インテリ住職 其の十一
文字数 2,124文字
病院の中は廊下を挟んで左右に部屋があるせいか、とても暗かった。
(うう~怖いっ)
少年達にああ言ったものの、恐怖でその場に蹲 りそうになる。私は携帯のライトを使おうと震える手で電源を入れた。
起動音とともにディスプレイが光り、待ち受け画面が浮かび上がると、〝不在着信5件〟と表示されている事に気が付く。
履歴を確認すると、すべて発信者名のない同じ番号からだった。
(これ……栄慶さんの番号だ……)
電源を切ったあとも掛け続けてくれていたのか、一分おきぐらいに着信が入っていた。
(――――っ)
胸がギュッと締め付けられる。
もしかして心配してくれてる?
それとも……怒ってる?
どちらなのかは分からない、分からないけど……なぜかその着信を見ただけで安堵する私がいた。
(これが終わったら謝りに行こう……)
そう思いながら私は携帯を握りしめ、ライトを点灯させる。
辺りを照らしてみると、奥に受け付けらしきカウンターが見え、その近くに診察室だと思われる部屋が見えた。
廊下は所々壁紙が剥がれ、床には大小の崩れたコンクリート片が散らばっている。私は転ばないよう足元とその周辺を照らしながら奥へと進む。
封鎖されていた正面玄関に辿り着くと、二階へと続く階段を見つけた。
白い影が写っていたのは二階一番奥の部屋。
慎重に階段を上がるとすぐにナースステーション、その奥に病室だと思われる部屋が左右に配置されていた。
廊下は薄暗いが、開け放たれた部屋の窓から西日が入り込んでいるようで、少し明るい。
チラリと確認すると、中はボロボロのシーツがかかったままのベッドが無造作に並べられており、間仕切りに使っていたであろう破れたカーテンが、割れた窓ガラスから吹き込む風でユラリと揺れていた。
その不気味さと風の冷たさに、思わず自分の身体を抱きしめた。誰もいないはずなのに、なぜか視線を感じて仕方がない。
「だ、大丈夫……何も出ない……何も視えない……」
そう呟きながら奥へと進んでいると、途中で小さなコンクリート片を蹴ってしまい、カツンッカツンッ…と跳ねる音が廊下に響く。
それはまるで人が歩いているかのような音で、さらに恐怖心を煽 られる。
人の気配がまるでしない。 もしかしたら少年はもう正気に戻り、外へ出てしまったのではないだろうか。そんな不安に苛 まれながらも、何とか一番奥の病室へと到着した。
(この中よね……)
その部屋だけ扉が閉まっていて中を確認する事ができない。
扉横のプレートを確認すると、他の病室とは違い一人分の名前しか差し込めないようになっていた。
ここだけ個室なのだろうか……。私はゆっくりとドアを開ける。
中はとても広く、思った通りベッドが一台しか置かれていなかった。
そしてそのベッドの向こう側、窓のすぐそばで……外にいた彼らと同じ制服を着た少年が背を向けて立っているのが見えた。
私は少年に近づいていく。背後でドアが音を立てて閉まったが、彼はそれに気づかないのか窓の外をずっと眺めていた。
「俊介……君?」
少し距離を取った状態で声を掛けてみるが、反応はない。
「俊介君だよね?」
『 ……違うよ 』
もう一度聞こえるように声を掛けると、彼はこちらを振り向きながら答えた。
「じゃあ……君の名前教えてくれないかな」
『 忘れた 』
「忘れたって……自分の名前なのに?」
『 ずっと呼ばれてなかったから 』
少年は抑揚のない淡々とした声で答える。
「下でお友達が待ってるよ?」
『 友達? ……ああ、この人のでしょ? 僕の友達じゃないよ 』
彼が俊介君なのは間違いない。
だけど別の誰かが憑依している。話し方から少し幼い印象を受けた。
(どうしよう…)
このまま友達の所へ連れ帰っても意味がないだろう。
斎堂寺へ連れてく?
でも素直に従ってくれるかどうか……。
『 ……お姉さん誰なの? 』
その場で考え込んでしまった私を怪しんだのか、少年は少し怪訝 な顔をして聞いてきた。
「あ、お姉さん……ね、君を助けに来たの」
『 僕を? 』
「そうなの! 君は何かしてほしい事があるんじゃないかな?」
『 してほしい事…… 』
「そう、何か心残りがあるからここにずっと居るんだよね?」
それを叶える事が出来れば成仏するかもしれない。
『 お姉さん、僕のお願い聞いてくれるの? 』
少年は少し嬉しそうな表情を見せる。
良かった。結構素直でいい子かも。
私はほっと胸を撫で下ろす。
「聞かせて? お姉さん君を助けたいから、ね?」
そう言うと、少年は満面の笑みを浮かべて答えた。
『 うん、じゃあ僕のお願い! 』
『 お 姉 さ ん
今
す
ぐ
死
ん
で
? 』
(うう~怖いっ)
少年達にああ言ったものの、恐怖でその場に
起動音とともにディスプレイが光り、待ち受け画面が浮かび上がると、〝不在着信5件〟と表示されている事に気が付く。
履歴を確認すると、すべて発信者名のない同じ番号からだった。
(これ……栄慶さんの番号だ……)
電源を切ったあとも掛け続けてくれていたのか、一分おきぐらいに着信が入っていた。
(――――っ)
胸がギュッと締め付けられる。
もしかして心配してくれてる?
それとも……怒ってる?
どちらなのかは分からない、分からないけど……なぜかその着信を見ただけで安堵する私がいた。
(これが終わったら謝りに行こう……)
そう思いながら私は携帯を握りしめ、ライトを点灯させる。
辺りを照らしてみると、奥に受け付けらしきカウンターが見え、その近くに診察室だと思われる部屋が見えた。
廊下は所々壁紙が剥がれ、床には大小の崩れたコンクリート片が散らばっている。私は転ばないよう足元とその周辺を照らしながら奥へと進む。
封鎖されていた正面玄関に辿り着くと、二階へと続く階段を見つけた。
白い影が写っていたのは二階一番奥の部屋。
慎重に階段を上がるとすぐにナースステーション、その奥に病室だと思われる部屋が左右に配置されていた。
廊下は薄暗いが、開け放たれた部屋の窓から西日が入り込んでいるようで、少し明るい。
チラリと確認すると、中はボロボロのシーツがかかったままのベッドが無造作に並べられており、間仕切りに使っていたであろう破れたカーテンが、割れた窓ガラスから吹き込む風でユラリと揺れていた。
その不気味さと風の冷たさに、思わず自分の身体を抱きしめた。誰もいないはずなのに、なぜか視線を感じて仕方がない。
「だ、大丈夫……何も出ない……何も視えない……」
そう呟きながら奥へと進んでいると、途中で小さなコンクリート片を蹴ってしまい、カツンッカツンッ…と跳ねる音が廊下に響く。
それはまるで人が歩いているかのような音で、さらに恐怖心を
人の気配がまるでしない。 もしかしたら少年はもう正気に戻り、外へ出てしまったのではないだろうか。そんな不安に
(この中よね……)
その部屋だけ扉が閉まっていて中を確認する事ができない。
扉横のプレートを確認すると、他の病室とは違い一人分の名前しか差し込めないようになっていた。
ここだけ個室なのだろうか……。私はゆっくりとドアを開ける。
中はとても広く、思った通りベッドが一台しか置かれていなかった。
そしてそのベッドの向こう側、窓のすぐそばで……外にいた彼らと同じ制服を着た少年が背を向けて立っているのが見えた。
私は少年に近づいていく。背後でドアが音を立てて閉まったが、彼はそれに気づかないのか窓の外をずっと眺めていた。
「俊介……君?」
少し距離を取った状態で声を掛けてみるが、反応はない。
「俊介君だよね?」
『 ……違うよ 』
もう一度聞こえるように声を掛けると、彼はこちらを振り向きながら答えた。
「じゃあ……君の名前教えてくれないかな」
『 忘れた 』
「忘れたって……自分の名前なのに?」
『 ずっと呼ばれてなかったから 』
少年は抑揚のない淡々とした声で答える。
「下でお友達が待ってるよ?」
『 友達? ……ああ、この人のでしょ? 僕の友達じゃないよ 』
彼が俊介君なのは間違いない。
だけど別の誰かが憑依している。話し方から少し幼い印象を受けた。
(どうしよう…)
このまま友達の所へ連れ帰っても意味がないだろう。
斎堂寺へ連れてく?
でも素直に従ってくれるかどうか……。
『 ……お姉さん誰なの? 』
その場で考え込んでしまった私を怪しんだのか、少年は少し
「あ、お姉さん……ね、君を助けに来たの」
『 僕を? 』
「そうなの! 君は何かしてほしい事があるんじゃないかな?」
『 してほしい事…… 』
「そう、何か心残りがあるからここにずっと居るんだよね?」
それを叶える事が出来れば成仏するかもしれない。
『 お姉さん、僕のお願い聞いてくれるの? 』
少年は少し嬉しそうな表情を見せる。
良かった。結構素直でいい子かも。
私はほっと胸を撫で下ろす。
「聞かせて? お姉さん君を助けたいから、ね?」
そう言うと、少年は満面の笑みを浮かべて答えた。
『 うん、じゃあ僕のお願い! 』
『 お 姉 さ ん
今
す
ぐ
死
ん
で
? 』