第52話 新人戦

文字数 3,063文字

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八方塞がりの状況に追い込まれ―――
淡い未来にすがりつくことになったとしても―――
キミは柔道が楽しいか?
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 ヤクザの襲撃を退けた黒城(くろしろ)
 全身血塗れの彼は、マネージャーの春宮(はるみや)に引きずられて運ばれ、現在は保健室で手当てを受けている。
 体中に包帯を巻かれている彼に抗議する春宮。
 目の前の男のしでかした所業に、怒り心頭であった。

「あのですね黒城先輩っ!! 色々無茶苦茶(デタラメ)過ぎんすよっ!! なんすか仲間(ダチ)を4人集めるってっ!?」

「お!! ちゃんと先輩つけたな、関心関心!!」

「ぐく……話を聞いてねぇ……!! あそこまで自信満々(かます)なら、何か策があるんすよねっ!?」

「いいや? 俺がそんなもん考えるわけねぇだろ!!」

「はぁ!? じゃあどうするんすかっ!?」

「……地道に勧誘?」

「いやいやいや!? そんなんじゃ……」

「よう、話は聞いたぜぇ~? アタシがいない間に、随分愉快(いかし)たことやってんなぁアンタ!!」

「おっ!! 早乙女(さおとめ)監督っ!! 感謝(あざっす)っ!!」

「早乙女監督!? 出張はどうしたんすか!?」

「あぁ~? 廃校の知らせを聞いて予定変更(ドタキャン)して飛んで帰って来たんだよっ!! 黒城ぉ!! 手当て受けたら先に道場で練習してなっ!! アタシはちょっと行くところがあっからよぉ!!」

「……何処にっすか?」

「ちょっと校長(センコー)の所だよ」

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 保健室にワンカップを片手に黒城達へと顔を見せた彼女。
 柔道部の女監督である早乙女凛(さおとめりん)は、校長室のソファーにくつろぎながら、お茶を啜っている。
 分厚い丸眼鏡をかけており、後ろ髪を重力に逆らう形でポニーテールのようにまとめている黒髪の彼女。
 道行く人々の視線を独り占めにする美貌を持つ彼女は、震えあがる校長を隣に座らせ、左手を彼の肩に回している。
 傍目から見たら、どちらの立場が上なのか分からない有様である。

校長(センコー)~お話したいことがあるんですけどぉ~……」

「ひ、ひぃぃぃ!?」

高校(ここ)が取り壊されるって話、アタシの所に回って来るのが(ノロ)くないっすかぁ? 柔道部が原因の取り壊しなのにぃ~~~なんで柔道部の監督のアタシに知らせないんすかねぇ~~~?」

「だ、だって、一番(しょっぱな)に知らせたら、絶対に面倒なことになるじゃないですかぁ!!」

「あったりめぇだろ!! アタシを誰だと思ってんだぁ!? 想像の10倍、面倒なことをしてやんよぉ"ぉ"ぉ"!!」

「い"や"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!! やっぱりこうなったぁ"ぁ"ぁ"!?」

「……ま、とは言ってもだ……過ぎたもんは仕方がねぇんで……ちょっとお願いがあるんすよ。いやね、黒城の野郎が、仲間(ダチ)集めをすることになったんすけどねぇ~……校内だけじゃどう考えても集まると思えないんでぇ~~~ちょっと校外を探し回ろうかなって考えてんすよぉ」

「こ、校外!? スカウトって意味ですかぁ!?」

左様(おうよ)っ!! 全国つ~か近場の県を探す予定なんすけどねぇ~……ちょっと()()()()()()がありまして、それの承諾(ゴーサイン)を頂きたいと思ってんすよぉ」

「ぜ、絶対、ハチャメチャなことやる気でしょ!? わ、私、()()()()()()()()()()()()!!」

「あ"ぁ"!?」

「ひ、ひぃ!?」

校長(センコー)……この学校が今まで成り立っていたのは、柔道部が勝ち取った補助金のおかげじゃないんすかね? それが駄目(おしゃか)になったら、簡単に断念(ひよ)んのか? なぁー……生徒(こども)達が頑張(きば)ってんのに、アタシら指導者(おとな)断念(ひよ)ってどーすんだよ。生徒(こども)危機(ピンチ)に、体張るのがアタシら指導者(おとな)じゃねぇのかよっ!? な"ぁ"!?」

「う、うう……」

承諾(ゴーサイン)貰えればそれでいいんだよ。後はこっちでどうにかすっからよぉ……なぁ? それともなんだ? ここで全裸(まっぱ)になって、悲鳴上げて、2人で一緒に地獄へ行っても良いんだぜ?」

「それ、く、脅迫(クンロク)じゃないっすかぁぁぁぁ!!」

校長(センコー)~♡ それじゃ、どっちの地獄(せんたくし)が良いですかぁ~~~?」

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 早乙女監督が校長室で交渉を続けている中、一足先に道場へと戻っていた黒城と春宮。
 道着に着替えた黒城は、柔軟運動をしながら、これからの方向性をアレコレ模索している。
 
「早乙女監督、やっぱ(パね)ぇわ。県外まで探しに行くなんてよぉ……発想力が異次元(レべチ)だわ」

「んで黒城先輩。アタイら、暫くは並岡(なみおか)高校で練習するんすよね。9月の新人戦終わりぐらいまで……それまで仲間(ダチ)集めしなくていいんすか?」

「してぇのは山々だがよぉ……この高校にはめぼしい奴いねぇじゃん? 周囲を探そうにも、練習時間を無駄には出来ねぇし……春宮、そっちはそっちで、なんか(えぐ)そうな人間を探しといてくれよ。部活に入ってなくて、(えぐ)そうな奴」

「そんな都合の良い人間、そうそういないっしょ……まあ、頑張(きば)ってはみますけど」

「あ!!」

「お、なんすか!? 心当たりのある人間がいるんすか!?」

「ああ!! 今は中学生だけどよぉ、知り合いの後輩がいるんだよ!! よく一緒の中学で、練習してたぜ!! 確か……今の中学生全体で、上から4、5番目くらいの奴だ」

(パね)ぇ!! 黒城(バカ)にもそんな仲がいい奴いるんすねっ!!」

「やかましいわっ!! 春宮、ちょ、スマホ持ってきてスマホっ!!」

「えぇ~手汗が付くから嫌ですぅ~不潔(ばっち)いぃ~」

「この……!! 今俺のスマホの充電ねぇのに……行けるか?」

 せわしなく更衣室へと向かった黒城は、黒いスマホで携帯の番号を打ち込むと、充電が切れる前に出てくれと祈っている。
 幸い、向こうは1コールで応答したので、今の所は充電が切れることはなさそうだ。

「もしもし!! 薬師寺(やくしじ)っ!! 俺俺!! 理解(わか)るかっ!?」

『……オレオレ詐欺の方ですか?」

「違ぇよ!! 俺だよ、黒城だよっ!!」

『分かってるよ、黒城の兄貴。んで、今日は何? 久々に電話してきてどうしたのさ』

「お前、来年、俺の高校に来いよっ!!」

『……はぁ?』

「俺、仲間(ダチ)集めててよ、全国制覇しなくちゃいけなくなったんだ!! オメェの力が必要なんだよっ!!」

『……ちょっと色々理解できないんだけど。詳しく……あっ!! 母さん……』

「お、おい、薬師寺!?」

『ゴメン、黒城の兄貴……母さんが勉強しろってさ。もう電話切らなきゃ』

「お、ちょ、ま……あ、切れた……」

「なんすか、(ふら)れたんすか」

「うるせぇな……そうだった……アイツ、日本No.1の進学校に向けて勉強してんだった……忘れてたぁ……」

落陽山(ウチ)もそれなりに頭良いんすけどね、何処かの誰か以外。それ以上を狙ってるって、頭良いんすね、その薬師寺って奴」

「まぁなぁ~……アイツが来てくれりゃ~大分助かるのによぉー……しゃあねぇ、アイツの人生だからなぁ~……他当たるか」

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 2020年9月5日土曜日。
 仲間集めの準備をする最中、東京で開催される新人戦に参加している黒城は、初戦を終えて、2回戦へと駒を進めていた。
 全国制覇をするうえで、こんな所では躓いていられない彼は、嫌が嫌でも気合いが入る。
 来年のデモンストレーションを行う黒城は、圧倒的な力を有する黒衣の集団が襲い掛かって来るとは、この時知る由もなかった。

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