第14話 止まった歯車

文字数 3,732文字

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友との再会を素直に喜べず―――
懐かしき日々を羨むことになったとしても―――
君は柔道が楽しいか?
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 2020年10月19日月曜日。
 蒼海大学付属高等学院の教室内では、青桐(あおぎり)へ質問が矢継ぎ早に行われていた。
 机の周囲を女子生徒に囲まれている青桐。
 同じクラスの石山(いしやま)が止めに入るも、あまりの数に彼までみくちゃにされていた。

「ちょ、みんな落ち着くばいっ!!」

「ねえ、青桐君!! 一緒に登校してたあの金髪(イケメン)って誰!?」

好男子(イケメン)、青桐君の友達(ダチ)!? 連絡先(けいばん)知りたいよ~~!!」

「やっぱこうなったか……」

「よう龍夜(りゅうや)!! ちょっと聞いてくれよ、行く先々で女の子(アマ)に……」

「きゃ~!!」

「うわっ!? ちょ、静止静止(タイムタイム)!!」

「……青桐君、あの黄色(きな)い声に囲まれてる人は……?」

「……俺の幼馴染の草凪隼人(くさなぎはやと)

「えぇ!? 幼馴染!?」

鈴音(すずね)と3人でよく稽古をしてたんだよ。小学生(ガキ)の頃かな。中学は別だったから3年ぶりか?」

「ばり美男子(イケメン)たい……」

「そうだな……本当(ガチ)(ツラ)は良いよ」

「お、なんだ? 俺の話? いやいや赤面(てれ)るね~!!」

「……お前さ、この高校に来るなら何で言わなかったんだよ。音信不通にもほどがあるだろ」

「悪いって!! そうだな~……お茶目(サプライズ)?」

「あ"?」

謝罪(さっせん)、ちゃんと答えるから激怒(キレ)ないで……いや、俺はさ、ちゃんと4月に入学する予定だったんだぜ? なのに手続きが間違(ミス)ったって話でちょっと揉めててさ……んで、それら諸々が解決するのが今の時期だったって話」

「んだよそれ……もう10月も終わるんだぜ? 変じゃねぇのそれ」

「そうなんだよなぁ~……詳しく聞いても教えてくれないしどうなってんだかね。うん?」

「ねえ、話があるんだけど、彼女(おんな)はいるの?」

「名前は? 部活は何をやってるの!?」

「ちょ、龍夜!! この(スケ)達どうにかしてくれっ!!」

頑張(きば)れ隼人。お前足速いだろ? 走って逃げろよ」

「お、おい!! 見捨てるなよっ!? ぐぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!?」

「あ、青桐君、あの人大丈夫と……?」

「大丈夫大丈夫、いつものことだから。それに……石山も慣れてた方がいいぞ、アイツの扱い方には」

「え?」

「アイツ、柔道部に入部するってよ」

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初めまして(ういっす)!! 自分、草凪隼人と申します。青桐君の親友(マブダチ)ですっ!! 今日から皆さんと共に練習していきますので、よろしくお願いしますっ!!」

 放課後の道場内。
 部員の前で簡単な自己紹介を行う草凪。
 感じのいい笑顔で頭を下げる彼に、部員達からの評判は悪くなかった。 

「ほ~う、青桐の親友(ダチ)にしては明るくていい奴そうだなっ!!」

「良い風が吹いているな。それで……外の女子生徒達は?」

「えーと……俺の追っかけ(ファン)ですかね」

「わりぃ草凪、さっき言った事はなかったことにしてくれ」

「風向きが変わったようだ」

「ちょっとちょっと!? 勘弁してくださいよ~先輩~」

 入部早々に、先輩である木場(きば)花染(はなぞめ)にいじられる草凪。
 緩んだ空気を引き締めるため、井上(いのうえ)監督は拍手を数回する。

「おっし、そろそろ切り替えていくぞ。新たな仲間(ダチ)が加わったが、同時にレギュラー争いも熾烈になると思うことだ。彼の階級は81㎏級、木場と同じ階級だな」

「俺と同等(タメ)ねぇ」

「他の人間も来年のインターハイに向けて、自分を磨き上げていくように。それじゃ今日も博多駅に行くぞ」

 井上監督の指示に従い、荷物をまとめて移動していく部員達。
 どこへ向かうのか見当がついていない草凪だが、取り合えず周囲に足並みを合わせて進んで行く。
 博多駅の地下に存在する修練場に近づくにつれ、かつての青桐達と同じようなリアクションを取る彼。
 地下で待ち構えていた飛鳥(あすか)は、見知らぬ顔の人物が混じっていることに困惑している。

「みんな待ってたよ。それで……その子は?」

初めまして(うっす)、自分、草凪隼人と申します。本日転校してきたものです。これからよろしくお願いいたします」

「あ、そうなの? 僕は飛鳥国光(あすかくにみつ)って言うんだ。この施設の管理人みたいなものだね。よろしく。早速特訓しようか」

「はい、よろしくお願いします!! ……おい龍夜、何で命綱つけてんだよ。それに他の先輩達も」

「おう、気にすんな後輩っ!!」

「風の流れに身を任せるんだな」

 青桐を筆頭に、花染、木場、伊集院(いじゅういん)石山(いしやま)達により、命綱などの器具を体に取り付けられていく草凪。
 されるがままの彼は、辺りをキョロキョロ見渡すことしか出来ない。

「隼人、準備OK(オッケーぼくじょう)だ」

「俺はOKじゃないんだよ。龍夜君、これは何だ? 何するんだ俺」

「今からあの綱を登れ」

「は? ……何mあるんだアレ」

「1000m」

「ふ~ん……はっ!? 1000m!?」

「あ~いいよその反応。みんな見飽きてるから」

「ちょ、バカ、は!?」

「よ~いドン」

「ぐぅ……うぉぉぉぉぉ!!」

 一通りの器具を装着した草凪。
 周囲からの突き刺さる視線に根負けした彼は、永遠にも思える長さのロープに掴まり、全速力でよじ登っていく。
 疲れる前に一気に駆け上がっていく作戦に出るが、上へ登れば登る程、スピードが緩やかに減速していき、かつての青桐と同じ30m付近に到達すると、完全に停止してしまった。

「あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」

「……数か月前の青桐みてぇだな」

「この風には既視感があるぞ」

「0割0分0厘、1000m達成するのは不可能っすね」

(ツラ)凄い(パない)ことになってるばい」

「おら隼人っ!! 恐怖(いもひい)てんじゃねぇぞ!? キリキリ登っていかんかいっ!!」

「がぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」

(龍夜の野郎、本気(ガチ)で好き放題言ってんなぁ!? おかしいなぁ!? 俺、青桐(ダチ)の力になるためにここに来たんだけど!? いびられ方が凄い(パない)なぁ!!)

 折角の面の良さが台無しになるレベルで、苦悶の表情を浮かべている草凪。
 彼の両腕は限界をとうに超え、自分の意思とは裏腹に、綱から手が離れていく。
 数十m下へと垂直落下していく草凪。
 いつしかの青桐と同じように、情けない悲鳴を修練場に響かせていく。

「ぎゃぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」

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 地下修練場での練習を終え、現地解散していく蒼海高校の面々。
 今日が初めてだった草凪は、赤い目を擦り、震える四肢を引きずりながら青桐、伊集院、石山の後を歩いて来ている。
 1年生組である彼らは、生まれたての小鹿が無事に帰れるように、帰り道を送っている最中だった。

「龍夜ぁ……これ、毎日やってるの……?」

「ああ」

「なんでそんなに動けんの……?」

「慣れたから。2人もそうだろ」

「9割9分9厘、以前よりはな」

「前は歩くのも苦労したばい」

「おぉ……()ねぇ……俺はもうダメみたいだぜ……へへっ」

「お前なぁ……なんか昔もそんな言葉聞いたぞ? 鈴音(すずね)にどやされたろ、お前」

 今追っかけの女子生徒達が草凪を見たら、きっと幻滅して離れていくだろう。
 そんな騒がしい彼の姿を見つめていた青桐。
 昔と変わらない彼の言動が、青桐の記憶を呼び覚ましていく。

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『龍夜、鈴音、コンビニ来店(ビニ)ろうぜ?』

『ん~買いたいものないからパス。龍夜は?』

『俺も別にいいかな』

本当(マジ)かよ……分かったよ、俺一人で行って来るからちょっと待ってて!!』

『……行っちまった』

『ワタシを待たせようなんていい度胸してるわねアイツ……明日の練習で念入りに()ってやるわよ』

『おいおい……アイツ死んじまうぞ? 柔道()るならちゃんと加減しろよ』

『当然よ!! あ、龍夜も覚悟しなさいよ。アンタ今日の片づけ忘れてたでしょ?』

『あ……』

『ワタシが全部やっておいたから良かったものの……ふっふ♡ 明日が楽しみね!!』

『……了解(うぃ~す)

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(3人でよく喋りながら帰ってたなぁ……2人で盛大にやらかして鈴音に(キレ)られて……今ここに鈴音がいたら、何て言ってんのかな)

 ぼんやりとその場で突っ立っていた青桐。
 そのせいだろうか、通行人にぶつかってしまう。
 咄嗟に謝る青桐。
 目の前の人物は、使い古された黒のコートを羽織っており、光のない赤い目が、青桐の目を凝視している。
 一睨みするだけで鳥肌が立つ……そんなただならぬ空気を纏っている謎の人物。
 伊集院、石山、草凪は、どうやら青桐と同じ感想を目の前の人物に抱いたらしく、周囲の空気がひりついていく。

「……君が青桐龍夜だな」

「そうですけど……」

「俺は刑事(デカ)九条大助(くじょうだいすけ)だ。警視庁(さくらだしょうじ)で働いているものだが……今日は君に用事があって探し回っていた」

刑事(デカ)? 俺に?」

「落ち着いて聞いてくれ。夏川鈴音(なつかわすずね)事故に遭った(じこった)事件(ヤマ)なんだが……あれはどうも計画的な犯行だったらしい」
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