第50話 伝説との邂逅

文字数 3,249文字

 嵐の中を突き進む船舶内にいるかのように、視界が上下左右に揺れ動く大原(おおはら)
 未成年の彼は、本来なら酒を飲める年齢ではない。
 そんな彼が、酒に酩酊したかのように、足取りがフラフラとしていた。

「ちっ!! この野郎……!! 未成年になんてことしてんだよ……!!」

「嫋々たる風の心地はどうだ? ……互いに足が駄目(おしゃか)だな」

 道着を掴み、次の一手を探る両者。
 弱体化した体を動かす大原は、一度道着を離し距離を取ろうと考えるも、再び幻術に惑わされるのを避けるため、握りしめた手を離せずにいる。
 花染のいなす動きに付いて行く大原。
 普段なら難なくついて行ける動きにも、平衡感覚を失っている彼にとっては、体のバランスを取るので精一杯になる。
 右足を左足に引き付ける瞬間を狙い、右足を滑らせるように足払いを行う花染。
 体勢を崩し畳に倒れこむ大原に、覆いかぶさるように寝技を挑みにかかる。
 
(嘘香の効果が続いている間に勝負を―――)

「……テメェ俺相手に寝技かぁ……軽蔑(なめ)られたもんだなぁ!!」
 
 身を屈めていく花染の首元の道着を右手で握ると、両足で花染の両脛を押し込み、上体が伸びた花染を、真横へとひっくり返していく。
 これ以上の寝技での戦いは、分が悪いと踏んだ花染。
 自ら道着から手を離すと、畳から横たわった体を急いで起こしていく。

静止(まて)っ!!」

「あぁー……逃げやがって……鳥野郎(チキン)野郎が」

「いなさの予感がしたのでな。お前相手に寝技で無謀(リスキー)な戦いはせん」

「……」

(この技……そんなに効果時間は長くねぇな? さっきよりは足元がしっかりしてる……)

 花染と小気味よい会話を続けながら、足から伝わる畳の感触に、微かな希望を見出す大原。
 試合再開を告げるまでの僅かな時間に、対策を練り出していく。

(この酩酊する技はいいとして……幻術をどう破るかな? あんま時間浪費(チンタラ)すると、花染の足に付着した氷が融けるしなぁ~……腹くくるか)

開始(はじめ)っ!!」

 試合再開と同時に、大原の周囲には光り輝く黄金の粒子が漂い始める。
 それらの粒子は天を指し示し、5つの国旗が姿を現す。
 ENoのモーションに入った大原。
 いち早く気が付いた花染は、幻術を作り出すため翠色の風を纏い始める。
 そのまま突っ込んでいく彼を迎え撃つべく、5つの国旗を強襲させる大原。
 花染の四肢に纏わりついていくも、花染の姿は風で作り出した幻。
 始めからそこに居なかったかのように、姿形が消えていった。

「……即使用(ブッパ)とは……血迷ったか? いささか単調だと風も言っているぞ。隙だら……」

「―――そこだな」

 姿を隠していた花染が、大原から見て左斜め方向から道着を掴み取りにかかる。
 本来なら大技後には多少の隙が出来る。
 だが目の前の敵は、花染の想定よりも速い速度で反応してきた。
 この試合初めて冷汗をかく花染の考えを見透かしたように、目前の敵は口を開き始めた。

「ENoはただの(ブラフ)だ。あれだけ強力(えぐ)いなら、目くらましには最適だろ?」

「……俺相手に化かし合いを挑むか」

「手の込んだお返しだよ、インテリ眼帯っ!!」

 花染が差し出す右手の道着の袖の部分を、左手で掴み取る大原。
 そのまま体を反時計回りに回転させ、左手を引きつけながら一本背負いを組際に放っていく。
 この状態から逃れる術を持っている花染だが、大原にはそれが使えないと判断できる根拠が存在した。

(ここからNo.30「」(から)さばきを使えば、逃れることが出来なくはないが……あの技、自分の後方にしか移動できねぇ……コイツの後ろは場外!! 使えば即で場外だ……!! 投げれなくても処分(しどう)は取れる……!!)

 上体が大原の背中に乗っている花染。
 このままでは投げられてしまう彼は、苦肉の策で脱出を試みる。
 風を纏い、後方へと移動する彼。
 変わり身の術を使った者に待ち受けているのは、審判からの指……

「……!? 静止(まて)がかからねぇ!? ……!! お前まさか試合会場の広さを!!」

()()()()()()()()()()()―――察しが良くて助かるよ」

 花染が移動した場所。
 そこは場外のはずだった。
 だが、試合会場内に一陣の風が舞い踊ると、()()()()()の試合会場が姿を現す。
 ENoを発動した大原に対抗して、花染も幻術を使っていた。
 その際、彼に気が付かれないように、さりげなく試合会場の広さを本来の広さよりも狭く錯覚させていたのだった。
 審判からの合図がかかるものだと思い込んでいた大原に、ほんの少しの隙が出来る。
 場外間際に佇む花染の背後には、悍ましい姿をした怪物のような生物が姿を突如現しており、コチラをじっと見つめている。

「あぁ!? んだそりゃ……まさか!!」

「そのまさかだ。ENo.76―――」

 大原はおろか、会場中の誰もが見たことの無い技。
 ENoの使い手である大原は直感する。
 彼も切り札を隠し持っていたのだと。
 花染の背後にいた化け物が大原へと襲い掛かる。
 膝を曲げ姿勢を低くし、衝突に備える大原。
 彼に触れた瞬間、化け物の姿は風と共に消え去り、代わりに花染の姿が顔を出した。
 場外付近で佇んでいた花染の姿は、今現在は見当たらない。
 
「っ!? 消え……」

「おっと悪い悪い、うっかり嘘を(かま)してしまった。さっき見た技は、俺が作った虚像だな。そしてこっちが本命の技……No.76―――」

 意表をついて接近していた花染の姿が、何人にも分裂していく。
 それらの分身体は大原の右袖を掴み取り、一本背負いを繰り出したかと思えば、突風と共に姿を消し去り反対側の袖を掴み取り、左の一本背負いを繰り出していく。
 右へ左へ偽りの一本背負いを繰り出す分身達。
 成功に作られたそれらは、実際に触れるまで本物かどうか分からない。
 いつ実態を伴った技が飛んでくるのか見当がつかない大原は、体を右へ左へ動かすことで、さばいていかざるを得ない。
 だがそれにも限度がある。
 何重にも襲い掛かるフェイントで、低姿勢を維持することが出来なくなり、体が浮いていく。
 そのことに気が付いた時には時すでに遅し。
 偽りの中から本物の花染の技が、大原の体に襲い掛かる。
 一本背負いの強化技。
 No.76―――

「―――空空空空(うろそらからくう)

 大原を背中に背負い、畳へと投げつけていく花染。
 風の便りは両チームに決着を告げていく。
 福岡大会を勝ち抜き、全国行きの切符を手にしたチームの名を……

「いっぽぉぉぉぉぉん!! 勝者、蒼海っ!!」

「最後……現実(マジ)かよ」

「悪いな大原。化かし合いを挑まれて、つい憤怒(げきおこ)になってしまったよ」

 颯爽とその場を後にしていく花染。
 自他共栄の横断幕を掲げる蒼海の人間達の元へと戻る彼の背中を、大原は苦笑交じりに見届けるのであった。

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 2021年7月4日日曜日。
 激闘を終えた蒼海のレギュラーメンバー5人と、マネージャー2人、監督の計8人が、道場内で昨日の試合の反省会を開いていた。
 同時に彼らは、テレビのある速報に目が離せずにいた。
 アナウンサーは、しきりにリヴォルツィオーネの名を口にしており、その光景を見た青桐達は、冷汗を流している。
 一通り視聴すると、重苦しい空気の中、監督の井上(いのうえ)が口を開こうとしたその時、周囲が光に包まれてゆき、8人は蒼海の道場からある場所へと移動していたのだった。
 その場所とは―――

ヤワラミチ第一章
青桐龍夜(あおぎりりゅうや)編終了

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「はぁ!? 廃校っ!?」

「ひゃ~はははは!! ヤクザの黒岩(くろいわ)でぇぇぇぇす!! こんにちはぁぁぁぁ(ウィィィィッス)!!」

「名を知りたいだとぉ? ならばぁ~……教えてやろうっ!!」

「久々に……"(ピキ)っちまったよ"……!!」

「アッカァァァンっ!! なんやねんこれぇ!?」

「お母さん……俺、柔道がやりたいんだっ!!」

「この俺、黒城龍寺(こくじょうりゅうじ)ぃ!! 仲間4人集めてよぉ~!! 全国制覇してよぉ!! テメェらの計画、中止(おじゃん)にしてやんよぉっ!!」

ヤワラミチ第二章
黒城龍寺(こくじょうりゅうじ)編始動
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