母と子 其の十

文字数 1,248文字

 私に注がれる彼の視線を感じながらも、見つめ返す勇気がなくて、ただただ地面を見て過ごす。


(な、何か言わなきゃ……)


 そ、そうだ、お礼っ


 助けてくれたお礼を言ってないじゃないっ


 私はおずおずと顔を上げながら彼に声を掛ける。
「あ、あの……さっきは……助けてくれてありがー……」
「……?」
 目を合わせながら伝えるつもりだったが、彼は普段より目を細め、別の場所を凝視している事に気づいた。



 その視線の先……



 栄慶さんが見ているのは……




(わっ、私の……っ!?
 思わず両腕をクロスして隠し、彼を睨みつける。
「わっ、悪かったですね胸っ、小さくてっっ!!
「いや、サイズ的には申し分ないんじゃないか?」
「普通に返さないで下さいよっっ」
 まだからかわれた方がマシだわ!
「栄慶さんのスケベっ!!
「そんな水着を着てくるお前が悪いんだろう?」
「その言葉! そっくりそのまま返しますよっっ」
「ああ、見たければ見てもいいぞ」
 彼はスッと立ち上がる。



「馬鹿――――っ!!



 私は〝その箇所〟から視線を逸らし、大声で叫んだ。



「さて、それだけ元気があれば大丈夫だろう、行くぞ」
 そう言うと彼は踵を返し、もと来た道へと歩き出す。
「あ、もうっ! 待って下さいよっ」
 先ほどまでの恐怖心も羞恥心もなくなった私は慌てて後を追う。
(そういえば……)
「栄慶さん、眼鏡が無くても見えるんですね?」
 両手を後ろで組みながら、隣で歩く彼の顔を覗き込むようにして私は問い掛ける。
 確か浜辺に来たときも眼鏡は掛けていなかったはず。
 すると彼は右手を目元に当て眉をひそめる。
「……ほとんど見えん」
「コンタクト、持ってないんですか?」
「持ってはきているが、お前が私を置いて先に……」
 言いかけて急に言葉を濁し、バツが悪そうにそっぽを向く。
(もしかして……荷物置いてすぐに追いかけてきてくれたって事かな……)
 私は口元を緩ませつつ、さらに疑問をぶつける。
「浜辺に着いた時、私の居る場所よく分かりましたよね?」
「……お前は他の者達とオーラが違っていたからな」
「え?」
「淀んだオーラを身に纏ってるから分かりやすいんだ」
「何ですか、ソレ」
 口を尖らせ拗ねてみる。
 でも、内心それでも私に気づいてくれた事が嬉しかった。
(んふふっ)
 きっと私の顔は緩みっぱなしだろう。
 でも彼は見えていないはずだから気にしない。





 って……。





「栄慶さんっ! さっきの、ほんとに見えてました!?
「何の事だ?」
「だっだから、さっきの……む、胸の……大きさ……」
「さぁ、どうだろうな?」
「誤魔化さないで下さいよっ、もう一回ちゃんと見て言って下さい!!
「お 前 は 痴 女 か?」
「違います――っ」




 その後、何だかんだ言いながら賑わう浜辺に戻った私たちは、日が落ちるまで海水浴を楽しんだ。
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登場人物紹介

室世癒見【むろせゆみ】24歳 

主人公

憑かれやすい女性編集者

永見栄慶【ながみえいけい】27歳

御祓いを得意とするインテリ坊主

壮真貴一朗【そうまきいちろう】43歳

ナルシストタイプな敏腕編集長

匡木圭吾【まさきけいご】

第二章登場人物

洋食亭サン・フイユ現オーナー

間柴一【ましばはじめ】 38歳

第三章登場人物

ガイスト編集部カメラマン

一条史真【いちじょうししん】27歳

第四章登場人物

宗國寺副住職

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