Curry du père 其の二十

文字数 2,025文字

 『ぼくの将来のゆめ』 3年6組 匡木圭吾


 

 ぼくのお父さんはコックさんです。




 いつもおいしい料理をつくって食べた人をえがおにするのが仕事です。




 ぼくはお父さんが作る料理が大すきです。




 そのなかでカレーが一番すきです。




 とくべつな日にだけお父さんがつくってくれます。




 そのカレーはすごくおいしくて




 すごくしあわせな気持ちになります。




 お母さんはとくべつなスパイスが入ってるからおいしいのよって言ってました。




 ぼくは大きくなったらコックさんになりたいです。




 そしてお父さんと一緒においしい料理をたくさんつくって食べた人をもっと幸せにしてあげたいと思います。





 



 大きな文字で書かれた、圭吾さんの将来の夢……。
「カレーが一番好き、か。そういえば、あの頃カレーはメニューに載ってなかったんだよな」
「そうなんですか?」
「あれは元々、誕生日とかの記念日にだけ親父が作ってくれてたんだ」
「だから再オープンした時、カレーがないって言われて初めて客に提供してた事に気づいたんだ」
(そうだったんだ……)
 私がここに通い始めた頃には載せてあったから、昔からあるものだと思ってた。
「こんな作文、まだ残ってたんだな」
「オーナーはこれを読んだとき、凄く嬉しかったんでしょうね」
「だからずっと大切に持ってたんですよ」
「ああ、まぁ……子供の頃の話だから……、ってか挟んだまま忘れてたんだろ」
 圭吾さんは否定したけど、私はそうは思えなかった。
 

 作文の隅に汚れたような指紋の跡。


 きっと何度も読み返したんじゃないだろうか。



 しんみりとしながら暫くそれを眺めていると、圭吾さんが「あ……」と小さな声を漏らす。
 彼は眉間に皺を寄せながら、ファイルの一番最後のページを開いていた。
 横から覗き込むように確認すると、流暢な筆記体で書かれたレシピ名を指差して彼は固まっていた。
「それがどうかしたんですか?」
Curry de famille(カリー・ド・ファミーユ)……」
 彼はそのレシピ名を指先でなぞりながら呟いた。
(えと、カリーって……カレーよね)
「ファミーユって……?」
「家族。フランス語で家族って意味だよ」
「家族……カレー?」
「そう」
 彼はそのレシピの内容を確認し始める。
 人参、玉ねぎ、じゃがいも……レシピにはカレーの材料とスパイス名が書かれていた。
「至って普通のカレーだ。材料も、作り方も」
 圭吾さんは深い溜息をついた。
「お袋は特別なスパイスが入ってるって言ってたけど、そんな物は入っていない」
「スパイスも、俺が思い出しながら作った調合とほとんど変わらないよ」
(特別なスパイス……家族カレー……)





「愛情、じゃないですか?」
 私はポツリと呟く。
「は?」
「元々は家族の為だけに作ったカレーだったんじゃないですか?だから、家族の愛情が……」
「愛情? 愛情で味が変わるって?」
「そもそもこの日付見てみろよ」
 彼はレシピの右上の部分を指差す。
「日付、書いてあるだろ。これは店のメニューに加えた日だ」
「親父、客に出した記念日だとか言って昔嬉しそうに話してくれた事があったんだ」
「メニューに加えた日にはもう俺はここにはいなかった。家族への愛情が入ってるって言うなら俺は含まれてないんだろうな」
 彼はハハハと笑う。
(圭吾さん……)
 でも……奥さんが言ってたスパイスって、きっと愛情だと私は思う。
(記念日……か)
 カレーが店に出始めた頃、私は中学生。
 私がここに通い始めたのは高校生になってすぐ……。その時には圭吾さんはもう家を出ていて……
「――――っ!」
「あの、さっきの写真っ、もう一度見せてくれませんか!!
「え? あ、ああ」
 彼は私の声に驚きつつ、カウンターの上に置いていた写真を差し出す。
 私はそれを受け取り確認すると、写真の右下には撮影日時が印字してあった。
(やっぱり……)
「カレーが店のメニューに加わったのって圭吾さんから写真が送られてきたすぐ後です!」
「ん? ああ、そうみたいだな」
 写真とレシピの日付を確認しながら、それが何だと不思議そうに見る彼に向かって、私は言葉を続けた。
「オーナーは……お父さんは嬉しかったんじゃないですか?自分と同じ料理の道に進んだあなたの写真を見て」
「だからこのレシピを店のメニューに加えたんじゃないですか&|x2049;」
「なんでカレーなんだ?」
「繋がり、ですっ」
「繋がり?」
「カレーを店のメニューに載せてなかったのは、オーナーが家族の為に作ったカレーだったからっ」
 家族への愛情が詰まった料理。圭吾さんが好きだと言ってくれた料理。



 だから……。
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登場人物紹介

室世癒見【むろせゆみ】24歳 

主人公

憑かれやすい女性編集者

永見栄慶【ながみえいけい】27歳

御祓いを得意とするインテリ坊主

壮真貴一朗【そうまきいちろう】43歳

ナルシストタイプな敏腕編集長

匡木圭吾【まさきけいご】

第二章登場人物

洋食亭サン・フイユ現オーナー

間柴一【ましばはじめ】 38歳

第三章登場人物

ガイスト編集部カメラマン

一条史真【いちじょうししん】27歳

第四章登場人物

宗國寺副住職

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