第49話 花幻の風

文字数 3,495文字

『ま、松木(まつき)さん……今の技は……』

『コイツは驚愕(ビビ)った……城南の大原(おおはら)選手、まさかE(エクシード)No(ナンバーズ)を使えるなんて……!! 柔皇の技が進化したあの技……プロの中でも、習得(マスター)できた人間はそんなにいないのに……まさか学生の彼がやってのけるなんてっ!! ……今年はちょっと選手の質が高くないかい!?』

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「あ、青山(あおやま)のおっちゃん!! あの技なんなのっ!? 学校で先生(センコー)にあんな技は教育(ゼミ)られてないよ!!」

「ま……現実(マジ)かよ」

「あ、青山のおっちゃん……?」

「あ、ああ、すまねぇ翼。ENoってのはな……柔皇の技を限界まで鍛え上げた人間だけが習得(マスター)できる技なんだが……誰でも身に付けられる技じゃねぇんだよ」

現実(マジ)で……?」

「ああ。練習中でも試合中でもなんでもいい。技を使っていると、あるきっかけを掴むことがある……動きのコツか? 翼も練習中に、どう動いたら効率良く体が動かせるかを、感覚的に掴む時があるだろ?」

「う、うん」

「ENoもそれと同じでな……技を使っていると、ふとした瞬間、今までとは違う別の動きが見えてくることがある。漠然とした映像(ビジョン)が頭の中を過るんだ……その映像(ビジョン)を、己の人生経験をもとに辿っていく。その道の果てに、柔皇の技から進化した、自分だけの技が眠っているんだ。ただこの技……きっかけが掴めねぇと、どれだけ優れた柔道選手でも会得することは不可能なんだ……プロでも使える人間はそんなにいねぇ……」

「そんなに(パな)い技なの……?」

「物にもよるがな。それに……一番厄介(やべ)ぇのは、初見殺しに特化してることだな。翼、技を受ける時に自護体の姿勢を取るだろ? 膝曲げたり腰を下げたり」

「そうだね、そう教育(ゼミ)ったよ」

「どんな技も、受け方が理解(わか)っていれば、大概受け止めきれるんだがなぁ……ENoはその受け方が理解(わか)らねぇ。一点物(オーダーメイド)だからな。それ故に、こういった一発勝負の試合で使われると、成す術なくやられちまうってことが多いんだ」

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 どよめきが収まらない試合会場。
 その中心で蒼海の最後の相手を前に佇んでいる大原(おおはら)は、城南で過ごした一年間の出来事を思い出し、感慨にふけていた。

(この1年、アイツらと揉まれて随分成長したな……確かアレは12月の……)

大原(キャプテン)っ!! 今最高にカッコいいヨッ!!」

「オリバーもシモンと同じダヨッ!! なんカアレだヨッ!! ヒーローみたいダヨッ!!」

「HAHAHA!! ヒーローって言ったラ、この前のアニメ、最高にcoolだったゼッ!! アレみたいだナッ!!」

「Real animation is on a different scale after all.(本場のアニメーションは、やはり格が違いましたね)」

(……あの4人が浮かれてはぐれた時にはどうしようかと……)

「刀を使ってル男の人、サムライって呼ばれてたケド、何処にいるんだろうネ?」

「うぅン? オリバーちょっト、理解らなイ」

「東京にいるんジャねぇカ? アニメでも東京って言ってタゼ!!」

「Tokyo...I want to go there next time.(東京……今度行ってみたいですね)」

「糞が回想(ひた)れねぇ!! お前らっ!! 今試合中だぞっ!? 私語(だべ)るのは止めろっていつも言ってんだろがぁ"ぁ"ぁ"!!」

「……今日は風が騒がしい日だ。そう思わないか大原」

「あぁ? ……俺はもう慣れたよ、アイツらのおかげでな」

 大原の前までやってきた蒼海のキャプテンである花染(はなぞめ)
 互いに大将を務める2人。
 試合に勝ったものが決勝の勝者となるこの大一番で、涼しい顔のまま向き合う彼ら。
 軽口を叩く両者は、この騒然とする会場内でも、普段と変わらない振舞いをしている。

ENo(それ)を使えるようになっていたとはな。仰天(たまげ)たぞ」

「……随分余裕だな、おい」

「そりゃ、俺は(えぐ)いからな。 ……泣いても笑ってもこれが最後(ラスト)だ。神風が吹くのはどちらか……」

「はっ!! 恨みっこなしだぜ?」

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 蒼海大学付属高等学院柔道部主将福岡大会決勝戦大将
 高校生ランク49位 花幻の風 「花染司(はなぞめつかさ)
       VS
 城南国際糸島アイランドスクール高等学院高校柔道部主将福岡大会決勝戦大将
 高校生ランク70位 異国を統べし者 「大原乃亜(おおはらのあ)
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開始(はじめ)ぇ!!」

 福岡大会決勝戦、大将同士の戦いが今始まる。
 この戦いの勝者が、全国行きの切符を手にする戦い。
 応援団の声援が、先ほどにも増して熱を帯びている中、花染の周囲には翠色に染まった風が舞い踊り始める。
 暫くすると、花染の姿は周囲の景色に同化していった。

(出たな、花染の幻術……全国でも屈指(レべチ)の幻術使いって呼ばれてんだよなぁコイツは……幻術の練度で勝てんのは、聖鏡(せいきょう)高校の狐塚(こづか)ぐらいじゃねぇか? ……一本勝ち()ってやろうじゃねぇか!!)

 敵の姿が消えると同時に、畳を強く踏みしめる大原。
 柔皇の技である白踏みによって、場内の足場に薄氷を生やしていく。
 正方形の場内に生み出された円形の安全地帯。
 それ以外の場所は、大原が生み出した氷により、踏めばたちまち足を捕られる足場へと変貌していく。

(姿が消えたって言っても、あくまで周囲の風景に擬態(カモフラ)ってるだけだ……なら足場を狭めて炙り出すまでだ……!!)

「……霧を晴らす風が如くか……余程この幻術が嫌悪(ヘース)いと見える」

「っ!!」

 大原の目の前に突如現れた花染。
 彼の強襲に驚きつつも、敵の道着を掴み取るため右手を指し出していくが……

「……あぁっ!? これも幻かっ!!」

「先ずは先手を取らせてもらおう。No.7―――」

 風により生み出された花染の幻を掴みかかることで、隙を晒してしまった大原。
 姿を隠していた花染は、チャンスと言わんばかりに大原の道着を両手で掴むと、翠色の風を右足に纏い、敵の左足を刈り取りに行く。
 咄嗟に足を引いて躱した大原だったが、襲い掛かって来た右足は、心地よいそよ風と共に消え去って行った。
 フェイクの足払いによって躱すタイミングをずらされた大原。
 引いた足目掛けて、2撃目の実体を持つ足払いを繰り出していく。
 No.7―――

旋風刈(つむじが)り―――」

 体勢を崩す大原に対して、追撃を仕掛けに行く花染。
 足払いを行った右足を畳に付け、それを軸足に体を左回転させていく彼。
 一度左足に重心を移動させると、大原の両脚にかかるように、右足を伸ばしていく。
 そのまま右足を支点に、大原を前方へと引き落とすように投げる体落しを繰り出す花染。
 大原は花染の右足を跨ぐようにして、自分の右足を動かし、花染の体の前へと踏み出すと、その足を軸にして左足を振り抜き、花染めの右足の脛の部分を狙って払い取りに行く。
 カウンター気味に繰り出されるその技は、ハンドルを左にきるように両腕を回していき、接触した部分に氷塊を付着させる、支釣込足の強化技。
 No.16―――

樹氷倒(じゅひょうだお)しっ!!」

(これで花染の機動力(あし)は一時的に奪取(パク)られたはずだ……このまま……ENoを叩きこんで……あぁ? この匂いは……!!)

「……No.51嘘香(きょこう)。酔いどれの風だ」

 花染の問いかけの意図をすぐさま理解する大原。
 周囲に花から溢れ出す甘美な匂いが漂っており、それを嗅いだ彼は、酔っぱらったように視界がぐらついていく。
 平衡感覚が失われ、体のバランスを取るのが難しくなる大原。
 原因を作ったのは、目の前の人物で間違いない。
 睨みつける大原に答えるように、花染は口を開いていく。

「ENoがあれば勝てると思っているのだろうが……」

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『お父さん、お母さんっ!! 待ってて、今助けるからっ!! ……あ"ぁ"ぁ"!! 動かないよぉ"!! 熱いよぉ"!! やだ、待ってっ!! お父さん、お母さぁ"ぁ"ぁ"ん!!』

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()()()()、そんなに脆弱(やわ)ではないぞ……!!」

(なあ青桐よ。死別はどんな人間にも訪れる。それが親族であろうがなかろうがな。 ……心に吹き荒れる嵐はいずれ必ず過ぎ去る。時間が解決してくれるからな。だから……お前が立ち直るまでの間は、蒼海の主将(あたま)であるこの俺に任せておけ。お前と同じ道を先に歩んだ、この俺にな……!!)
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