加茂倉少年の恋 其の二
文字数 1,908文字
「漏水?」
「はい……、天井の配管が破損して、台所と部屋の一部が水浸しに」
床一面に広がる悲惨な光景を目にした時の驚きといったら……。
すぐに管理会社に連絡して漏水はおさまったものの、私の部屋の床だけでなくその下の階の部屋やその周辺の部屋までもが被害に遭っており、その上アパート自体の老朽化もあって修繕にはかなり時間がかかるとの事だった。
「一応、仮住まい用に他のアパートを紹介してもらったんですけど、ここからかなり離れてるので別の不動産屋をあたってみようと思ってるんです」
費用は全て向こうがもつと言ってくれてるし、探せば一部屋くらいあるだろうと安易に考えていたのだが
「あー……この周辺は難しいかもしれないよー?」
と、編集長は困ったような顔をして答えた。
「え……?」
仕事帰り、私は彼が言っていた言葉の意味を理解する。
私の住んでいる地域は交通の便がかなり良く、部屋が空いてもすぐに埋まってしまう状態で、空き部屋待ちの人も多くいるらしい。
特に夏の暑さを避けて涼しくなる9月下旬に引っ越す人が多いとの事で、9月入って間もない今の時期は探すのがとても困難だと聞かされた。
『編集の仕事は夜遅くなる事が多いから皆近場で住む場所探すんだけど、なかなか空きがなくてねぇ……、半年以上待ってた子もいたかなぁ』
そう言いながら苦笑いしていた編集長の顔を思い出し、私は深い溜め息をつく。
「今のアパートに引っ越せたのは運が良かったのね……」
何軒まわろうが言われることは同じで、短期間だけ借りるのは更に難しいと言われた。
とりあえず今日は駅近くのホテルに泊まろうと、着替えを取りに重い足取りでアパートへと戻る。
仮住まいとして提示された場所はハッキリ言って交通の便が悪いと言われる地域。
朝も早く起きないといけないし、帰りも遅くなってしまう。
修繕が終わるまでの辛抱だと分かっていても、私には住む場所が遠くなると困る理由があった。
(遠いと仕事帰り斎堂寺に寄れなくなっちゃうのよねー……)
9月に入ってからというもの、日中は来客が多かったり運悪く出払っていたりして、しばらく栄慶さんと顔を合わせていない。
とりあえず曰く品や私に憑いた霊に関しては、代わりに留守番をしてくれていた史真さんに祓ってもらったけど……
『永見はあの容姿でしょう? お盆の時期を過ぎると見合い話やデートの誘いが多くなるんです』
『まぁ毎年断ってはいますが、永見も檀家相手だと強く言えないようで……』
という話を聞いてからというもの、今は霊とは違う不安という感情に私は取り憑かれている。
(そりゃあのカッコ良さにあの声なら惚れちゃうのは分かるけどさ……)
仕方がないとは思いつつも、会う機会が減った上さらに減るかもしれないというこの状況はハッキリ言って辛い。
(もしその間に〝彼女ができた〟なんて事になったら……)
立ち直れない。
絶対に立ち直れないと分かっているからこそ、彼の様子が気になってしまう。
(明日は土曜だし、朝からもう一度探してみようかな)
まだ調べていない不動産屋もあるかもしれないと思っていると
「ユミちゃん、おっかえりー」
という声をとともに、宗近くんがこちらに向かって降りてくるのが見えた。
「宗近くん、なんでこんな所にいるの?」
「そろそろユミちゃんが帰宅する頃だと思って上から探してたんだよ。ほら、今朝の事があったでしょ」
大丈夫? と彼は心配そうな顔をする。
「私は大丈夫だよ。朝はありがとね、宗近くんが気づかなかったら、家具や電化製品も駄目になっていたかも」
勝手に部屋に入ってきたのは駄目だけど、今回は仕方がなかった事だし、起こしてくれなかったらもっと酷い状況になっていたかもしれない。
そう思って感謝の言葉を述べると、宗近くんは何故かバツの悪そうな顔をして私から顔を背けた。
「まさかあそこまでなるとはね……」
「え?」
「いや、何でもなーい、こっちの話ー」
宗近くんはあははっと笑ってから言葉を続ける。
「それで……しばらくの間、別のアパートに住むことになったんだよね?」
「うん。でもここからちょっと遠くてね……明日もう一度近場で空きがないか探してみるけど……無理かもしれない……」
思わず宗近くんに愚痴を零してしまう。
そんな私の話を真剣な面持ちでうんうんと聞いていた彼だったが、一通り聞き終わると急にパッと明るい表情に変わり
「じゃあさ、今日から斎堂寺に住めばいいんじゃない?」
と、突拍子もない提案をしてきた。
「はい……、天井の配管が破損して、台所と部屋の一部が水浸しに」
床一面に広がる悲惨な光景を目にした時の驚きといったら……。
すぐに管理会社に連絡して漏水はおさまったものの、私の部屋の床だけでなくその下の階の部屋やその周辺の部屋までもが被害に遭っており、その上アパート自体の老朽化もあって修繕にはかなり時間がかかるとの事だった。
「一応、仮住まい用に他のアパートを紹介してもらったんですけど、ここからかなり離れてるので別の不動産屋をあたってみようと思ってるんです」
費用は全て向こうがもつと言ってくれてるし、探せば一部屋くらいあるだろうと安易に考えていたのだが
「あー……この周辺は難しいかもしれないよー?」
と、編集長は困ったような顔をして答えた。
「え……?」
仕事帰り、私は彼が言っていた言葉の意味を理解する。
私の住んでいる地域は交通の便がかなり良く、部屋が空いてもすぐに埋まってしまう状態で、空き部屋待ちの人も多くいるらしい。
特に夏の暑さを避けて涼しくなる9月下旬に引っ越す人が多いとの事で、9月入って間もない今の時期は探すのがとても困難だと聞かされた。
『編集の仕事は夜遅くなる事が多いから皆近場で住む場所探すんだけど、なかなか空きがなくてねぇ……、半年以上待ってた子もいたかなぁ』
そう言いながら苦笑いしていた編集長の顔を思い出し、私は深い溜め息をつく。
「今のアパートに引っ越せたのは運が良かったのね……」
何軒まわろうが言われることは同じで、短期間だけ借りるのは更に難しいと言われた。
とりあえず今日は駅近くのホテルに泊まろうと、着替えを取りに重い足取りでアパートへと戻る。
仮住まいとして提示された場所はハッキリ言って交通の便が悪いと言われる地域。
朝も早く起きないといけないし、帰りも遅くなってしまう。
修繕が終わるまでの辛抱だと分かっていても、私には住む場所が遠くなると困る理由があった。
(遠いと仕事帰り斎堂寺に寄れなくなっちゃうのよねー……)
9月に入ってからというもの、日中は来客が多かったり運悪く出払っていたりして、しばらく栄慶さんと顔を合わせていない。
とりあえず曰く品や私に憑いた霊に関しては、代わりに留守番をしてくれていた史真さんに祓ってもらったけど……
『永見はあの容姿でしょう? お盆の時期を過ぎると見合い話やデートの誘いが多くなるんです』
『まぁ毎年断ってはいますが、永見も檀家相手だと強く言えないようで……』
という話を聞いてからというもの、今は霊とは違う不安という感情に私は取り憑かれている。
(そりゃあのカッコ良さにあの声なら惚れちゃうのは分かるけどさ……)
仕方がないとは思いつつも、会う機会が減った上さらに減るかもしれないというこの状況はハッキリ言って辛い。
(もしその間に〝彼女ができた〟なんて事になったら……)
立ち直れない。
絶対に立ち直れないと分かっているからこそ、彼の様子が気になってしまう。
(明日は土曜だし、朝からもう一度探してみようかな)
まだ調べていない不動産屋もあるかもしれないと思っていると
「ユミちゃん、おっかえりー」
という声をとともに、宗近くんがこちらに向かって降りてくるのが見えた。
「宗近くん、なんでこんな所にいるの?」
「そろそろユミちゃんが帰宅する頃だと思って上から探してたんだよ。ほら、今朝の事があったでしょ」
大丈夫? と彼は心配そうな顔をする。
「私は大丈夫だよ。朝はありがとね、宗近くんが気づかなかったら、家具や電化製品も駄目になっていたかも」
勝手に部屋に入ってきたのは駄目だけど、今回は仕方がなかった事だし、起こしてくれなかったらもっと酷い状況になっていたかもしれない。
そう思って感謝の言葉を述べると、宗近くんは何故かバツの悪そうな顔をして私から顔を背けた。
「まさかあそこまでなるとはね……」
「え?」
「いや、何でもなーい、こっちの話ー」
宗近くんはあははっと笑ってから言葉を続ける。
「それで……しばらくの間、別のアパートに住むことになったんだよね?」
「うん。でもここからちょっと遠くてね……明日もう一度近場で空きがないか探してみるけど……無理かもしれない……」
思わず宗近くんに愚痴を零してしまう。
そんな私の話を真剣な面持ちでうんうんと聞いていた彼だったが、一通り聞き終わると急にパッと明るい表情に変わり
「じゃあさ、今日から斎堂寺に住めばいいんじゃない?」
と、突拍子もない提案をしてきた。