親友 其の九
文字数 2,865文字
(中に……入った!?)
しかし男性は違和感を感じる事なく食事を続けている。
宗近くんの姿が見あたらないまま暫く様子をうかがっていると、男性はお腹をさすりながらイスの背もたれに体重を掛け、口を開いた。
「あ~、美味しかったー! ここのレストラン、一度も来た事がなかったけど結構オススメかもっ」
「ね? ユ ミ ち ゃ ん」
「!?」
男性は私の方を見て言ったかと思うと、中から笑顔の宗近くんが飛び出してきた。
「ほら、凄いでしょ――っ」
「凄いでしょ……って……何でそんな事が……」
「分かんない。俺、生きてるとき霊感とか一切なかったんだよ。死んでからこんな事できるようになるってほんと、宝の持ち腐れって感じ?」
そう言って彼はケラケラと笑う。
(さっきのって……いわゆる〝憑依〟ってやつよね?)
でもあの男性が憑依体質だったのならまだ分かるけど、彼の言い方からして人を選ばずに憑依できるような感じだった。
一方、テラスでは向かいに座っていた女性が「ユミって誰!!」と男性に詰め寄っており、しかし男性の方は身体を乗っ取られていた間の事は覚えていないのか、一体何の事だと慌てふためいていた。
そんなカップルを笑って見ていた宗近くんは、急に何かを思い出したように手の平に拳を落とした。
「あ……そうだ、安心して。乗っ取ってそのまま生活しようなんて思ってないから。そこはちゃんと考えてるからね?」
「いや、そういう考えがあるなら……あのカップルのことも考えてあげて」
下ではヒートアップした彼女が浮気者だと叫びながら、グラスに入った水を男性にぶっかけていた。
見てていたたまれない。
「あれくらいで別れるならそれまでの関係だったって事だよ」
「んじゃ、次いってみよ――っ!」
こうして宗近くんは
食事という名のカップル潰しを始めたのだった。
◇◇◇◇
はぁ~、この一時間の間に一体何組のカップルが喧嘩別れしたのか……。
街全体を見渡せる高台に移動し、満足したように夜の街を眺める彼の隣で、私は深く溜息をついた。
あれから彼は私の制止も聞かずに、次々と食事をするカップルの男性に乗り移っては〝私の名前〟を呼んで"出てくるという行為を繰り返した。
「だってさ~、ああいうの見てるとリア充爆発しろって思わない?」
「もし自分に恋人がいたら?」
「リア充祝福してって思う」
(なんて都合のいい……)
これで私より年上だなんて……
そう思いつつ、そういえば彼は栄慶さんの友人だった事を思い出した。
ハッキリ言って二人は真逆な性格なのよね……。
「ん? ユミちゃん、何か言いたそうだね」
「あ、いえ……その―……、栄慶さんと性格が全然違うなぁ……って」
「ほんとにエージの友達なの、って?」
率直に聞きたいことを言い当てられ、思わず口ごもってしまうと、彼は木の手すりに両腕を乗せるような恰好で、栄慶さんとの過去を話してくれた。
「俺さ……小学生の時好きな女の子がいたんだ」
「近所に住んでた子でさ、明るくて素直で可愛くて……気付いたらその子のこと好きになってたんだ」
「いつか告白しようって思ってた。だけど、その前に彼女……」
「エージのこと好になってたんだよねー」
楽しそうに話していた彼のトーンが一気に下がる。
「何かさ、危ないところを助けてもらったらしくて、それがキッカケで好きになったみたい」
(う……それって……私と栄慶さんの出会いみたいじゃない……)
いや、でも……私はすぐに好きになったわけじゃないし。
好きになったのは……もっと……あとだし。
子供みたいに簡単に彼のこと好きになったわけじゃない。
けど……
(子供時代の栄慶さんかぁ……)
今でもあんなにカッコいいんだから、その頃はさぞかし女の子にモテたんだろうなと思う。
(って事は……いろんな可愛い子と付き合ったりも……)
私以外の子にも……あ、あんな事とか……こんな……事とか……。
「……どうかした?」
「へ!? い、いやっなんでもないから! 話、続けて?」
「うん、でね……彼女さ、しょっちゅう寺に行ってはエージに冷たくあしらわれてたんだけど。それでも何度もエージに会いに行ってさ」
「俺、門に隠れて二人のこと見てたんだけど、だんだん彼女とエージの仲が良くなっていくのが分かって、このままじゃ取られる! って思っちゃったんだよね」
「で、エージに勝負を挑みに行ったの 。その時俺が小4で…エージが小6だったかなー…俺、結構腕っぷしには自信あったんだよ。んで挑んだ結果、どうなったと思う?」
「負けたんですね」
「そう! エージのやつ、小さい時から合気道習ってたんだってさ。かなうわけないじゃんって感じ!」
「でも俺もめげずに何度も挑みに行ったわけ。もう嫌がらせかってくらい。んで、そうしてるうちに俺とエージの間に少しずつ友情が芽生えていって、今や親友と呼べる存在になったわけ!」
「……」
「あ……今、俺の一方的な思い込みだって思ったでしょ」
「いえ、そんな事はー……」
言葉に出さずにいると、彼は大きな溜息をつきながら夜空を見上げた。
「……分かってるよ、俺がそう勘違いしただけだって。エージのやつ、俺と遊んでくれたのも半ば諦めからだったって……」
「あの子とは結局、中学上がる前に引っ越して会えなくなったし、エージとは高校卒業するまでは遊ぶことがあったけど、大学に行ってからは会う事もなくなって……」
「エージにとっちゃ俺の事なんて、うるさかった奴がいなくなって良かった、くらいにしか思ってないんだろうなー」
そう言って、宗近くんは笑いながら私に背を向ける。
「――……そんな事……ないと思うよ?」
「え?」
ポツリと呟くようにそう言うと、彼は振り返り顔を横に傾けながら私を見る。
「栄慶さん、宗近くんが亡くなったって知ってネクタイも結ばずにお寺を飛び出して行ったの。それって宗近くんの事、大切な友達だって思ってたからでしょ?」
「それに宗近くんが私を連れ出そうとしたとき引き留めなかったのって、きっと彼なりに宗近くんのこと思っての事だったんじゃないかな?」
「私の憶測でしかないけど……最後に宗近くんの好きな事させてあげようって思ったのかもしれないよ」
お寺から出て行く私達を無言で見送った栄慶さん。
きっとあれは、そう思っての事だったんじゃないだろうか。
「だからきっと勘違いじゃないから大丈夫だよ、大丈夫っ!」
私は少しでも彼に信じてもらえるよう笑顔で伝える。
すると彼は一呼吸おいてから
「そっか……」
「そっかぁ……」
と、確認するかのように同じ言葉を繰り返しながら、再び夜空を見上げた。
微かに笑みを浮かべたその横顔は
今まで見たどの笑顔よりも嬉しそうに見えた。
しかし男性は違和感を感じる事なく食事を続けている。
宗近くんの姿が見あたらないまま暫く様子をうかがっていると、男性はお腹をさすりながらイスの背もたれに体重を掛け、口を開いた。
「あ~、美味しかったー! ここのレストラン、一度も来た事がなかったけど結構オススメかもっ」
「ね? ユ ミ ち ゃ ん」
「!?」
男性は私の方を見て言ったかと思うと、中から笑顔の宗近くんが飛び出してきた。
「ほら、凄いでしょ――っ」
「凄いでしょ……って……何でそんな事が……」
「分かんない。俺、生きてるとき霊感とか一切なかったんだよ。死んでからこんな事できるようになるってほんと、宝の持ち腐れって感じ?」
そう言って彼はケラケラと笑う。
(さっきのって……いわゆる〝憑依〟ってやつよね?)
でもあの男性が憑依体質だったのならまだ分かるけど、彼の言い方からして人を選ばずに憑依できるような感じだった。
一方、テラスでは向かいに座っていた女性が「ユミって誰!!」と男性に詰め寄っており、しかし男性の方は身体を乗っ取られていた間の事は覚えていないのか、一体何の事だと慌てふためいていた。
そんなカップルを笑って見ていた宗近くんは、急に何かを思い出したように手の平に拳を落とした。
「あ……そうだ、安心して。乗っ取ってそのまま生活しようなんて思ってないから。そこはちゃんと考えてるからね?」
「いや、そういう考えがあるなら……あのカップルのことも考えてあげて」
下ではヒートアップした彼女が浮気者だと叫びながら、グラスに入った水を男性にぶっかけていた。
見てていたたまれない。
「あれくらいで別れるならそれまでの関係だったって事だよ」
「んじゃ、次いってみよ――っ!」
こうして宗近くんは
食事という名のカップル潰しを始めたのだった。
◇◇◇◇
はぁ~、この一時間の間に一体何組のカップルが喧嘩別れしたのか……。
街全体を見渡せる高台に移動し、満足したように夜の街を眺める彼の隣で、私は深く溜息をついた。
あれから彼は私の制止も聞かずに、次々と食事をするカップルの男性に乗り移っては〝私の名前〟を呼んで"出てくるという行為を繰り返した。
「だってさ~、ああいうの見てるとリア充爆発しろって思わない?」
「もし自分に恋人がいたら?」
「リア充祝福してって思う」
(なんて都合のいい……)
これで私より年上だなんて……
そう思いつつ、そういえば彼は栄慶さんの友人だった事を思い出した。
ハッキリ言って二人は真逆な性格なのよね……。
「ん? ユミちゃん、何か言いたそうだね」
「あ、いえ……その―……、栄慶さんと性格が全然違うなぁ……って」
「ほんとにエージの友達なの、って?」
率直に聞きたいことを言い当てられ、思わず口ごもってしまうと、彼は木の手すりに両腕を乗せるような恰好で、栄慶さんとの過去を話してくれた。
「俺さ……小学生の時好きな女の子がいたんだ」
「近所に住んでた子でさ、明るくて素直で可愛くて……気付いたらその子のこと好きになってたんだ」
「いつか告白しようって思ってた。だけど、その前に彼女……」
「エージのこと好になってたんだよねー」
楽しそうに話していた彼のトーンが一気に下がる。
「何かさ、危ないところを助けてもらったらしくて、それがキッカケで好きになったみたい」
(う……それって……私と栄慶さんの出会いみたいじゃない……)
いや、でも……私はすぐに好きになったわけじゃないし。
好きになったのは……もっと……あとだし。
子供みたいに簡単に彼のこと好きになったわけじゃない。
けど……
(子供時代の栄慶さんかぁ……)
今でもあんなにカッコいいんだから、その頃はさぞかし女の子にモテたんだろうなと思う。
(って事は……いろんな可愛い子と付き合ったりも……)
私以外の子にも……あ、あんな事とか……こんな……事とか……。
「……どうかした?」
「へ!? い、いやっなんでもないから! 話、続けて?」
「うん、でね……彼女さ、しょっちゅう寺に行ってはエージに冷たくあしらわれてたんだけど。それでも何度もエージに会いに行ってさ」
「俺、門に隠れて二人のこと見てたんだけど、だんだん彼女とエージの仲が良くなっていくのが分かって、このままじゃ取られる! って思っちゃったんだよね」
「で、エージに勝負を挑みに行ったの 。その時俺が小4で…エージが小6だったかなー…俺、結構腕っぷしには自信あったんだよ。んで挑んだ結果、どうなったと思う?」
「負けたんですね」
「そう! エージのやつ、小さい時から合気道習ってたんだってさ。かなうわけないじゃんって感じ!」
「でも俺もめげずに何度も挑みに行ったわけ。もう嫌がらせかってくらい。んで、そうしてるうちに俺とエージの間に少しずつ友情が芽生えていって、今や親友と呼べる存在になったわけ!」
「……」
「あ……今、俺の一方的な思い込みだって思ったでしょ」
「いえ、そんな事はー……」
言葉に出さずにいると、彼は大きな溜息をつきながら夜空を見上げた。
「……分かってるよ、俺がそう勘違いしただけだって。エージのやつ、俺と遊んでくれたのも半ば諦めからだったって……」
「あの子とは結局、中学上がる前に引っ越して会えなくなったし、エージとは高校卒業するまでは遊ぶことがあったけど、大学に行ってからは会う事もなくなって……」
「エージにとっちゃ俺の事なんて、うるさかった奴がいなくなって良かった、くらいにしか思ってないんだろうなー」
そう言って、宗近くんは笑いながら私に背を向ける。
「――……そんな事……ないと思うよ?」
「え?」
ポツリと呟くようにそう言うと、彼は振り返り顔を横に傾けながら私を見る。
「栄慶さん、宗近くんが亡くなったって知ってネクタイも結ばずにお寺を飛び出して行ったの。それって宗近くんの事、大切な友達だって思ってたからでしょ?」
「それに宗近くんが私を連れ出そうとしたとき引き留めなかったのって、きっと彼なりに宗近くんのこと思っての事だったんじゃないかな?」
「私の憶測でしかないけど……最後に宗近くんの好きな事させてあげようって思ったのかもしれないよ」
お寺から出て行く私達を無言で見送った栄慶さん。
きっとあれは、そう思っての事だったんじゃないだろうか。
「だからきっと勘違いじゃないから大丈夫だよ、大丈夫っ!」
私は少しでも彼に信じてもらえるよう笑顔で伝える。
すると彼は一呼吸おいてから
「そっか……」
「そっかぁ……」
と、確認するかのように同じ言葉を繰り返しながら、再び夜空を見上げた。
微かに笑みを浮かべたその横顔は
今まで見たどの笑顔よりも嬉しそうに見えた。