第25話 金の亡者

文字数 4,750文字

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巨悪蔓延る混沌の世界で―――
柔の精神潰えたとしても―――
君は柔道が楽しいか?
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 2021年2月16日火曜日夕方。
 地下修練場での特訓を終えた青桐(あおぎり)含めた1年生4人。
 いつもの4人に加え、本日は地下修練場の管理人である飛鳥(あすか)までもが、帰路について来ている。
 なんでも、博多駅前で知り合いが演説を行うそうで、青桐達と共に、博多駅前通りの広場に足を運んでいた。

「いや~悪いね4人とも。僕の私情(プライベート)に付き合ってくれて」

「いやいやとんでもないっす。いつもお世話になっているので」

「そう? それと……今日大丈夫なの? 突撃作戦(カチコミ)の日なんでしょ?」

「ああ、それも大丈夫ですよ、まだ乗り込むには時間があるので」

 飛鳥と話し合う青桐は、ステージ上でマイクを左手で握り、大衆に演説を行う中年へと視線を移す。
 彼の背後には、柔道省の明星(あかぼし)が控えており、目の前の人物の演説にじっと耳を傾けている。

「それで飛鳥さん、あの人誰っすか?」

「ん? 僕の同級生(タメダチ)西郷六郎(さいごうむつろう)。柔皇・西郷三四郎(さいごうさんしろう)の孫だよ」

「ふ~……ん!? 西郷っ!? あの柔皇の孫のっ!?」

「そう。知ってる? 柔道タワーの運営資金だったり、学校への補助金だったり……その辺のお金周りは、全部柔皇の資産で運営(やりくり)してるんだよ。西郷君はその資金の管理を行ったり、こうやって演説して、柔道の精神(こころざし)を広めているんだ」

 同級生の活躍を微笑ましく見つめている飛鳥。
 彼が現在の日本柔道の仕組みを作り上げた一族の知り合いと知った青桐達は、口を開けたまま冷たい空気を肺へと取り込んでいる。
 こちらの様子に気が付いた西郷は、飛鳥の姿が視界に入ると口元に笑みを浮かべて、演説を再開し始める。

「今、日本柔道は危機に瀕しています。ですが皆さん、そんな状況だからこそ忘れないで頂きたい。精力善用、自他共栄……自身が持つすべての力を最大限に生かし、社会のために善い方向に用いること!! 相手を敬い、感謝することで、信頼し合い、助け合う心を育み、自分だけでなく他人と共に栄えある世の中すること!! 日本から失われつつあるこれらの精神……!! 柔道は喧嘩や金儲けの道具などではない!! 心と体を共に鍛えることが出来る、唯一無二(すばらしき)スポーツなのだとっ!!」

 西郷の演説に、聴衆は大きな歓声を上げる。
 つられて拍手を行う飛鳥達。
 舞台場では次の余興のための準備が行われている。
 畳を組み始めた舞台裏の人間達。
 どうやら今から親善試合を行うらしい。
 舞台袖で道着に着替える西郷。
 その近くまで歩いて行く飛鳥は、気安い振舞いで西郷へと話しかけていく。

「お疲れ様。結構練習したんじゃない? 演説、上手(テク)かったよ」

「勘弁してくれ飛鳥……来るなら連絡してくれたら良かったのに」

「えー? 僕と西郷君の今の立場だと、恐れ多くて連絡なんて出来ないよ~」

「いいってそういうの……俺達よく一緒に練習したじゃないか」

「ふっふっふ……なら次からは電話かけようかな? そんで……これ、次は何やる気?」

「親善試合みたいなものさ。お客さんから適当に募って、俺と柔道(しあい)をする。飛鳥、やるか?」

「え~……僕さ、もう運動不足で腰が痛くてさ。怪我したくないからパスパス。そうだ……僕の教え子達とするかい?」

「飛鳥の?」

「そう。この4人が所属している学校の臨時コーチみたいなことをしてるのさ」

「本当か? あの人嫌いの飛鳥がねぇ……誰が一番(さいきょう)?」

「ん~……青桐君だね」

「青桐……ああ、青龍のね。OK(おっけーぼくじょう)、それでいこうか」

了解(うぃ~す)。それじゃ青桐君っ!! 道着を着衣(キメ)て、戦闘(ばと)ってきてね」

「…………ん? えっ!? ちょ!!」

「あっ!! 青桐お兄ちゃんだ!! 頑張(きば)れ~!! 青桐お兄ちゃん~!!」

「……あれは……青山(あおやま)君だなぁ……あぁー……アレだなぁこの状況」

 西郷は官僚トップと同じかそれ以上に偉い立場の人間にも関わらず、気さくに飛鳥と言葉を交わす。
 彼らの口約束で、急遽親善試合を行うことになった青桐。
 完全に油断していた彼は、わけもわからず道着を着させられると、場内へと無理やり押し込まれた。
 偶然観戦しに来ていた、青桐のファンである青山少年の声援も加わり、逃げ道を完全に防がれた彼。
 流れに身を任せて、西郷と相対することになる。

「君が青桐だね。俺は西郷だ、お手柔らかに」

「……完全に柔道()る感じになってんなぁ!!」

開始(はじめ)っ!!」

「よし来いっ!!」

「……………………しゃ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」

 上手く言葉が出てこない青桐。
 心の準備が出来ていないまま、半ばやけくそ気味に試合に挑む。
 西郷が左利きなこともあり、組手の段階で苦戦を強いられる彼。
 右手で相手の道着の襟の部分を掴むも、西郷も左手で青桐の道着の襟を掴みに来ており、腕が交差して思うように技を繰り出せずにいる。
 腕力などの身体能力は青桐が優っているものの、少ない力で中袖を絞り、動きを制していく技術などは、相手の方が数倍上手であった。

「ぐぅ……!!」

「やれやれ……加齢(ふけ)ると体が鈍ってしょうがないよ……ん?」

 交差する青桐の右腕と西郷の左腕。
 互いに道着の横襟を掴む中、青桐は右肘を相手の左腕の内側に入れ込み、足技を繰り出そうとする。
 練習後でヘロヘロだが相手が相手なので、全力で投げ飛ばしにいく青桐。
 右足が西郷の足に接触すると、西郷の姿は幻となって消える。

「……っ!!」

(この人、風属性か……っ!!)

 周囲の風景と同化した西郷を見つけだす為、その場で腰を切り激流を周囲にまき散らす青桐。
 水が不自然に跳ね返った場所にあたりをつけ、青桐は虚空に左手を伸ばす。
 手ごたえがあった。
 青桐はそのまま左手を引きつけながら、体を反時計回りに回転させ、姿を眩ませたままの西郷を投げ飛ばす。

「やぁぁぁぁ……!!」

(あん? ……なんだ? 抵抗がない……?)

 透明な西郷を畳に投げつける青桐。
 鮮やかに放物線を描く西郷は、受け身によって音もなく畳に叩きつけられた。
 判定は一本となり、観客達は大いに湧く。
 透過していた西郷は、姿を現すと青桐にゆっくり歩み寄り、試合後の握手を求める。

「流石、青龍と呼ばれるだけあるね」

「あの……最後わざと投げられませんでした?」

「はははっ!! 流石にバレるか~……親善試合だしねぇ……流石に子供相手に本気(マジ)にはならないよ」

 お辞儀をすると場外へと出ていき、道着から着替えながらSP達と話をしている西郷。
 意識が完全に覚醒した青桐は、出迎える草凪達の元へと帰り、心がこもっていない出迎えの挨拶を受ける。

龍夜(りゅうや)(おつかれ)~」

「おい隼人(はやと)、なんだよこれ。何で俺は西郷さんと戦うことになったんだよっ!?」

「えぇ? ……場のノリとかぁ?」

「あ"ぁ"!? 理由になってねぇぞそれ!!」

「それじゃ皆、僕は西郷君とちょっと話してくるよ。気を付けて行って来てね……ん?」

「おい青桐っ!! 今度は俺と柔道(しあい)してくれよっ!!」

「ちっ……最近は減って来てたのに……あぁー誰ですか、アナタ」

「誰でもいいじゃねぇかよっ!! なぁ柔道(しあい)してくれよっ!!」

「こっちは多忙(キャパ)いんだよ。有象無象相手にするほど、俺の時間はテメェの時間より軽くねぇんだわ」

 西郷との試合後に、柔道着を身に着けた男が乱入してきた。
 チンピラとも違う、ごく一般の成人男性。
 興奮した面持ちで青桐に勝負を挑むも、暴言を吐き捨てられるだけで相手にされていない。
 それでも引く引きがない男。
 彼の意味深な言葉に、青桐は耳を疑うことになる。

「んだよ!? こっちは千載一遇(ワンチャン)、大儲けのチャンスなんだぜっ!? (ケチ)い野郎だなぁ!? 戦闘(バト)ってくれよっ!!」

「大儲け? どういう……」

『財前ネットワークからのお知らせですっ!! 長きに渡るテスト期間を経て、ついに本格稼働したバリューの取引っ!! みなさんに大儲け(ばくアド)あれっ!!』

 駅前の大型ビジョンから陽気に流れる宣伝。
 それを聞いた青桐達は、全てを理解する。
 この目の前の異変は財前の仕業だと。
 青桐のバリューを空売りしてる人間は、彼が疲れ切ったタイミングを見計らって勝負を挑んで来ていた。
 それに加え、至る所で柔道の試合が行われている。
 バリューの対象者が大幅に広がったことで、街中は一攫千金を求める亡者の群れへと変貌していたのだった。

「……ちっ!! 随分と派手(イケイケ)煽動(アジ)ってんじゃねぇか」

「先手打たれたなこりゃ……龍夜どうっすっか?」

「前倒しになっけど、小戸公園に推参(カチコム)ぞ!!」

「そうだねぇ……青桐君達は先に向かった方がいいね。流石にこの人数だ……どれどれ、僕が時間稼ぎをしてあげよう」

「飛鳥さん……柔道(しあい)するんすか?」

「そうだね……このくらいの相手なら問題ないよ。ほらほら!!」

 逃げるように促す飛鳥に従い、一旦この場を後にしていく青桐達4人。
 彼らの進路を塞ぐように、飛鳥は亡者達の目の前に割って入る。
 
「退けよ!! 邪魔だっつってんだろっ!!」

「お~怖い怖い……嫌だね本当に、大人がムキになっちゃってさ」

同感(それな)。全く……さっきの俺の演説は聞いてなかったのかぁ~このアホども……!!」

「……? あれ西郷君、君ここに居ていいの? てっきりお先に避難(どろん)したと思ったのに」

「仮にも西郷の名を受け継ぐものが、ここから避難(どろん)すると思ったのか? ……そっちこそ良いのか? 確か……腰が痛いんじゃなかったか?」

「ふっふっふ……僕の言葉を鵜呑みにするのは良くないんじゃないかな~?」

「……ふっ、そうだったな。相変わらず狡猾(いい)性格してるよお前は……ん? さっきの子供じゃないか? アレ」

「ああ、青桐君のファンだね。どうする? ちょっと張り切っちゃう? 子供が見てるし」

「それいいねぇ~……乗ったわ!!」

 飛鳥に協力する形で亡者の群れに対面する西郷。
 2人の擦り減りくたびれきった中年は、かつて共に汗を流した学生時代の事を思い返しながら、敵を宙に躍らせていった……

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「はっ!! はっ!! 予定通りにいかねぇな!!」

「……ん? 携帯……木場(きば)先輩か!! アレ……スピーカーのボタンどこだっけ!? 龍夜、龍夜っ!?」

「ここだよっ!! 隼人、一杯一杯(テンパ)ってんのか!?」

「違ぇよ!! 激怒(げきおこぷんぷんまる)だなぁ~……はいもしもし!!」

『おう草凪っ!! そっちは無事かっ!? 今何処にいるっ!?』

「えぇっと……天神駅近くっすね!! ん? ()()()()? 木場先輩達も柔道(しあい)を挑まれてんすか?」

『ああ、そうだな!! 予定より早めの……防衛戦だなぁ!! オラァ"ァ"ァ"!! それよりよく聞け!! ちっと作戦の時間を早めるらしい!! 大原(おおはら)達も小戸公園に向かってるそうだ!! こっちは任せろ、そっちは頼むぞっ!!』

了解(うっす)っ!!」

『聞こえるか? 花染(はなぞめ)だ。部員達は風の加護に守られている。安心していってこい、以上だ』

了解(うっす)、木場先輩、花染先輩!! そんじゃ……龍夜、今の話聞いてたか? 伊集院に石山も準備は出来てるか?」

「9割9分9厘、問題ない」

「俺も同じたい!!」

「おうよ!! 後は……もしもし!? 烏川(うかわ)、聞こえっか!!」

『うるせぇよ聞こえてるっつ~の!! んで何だ!? 俺何処に向かえばいいんだ!?』

「小戸公園だ」

OK(りょ)~オメェ例の物を忘れんなよっ!! わざわざ福岡まで取りに来てやってんだからな!?」

「……ああ理解(わか)ってるよ。そんじゃな」

「龍夜、本気(マジ)でやる気か? その、人の心ねぇぞお前?」

「……手段を選んでる場合じゃねぇよ。まっ……どうにかなんだろ」
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