Curry du père 其の二十二
文字数 2,075文字
――――数週間後。
『カレー食べに来ないか?』
サン・フイユの再々オープン前日。圭吾さんから連絡が入った私は、栄慶さんと一緒にお店へと向かった。
「俺、癒見ちゃんだけ呼んだつもりだったんだけど」
「癒見のやつがどうしてもと言うから来ただけだ」
「癒見ちゃんだけに食べてほしかったんだけど」
「仕方がないだろう? 癒見が私と一緒がいいと言うのだから」
さっきから二人はカウンターを挟んで睨み合っている。
(なんで二人とも人の名前強調して言うのよっ)
「あ、あのっ、あれから……お店の方は大丈夫でしたか?」
二人の会話を遮るように、私は圭吾さんに話を振る。
「え? ああ……嫌がらせはほとんどなくなったし、いつ店を再開するんだって親父の常連だった人達にも言われるようになったよ」
「これも癒見ちゃんが書いた記事のおかげかな」
(良かった……)
記事のおかげかは別として、とりあえずホッと胸を撫で下ろす。
雑誌に載せた記事にサン・フイユの名前は出さなかった。
でも圭吾さんから借りた子供の頃の家族写真と、少し遠くから撮った店名を隠したお店の写真を掲載した。
見る人が見ればここだと分かるように……。
圭吾さんの気持ちや家族カレーに秘められたオーナーの思い。
推測でしかないけど、私が感じた事を1ページの記事に沢山詰め込んだ。
タイトルは……【繋がり】
「俺もその記事読ませてもらったよ」
「繋がり……か。変な話だけど……あの日の夜、夢に親父とお袋が出てきたんだ」
「夢に?」
「そう、今二人が座ってる場所に親父とお袋が座っててさ。カウンターを挟んで子供の頃の話とか、フランスに行ってた時の話とか、たくさん話をしたんだ」
「二人とも何も喋ってくれなかったけど……ずっとニコニコしながら俺の話、聞いててくれてさ。目が覚めても夢とは思えなくて、なんか不思議な感じだったな」
圭吾さんは首を捻りながらも、嬉しそうに壁に掛けられた写真に目を向ける。
そこには子供の頃の家族写真と一緒に、もっと後に撮られたと思われる、オーナーと奥さんを写した写真が飾られていた。
「探したら出てきたんだ」
「客に撮ってもらったやつだと思う。二人とも良い顔してるだろ?」
照れくさそうにカメラに目を向けるオーナーと、嬉しそうに笑みを浮かべる奥さんの写真。
「ここに飾ってると、二人が側にいてくれてる気がしてさ。あったかい気持ちになれるんだ」
「きっと二人が愛情を注ぎ続けてくれてるんですよ」
そう言うと、彼は照れくさそうに笑う。
私もつられるように笑っていると、ふいに横から不機嫌そうな声が掛かった。
「――――で? カレーはまだなのか」
栄慶さんはカウンターに片肘をつき、目を細めながら私達を見ていた。
「――アンタ、坊主のくせに、場の空気ってものを考えないのかね」
「焦げるぞ」
「あっ、やべっ!」
慌てて圭吾さんは鍋の火を止め蓋を開けた。
辺りに美味しそうな匂いが漂い始める。
(あ……この匂い……)
学生時代によく食べた、懐かしいカレーの匂い。
「今日は親父のレシピ通りに作ってみたんだ」
「……で、これが坊さんの分な」
栄慶さんの目の前に、楕円形のハンバーグが乗った大盛りカレーがドンと置かれる。
(わわっ、美味しそう!)
ゴクリと喉が鳴る。
「で、これが癒見ちゃんの分ね」
「ありがとうございますっ」
目の前に差し出された皿を嬉々として受け取り、さっそく頂こうとスプーンを手にする。
「いただきま~~……す?」
(あれ……?)
ハート……。
私の方の皿には、栄慶さんのとは違う、ハートの形をしたハンバーグが乗っかっていた。
「今は親父のレシピ通りのカレーだけど、いつか家庭を持ったら家族の為だけのオリジナルカレーを作ってみたいと思うんだ」
「だから、ね? 俺と結婚を前提に付き合わない?」
「へ?」
「ね? どう?」
(ええええええっ!?)
圭吾さんはカウンターに身を乗り出し、真剣な眼差しで私を見つめてくる。
(そ、そんな事、急に言われてもっ)
「あの……えっと……」
「断る」
横から栄慶さんの無愛想な声が聞こえたかと思うと、彼は右腕をこちらに伸ばし、持っていたスプーンでハンバーグを真っ二つに割って口に入れた。
「あ、ちょっと坊さん何してんだよっ!!」
自分お皿を見ると、うまい具合に真ん中から縦半分に残ったハートのかけら……。
「――ぷっ、あははっ、いただきまーすっ」
「えっ? 癒見ちゃん返事は!?」
「ん~っ、美味しい~っ」
「美味いな」
「だろ?」
「って、そうじゃなくて──っ」
(んふふっ)
オーナー
奥さん
洋食亭サン・フイユは
今も昔も
私を笑顔にしてくれる
素敵なお店です。
第二章 Curry du pere 【完】
『カレー食べに来ないか?』
サン・フイユの再々オープン前日。圭吾さんから連絡が入った私は、栄慶さんと一緒にお店へと向かった。
「俺、癒見ちゃんだけ呼んだつもりだったんだけど」
「癒見のやつがどうしてもと言うから来ただけだ」
「癒見ちゃんだけに食べてほしかったんだけど」
「仕方がないだろう? 癒見が私と一緒がいいと言うのだから」
さっきから二人はカウンターを挟んで睨み合っている。
(なんで二人とも人の名前強調して言うのよっ)
「あ、あのっ、あれから……お店の方は大丈夫でしたか?」
二人の会話を遮るように、私は圭吾さんに話を振る。
「え? ああ……嫌がらせはほとんどなくなったし、いつ店を再開するんだって親父の常連だった人達にも言われるようになったよ」
「これも癒見ちゃんが書いた記事のおかげかな」
(良かった……)
記事のおかげかは別として、とりあえずホッと胸を撫で下ろす。
雑誌に載せた記事にサン・フイユの名前は出さなかった。
でも圭吾さんから借りた子供の頃の家族写真と、少し遠くから撮った店名を隠したお店の写真を掲載した。
見る人が見ればここだと分かるように……。
圭吾さんの気持ちや家族カレーに秘められたオーナーの思い。
推測でしかないけど、私が感じた事を1ページの記事に沢山詰め込んだ。
タイトルは……【繋がり】
「俺もその記事読ませてもらったよ」
「繋がり……か。変な話だけど……あの日の夜、夢に親父とお袋が出てきたんだ」
「夢に?」
「そう、今二人が座ってる場所に親父とお袋が座っててさ。カウンターを挟んで子供の頃の話とか、フランスに行ってた時の話とか、たくさん話をしたんだ」
「二人とも何も喋ってくれなかったけど……ずっとニコニコしながら俺の話、聞いててくれてさ。目が覚めても夢とは思えなくて、なんか不思議な感じだったな」
圭吾さんは首を捻りながらも、嬉しそうに壁に掛けられた写真に目を向ける。
そこには子供の頃の家族写真と一緒に、もっと後に撮られたと思われる、オーナーと奥さんを写した写真が飾られていた。
「探したら出てきたんだ」
「客に撮ってもらったやつだと思う。二人とも良い顔してるだろ?」
照れくさそうにカメラに目を向けるオーナーと、嬉しそうに笑みを浮かべる奥さんの写真。
「ここに飾ってると、二人が側にいてくれてる気がしてさ。あったかい気持ちになれるんだ」
「きっと二人が愛情を注ぎ続けてくれてるんですよ」
そう言うと、彼は照れくさそうに笑う。
私もつられるように笑っていると、ふいに横から不機嫌そうな声が掛かった。
「――――で? カレーはまだなのか」
栄慶さんはカウンターに片肘をつき、目を細めながら私達を見ていた。
「――アンタ、坊主のくせに、場の空気ってものを考えないのかね」
「焦げるぞ」
「あっ、やべっ!」
慌てて圭吾さんは鍋の火を止め蓋を開けた。
辺りに美味しそうな匂いが漂い始める。
(あ……この匂い……)
学生時代によく食べた、懐かしいカレーの匂い。
「今日は親父のレシピ通りに作ってみたんだ」
「……で、これが坊さんの分な」
栄慶さんの目の前に、楕円形のハンバーグが乗った大盛りカレーがドンと置かれる。
(わわっ、美味しそう!)
ゴクリと喉が鳴る。
「で、これが癒見ちゃんの分ね」
「ありがとうございますっ」
目の前に差し出された皿を嬉々として受け取り、さっそく頂こうとスプーンを手にする。
「いただきま~~……す?」
(あれ……?)
ハート……。
私の方の皿には、栄慶さんのとは違う、ハートの形をしたハンバーグが乗っかっていた。
「今は親父のレシピ通りのカレーだけど、いつか家庭を持ったら家族の為だけのオリジナルカレーを作ってみたいと思うんだ」
「だから、ね? 俺と結婚を前提に付き合わない?」
「へ?」
「ね? どう?」
(ええええええっ!?)
圭吾さんはカウンターに身を乗り出し、真剣な眼差しで私を見つめてくる。
(そ、そんな事、急に言われてもっ)
「あの……えっと……」
「断る」
横から栄慶さんの無愛想な声が聞こえたかと思うと、彼は右腕をこちらに伸ばし、持っていたスプーンでハンバーグを真っ二つに割って口に入れた。
「あ、ちょっと坊さん何してんだよっ!!」
自分お皿を見ると、うまい具合に真ん中から縦半分に残ったハートのかけら……。
「――ぷっ、あははっ、いただきまーすっ」
「えっ? 癒見ちゃん返事は!?」
「ん~っ、美味しい~っ」
「美味いな」
「だろ?」
「って、そうじゃなくて──っ」
(んふふっ)
オーナー
奥さん
洋食亭サン・フイユは
今も昔も
私を笑顔にしてくれる
素敵なお店です。
第二章 Curry du pere 【完】