第42話 反撃の狼煙

文字数 4,863文字

『福岡大会決勝戦、城南の先鋒、蒼海の次鋒の戦い。先ほどまでは均衡が崩れるか? という場面でしたが、現在は再び、互いに牽制し合う動きのない戦いとなっています。松木(まつき)さんが先ほど話していた展開通りですね』

『でしょでしょ? 本当(マジ)でね、どっちが隙を見せるかの戦いだよコレ。動く時は一気にいくから、目が離せないよっ!?』

『さあ、残り時間が半分を過ぎました。以前両者睨み合ったまま動きません!!」

『そうだねぇ……こういった試合で均衡が崩れる時って、例えばどんな要素があると思う? 体力切れ? 集力切れ? ……それ以外にもあるんだなこれが』

『と言いますと?』

『多分そろそろ来るよ……ほら来た、審判が宣言(かま)すよっ!!』

 実況席の松木が興奮気味に主審の審判を指差している。
 膠着状態の2人に待てを告げ、試合を一旦中断させる審判。
 縄を巻き上げるように、腹の位置で両手を一回転させると、両選手に人差し指で指導を伝えていく。
 それが終わると再び試合が再開された。

『さあこれは……消極的指導が取られましたねぇ』

『柔道は攻めてなんぼだからねっ!! 積極的に技をかけずにいたら、今回みたいに処分(しどう)を取られちゃうんだよ。そんでね、試合が動く時って処分(しどう)を取られた直後が多いんだなぁ~動揺したりして綻びが出ちゃうの』

『両者処分(しどう)を取られたということで、どのように試合が移り変わるのでしょうか!? 目が離せなくなってまいりました!!』

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「シモンさんっ!!」

「OK……ジョンソンヘッドコーチッ!!」

 実況席の2人の思惑通り、止まっていた歯車が動き始めた。
 指導を取られるや否や、様子見を辞めたシモンが、守りを固めている石山(いしやま)へと怒涛の攻撃を仕掛けていく。
 右手で掴んだ相手の襟で、石山の体勢を上下に揺さぶりながら、足元では踵の部分や足の内側を払い取るように足技を仕掛けていくシモン。
 大した有効打になっておらず、バランスを崩すどころか足を刈り取る事さえ出来ていないにも関わらず、攻撃の手を緩めようとはしない彼。
 彼の頭には、試合前のミーティングでジョンソンヘッドコーチから伝えられていたアドバイスが鮮明に映っていた。

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『さてと……では石山さんを相手にする時ですが……始めに彼についてのプロファイルを行いましょうかね。アメリアさん、よろしく』

『OK~!! Meの集めた情報によれバ、繊細(センチ)な性格が災いしテ、相手選手を怪我させちゃったことがあるみたいだネ』

『怪我? 石山が?』

『Yes、Yes~!! 大原(キャプテン)、ここらが大事だかラ、ちゃんとListenネ? 試合中に彼、処分(しどう)を取られちゃったみたいなんだけド、どうも調子が乱調(バグ)ったみたいデ、焦って動いてOh my god!! って感じだったみたイ』

『船の上で財前理事長と戦った時のことを覚えていますか? 大原(おおはら)さん』

『えぇ……あぁ、あの時動きが鈍ったのはそれか』

『That's right. どうも彼、まだ過去のトラウマを完全には乗り越えてないみたいだね。処分を取られた時が、最大のチャンス……と見て良いだろうね。守りが固い彼が唯一隙を見せる瞬間に、こっちは仕掛けていこうか。それにしても……』

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(彼、競技者としてはあまりにも精神面(メンタル)が優し過ぎますね。他人に怪我をさせたことで、ここまで引きずるものなのでしょうか? ……日常生活を送るならまだしも、スポーツにおいては致命的な弱点(あな)ですよ)

 試合の行く末を見守っているジョンソンヘッドコーチ。
 一度は石山に味方した彼も、今は敵同士。
 石山の鉄壁の守りの隙間を塗って、的確に傷をつける戦術を教え子達に教えていた彼。
 必死な形相をしていた石山の表情に、僅かな焦りが見え始めていたのを、ジョンソンは見逃さなかった。

「シモンさんっ!! 手を緩めず攻撃(かま)して下さいっ!!」

「O……K……!! コーチッ!! 鉄の壁、ぶっ壊していきますヨッ!!」

 コーチの指示によって、シモンが抱いていた疑惑は確信へと変わる。
 先ほどと比べても、明らかに綻びが見え始めている石山へ、雲に紛れ込ませた右足で足技を仕掛けていく。
 No.14―――

八雲刈(やくもが)リィィッ!! ハァ"ァ"ァ"ァ"!!」

 技の通りが良くなってきたことを、肌で実感し始めるシモン。
 石山に腰を切られて、技の威力が落ちたため、続け様に新たな足技を繰り出してく。
 シモンの周囲に光の粒子が煌びやかに舞い始める。
 やがてそれは、無数の三日月へと姿形を変え、シモンの右足の動きに合わせて、回転しながら追随していく。
 シモンがキャプテンである大原から学んだ足技。
 No.47―――

蛾眉払(がびばら)イッッッッ!!」

「ぐぅ……!? わっわわ!?」

 再び襲い掛かった足技に対抗するため、己の体を鋼へと変貌させる石山。
 一撃目を耐えきった彼であったが、追随してきた無数の三日月が、回転しながらその場に留まり続け、石山が守りを解いた隙に何度も足を刈り取って行く。
 心が揺らぎ始めていたことに加え、意表を突かれた石山。
 ここが勝負所だと踏んだシモンは、〆の大技を出し惜しみすることなく使用する。
 何処からか飛来してきた無数の岩石が、石山の体を覆い込むと、石山の柔道着のゼッケンが付いている場所へ腕を肩越しに回し、岩石を砕きながら握りしめる。
 同時に体を反時計回りに回転させながら、腰に乗せるようにして投げ落としていく。
 釣腰の強化技。
 No.62―――

破城釣腰(はじょうつりごし)ッッ!! Yaaaaaaa!!」

 腰に担がれ死に体となった石山。
 後は成す術なく敗北を受け入れるだけである。
 必死に声援を送るチームメイト達。
 彼らの努力も虚しく消えていく―――

「踏ん張れぇ石山っ!!」

青桐(あおぎり)君っ!? そうね、俺は……!!)

「ぐ……がぁ……あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"!!」

「oh!?」

(死んだも同然でしたの二……息を吹き返しタッ!? 死んだふりですカッ!?)

「その状態から返して投げる気ですかっ!? シモンさんっ!! 」

「がぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"!!」

「Ya"a"a"a"a"a"a"a"!!」

 死に体の身でシモンに縋り付き、崩れたバランスのまま、両手の力だけでシモンを道連れに畳へと落ちていく石山。
 両者際どいタイミングで畳へと背中を叩きつけていく。
 判定は―――

「一本っ!! 終了(それまで)っ!!」

 判定は一本。
 ポイントが入ったのは……

「はぁー……OKッ!! やってやりましたヨッ!!」

 ポイントが入ったのはシモン。
 決勝戦の2試合目。
 勝ったのはシモン・ノーブル。
 貴重な貴重な連勝を収めるのであった。

「よっしゃぁぁぁ!! シモン、よくやったぞっ!!」

「HAHAHA!! 絶好調(イケイケ)じゃんカ、シモンの奴ッ!!」

「シモンさんっ!! よくやりましたよっ!! ……ふー……」

(最後のアレ……石山さんの顔つきが明らかに変わりましたね……危険(ヤバ)危険(ヤバ)い)

 一礼して場内を後にする石山。
 山のような巨体が、今は肩を落として縮こまっている。
 下を俯いたまま、次の中堅にバトンを託していく。

「うぅ……ゴメン、伊集院(いじゅういん)君。俺、役に立てんやったばい……」

「それはどうかな」

「え?」

「9割9分9厘、早計だと思うぞ」

 蒼海の3番手、中堅である伊集院が、石山と入れ替わる形で入場していく。
 連敗した蒼海には後が無くなり始めている。
 悪い流れを断ち切るためにも、絶対に落とすことが出来ない一戦。
 並みのプレッシャーではないだろう。
 だが彼は、燃える闘志をその内に秘めたまま、氷のように冷たく冷静に、この試合に臨んでいたのだった。

「……」

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『……え? 石山が過去に怪我をさせた? 現実(マジ)ですか、井上(いのうえ)監督』

『ああ、本人から聞いたから間違いない。石山の意向で周囲に話をするのは止めているが……伊集院、お前には伝えておこうと思ってな。決勝のオーダーの意図も』

『意図ですか』

『ああ。先鋒は青桐、次鋒は石山でいく。青桐が勝利して流れを作れたら問題ないんだが……アイツの精神面(メンタル)には不安がある。だからアイツが負けた場合は、お前の番まで来る可能性が高い。その際は意地でも勝って流れを止めて欲しい。それを肝に銘じて試合に臨んでくれ』

『監督……石山が一本負け(くたば)る前提ですか?』

『……その可能性が高いからな。城南の最強(エース)はシモンって選手だ。石山と同じ山属性を持つ留学生選手……互いに攻め手に欠けて、消極的指導を取られる可能性が高いんだよな。そうなった場合……石山の過去(トラウマ)を刺激してしまうことが考えられる。そうなったら……』

『9割9分9厘、理解(わか)りました。ただ……そこまで不安が残るなら、なぜアイツをレギュラーに? 今は過去(トラウマ)を克服させるために様子見でも良かったのでは?』

『こういった問題は、練習だけで克服できるものではないんだよな……実際にその問題に直面して、自分の力で乗り越えて貰わないと……そのためにも、俺はアイツを我慢して使う覚悟はあるよ。それに……無差別級において、体がデカいってことはそれだけで武器になる。石山には期待している……だからこそ、試合で使い続ける必要があるんだ』

理解(わか)りました。もしそうなった場合は、全力(ガチ)で連敗を食い止めます』

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 高校生ランク80位 凍てつく探究者 「伊集院慧(いじゅういんけい)
       VS
 高校生ランク40位 西洋のサムライ 「シモン・ノーブル」
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開始(はじめ)っ!!」

「ハぁー……ハー……Come on!!」

「……」

 試合前に井上監督と言葉を交わしていた伊集院。
 監督の指示を受けこの場に立つ彼は、何を考え何を心に秘めているのであろうか。

大原(キャプテン)を楽させるためにモ……勝てるだケ、勝たせテ、貰いますよッ!! ……っ!? 冷たッ!?」

「……9割9分9厘」

「……?」

「俺が勝つ確率だ―――」

「……ッ!?」

(足が……重たイ!? 一体何ヲ……)

「俺が一体何をした? って顔だな」

「ッ!!」

簡単(ちょろ)いことだ。()()()()()()()()()()()()()()()……石山相手にあそこまで柔皇の技を使ったんだ、それ相応に消耗(へば)っていてもおかしくない。その状態で……体が冷却(ぶる)ったらどうなるんだろうな」

 伊集院の横襟を掴んだシモンは、思わざ手を引っ込めて道着から手を放してしまった。
 ドライアイスを直接手で触れたかのように、細胞が凍り付く感覚が右手に残っている。
 体が急速に冷えてしまった彼。
 アドレナリンで誤魔化していたが、彼の体には、体を動かすためのエネルギーが殆ど残っていない……ガス欠の状態であった。
 その状態で熱すら奪われ、パフォーマンスが急激に落ちていくシモン。
 上体が上がり肩で息をしている彼は、力のこもっていない足払い、小内刈りで伊集院の右足の裏側を刈り取りに行く。
 その動きを読んでいた伊集院は、自分の右足に敵の右足がかかる前に、2歩ほど後ろへと動かし、敵の足払いをスカしていく。
 空振ったまま宙を動くシモンの右足の軌道に沿って、己の左足を追随させていく伊集院。
 敵の勢いを利用した足払いによって、一回り大きな体格を有する敵を、呆気なく宙に浮かせ畳へと倒していく。

「普通なら絶対に敵わない体格差だがな。ここまで消耗しきって上体が浮いているなら、投げ飛ばすことも簡単(ちょろ)い。柔よく剛を制す―――反撃開始といこうか」
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