第34話 宣戦布告

文字数 3,025文字

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火種は次第に戦火へと発展し―――
制御不可能になったとしても―――
君は柔道が楽しいか?
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 2021年4月20日火曜日。
 県大会まで残り3か月を切ってきたこともあって、部内では徐々に空気が張り詰めていく。
 博多の地下に存在する地下修練場で部員を集め、本日の練習内容を伝える蒼海の監督である井上(いのうえ)
 言葉の1つ1つからピリついた様子が感じ取られるほど、真剣なまなざしで部員達へと激を飛ばしていく。

「いいか? 本番までもう3か月を切っている。ここからの追い込み次第で、夏の大会、笑うことになるのか泣くことになるのかが決まって来る。全国優勝(てっぺん)を狙うのなら、今まで以上に時間を無駄にすることはできないぞ」

了解(うっす)っ!!」

「先週の土曜日。北海道で行われた大会では、聖鏡高校の白桜(はくら)が、リヴォルツィオーネの蛇島(へびしま)を相手に、勝つ寸前まで追い込んだという(ネタ)も上がっている」

「……っ!? 現実(マジ)か……」

「白龍の白桜が……蛇島って確か、東京武道館を爆破した時にいたあの男……!?」

「敵はリヴォルツィオーネだけではない。他校の強豪校も入り乱れた群雄割拠の大会になる。気を引き締めていけっ!! 勝つのは俺達蒼海だっ!! それを自覚して練習に取り組むこと……いいなっ!?」

了解(うっす)っ!!」

「よし……それじゃ、今日の練習はだ……飛鳥(あすか)さんの計らいで、特別(レア)な相手と乱取りをしてもらう」

「は~い、それじゃみんな、よろしくね」

 首を傾げる部員達を他所に、手招きして誰かを呼ぶ飛鳥。
 彼が招いたのは、テレビで見たことがあるようなプロの柔道選手達であり、どの選手も柔道の大会で優れた成績を収めているような実力者ばかりである。

「おい……アレ、日下部(くさかべ)選手じゃないか?」

二宮(にのみや)選手に園田(そのだ)選手……塘内(ともうち)選手に曽根(そね)選手まで……っ!?」

「僕のつてで今日暇そうな人達に来てもらったの。格上(プロ)と戦うのはいい刺激になると思うよ。自分の課題を見つけて、これからの練習に生かすように頑張(きば)ってね。それじゃみんなよろしくね」

「ふー……おい隼人(はやと)、とっとと行くぞ」

「あ? ああ、そ~だな」

(やべぇ……(ゲロ)気まずいぞこれ……あぁ~……ハゲ頭の件は、警察(サツ)に連絡したから大丈夫だよな? ……あれから実家に連絡しても連絡に出ねぇし……人質に取られた……どうも本気(マジ)臭いんだが、俺がやれることはもうねぇんだよな……警察(サツ)を信じて今は待つしかねぇか)

 浮かない表情を浮かべる草凪(くさなぎ)は、青桐(あおぎり)と共にプロの柔道家に戦いを挑みに行く。
 いつものように優しく微笑む飛鳥は、井上監督の側へと近寄り、しみじみと語り始めた。

「時間が過ぎるのは早いものだねぇ……井上監督に依頼(おねがい)を受けたのが、つい先日に感じちゃうよ」

「そうですねぇ……」

「あの時は随分必死(がむしゃら)に頼み込まれちゃってさ……結局なし崩し的に協力することになったけどね。ふふ……そう言えば、何であんなに必死(がむしゃら)だったのかな?」

必死(がむしゃら)ですか」

「そうだね。東京行きのチケットまで用意しちゃってさ。何が何でも僕の協力を得ようって感じが(パな)かったよ」

「そうですね……この場所が彼らの成長に一番繋がると思ったから……その管理人である飛鳥さんには、背が非でも協力していただきたかったんですよね。彼らには後悔して欲しくないから」

「……後悔ね」

「ええ。現役時代に怪我をしたり、スランプに陥ったり……アレコレ試して何とか壁を乗り越えてきたとは言え、やはりどうしても後悔は残るもんですよ。あの時ああしていたら良かった……とね。彼らにはそれが生まれないようにして欲しい。完全には無理でも、ちょっとでもいいから、なくなってもらいたいんですよね」

「……偶にやってた変な特訓もそういう理由? パラシュートで降下したり、他の武道の練習方法を教えたり」

「ええ。監督の仕事は、彼らが考える材料を提供して成長を促すこと……彼らが自分の頭で考えて、試行(トライ&)錯誤(エラー)し、納得していかないことには、大した成長は得られないですからね」

「ふふ……世間一般的には、一から全部教えない指導を古風(ステレオタイプ)な指導方法だと言われがちだけどね」

「……負けたら批判は全部受ける覚悟ですよ。それでも……最短距離は、いつも遠回りした道のりだったので。勝つためならなんでもやりますよ」

「そうだね……僕もそう思うよ」

「……それで飛鳥さん」

「ん? 何だい?」

「飛鳥さんが協力した理由の……黒い柔道着の集団のこと」

「ああ、アレね……僕の目論見通り、色々情報が入ってきて助かったよ。正月に青桐君達が持ってきた情報は中々有意義だったよ。それで色々考えたんだけどさ……やっぱよく理解(わか)らないや」

「そうですか」

「僕の知人の西郷六朗(さいごうむつろう)。彼の戦い方に何となく似てたんだけどさ……彼がリヴォルツィオーネの黒幕なのかな? 青桐君達の話では、柔県は(パな)く発展した島だったらしいし、彼の資産なら一から島を作ることも可能だね。ただ~……動機が良く分からないや。柔道の為に身を粉にして毎日毎日働いてるんだよ? もしあるとしたら……父親の自殺絡みだと思うんだけど……うぅん? 言動が食い違うんだよなぁ」

「西郷六朗……今日、東京の渋谷で演説をしている? ……これ、動画サイトで生撮影(ライブ)中継してますね」

「お、やってるね彼。 ……どう? 彼が黒幕に思える?」

「いいや……」

 井上監督と飛鳥は、スマホの動画サイトで、現在進行形で行われている西郷六朗の演説を視聴する。
 日も暮れてきた東京渋谷のスクランブル交差点。 
 道路の脇で選挙カーのような物に乗り込む彼。
 周囲には沢山の人だかりができており、地上から数mの場所で、右手でマイクを握りしめ大衆に演説をしている西郷の姿が、画面越しに確認できる。

『皆さんっ!! 未来の子供達のためにも、我々は負けるわけにはいきませんっ!! リヴォルツィオーネの後を追うように、全国(シャバ)では悪人(チンピラ)達が柔道を利用して暴れ回っております、全国(シャバ)の柔道施設が荒らされていますっ!! ここで食い止めねば、日本柔道の歴史(レガシー)が途絶えてしまいますっ!! 我々は……』

 マイクを握りしめる右手に、より一層の力が入る。
 そんな彼へ目掛けて何かが飛来してきた。
 みるみる近づいてきた鉄製の巨大なそれは、選挙カーへとぶつかると同時に大爆発を引き起こす。
 ロケットランチャー。
 人を殺すにはあまりに殺傷力の高い代物。
 直撃した選挙カーはおろか、演説を行ってた西郷までもが木っ端みじんになっている。
 飛び交う悲鳴。
 そんな雑音を強調させるように、渋谷の大型ディスプレイに流れていた映像は一斉に止まる。
 一瞬の静寂。
 その後に映し出された映像は、先ほどの広告用の映像とは異なっており、ノイズに紛れて顔の見えない人物が座っている。
 左手でペンを回している人物は、ボイスチェンジャーがかかった声で話し始めた。

『……諸君、初めまして(ういっす)……リヴォルツィオーネの総帥だ。随分と楽しそうにしていたね。邪魔してわるいよ……今日はちょっとした宣戦布告(カチコミ)と……()()()を排除させて貰ったよ。西郷六朗……彼が(トップ)にいると都合が悪いんだ。……これで、日本柔道の柱はなくなった。懸命(ムキ)になって抑え込んでいた敗北者(まけいぬ)達が暴れ始めるよ。 ……我々が夏の全国大会に勝利して、日本柔道の全てを覆す時が来る。残された僅かな時間、この平穏な時間を有意義に過ごすんだよ。それじゃ……夏の全国大会でまた会おう』
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