第40話 敗北

文字数 2,771文字

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 高校生ランク23位 青龍 「青桐龍夜(あおぎりりゅうや)
       VS
 高校生ランク40位 西洋のサムライ 「シモン・ノーブル」
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開始(はじめ)っ!!」

「しゃ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」

「Come on!!(来いっ!!)」

 試合開始と共に距離を詰める両者。
 布が割けるような音を立て、互いに激しい組手争いをおこなっていく。
 体重100㎏オーバーの大男は、その並外れた握力により、一度掴んだ青桐(あおぎり)の道着を中々放そうとしない。
 鬱陶しそうに腰を切る勢いを利用して、相手の拘束から逃れていく青髪の男。
 体格に明確な差がある組み合わせとなっており、相手の両手から逃れることも一苦労である。

「……ちっ!!」

(引き付け(えぐ)っ!! 先に掴まれたら良い体勢に持っていけねぇわ……デカい(ずうたい)してるだけあるなぁ"!!)

 腰を屈め低い態勢のまま、相手の出方を窺う青桐。
 出し惜しみは出来ないと判断すると、彼の体の表面から、うねるような水が出現し、青桐の周囲を覆っていく。

「……っ!! これハ……」

(静謐の構えですカ……初っ端かラ、全力(ガチ)ですネ……ッ!!」

 得物を狙う肉食動物のような笑みを浮かべながら、己の首を掻っ切ろうとする青龍に立ち向かうシモン。
 横襟と中袖を互いに掴み合うと、僅かな足の動作で相手の出方を予測し、切り崩すための一手を探っている。

「……シモンのやつ、相手が青桐なのに楽しそうに()っとるのう」

「そうですねぇ……彼、わざわざ日本に留学して、柔道を学ぶくらい熱心(ストイック)ですからねぇ……(えぐ)い相手と戦えるのが嬉しいのでしょうね」

「……確か出身はフランスじゃったのう。日本よりも柔道人口が多い国から、はるばる海を渡ってくるとは……」

「それだけ柔道が好きなんですよ、シモンさんは」

 教え子の晴れ舞台を間近で見ながら、互いに言葉を交わす城南の監督とヘッドコーチ。
 フランス出身のシモンに振り回され、柔道タワーに出向いていた時のことを思い出していた。

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『……おぉウッ!? やられてしまいましタッ!! ……皆さん(えぐ)いでス』

『そりゃ~其方、ここは柔道タワーの30階、最上階じゃぞ? 普通はプロ柔道家が鍛錬に使う階層じゃ。今のお主には無謀じゃ』

修多羅(すたら)監督の言う通りですよ。その……完敗(ボコボコ)にされる未来しか見えないのですが……』

『大丈夫ですヨ、ジョンソンヘッドコーチッ!! 格上に挑まないと、成長出来ませんヨッ!! では、行って来まスッ!!』

 道着が皮膚と擦れたことで、青あざが体中に出来ている。
 それでも彼は子供のように目を輝かせ、並みいる強者達に勇猛果敢に立ち向かっていった。
 始めこそ奇異の目で見られていたシモン。
 異国の土地で見ず知らずの人間の視線に晒されながらも、彼は柔道タワー最上階に通い続けていた。
 監督達を連れて、時にはキャプテンの大原(おおはら)をも連れ出して。
 そんな彼の長い鍛錬が身を結び始めた頃。
 何百戦と戦い続けた果てに掴み取った勝利。
 その勝利を境に、最上階で鍛錬に臨む選手達は、誰一人として奇異の目を向けることは無くなった。
 柔道を愛し、常に挑戦し続けた異国の若人。
 彼に対する、この上なき敬意の表れだろうか。
 いつしかシモンは、周囲の人間からこう呼ばれるようになっていた―――

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西()()()()()()()か……誰が最初に言ったのか知らんが、いい二つ名を貰ったのう」

「彼にピッタリですね」

 磨き抜かれ研ぎ澄まされた至高の刃。
 青桐の足技にいち早く反応したシモンは、左足の指に力を込め、土を手繰り寄せるように地面を噛みしめる。

「八雲刈り……っ!! ちっ!! 面倒(うっ)ぜぇ!!」

「……おっふっ!! 怒り心頭(げきおこ)ってやつですネッ!!」

(あぁ~危険(やば)いでスヨ~!! ……一発目を許したら立て続けに攻撃(かま)されちゃいまス、憤怒(イライラ)しちゃうかもしれませんが、お許し……ッ!!)

 体格差によるハンデと、守りの技術に長けたシモンの戦い方。
 連撃を初動で止められる青桐は、次第に心に余白が無くなっていく。
 このままでは時間をいたずらに使うだけである。
 先鋒として、チームに勢いをもたらす。
 そのためにも彼は、シモンと組み合ったままその場で足を止め、深く息を吐いていく。

「ふー……」

「……What?」

(おヤ? 青桐さん、止まっちゃいましたヨ? ……何をする気ですカ、ちょっと怖いんですけド……)

「シモンっ!! 其方気を付けろっ!! 青桐は能力全開(トップギア)で来るぞっ!! 青龍の呼応じゃっ!!」

「Wow!? 絶対脅威(ヤバ)い奴じゃないですカ、ソレェ"ェ"!!」

 背中で修多羅監督の指示を聞いていたシモン。
 監督の言葉に警戒を強める彼の背後から、ただならぬ気配を感じていた。
 目の前の青髪の青年の仕業だろうか。
 神話上の生き物、青龍が近くに来ているような殺気を、全身で受け止めているのであった。

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 ここは青桐の精神世界。
 暗闇の中、青桐と青龍、2つの生命が相対していた。
 彼が青龍の力を借りる時にいつも訪れていた場所。
 青龍を手懐け、己の力に還元するまでは、この場所で何度も死ぬような思いをしていた。
 今は亡き師である古賀との特訓をきっかけとし、大会前には制御に成功していた青桐。
 神聖なる力を借りるため、青桐はいつもと同じように右手をさしだしていく。
 それに答えるかのように、青龍の顔はどんどんと近づいて行き……
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「……がっ!? グ、おえぇ"ぇ"ぇ"ぇ"っ!?」

 首を噛み切られた感覚と共に、青桐の呼吸は大きく乱れる。
 吐き気と共に視界が大きく歪む。
 微かに目に映ってきたのは、シモンの大きな背中と、僅か数㎝前まで接近していた緑色の畳であった。

「一本ッッッッ!!」

 青桐が見せた僅かな隙に、シモンは内股を仕掛けていた。
 大きく払い上げられる敵の右足に足をすくわれるまま、青桐は畳に背中を叩きつけられていた。
 頭の中に映し出されている映像には、青龍の落胆した姿がハッキリとこびりついていた。
 どよめく会場。
 歓喜に沸く観客と、困惑と悲鳴を上げる観客。
 多種多様な感情が一斉に湧き上がる中、両チームの監督と選手達だけが、この戦いで起こった異変に気が付いていた。
 だが……それに気が付いた所で、試合の結果は変わらない。

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