第32話 忘却の記憶
文字数 5,544文字
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積み上げた記憶は水の泡と化し―――
振り出しに戻ったとしても―――
君は柔道が楽しいか?
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豪華客船上での戦いを終えた青桐 達は、審判寺 一族が財前 を捕らえ警察へと連行したのを見送った後、城南の高校に招かれていた。
労いの意味を込めて、ジョンソンヘッドコーチが提案したBBQに参加する蒼海高校柔道部の面々。
決戦後の賑やかな慰労会を少し離れた場所から眺める監督達。
焼酎を嗜みながら、互いの健闘を讃えていた。
「お互い、今回は大変じゃったな」
「そうですね……修多羅 監督、今回はどうも感謝 」
「なになに、礼を言うのはこっちの方じゃよ井上 監督。おかげで理事長 を檻 に叩き込めたんじゃからな。じゃろ? ジョンソンヘッドコーチ」
「え? えぇそうですね」
「……? どうした? さっきから請求書を眺めて」
「いやぁ~……審判寺 一族を呼んだ代金を振り込んでいたのですがね……えらい金額割引されてるんですよ。何でしょうかねこれ」
「ふぅむ……彼らを呼んだのはワシも初だからのぉ……良く理解 らんな。まあ良いんじゃないか? 金が少ない分にはな。食費が凄 いことになりそうじゃし」
「大原 っ!! シャトーブリアン買って来たよっ!!」
「大原 ~!! なんか高そうな肉、適当に買って来たよぉ!!」
「……もう少し遠慮 って欲しいねぇ」
「幹事 は大変じゃのぉ」
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「うへぇ~……油が多くて胃もたれしそうです……ん?」
「Hey~!! 蒼海のマネージャーだネ? Meも同じ同じ!!」
「あ、どうも……!?」
(城南のマネージャーって外国人!? ……うぉ、胸でっけぇ!! わた、私はっ!? ……壁ですねぇ!!)
五十嵐 マネージャーが城南の外人マネージャーに絡まれている中、先ほどの戦いの反省会を行う面々が、会場の一角に屯していた。
十分に焼かれた肉を頬張りながら、顔を突き合わせ、自分の戦いを振り返っていた。
「俺、攻撃 す意識ばもっと持たないかん……」
「俺はそうだな……ちょっと試行 りたいことが出来た。9割9分9厘どうなるかは理解 らんがな……試行 錯誤 してみることにしよう」
「龍夜 の左利き の技さ……一応実践で使い物にはなってたけどよ、攻撃手順 が同じじゃねぇか? 最後 の一本背負いなんて、相手に読まれてたぞ。もっと工夫しろよ」
「まだ足さばきが慣れてねぇから、工夫する余裕ねぇよ……つーか隼人 はもっと体力つけろよ。これから練習後は自主練で42.195㎞ な」
「おま、無茶言うなよ……土日は古賀 さんの所で猛練習 かれてんだぜ? 過労 でタヒる わ」
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2021年4月19日月曜日。
新学期に入り、学年が1個ずつ上がった青桐達。
新入部員達が入部して1週間ほどの時間が経過しており、博多の地下修練場は活気に満ち溢れていた。
「ぐ……あぁぁぁあ!? 限界、限界、限界ぃぃぃぃ!!」
「頑張 れ、ここからだぞっ!!」
「んなこと言ったって……ギャァァァァ!!」
「あ、落ちた……アイツ、このロープ、何m登ったんだ?」
「えぇと……13mくらい……?」
「おぉ……結構頑張 ったんじゃないか?」
「どうだろ……青桐先輩、1000m登ってるし……」
「せ、せんっ!? これ全部登ったのっ!? 化け物かよ、あの人……」
「ぐがぁぁぁぁっ!! ……もう無理」
「お、おい、大丈夫かっ!?」
「この鉄球を受け止めろって……何百㎏あるんだよ……何で石山 先輩は、あんなに易々と止めれんだよ……」
「伊集院 先輩は数十台の組手マシーンを一斉に相手してるし、花染 先輩は弾丸の雨を躱してるし……木場 先輩は重石付けて凄 ぇ~泳いでるし……」
「他の人達も後に続いてる……化け物しかいねぇぞここ……」
「ん、どうした一年生 ?」
「あ、草凪 先輩、お疲れ様ですっ!!」
「おう、乙 。どうだ? 練習には慣れたか?」
「そうっすね……正直、ついていけるか不安っす……」
「あ~理解 るはその気持ち……まっ、そのうち慣れるから気にすんなってっ!! 俺も初 ときは地獄見たけどよ。慣れてきたら……おらぁ"ぁ"ぁ"っ!!」
人外じみた練習を軽々こなしていく蒼海の先輩達に委縮していた1年生達。
偶然通りかかった草凪は、新入部員達へフランクに話しかけながら、彼らの頭上に落下してきた巨大な氷の塊を、人がいない場所へと投げ飛ばしていく。
「……ひっ!?」
「……こんな感じで動けっからよっ!!」
「お、了解 !! 頑張 りますっ!! 練習の続き、やってきますっ!!」
「お~う!!頑張 れよ~」
「うへ、うへ、うへぇ!! 手が回りません……誰かぁぁぁぁ!!応援要請 ぃぃぃ!!」
「……どうしたの、カナちゃん」
「おぉいいタイミング!? ちょっと買い出しに行きたいのですがね……絶対私じゃ持てない量なんですっ!! 誰かに来ていただきたいのですよっ!!」
「そうか……んじゃ俺も行こうか? ……龍夜 も連れていくか。お~い、龍夜っ!! ちょっと来てくれっ!!」
「……んだよ隼人 ……怠惰 ってたのか?」
「違ぇよ!! ちょっと買い出しに付き合えよ。カナちゃんが救援 を求めてるぜ?」
「ん、そうか。理解 った……ちょっと待っててくれ」
「おう、早急 にな~」
「お願いしますっ!!」
「おう……ん?」
「あ、青桐先輩だ……伊達男 ……迫力ある……」
「……俺に何か用か?」
「ひぃっ!? いや、あ、え、その」
「…………」
「さ、謝罪 でしたっ!! あ、練習い、行って来ますっ!!」
「あ、ちょっと……アレ? 何で……」
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練習後の時間、近くのホームセンターで備品を買い集めている青桐達3人。
テーピングやプロテインなどの消耗品を主に購入しており、その量はとてもじゃないが1人で持てる量ではなかった。
段ボールを幾つも抱えながら支払いを終えた青桐達は、近くの公園で椅子に座り、缶ジュースを飲みながら休憩していた。
「謝罪 、2人共!! 想像以上に部員が増えちゃって、明日と明後日の備品がなくなってしまったんですよね……完全に見誤 りましたっ!!」
「ほー……そんな人増えたんだ」
「はいっ!! マネージャーも増えたので、教えることが多くて、手が回ってないですっ!!」
「大変そうだね……あ、そうだ龍夜」
「……ん、何だよ」
「お前さ、練習中に1年生に恐怖 られてたぞ? 愛想が悪いんだよ……笑顔、分かる? えぇがぁおぉ~」
「……現実 か」
「現実 だよ。そう思うだろ? カナちゃん」
「うへぇっ!? あー……なんですかね、人殺しそうな目をしてます」
「……」
「天狗 ってしまい謝罪 したぁっ!! え、指詰め で勘弁してくださいぃぃぃぃ!!」
「龍夜、これが周りの印象だ。理解 るか?」
「理解 らない……」
「えぇ……ん? お前まさかまだ引きずってたりする?」
「…………」
「夢 だろお前……」
「いやさ……事故の原因を作った財前 が捕まったのは良いんだけどよ……なんだろな。今までと何も変わってないっていうか」
「……あの野郎が買収した土地で工事して、事故を装った計画的な犯行だったっけ?」
「警察の話ではな。 ……事件の全貌は分ったけどさ……それで鈴音 が目を覚ます訳じゃねぇし。やられ損じゃねぇかよ」
「……そうだな」
「う、……おぉ」
(凄 く……凄 く重い空気が流れてますよ……こんな時、夏川 さんがいたらどうにかしてくれそうなのに……)
息も詰まる空気が場を満たす中、マネージャーの五十嵐は、高校に入学して初めて夏川と会った時のことを思い出していた。
昨年4月のあの日の事を―――
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『……ここが柔道部……なんか、厳格 ですね……これ、入っていいのですかね? ダメ? うぅ……どうしましょうか』
『……ねぇ』
『……はい? ……っ!?』
(うわっ!?凄 く美人で……おっぱい、でっかいっ!? 耳にピアスっ!? ……不良 っ!? 違う違う冷静に私……えぇっと、赤髪の人と……後ろの青い髪の人、憤怒 っ!? ここでもたもたしてたからっ!? あ、殺 られる、今日が命日ありがとうお父さんお母さ……)
『ねぇ、もしかして、柔道部に入部するの?』
『ひぇっ!? はいっ!! そうでありますっ!!』
『マネージャー志望?』
『はいっ!! 僭越ながら、その通りでありますっ!!』
『やった~!! 実はワタシもなのっ!! ワタシ、夏川鈴音 っ!! よろしくねっ!!』
『私、五十嵐 カナでありますっ!! よろしくお願い致しますっ!!』
『そ、そんなに硬くならなくても……』
『ひ、ひぃ!!』
『……? ……っ!! 龍夜っ!! アンタ愛想よくしなさいっ!! 五十嵐さんが恐怖 ってんでしょっ!?』
『……え?現実 で……?』
『この……ゴメンね五十嵐さんっ!! コイツ、私の彼氏の青桐って言うんだけど……年がら年中こんな顔してるからっ!! ね? 安心してっ!!』
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『でさぁ~……龍夜のやつ、周囲に迷惑かけ過ぎなのよぉ……世話する方の身にもなって欲しいのよぉ!!』
『うわぁ~……大変そう……』
『でしょ!? それに……アイツ、恋人関係になったのに、そういうこと一切して来ないのよ!! 『そういうのは高校卒業してから』ってさっ!? 何でそんなとこだけ糞真面目なのよっ!! ちょっとぐらい手ぇ出しなさいよっ!!』
『……ん? んんん!? 夏川さんっ!! ちょっと!!」
『どしたの、カナちゃん?』
『青桐さんが……面倒事起こしそうですっ!!』
『…………はぁ!? あの馬鹿……!! カナちゃん、教えてくれて感謝 っ!! ちょっと行って来るわ!! これからも青桐の馬鹿がやらかしそうになったら、教えてね!! よろしくっ!!』
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初めて出会ったにも関わらず、壁を作ることなく接してくれた、太陽のように明るい女性。
その後も交流を重ね、親睦を深めていた2人。
今は病院のベッドで眠っている彼女を思い、五十嵐の胸中は穏やかなものではなかった。
「……ん? 電話……花染 先輩から? もしもし……えっ!! ……夏川さんが目を覚ました!?」
「はっ!? カナちゃん、今なんつったっ!?」
「あたたたたっ!! 青桐さん、肩、もげる、あ、死ぬぅぅぅ!!」
「龍夜落ち着け馬鹿っ!! カナちゃん、それ現実 っ!?」
「はいっ!! 学校に連絡があったって花染先輩がっ!! あっ!! 青桐さんっ!?」
五十嵐マネージャーの電話の内容を小耳にはさんだ青桐。
耳を疑う内容に、真偽を見極めることなく、その場から全速力で走り出した彼。
後を追うように草薙と五十嵐も集合の場所へと駆け出していく。
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夏川が入院している病院の入口にいち早く到着した青桐。
既に駆けつけていた蒼海のレギュラー陣である、木場 、伊集院 、石山 が、青桐達の到着を待ちわびていた。
「青桐っ!! こっちだこっち!!」
「はっ!! はっ!! 木場先輩、乙 です、あの、す、鈴音 はっ!?」
「今花染が受付に行ってる。おま、一旦落ち着けよ? 病院内は静かにだぞ?」
「了解 。ふー……はは」
「9割9分9厘、このままだと夏川に説教 されるぞ」
「青桐君、やっとばいね!!」
「伊集院も石山も感謝 な、駆けつけてくれてよ」
「龍夜ぁ~……お前、俺達のこと置いて行くなよぉ……ゲホゲホっ!! 急に走り出すからよぉ!! カナちゃん見て見ろ、ホレ!!」
「お"え"ぇ"ぇ"ぇ"ぇ"ぇ"!! げぇ"ぇ"ぇ"ぇ"ぇ"!! ゲホゲホゲホ"ォ"ォ"ォ"ォ"!!」
「あぁ……わりぃ」
「風雲児が全員集合したか」
全員集合した青桐達の前に、受付を済ませて来た花染が、病院の入口から顔を出す。
彼の表情はどこか浮かない顔をしており、頭を掻きながら言葉を慎重に選んでいる。
「……お前らよく聞け。今日は帰らないか? もう時間も遅いしな」
「あぁ? 花染ぇ、急に何言ってんだよ」
「いや……」
「あの、花染先輩、俺もう行くっすね」
「あっ!! おい!! ちっ……疾風かアイツは? お前ら、直ぐに後を追うぞ」
「おい花染、何かあったのかよ? 何そんなに焦ってんだよ」
「そうだな……理由 は走りながら話そう。その前にお前ら、青 桐 が 取 り 乱 し た ら 、直ぐに取り押さえるんだぞ?」
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花染達を置いて、夏川がいる病室へと向かった青桐。
定期的に訪れているその場所に早足で進み、病室の扉を勢いよく開け、中へと歩を進める彼。
今まではベッドに横たわっていた彼女が、ぼんやりとした表情で、体を起こし窓の外の景色を眺めている。
呼吸が早くなる青桐。
待ちに待った日が突然訪れたことで、心の準備がまだ出来ていない彼。
なんて声を掛けようか迷っていると、遅れて花染達も病室内へと到着した。
大人数が室内に入ってきたことで、流石の夏川も彼らの存在に気が付いたのだろう。
とろんとした目を青桐達へと向け、彼女はこう呟いた。
青桐の言葉を遮る形で―――
「鈴音っ!! お前……!! 起きるのが遅 ぇんだ……」
「皆さん、誰……ですか?」
積み上げた記憶は水の泡と化し―――
振り出しに戻ったとしても―――
君は柔道が楽しいか?
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豪華客船上での戦いを終えた
労いの意味を込めて、ジョンソンヘッドコーチが提案したBBQに参加する蒼海高校柔道部の面々。
決戦後の賑やかな慰労会を少し離れた場所から眺める監督達。
焼酎を嗜みながら、互いの健闘を讃えていた。
「お互い、今回は大変じゃったな」
「そうですね……
「なになに、礼を言うのはこっちの方じゃよ
「え? えぇそうですね」
「……? どうした? さっきから請求書を眺めて」
「いやぁ~……
「ふぅむ……彼らを呼んだのはワシも初だからのぉ……良く
「
「
「……もう少し
「
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「うへぇ~……油が多くて胃もたれしそうです……ん?」
「Hey~!! 蒼海のマネージャーだネ? Meも同じ同じ!!」
「あ、どうも……!?」
(城南のマネージャーって外国人!? ……うぉ、胸でっけぇ!! わた、私はっ!? ……壁ですねぇ!!)
十分に焼かれた肉を頬張りながら、顔を突き合わせ、自分の戦いを振り返っていた。
「俺、
「俺はそうだな……ちょっと
「
「まだ足さばきが慣れてねぇから、工夫する余裕ねぇよ……つーか
「おま、無茶言うなよ……土日は
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2021年4月19日月曜日。
新学期に入り、学年が1個ずつ上がった青桐達。
新入部員達が入部して1週間ほどの時間が経過しており、博多の地下修練場は活気に満ち溢れていた。
「ぐ……あぁぁぁあ!? 限界、限界、限界ぃぃぃぃ!!」
「
「んなこと言ったって……ギャァァァァ!!」
「あ、落ちた……アイツ、このロープ、何m登ったんだ?」
「えぇと……13mくらい……?」
「おぉ……結構
「どうだろ……青桐先輩、1000m登ってるし……」
「せ、せんっ!? これ全部登ったのっ!? 化け物かよ、あの人……」
「ぐがぁぁぁぁっ!! ……もう無理」
「お、おい、大丈夫かっ!?」
「この鉄球を受け止めろって……何百㎏あるんだよ……何で
「
「他の人達も後に続いてる……化け物しかいねぇぞここ……」
「ん、どうした
「あ、
「おう、
「そうっすね……正直、ついていけるか不安っす……」
「あ~
人外じみた練習を軽々こなしていく蒼海の先輩達に委縮していた1年生達。
偶然通りかかった草凪は、新入部員達へフランクに話しかけながら、彼らの頭上に落下してきた巨大な氷の塊を、人がいない場所へと投げ飛ばしていく。
「……ひっ!?」
「……こんな感じで動けっからよっ!!」
「お、
「お~う!!
「うへ、うへ、うへぇ!! 手が回りません……誰かぁぁぁぁ!!
「……どうしたの、カナちゃん」
「おぉいいタイミング!? ちょっと買い出しに行きたいのですがね……絶対私じゃ持てない量なんですっ!! 誰かに来ていただきたいのですよっ!!」
「そうか……んじゃ俺も行こうか? ……
「……んだよ
「違ぇよ!! ちょっと買い出しに付き合えよ。カナちゃんが
「ん、そうか。
「おう、
「お願いしますっ!!」
「おう……ん?」
「あ、青桐先輩だ……
「……俺に何か用か?」
「ひぃっ!? いや、あ、え、その」
「…………」
「さ、
「あ、ちょっと……アレ? 何で……」
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練習後の時間、近くのホームセンターで備品を買い集めている青桐達3人。
テーピングやプロテインなどの消耗品を主に購入しており、その量はとてもじゃないが1人で持てる量ではなかった。
段ボールを幾つも抱えながら支払いを終えた青桐達は、近くの公園で椅子に座り、缶ジュースを飲みながら休憩していた。
「
「ほー……そんな人増えたんだ」
「はいっ!! マネージャーも増えたので、教えることが多くて、手が回ってないですっ!!」
「大変そうだね……あ、そうだ龍夜」
「……ん、何だよ」
「お前さ、練習中に1年生に
「……
「
「うへぇっ!? あー……なんですかね、人殺しそうな目をしてます」
「……」
「
「龍夜、これが周りの印象だ。
「
「えぇ……ん? お前まさかまだ引きずってたりする?」
「…………」
「
「いやさ……事故の原因を作った
「……あの野郎が買収した土地で工事して、事故を装った計画的な犯行だったっけ?」
「警察の話ではな。 ……事件の全貌は分ったけどさ……それで
「……そうだな」
「う、……おぉ」
(
息も詰まる空気が場を満たす中、マネージャーの五十嵐は、高校に入学して初めて夏川と会った時のことを思い出していた。
昨年4月のあの日の事を―――
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『……ここが柔道部……なんか、
『……ねぇ』
『……はい? ……っ!?』
(うわっ!?
『ねぇ、もしかして、柔道部に入部するの?』
『ひぇっ!? はいっ!! そうでありますっ!!』
『マネージャー志望?』
『はいっ!! 僭越ながら、その通りでありますっ!!』
『やった~!! 実はワタシもなのっ!! ワタシ、
『私、
『そ、そんなに硬くならなくても……』
『ひ、ひぃ!!』
『……? ……っ!! 龍夜っ!! アンタ愛想よくしなさいっ!! 五十嵐さんが
『……え?
『この……ゴメンね五十嵐さんっ!! コイツ、私の彼氏の青桐って言うんだけど……年がら年中こんな顔してるからっ!! ね? 安心してっ!!』
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『でさぁ~……龍夜のやつ、周囲に迷惑かけ過ぎなのよぉ……世話する方の身にもなって欲しいのよぉ!!』
『うわぁ~……大変そう……』
『でしょ!? それに……アイツ、恋人関係になったのに、そういうこと一切して来ないのよ!! 『そういうのは高校卒業してから』ってさっ!? 何でそんなとこだけ糞真面目なのよっ!! ちょっとぐらい手ぇ出しなさいよっ!!』
『……ん? んんん!? 夏川さんっ!! ちょっと!!」
『どしたの、カナちゃん?』
『青桐さんが……面倒事起こしそうですっ!!』
『…………はぁ!? あの馬鹿……!! カナちゃん、教えてくれて
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初めて出会ったにも関わらず、壁を作ることなく接してくれた、太陽のように明るい女性。
その後も交流を重ね、親睦を深めていた2人。
今は病院のベッドで眠っている彼女を思い、五十嵐の胸中は穏やかなものではなかった。
「……ん? 電話……
「はっ!? カナちゃん、今なんつったっ!?」
「あたたたたっ!! 青桐さん、肩、もげる、あ、死ぬぅぅぅ!!」
「龍夜落ち着け馬鹿っ!! カナちゃん、それ
「はいっ!! 学校に連絡があったって花染先輩がっ!! あっ!! 青桐さんっ!?」
五十嵐マネージャーの電話の内容を小耳にはさんだ青桐。
耳を疑う内容に、真偽を見極めることなく、その場から全速力で走り出した彼。
後を追うように草薙と五十嵐も集合の場所へと駆け出していく。
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夏川が入院している病院の入口にいち早く到着した青桐。
既に駆けつけていた蒼海のレギュラー陣である、
「青桐っ!! こっちだこっち!!」
「はっ!! はっ!! 木場先輩、
「今花染が受付に行ってる。おま、一旦落ち着けよ? 病院内は静かにだぞ?」
「
「9割9分9厘、このままだと夏川に
「青桐君、やっとばいね!!」
「伊集院も石山も
「龍夜ぁ~……お前、俺達のこと置いて行くなよぉ……ゲホゲホっ!! 急に走り出すからよぉ!! カナちゃん見て見ろ、ホレ!!」
「お"え"ぇ"ぇ"ぇ"ぇ"ぇ"!! げぇ"ぇ"ぇ"ぇ"ぇ"!! ゲホゲホゲホ"ォ"ォ"ォ"ォ"!!」
「あぁ……わりぃ」
「風雲児が全員集合したか」
全員集合した青桐達の前に、受付を済ませて来た花染が、病院の入口から顔を出す。
彼の表情はどこか浮かない顔をしており、頭を掻きながら言葉を慎重に選んでいる。
「……お前らよく聞け。今日は帰らないか? もう時間も遅いしな」
「あぁ? 花染ぇ、急に何言ってんだよ」
「いや……」
「あの、花染先輩、俺もう行くっすね」
「あっ!! おい!! ちっ……疾風かアイツは? お前ら、直ぐに後を追うぞ」
「おい花染、何かあったのかよ? 何そんなに焦ってんだよ」
「そうだな……
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花染達を置いて、夏川がいる病室へと向かった青桐。
定期的に訪れているその場所に早足で進み、病室の扉を勢いよく開け、中へと歩を進める彼。
今まではベッドに横たわっていた彼女が、ぼんやりとした表情で、体を起こし窓の外の景色を眺めている。
呼吸が早くなる青桐。
待ちに待った日が突然訪れたことで、心の準備がまだ出来ていない彼。
なんて声を掛けようか迷っていると、遅れて花染達も病室内へと到着した。
大人数が室内に入ってきたことで、流石の夏川も彼らの存在に気が付いたのだろう。
とろんとした目を青桐達へと向け、彼女はこう呟いた。
青桐の言葉を遮る形で―――
「鈴音っ!! お前……!! 起きるのが
「皆さん、誰……ですか?」