第66話 緊急豪雨警報

文字数 3,344文字

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周囲との熱量に戸惑い―――
物寂しい日々が続いたとしても―――
君は柔道が楽しいか?
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 空気の弾丸が空から熊谷へと降り注ぐ。
 時折体を揺らしながら、接触の衝撃を耐えている彼。
 未知の技を前に、前髪の奥に潜む瞳からは光が消えていた。

(はー……面倒(だっっっる)いわ~……んだよこの不良(チンピラ)モドキの技ぁ? 威力は愚劣(しょっぱ)いのに、無視(シカト)するのもアレだし……あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!)

「ふー……さてさて、どうしようか……」

失礼(ちぃ~~~す)……!!」

 弾丸の雨を掻い潜り、熊谷の元へと接近して来た銃守(かねもり)
 右手を熊谷へと伸ばす熊谷であったが、その腕は空を掴んでいく。

「ちっ!!」

「ふー……危険(やば)危険(やば)い✰」

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 会場の外から試合を眺めていた薬師寺(やくしじ)
 熊谷と銃守のファーストコンタクトを見守り、黒城の後輩は一体何を考えていたのだろうか。
 スマホで撮影しながら、画面越しに試合を分析している。

「あの熊谷って人、また幻術を……先ずは組手争いで有利を取りたい場面なんだけどなぁ……これじゃちょっと困難(きびつ)いかもね。あの銃守って人は……ダメだ、戦い方知らねぇ……ENoは遠距離攻撃っぽいし、一発一発の火力は無さそう……水属性かな? ……さっき黒城(こくじょう)の兄貴が削った分がどう響くかなぁ……って」

 独り言を続ける薬師寺。
 いつもの癖で無意識に分析をしていた彼は、ため息を吐きつつ呆れたように視線を地面へと落としていた。

「なんでこんな熱が入ってんだろ俺……高校は柔道から距離を取る予定なのに……」

 知り合いの先輩が戦っている中、自分は蚊帳の外なことに歯がゆい思いをしている薬師寺。
 半ば自分に言い聞かせるように、心の中で諦めの言葉を言い続けながら、視線をスマホの撮影している画面へと戻すのだった。

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 弾丸の雨が降り注ぐ場内。
 姿を消していた熊谷が再び姿を現すと、空気の塊をその身に浴びながら、銃守との距離を詰めてくる。
 対する銃守はその場でどっしりと構え、敵を迎え撃つ気でいる。

(来るか……!! いいぜぇ反撃()ってやんよぉ!! 先ずは組際……っ!!)

 組際に最新の注意を払っているのは敵も同じなようで、西部劇のガンマンのように、早撃ちならぬ早掴みの勝負となる。
 互いに敵の道着が届く間合い。
 先に手を動かしたのは熊谷。
 右手と左手で、銃守の道着の右襟と左袖の部分を握りしめようとする。
 同時に右足が銃守の右足を内側から刈り取りに行く。
 組際に小内刈りを仕掛けにいく熊谷。
 柔道着が掴まれるのを防ぐため、右手で熊谷の右腕の内側から外へと払いのけようと動かす。
 だが……

「……っ!! これも幻かよっ!?」

 右腕に手応えを感じていない銃守。
 先ほどの黒城と同じように、距離感を狂わせる幻の使い方を行った熊谷。
 自分の30㎝先に幻想を見せていた彼は、先に回避動作を取らせ、隙だらけになった銃守の道着を後出しで掴み取る。
 そのまま幻と同じような軌道で小内刈りを繰り出すと、銃守は体勢を後ろへと崩されていく。
 その死に体に目掛けて、体を反時計回りに回転させながら、自分の右足を払い上げ、敵の左足を払い上げる技である内股を繰り出す熊谷。
 投げ飛ばされていく銃守は、畳へと背中から叩き落とされていく。

「技ありぃ"ぃ"ぃ"ぃ"ぃ"ぃ"!! 静止(まて)っ!!」

「ふー……あれ? 一本じゃなかったか✰」

「……っ!!」

(あっぶねぇ……!! あと少しで負けてたんじゃねぇか俺……!?)

 試合が中断され、両者が試合開始の位置まで戻る。
 乱れた道着を整えながら、頭を回す銃守。
 試合開始までの僅かな時間に、次の手を考えている。

(……この野郎、姿を現したり消したり……!!寿命()れかけの蛍光灯みてぇにチカチカしやがって!! 弾が当て辛ぇじゃねぇか!! どうする……? 何をしようにも、結局はあの幻術が面倒(うぜ)ぇぞ……)

開始(はじめ)っ!!」

 審判の声が鳴り響く。
 試合が再開され、両者足を動かす。
 組手争いを仕掛けようと、熊谷は前のめりに攻めてくる。
 ポイントを取られ後がない銃守。
 試合時間は全体の1/4の時間である1分に迫ろうとしており、猶予はじわじわと無くなってきている。
 そんな中、銃守は後方へと距離を取ると、その場で足を止めてしまう。
 特に攻める気配もなく、じっと姿勢を低くして身構えている彼。
 攻めなければならない状況で彼は、()()()()()()()()()()()のであった。

「ふー……どゆこと? 自分の状況理解(わか)ってる?」

「……」

「ふー……無視(シカト)ねぇ……っ!! おっと✰」

 上空から降り注いできた弾丸の雨。
 ENo.17弾丸雨(スコールバレット)
 不意打ちのように放たれた弾丸を、目視で躱していく熊谷。
 銃守と一旦距離を取ると、足を使って弾丸の雨を避けながら、銃守の意図を探っているのであった。

(はー……何がしてぇんだコイツ……? カウンターでも狙ってんのか? 水属性の技だと……叢雨返(むらさめがえ)しあたりか? どーすっかなぁ……こう身構えられると襲撃()りずれぇし……こりゃ長期戦になりそうだわ。この雨は幻術使って避けてもいいけど……気力の無駄かな? しゃ~ねぇ……目視で避けるか)
 
 幻術の併用で、狙いを定めさせないことも考えた熊谷。
 だが黒城と戦った後に連続して戦っているので、残りの気力がそう多くないことも察している彼。
 柔皇の技を使用するためのリソース節約のため、上空からの弾丸の雨は目視で避けることを選ぶ。
 互いに距離を取りつつ、出方を窺いながら、ただ時間だけが過ぎ去っていく。
 視線をチラチラ上空へと移し、弾丸の雨を見切っている熊谷。
 攻め時を計る彼を前に、銃守はかつてENoを生み出した時の事を思い出しているのであった。

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『……なぁ、ちょっと練習に付き合ってくんねぇ?』

『えぇ……銃守、まだ柔道()るきぃ? やだよ、1人で柔道()ってろよ』
 
『お、おい、ちょ……』

『バイバ~イ』

『……んだよ、"興醒(しけ)ちまうなぁ……" わ~ったよ、1人で柔道()るよっ!! ……水属性の戦い方をどう進化させるかねぇ。青桐(あおぎり)みてぇな正統派の戦いで勝てる気しねぇし……空気砲ぶつけるNo.17の仙手(せんて)がなぁー……水平方向にしか飛ばねぇしなぁ……』

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『お~し、そろそろ柔道タワーが閉まるからな、ラスト1本だっ!!』

了解(うっす)っ!! さぁこぉ"ぉ"ぉ"い!!』

(糞が……!! 最上階の人、本気(マジ)(えぐ)いなぁ!! ……せめて1本は取りてぇ!!)

『No.17……仙手っ!! ……あら? ……いっっったぁ!? 上っ!? 雨雲……? んだよこれっ!?』

『お……おぉ!? ENo(エクシードナンバー)に進化したんじゃないかこれ?』

『ENo? ……俺が!? 現実(マジ)っすかっ!?』

現実現実(マジマジ)。僕達プロの人間でも、使える人はそんなにいないしねぇ……いやぁ~最近の若者はやるねぇ!!』

『いやいや、そんなことないっすよ~!! 』

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『お~い!! ちょっと試合(らんどり)に付き合ってくれよ!! 俺、ENo覚えたんだぜ? 見てぇだろ? な?』

『ENo? 銃守が? ふーん……(ぱな)いね。それじゃ』

『おっ!? ちょちょ!! 試合(らんどり)……』

『もう練習終わりだから。俺帰ってゲームしてぇんだよ。んじゃ』

『あっちょっ!! ……んだよ、張り合いねぇなぁ……!? ……つまんねぇ』

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 会場に降り注ぐ雨は、次第にその強さを増していく。
 上空からの攻撃にも慣れ始めていた熊谷。
 時間を追うにつれて不利になる局面を、銃守は静かにやり過ごしていく。
 嵐が過ぎ去るのを待つかのように。
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