第20話 光と影

文字数 3,929文字

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光の存在は気にも留めず―――
影の存在は蔑ろにされたとしても―――
君は柔道が楽しいか?
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 黒衣の柔道家の襲来に、喧々囂々たる地下に一時の静寂が満ちている。
 唾を飲み相対する荒くれ者達。
 黒い柔道着に身を包む東雲(しののめ)は、そんな様子を微笑ましく見渡していた。

「んんー……そんなに静まり返る必要はないのですが……ねぇ?」

「お、おま……あの黒い柔道着の集団が、何でこんな所にっ!?」

「あ、誤解なさらずに。ここにやって来たのはたまたまですよ、たまたま。大穴に落ちた時は、心臓が止まりそうになりましたが……上手(テク)い受け身を取ったので、難は逃れましたよっと」

「……アンタ、味方ってことでいいんだな?」

「おや、青龍の青桐(あおぎり)君ですか。そうですね……今回はそう見ていただいて構いません。社会の粗大ゴミ(カス)をぶん投げて、さっさと地上に帰りましょう。ここはどうも空気が悪いんですよね……私、埃が苦手で……」

社会の粗大ゴミ(カス)だとぉ~? 無礼(なめ)やがってこの優男がぁ"ぁ"ぁ"!!」

 東雲の挑発にまんまと乗った荒くれ者。
 漆黒の衣の襟の部分を、右手で乱雑に掴み取りにかかる。
 そんな敵の突進をいなすように、左手の甲で敵の右腕の内側を外側へと弾く。
 同時に、がら空きになった体目掛けて、東雲は正拳突きの要領で、手の平を鳩尾部分に押し付ける。
 敵の体には、接触の際に氷の紋章が刻まれており、これから荒くれ者は、悪夢のような時間を過ごすことになる。
 柔王の技―――
 No.68―――

「―――冥氷(めいひょう)刻印(こくいん)

「おぉ!? んだこりゃっ!?」

「……? 義務教育(しょうがくせい)(ゼミ)るはずですが……なぜ効果を知らないのでしょうか? ……単純に(おつむ)が足りていない?」

「この……!! あ、あれぇ!? 摺足が……出来ねぇっ!?」

 物を知らない荒くれ者に、半ば呆れた態度を取る東雲。
 そんな彼のことなど気にも留めない荒くれ者の男は、距離を取ろうと畳を擦るように足を動かそうとする。
 だが彼の両脚は、柔道を学びたての子供のように、ドタバタと畳から高々と上げながら動かしている。
 先ほどまでは問題なく行えていた動作も、氷の紋章が付いた瞬間、満足に行えなくなってしまった。

「その氷の紋章が、アナタの細胞に働きかけて、勝手に弱点を作ってしまったんですよ。氷が融けるまではそのままです」

「こ、この!!」

「ふふっ……ダメですよ、そんなに足を上げてしまっては。足を離す瞬間を狙って……!!」

 互いに組み合わないまま距離を取る2人。
 荒くれ者の左足が畳から離れる瞬間を狙って、一気に距離を詰め両手で敵の柔道着を掴み取った東雲。
 そのまま右足で敵の左足の外側を刈り取る小外刈りを繰り出すと、軽々と男は宙を舞い、畳へパタリと背中を付いてしまう。

「い、一本っ!! (パね)ぇ~上手(テク)い~」

「テメェ審判、どっちの味方だよっ!! 糞が野郎どもぉ"ぉ"ぉ"!!」

 洗練された動きに、思わず敵ですら賞賛の声を上げてしまう。
 その後何人も連続して挑むも、東雲に背を付けることは叶わなかった。
 息1つ乱すことすら叶わなかった。
 それ程までの実力に差が離れており、荒くれ者達が可哀そうに見えてくるほどに、東雲は敵を圧倒していった。

「……あの人で10位か。この前の西村(にしむら)って奴が14位だったな」

「青桐さん、あの人の柔道……異次元(レべチ)じゃないですカ!? ワタシ、勝てるかどうか理解(わか)らないですヨッ!?」

「俺もだぜシモン。隼人(はやと)はどーだ?」

「無理無理無理!! 龍夜(おまえ)でダメなら俺も無理だろっ!!」

「ちっ……先が長すぎんだろがっ!!」

 一騎当千の力をまざまざと見せつける東雲の柔道。
 自分の今の実力で勝てる相手かどうか。
 冷静に分析をする青桐と草凪(くさなぎ)とシモンは、普段の強気な姿勢が隠れてしまうくらい、神妙な面持ちで試合を眺めている。
 そうこうしている内に、決着は早くもついた。
 敗北者が畳の上に背をついて倒れ込む中、たった1人東雲だけが、耳にイヤリングを付けながら優雅に佇んでいた。

「これで終わりですかね? なんともあっけないものでしたこと」

「こ、のがぁ"ぁ"ぁ"~!!」

「草凪、見つかったのかっ!! 青桐っ!! エレベーターの稼働に成功したぞ……!? 黒い柔道着の集団(リヴォルツィオーネ)っ!? これは一体……」

 別部隊で動いていた伊集院(いじゅういん)が、青桐達の元へと駆けつけて来た。
 同時に、東雲の柔道着の色に驚く彼。 
 青桐に説明を仰ぐも、それどころではない彼は、即座に逃亡の合図を出す。

伊集院(いじゅういん)、話は後だっ!! 速攻(そく)逃亡(ばっくれ)るぞっ!!」

「オラ待てやぁ"ぁ"ぁ"!!」

「増援っ!?んだよまだ居んのかよっ!!」

「青桐、草凪、シモン、離れてろっ!!」

 増援と思わしき荒くれ者の群れが、施設の奥の方から、青桐達の元へと全力で向かって来ている。
 これ以上時間稼ぎのために戦う必要のない彼ら。
 敵の動きを妨害するため、青桐達の前に出る伊集院は、畳を右足で強く踏みつけていく。
 踏みつけられた畳の部分からは、白氷が植物のように芽生えてきており、敵の足元目掛けて、氷のカーペットが敷き詰められていく。
 それに触れた敵は、足を捕らえられ身動きを取れなくなってしまう技。
 No.5―――

白踏(しらふ)み……!!」

「ぐぁ"ぁ"ぁ"!? この糞餓鬼(シャバゾウ)がぁ"ぁ"ぁ"!! お前ら、側面からやれやぁ"ぁ"ぁ"!!」

「数が多いな……全員を捕縛出来んか」

「私もお手伝いしましょう。No.5……白踏み―――」

 畳の試合会場2つ分程の規模の白氷を生み出した伊集院。
 それによって集団の一部の足止めに成功したが、全員を捕縛することは出来ていない。
 攻撃範囲から漏れた荒くれ者が、伊集院の技の隙間を塗って、前進して来る。
 伊集院が手を焼いていることを見かねた東雲は、伊集院と同じ技で敵の捕縛にうつる。
 東雲が繰り出した()()()()は、伊集院の技が赤子のように思える程の規模を誇っており、巨大な造船所の床を全て埋める程の白氷が、東雲の右足から生み出されていた。
 
「ふぅ……ちょっと本気(ガチ)でやり過ぎましたね……さて、逃亡(ばっくれ)ましょうか」

「あ、あぁ……」

(コイツ……!! 現実(マジ)で俺と同じ技を使ったのか? 9割9分9厘、練度が違い過ぎる……これがコイツらの実力(ウデ)か……!!)

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 地下から地上へと舞い戻った青桐達は、現在博多駅の地下訓練場にいる。
 管理人の飛鳥(あすか)に話をつけ、一時的に地下で身を潜めていた。
 青桐達の他に、東雲も同行しており、遠くの方で飛鳥と何かを話をしていた。

「ふ~……糞疲れたぜぇ……不死原(ふじわら)、大丈夫か?」

「あ、あぁ……すまねぇ青桐、面倒かけちまって……」

「気にすんなよ、色々あって知らねぇ仲じゃねぇし。んでどうする? とりあえず(とりま)警察(ポリ)に通報するか?」

「9割9部9厘、それがいいだろう。身柄(ガラ)の安全が優先だ」

「あの造船所のことも密告(チク)るよな?」

「ああ。だが……あまり期待しない方が良いかもな」

「あぁ? ……証拠(ネタ)がねぇからか?」

「いや、証拠(ネタ)のデータはある。エレベーター稼働の作業がてら、監視カメラの動画データを複製(コピ)っといたからな」

現実(マジ)かよ、流石伊集院。 ……あぁ? じゃあ何でそんな浮かねぇ(ツラ)してんだよ」

「今東京がえらい騒ぎになっている……らしい。そこに全国(シャバ)警察官(ポリ)が駆り出され、各県の人員が手薄になっているそうだ。その状況で大規模な捜索が行われるのか……俺には判断がつかん」

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 青桐達が今後の方針で相談している中、地下まで付いて来た東雲が、飛鳥とコーヒーを飲みながら談笑をしていた。
 自然体の東雲とは対照的に、どこか探りを入れている様子の飛鳥。
 そんな彼を見た東雲が、笑顔で警戒を解こうと会話をしてくる。

「そんなに警戒なされずに。ここの存在は、私の心の内にしまっておきますので」

「……その言葉を信じろと言われてもねぇ……時間がなさそうだったから、まとめて全員入れたけどさ? 管理人の立場としてはねぇ……?」

「まあそうなりますよねぇ……お互い立場が無ければ、会話が弾みそうなのですがね。コーヒーも美味(とび)ますし」

「……君達、何が狙いなんだい? 宣戦布告(カチコ)んだと思ったら、こうやって助けてくれるしさ……方針が見えないな、僕には」

「柔道で革命を起こす。この前、獅子皇(ししおう)君が発言(かま)していた通りなのですが……アレ? 伝え方が不味かったのでしょうか……うぅん?」

「革命しないといけないほど、この日本がおかしいかい?」

「ええ」

 穏やかな対応を続けていた東雲だったが、会話が続くにつれ、飛鳥の質問に冷たく短く返答していく。
 彼の地雷を踏んだのか。
 飛鳥は慎重に言葉を選びながら、会話を紡いでいく。

「今のランク制度とかは……過剰に競争を煽り過ぎてるけどさ? 柔道を行う上で必要な施設とか……柔道タワーとか、コンビニエンス道場とか。学校への支援制度とか……色々あるじゃない? 勘解由小路(かでのこうじ)総理とか、結構、頑張(きば)ってるよ?」

「……それは理解(わか)っていますよ」

「じゃあ……」

「私達にも引けない過去(りゆう)があるのですよ。不死原君みたいな人間が出ている現状を……私は正しいと思いません。コーヒーどうも感謝(あざっす)。そろそろ帰らせて頂きます。青桐君達にも……来年の夏の大会、よろしくとお伝えください。では」
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