Curry du père 其の八
文字数 1,366文字
──この前来たばかりなのに、懐かしく感じる店内。
「座って」
「今、飲み物入れるから……コーヒーでいい?」
「あ、はいっ」
促されるままカウンターに座り、待っている間に店内を見回す。
内装は昔のまま……。だけど、オーナーと奥さんはもういないんだ……。
改めてそう思うと涙が込み上げ、ゴシゴシと手の甲で拭う。
「君、ほんと涙もろいんだね」
そう言って、カチャリと目の前にコーヒーカップが置かれた。
「あ、ありがとうございます」
み、見られた。
――って、前にも見られたんんだけど……。
それでも何故か恥ずかしくて、顔を隠すようにしてカップに口づける。
そして彼もまた、私の隣の席に座り、自分の分を飲み始めた。
辺りにコーヒーの良い香りが漂う中、彼がポツリと口を開く。
「親父の幽霊が出るって話なんだろ?」
「……やっぱりその噂、息子さんも知ってたんですね」
「圭吾、匡木圭吾 、俺の名前。圭吾でいいよ」
「えと、圭吾……さん? 圭吾さんは、視た事があるんですか?」
「いやないよ。でもその噂は知ってる。常連客だった人に聞いたんだ」
「その噂、ネットのオカルト掲示板に書かれてるんです」
「この前、栄け……斎堂寺の住職さんとここに来た時の写真も撮られて載せられてしまって、誤解されてるみたいなんです」
「ああ、だからか。常連客にも言われたよ。親父の事恨んでるのかとか……無理やり除霊なんかして親不孝だとか?」
ははは、と彼は笑いながら答える。
(圭吾さん……?)
「でも間違ってないよ。俺、親父の事嫌いだったし、親父も俺の事嫌ってたはずだ」
「きっと俺がこの店を継いだせいで、怒って成仏できないんじゃない?」
「そんなっ、オーナーも奥さんも圭吾さんの事心配してましたよ! この店の後を継いでほしいって思ってたはずです!」
「でも俺は親父もこの店も嫌いだった」
「どうして……ですか?」
「親父が作る料理は冷凍食品を一切使わず、毎日新鮮な食材を仕入れて作ってたんだ」
「コストが高いのに値段は喫茶店並み……だから利益はほとんど出なかった」
彼はカウンター奥の壁に視線を向ける。
そこには小さな写真立てが飾られており、それにはオーナーと奥さん、そして小学生くらいの幼い圭吾さんらしき少年が笑顔で写っていた。
「子供の頃は親父の作る料理が好きだった。親父が作った料理を笑顔で食べる客を見て、俺も将来は親父みたいな料理人になりたいって思ってたんだ」
写真を見ながら語る圭吾さんの横顔は誇らしげで、お父さんを尊敬しているように見えた。
でもそう見えたのは一瞬で……すぐに表情を曇らせる。
「自分が成長するにつれて、この店の経営が厳しい事に気づいたんだ」
「良い食材を使うには金がかかる。何度も経営方針を変えろって言ったのに、親父は聞き入れなかった。〝ここに来る客に美味い物を食べさせて笑顔にさせるのが俺の仕事だ〟って言ってね」
「笑顔にさせるのが仕事……」
確かにそうだった。
ここに訪れる客は皆、美味しそうにオーナーの作る料理を食べて、笑顔で帰って行く。
私もその一人。
嫌な事があってもここに来ればそれを忘れさせてくれる。
サン・フイユはそんな気持ちにさせてくれる店だった。
「座って」
「今、飲み物入れるから……コーヒーでいい?」
「あ、はいっ」
促されるままカウンターに座り、待っている間に店内を見回す。
内装は昔のまま……。だけど、オーナーと奥さんはもういないんだ……。
改めてそう思うと涙が込み上げ、ゴシゴシと手の甲で拭う。
「君、ほんと涙もろいんだね」
そう言って、カチャリと目の前にコーヒーカップが置かれた。
「あ、ありがとうございます」
み、見られた。
――って、前にも見られたんんだけど……。
それでも何故か恥ずかしくて、顔を隠すようにしてカップに口づける。
そして彼もまた、私の隣の席に座り、自分の分を飲み始めた。
辺りにコーヒーの良い香りが漂う中、彼がポツリと口を開く。
「親父の幽霊が出るって話なんだろ?」
「……やっぱりその噂、息子さんも知ってたんですね」
「圭吾、
「えと、圭吾……さん? 圭吾さんは、視た事があるんですか?」
「いやないよ。でもその噂は知ってる。常連客だった人に聞いたんだ」
「その噂、ネットのオカルト掲示板に書かれてるんです」
「この前、栄け……斎堂寺の住職さんとここに来た時の写真も撮られて載せられてしまって、誤解されてるみたいなんです」
「ああ、だからか。常連客にも言われたよ。親父の事恨んでるのかとか……無理やり除霊なんかして親不孝だとか?」
ははは、と彼は笑いながら答える。
(圭吾さん……?)
「でも間違ってないよ。俺、親父の事嫌いだったし、親父も俺の事嫌ってたはずだ」
「きっと俺がこの店を継いだせいで、怒って成仏できないんじゃない?」
「そんなっ、オーナーも奥さんも圭吾さんの事心配してましたよ! この店の後を継いでほしいって思ってたはずです!」
「でも俺は親父もこの店も嫌いだった」
「どうして……ですか?」
「親父が作る料理は冷凍食品を一切使わず、毎日新鮮な食材を仕入れて作ってたんだ」
「コストが高いのに値段は喫茶店並み……だから利益はほとんど出なかった」
彼はカウンター奥の壁に視線を向ける。
そこには小さな写真立てが飾られており、それにはオーナーと奥さん、そして小学生くらいの幼い圭吾さんらしき少年が笑顔で写っていた。
「子供の頃は親父の作る料理が好きだった。親父が作った料理を笑顔で食べる客を見て、俺も将来は親父みたいな料理人になりたいって思ってたんだ」
写真を見ながら語る圭吾さんの横顔は誇らしげで、お父さんを尊敬しているように見えた。
でもそう見えたのは一瞬で……すぐに表情を曇らせる。
「自分が成長するにつれて、この店の経営が厳しい事に気づいたんだ」
「良い食材を使うには金がかかる。何度も経営方針を変えろって言ったのに、親父は聞き入れなかった。〝ここに来る客に美味い物を食べさせて笑顔にさせるのが俺の仕事だ〟って言ってね」
「笑顔にさせるのが仕事……」
確かにそうだった。
ここに訪れる客は皆、美味しそうにオーナーの作る料理を食べて、笑顔で帰って行く。
私もその一人。
嫌な事があってもここに来ればそれを忘れさせてくれる。
サン・フイユはそんな気持ちにさせてくれる店だった。