第55話 摩天楼の鬼

文字数 3,014文字

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盛者必衰の理を受け―――
かつての日々に思い焦がれたとしても―――
キミは柔道が楽しいか?
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 和歌山県柔道タワー付近。
 早乙女(さおとめ)監督のかつての舎弟が所有する土地へと道場を着地させると、徒歩での移動の準備に取り掛かる黒城(こくじょう)春宮(はるみや)
 監督は久々の舎弟との再会に話を弾ませながら、和歌山の柔道タワーの情報を引き出していた。

「いや~久々だなぁおいっ!! なんだ~……アンタ、随分奇麗(マブ)くなったじゃないかっ!! ガハハハッ!!」

了解(うっす)ッ!! 感謝(あざっす)ッ!! 早乙女の姉御ッ!! 姉御も相変わらず逸脱(きま)ってるッス!!」

「言ってくれるねぇ~!! ……アンタのお陰で助かったよ、あんがとね♡」

了解(うっす)ッ!! 身に余る光栄ッス!!」

「……ねえアンタ、和歌山の柔道タワー知ってるだろ? あそこに鬼が出るって言われてんだけどさ……なんか知らないかい?」

「鬼……酒吞童子(しゅてんどうじ)の事っすか?」

「そうそうっ!! 確かそんな(えぐ)そうな名前の奴っ!! ……どんな奴だい? そいつ」

「う~ん……夜の時間帯にしか現れない人間で……なんかこう、ライオンみたいな炎色(ファイアーレッド)の髪をしてるッス」

「夜の時間帯……ねぇ~……」

「早乙女監督、準備出来ましたよっ!! まだっすかっ!?」

「おう春宮(はるみや)、今行くよぉ!! んじゃね、仕事、頑張(きば)んなよっ!!」

了解(うっす)ッ!! 姉御もお気をつけてっ!!」

 マネージャーの春宮に呼ばれ、会話を切り上げる早乙女。
 道着などを入れたバッグを背負う黒城(こくじょう)と、スマホをいじる春宮の元へ歩いて行くと、近くの柔道タワーへ向かっていく。
 春宮は歩きスマホをしながら、これから勧誘する酒吞童子についての情報を纏めており、黒城はその様子を面白おかしそうに眺めていた。

「う~ん……? おかしい、何で公式戦の情報がないんっすかね?」

「どした春宮? ひでぇ(ツラ)だぞ」

「ん~……酒吞童子って人、どうも公式戦に出たことがないっぽいんすよね」

現実(マジ)?」

現実(マジ)っす。 どうも……中学(チューボウ)から出てないっぽいっすね」

現実(マジ)かよ。じゃあアレか? 毎月の昇格戦と、柔道タワーの試合(ランクマッチ)だけでランクを稼いだのか?」

「みたいっすね。しっかし……何で試合に出てないんすかね? 黒城先輩、理解(わか)ります?」

「知らん。俺が理解(わか)ると思うか?」

「……ちっ!! 役立たずぅ~……」

「おいおいおい、俺への敬意はどこ行った? まあいいわ。それよりよぉ~……折角柔道タワーに乗り込むんならぁ!! ちょっと派手に行きたくね?」

「何やらかす気なんすか先輩……」

「何だい黒城ぉ、また何か特攻(かます)のかい?」

「早乙女監督、いい線行ってるっすよっ!! 俺は今から~……柔道タワー最上階に道場破り(カチコミ)かけまぁ"ぁ"ぁ"~す!!」

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 和歌山の柔道タワー最上階。
 そこに佇む1人の男がいる。
 名は神無月正人(かんなづきまさと)、御年51歳。
 屈強な肉体にスキンヘッドで金の顎鬚を生やしている彼は、道場内で行われる乱取りを観戦しながら、ため息を吐いている。
 時折選手達に指導するが、選手達の反応は薄い。

「……って訳だから、もっと組手を頑張(きば)った方がいいと思うなぁ~」

「あ、はい、感謝(あざ~す)

「……も、もっと元気出していこっか!! ね?」

了解(うっす)、さ、こ~い」

「……………これが(ジェネレーション)(ギャップ)ってやつかぁ~……」

(いやね? 真面目(ガチ)で練習してるのは理解(わか)ってるけどさ? 理解(わか)ってるよそりゃ~……けどさ、もっとこう……貪欲(ガツガツ)やってもいいんじゃないかな? それこそ酒吞童子君みたいにね? ……なんかこう……活気(モチベ)無いよねぇー……偶にはさ、道場破り(カチコミ)なんてやっちゃう問題児(やんちゃ)な人間、来ないかなぁ~……来ない? あ、はい、老害は大人しくしてま~す……)

「た、大変ですっ!! 神無月師範っ!!」

「ん? 何? どしたん?」

道場破り(カチコミ)ですっ!!」

「ふ~ん、そう……適当に追い返しておいて……ん? 道場破り(カチコミ)っ!?」

「はいっ!! なので今から……」

「直ぐに連れて来なさいっ!! 今すぐにだぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」

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「ギャァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ッ!!」

「オラァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"!! 黒城何やってんだっ!! 引いてんじゃねぇよ攻めてけ攻めてぇ"ぇ"ぇ"ぇ"!!」

「ひ、ひぃ!?」

(おっかしいなぁ~おっかしいなぁ!! 何で普通に練習してんだっ!? しかも結構貪欲(ガツガツ)やる感じだしぃ!! 酒吞童子探すんじゃねぇの!? いや、俺が道場破り(カチコミ)したのが悪いんだけどさぁ!! 何で普通に歓迎されてんだよっ!? ここの師範どうなってんだよっ!? うわ、泣いてんだけどあの人、不気味(キモ)っ!?)

 柔道タワー最上階に乗り込んだ黒城は、そこで鍛錬に励んでいた人達に混ざる形で、試合本番さながらの激しい乱取りを行っていた。
 夜が深まって来たにも関わらず、道場内では怒号が飛び交っている。
 その最中、乱取りを見守る集団に紛れて、神無月は1人、大粒のうれし涙を流し、畳を人知れず濡らしていた。

「うっうっ!! おぉ!! うぅぅ~」

本当(ガチ)で来た……僕の求めていた人間がぁ!! 今時リーゼントだし……何か馬鹿(おたんこなす)っぽいしぃ!! 君みたいな嵐のような男、僕、ずっと待ってたんだよねぇ!! 名前聞くの忘れちゃったけどさぁ!!)

「か、神無月師範っ!! 流石にこれ、ちょっと激し過ぎ……」

「うるさいうるさいうるさぁ~い!! 君達も、偶にはこのくらい貪欲(ガツガツ)やれよぉ!! なぁ!? もっと血の気が多くてなんぼじゃん!? 何で君達そんなに大人しいんだよぉ!!」

「えぇえ!?」

「行くんだっ!! 学生が頑張(きば)ってんだぞ!? 大人が頑張(きば)らずにどうするんだぁ!!」

(パなぁ)~い……涙が止まらなぁ~い……人ってこんなに感激出来るんだぁ……感謝(あざっす)、リーゼントの少年、僕、僕さ~……!! 出会って数分だけどさぁ!!)

「好感度、上限突破(ふりきれ)ちゃったよぉ~!!」

 1人感極まっていた柔道タワーの管理人である神無月師範。
 余韻に浸ろうとしていた彼のことなどお構いなしに、道場へと続く扉を豪快に吹き飛ばしながら、空気を読む気のない男が乱入してくる。
 すでに道着に着替えており、使い古されたそれは所々ほつれており、年季の入った様子がうかがえている。

こんばんわ(うい~す)~……ん? 何だぁ? 今日は随分騒がしいなぁ!!」

 周囲を見回す彼が登場するや否や、道場内にピリついた空気が漂う。
 乱取りしていた黒城は、試合を一時中断し、声の主の方向を見る。
 獅子のようなファイアーレッドの髪をしており、前髪に稲妻のような黄色いメッシュを入れている大男。
 黒城は挑発的に、その大男へと言葉を投げかけていく。

「よぉ~……お前の名前を聞いても良いか?」

「名を知りたいだと? ならば教えてやろうっ!!」

 黄色に染まる鷹のように鋭い目を黒城へと向け、謎の青年は大見得を切る。
 不敵に笑い戦闘態勢に入るその男の名は―――

「俺の名はっ!! 酒吞童子(しゅてんどうじ)夜叉丸(やしゃまる)っ!! ……柔道(たたかい)だな? ならば柔道(たたか)わんっ!!」
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