……気が利いていい後輩でしたよ!! そんなアイツが突然いなくなるなんて……誰か、そう!! リヴォルツィオーネに何かされたんですよっ!!」

「お前ら落ち着け。 ……帰って来るのか理解(わか)らない以上……俺はその提案(プラン)に納得できないな」

「それでもっ!! ……控えメンバー(うしろ)に相応しいのは、アイツしかいないです」

「………………」

「監督、切望(おねがいしゃっす)っ!! 草凪を信じてやって下さいっ!!」

「お前ら、本当(マジ)で良いんだな? 」

「……了解(うっす)

「……理解(わか)った。蒼海の控えは……草凪隼人(くさなぎはやと)でいく。以上がレギュラーメンバーだ。みんな、着替えて授業に向かってくれ。あぁそれと……レギュラーの5人以外は、少し残ってくれないか?」

 井上監督の指示通り、青桐達5人はこの場を後にしていく。
 だが、何をこれからやるのか気になる5人。
 道場を出たすぐそばの曲がり角で、そっと聞き耳を立てている。
 言葉を発する井上監督。
 彼は今、レギュラーメンバーに選ばれなかった部員達に対して、頭を下げている。

「まずは……すまなかった。お前らをレギュラーに選んでやれなくて。3年間、柔道をやってきて……インターハイの花形である団体戦に出場する。そのために人生(すべて)をかけてきた人間がいるのも知っている。だが……これも勝負の世界だ。実力(ウデ)順で選ばせてもらった」

了解(うっす)

「俺のことは恨んでくれていい。だが……アイツら5人のことは、素直に応援してやって欲しい。この学校を代表するアイツらが勝てるように、今は切り替えられなくても、本番では応援してやって欲しい」

 井上監督からの言葉に下をうつむく3年生の選手達。
 選ばれなかった者達の意思を背負うことになった青桐達5人。
 彼らが畳へと流す涙の数が、重圧となって彼らの背中に重くのしかかる。
 ただでさえ幼馴染の草凪がいなくなったことで、青桐の心には余裕がなくなっている。
 そんな中、ある訃報が青桐達の耳に届く。
 道場内にも聞こえる大声で、空気を読む心の余裕すらない、マネージャーの五十嵐によって―――

「あ、あ、青桐さん!! あ、古賀、古賀さんが!!」

「カナちゃん、古賀さんがどうか……」

「癌で亡くなったって連絡がっ!! 今、今知らせがっ!!」

「……………はぁ"!?」
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