インテリ住職 其の十四
文字数 1,991文字
暫くすると、少年は落ち着きを取り戻し、涙を浮かべながら語りだした。
『 僕、僕……ずっと……ずっとここで眠ってたんだ。でも……急に周りがうるさくなって目が覚めたんだ 』
『 あの人達、いつもここで騒いでた。静かにしてって言っても聞いてくれなかった。そんな時にこの人たちが来て……この身体に入る事が出来たから試しに怖がらせてやろうって思ったんだ 』
少年は言い終わると、ごめんなさい……本当にごめんなさいと心から申し訳なさそうに謝り、下を向いた。
「そっか……、君はただ静かに眠りたかっただけなんだね。ごめんね、気づいてあげられなくて」
「でももう大丈夫だから、これからは向こうでゆっくり眠れるからね」
『 でも、僕……悪い事したから……もう天国に行けない…… 』
「そんな事ないよ……君はちゃんと謝ったじゃない、きっと行けるよ」
『 ……本当に? 』
不安げな表情で見上げる少年に笑顔で頷き、私は栄慶さんの方を見る。
「まったくお前は……」
呆れたような声とは裏腹に、彼の表情は穏やかだった。
(良かった。いつもの栄慶さんだ……)
彼は数珠をかざすと、静かにお経を唱え始める。
少しして……少年の身体が温かい光に包まれ始めた。
俊介君の身体から、中学生くらいの幼顔の少年が抜け出し、天へと昇って行く。
『 僕、行くね 』
「うん、バイバイ!」
私は立ち上がり、手を振って見送る。
『 ありがとう……本当にありがとう……バイバイ!! 』
少年は大きく手を振り、あどけない笑顔を見せながら消えて行った。
私は振っていた手を降ろしたと同時に、ガクンとその場に座り込む。
「あ……あれ? 身体に力が入らない……」
「緊張の糸が切れたんだろう」
栄慶さんはそう言うと、私を抱き上げベッドに座らせてくれた。
「全く、無茶をするやつだ」
「……だって……」
「馬鹿め、後先考えずに行動するからこんな目に合うんだ」
「また馬鹿って言いましたねっ」
「間違ってはいないだろう?」
(うう……)
返す言葉が見つからず俯いていると、彼の手の甲が視界に入り、私は目を見開いた。
(右手、傷だらけになってるじゃないっ)
これって……あの子が抵抗した時に出来た傷だ。
かなり爪が食い込んだのか、所々血が滲んでいて痛々しい。恐らく法衣に隠れている腕の部分も酷いことになってるはずだ。
(私のせいで……)
私の身勝手な行動のせいで、栄慶さんが……。
「――っつ」
思わず涙が零れそうになりグッと堪える。
「――……どうした?」
その張りつめた空気を感じ取ったのか、彼は探るように口を開く。
私は下を向いたまま自分の両手を握りしめ、手のひらに爪を立てた。
「わ、私の事なんか……放っておけばよかったんですよ」
そうすれば栄慶さんは傷つかなかった。
「そもそも何で来たんですか!!」
「心配して来たとは思わないのか?」
間髪いれずに返ってきた言葉に私は唇を噛みしめる。
分かってる。
栄慶さんは私の事を心配して駆けつけてくれたんだって。
あの電話も心配して掛けてきてくれたんだって。
「べ、別に栄慶さんが居なくても私一人で何とかできたんですからっ、心配とか言って……心の中では面倒な奴だって思ってたんでしょ?」
それでも私は否定の言葉を続ける。
彼は今どんな顔をしているだろう。
急に責めだした私に困惑してるだろうか。
それとも何て恩知らずな奴だと怒ってるだろうか。
「ハッキリ言えばいいんですよ、私のこと嫌いだったって! お寺に来る私を鬱陶しく思ってたって!!」
いつも何だかんだ言いながら私に憑いた霊を祓ってくれる。
でもそれは……困ってる私を見捨てられなかっただけ。
お坊さんだから、慈悲の心で助けてくれていただけ。
彼と私は、ただそれだけの関係。
だから……
だからこそ、これ以上迷惑はかけられない、終わりにしないといけない。
私は捲し立てるように言葉を続ける。
「私、栄慶さんの事すごく嫌な人だって思ってたんですよ。でもお金をかけずに祓ってくれるから言う事を聞いていただけ」
「でも、もういいんです。もう嫌味を言われるのも庭掃除とかコキ使われるのも嫌です。だから斎堂寺にも行きません」
胸が張り裂けるように痛い。
ズクズクと何かで抉られているような……そんな感覚。
それでも私は……
ひと呼吸置いてから……
拒絶の言葉を叫んだ。
「だからもう私を助けようとしないで!! 私の事は放っておいてっ!! 私も栄慶さんの事なんて、きら――」
――――最後まで言い切る前に私の視界は暗闇に包まれてしまった。
『 僕、僕……ずっと……ずっとここで眠ってたんだ。でも……急に周りがうるさくなって目が覚めたんだ 』
『 あの人達、いつもここで騒いでた。静かにしてって言っても聞いてくれなかった。そんな時にこの人たちが来て……この身体に入る事が出来たから試しに怖がらせてやろうって思ったんだ 』
少年は言い終わると、ごめんなさい……本当にごめんなさいと心から申し訳なさそうに謝り、下を向いた。
「そっか……、君はただ静かに眠りたかっただけなんだね。ごめんね、気づいてあげられなくて」
「でももう大丈夫だから、これからは向こうでゆっくり眠れるからね」
『 でも、僕……悪い事したから……もう天国に行けない…… 』
「そんな事ないよ……君はちゃんと謝ったじゃない、きっと行けるよ」
『 ……本当に? 』
不安げな表情で見上げる少年に笑顔で頷き、私は栄慶さんの方を見る。
「まったくお前は……」
呆れたような声とは裏腹に、彼の表情は穏やかだった。
(良かった。いつもの栄慶さんだ……)
彼は数珠をかざすと、静かにお経を唱え始める。
少しして……少年の身体が温かい光に包まれ始めた。
俊介君の身体から、中学生くらいの幼顔の少年が抜け出し、天へと昇って行く。
『 僕、行くね 』
「うん、バイバイ!」
私は立ち上がり、手を振って見送る。
『 ありがとう……本当にありがとう……バイバイ!! 』
少年は大きく手を振り、あどけない笑顔を見せながら消えて行った。
私は振っていた手を降ろしたと同時に、ガクンとその場に座り込む。
「あ……あれ? 身体に力が入らない……」
「緊張の糸が切れたんだろう」
栄慶さんはそう言うと、私を抱き上げベッドに座らせてくれた。
「全く、無茶をするやつだ」
「……だって……」
「馬鹿め、後先考えずに行動するからこんな目に合うんだ」
「また馬鹿って言いましたねっ」
「間違ってはいないだろう?」
(うう……)
返す言葉が見つからず俯いていると、彼の手の甲が視界に入り、私は目を見開いた。
(右手、傷だらけになってるじゃないっ)
これって……あの子が抵抗した時に出来た傷だ。
かなり爪が食い込んだのか、所々血が滲んでいて痛々しい。恐らく法衣に隠れている腕の部分も酷いことになってるはずだ。
(私のせいで……)
私の身勝手な行動のせいで、栄慶さんが……。
「――っつ」
思わず涙が零れそうになりグッと堪える。
「――……どうした?」
その張りつめた空気を感じ取ったのか、彼は探るように口を開く。
私は下を向いたまま自分の両手を握りしめ、手のひらに爪を立てた。
「わ、私の事なんか……放っておけばよかったんですよ」
そうすれば栄慶さんは傷つかなかった。
「そもそも何で来たんですか!!」
「心配して来たとは思わないのか?」
間髪いれずに返ってきた言葉に私は唇を噛みしめる。
分かってる。
栄慶さんは私の事を心配して駆けつけてくれたんだって。
あの電話も心配して掛けてきてくれたんだって。
「べ、別に栄慶さんが居なくても私一人で何とかできたんですからっ、心配とか言って……心の中では面倒な奴だって思ってたんでしょ?」
それでも私は否定の言葉を続ける。
彼は今どんな顔をしているだろう。
急に責めだした私に困惑してるだろうか。
それとも何て恩知らずな奴だと怒ってるだろうか。
「ハッキリ言えばいいんですよ、私のこと嫌いだったって! お寺に来る私を鬱陶しく思ってたって!!」
いつも何だかんだ言いながら私に憑いた霊を祓ってくれる。
でもそれは……困ってる私を見捨てられなかっただけ。
お坊さんだから、慈悲の心で助けてくれていただけ。
彼と私は、ただそれだけの関係。
だから……
だからこそ、これ以上迷惑はかけられない、終わりにしないといけない。
私は捲し立てるように言葉を続ける。
「私、栄慶さんの事すごく嫌な人だって思ってたんですよ。でもお金をかけずに祓ってくれるから言う事を聞いていただけ」
「でも、もういいんです。もう嫌味を言われるのも庭掃除とかコキ使われるのも嫌です。だから斎堂寺にも行きません」
胸が張り裂けるように痛い。
ズクズクと何かで抉られているような……そんな感覚。
それでも私は……
ひと呼吸置いてから……
拒絶の言葉を叫んだ。
「だからもう私を助けようとしないで!! 私の事は放っておいてっ!! 私も栄慶さんの事なんて、きら――」
――――最後まで言い切る前に私の視界は暗闇に包まれてしまった。