Curry du père 其の十八
文字数 1,796文字
強く握りしめていた数珠が、手の中で熱を持ち始める。
(あたたかい……)
目を開けて辺りを確認すると、カウンターの向こうで小さな光が見え始め、それは次第に大きくなり、人の形を取り始めた。
(あれは……オーナーっ!?)
オーナーはカウンターを挟んで圭吾さんを見ていた。
見守るようなその姿がとても寂しそうで、心が痛んだ。
ずっとそばにいたのに圭吾さんは気づく事ができない。ずっとそばにいるのにオーナーは何も言うことが出来ない。
近いようで遠い二人の距離。
少しでもその距離を縮めてあげたいと思った。
『オーナーっ』
私は心の中で強く呼びかけた。
――するとその声が通じたのか、オーナーは私の方を見てフッと笑みを浮かべた。
「――っ」
オーナーは普段無口で笑わない人だったけど、私が美味しいって笑顔で言うと今みたいに微かに笑ってくれた。
懐かしさで涙が溢れそうになる。
(駄目っ、今は感傷に浸ってる場合じゃないんだからっ!!)
ゴシゴシと目をこすり、再びオーナーに呼びかけた。
『お願いっ、圭吾さんに……息子さんに少しでもオーナーの気持ちを伝えてあげたいのっ』
『何か思い出すきっかけになるような事を教えてっ』
『圭吾さんに……お父さんの本当の気持ちを少しでも知ってもらいたいのっ。だからっ』
私の言葉に、オーナーは少し考えるような仕草をする。
そしてカウンターで一人悩む圭吾さんにそっと手を伸ばした。
彼の頭を二、三度なでると、私の方を見て口を開く。
「……」
私は耳を澄ませる。
「…………」
「…………?」
「――――!?」
嘘……どうして……。
私はサッと青ざめた。
オーナーの声が……
聞こえない。
(ど、どうして何も聞こえないの!?)
オーナーは確かに私に話しかけてくれてる。
なのに……。
(何も……聞こえない……)
数珠を持つ手が震え出す。
そんな私の表情を見て……オーナーは口を閉ざし、探るような目を向ける。
私は首を左右に振る。
(聞こえ……ないんです……)
もう一度、強く左右に振って彼に伝える。
それを見て、オーナーはゆっくりと頷き、カウンターに座る圭吾さんを見つめながら、静かに消えていった……。
もう一度視る事ができたのに……何もできなかった。
(ごめんなさい……ごめんなさい……っ)
何も伝える事が出来なかった。
「――うっ、く……っ」
ポタリポタリと数珠の上に涙が零れ落ちる。
(栄慶さん……ごめんなさい……)
せっかく貸してくれたのに、何もできなかった。
数珠を握りしめながら、ただ泣く事しか出来ない自分が、凄く情けなかった。
「癒見ちゃん!?」
圭吾さんがそんな私に気づき、慌てて立ち上がる。
私はビクリと身体を強張らせ、一歩後ずさった。
「――っ」
「ごめん、君を泣かせるつもりは……」
動揺する彼を見て、そうじゃないと頭を振って応える。
「違っ……圭吾さんは悪く……私が……ごめんなさ……ごめんなさいっ……」
ただひたすら、彼に謝る事しか出来なかった。
「癒見ちゃん……」
そんな私を見て、圭吾さんはゆっくりと私の頬へ手を伸ばし、触れるか触れないかの距離で握りこぶしを作る。
「圭吾……さん……?」
「癒見ちゃん…俺は……、俺は別の場所で1から君と……」
そう言って、悲痛な表情で私に顔を近づけた……
次の瞬間。
「熱っっ!!」
「え?」
圭吾さんは驚きの声を上げ、弾かれるように後ろへと下がった。
そしてすぐに私の胸元を指差して、焦ったような声を出す。
「それ、凄く熱いんだけどっ! 持っていて大丈夫なのか!?」
「それ……?」
「その数珠みたいなやつ、火傷するぐらい熱いだろ!?」
ようやく彼の言っている事が、栄慶さんの数珠の事だと気が付く。
(数珠が火傷するくらい熱い?)
握って確認してみるが、私には少し温かいくらいにしか感じない。
ただ……
さっき感じたものとはまた違う……?
懐かしいような……心が落ちくような、不思議な感覚を覚える。
(あ……れ……?)
グニャリと視界が歪み始める。
温もりを放つ黒い数珠に吸い込まれそうな感覚に陥りながら、私は瞼を閉じた。
(あたたかい……)
目を開けて辺りを確認すると、カウンターの向こうで小さな光が見え始め、それは次第に大きくなり、人の形を取り始めた。
(あれは……オーナーっ!?)
オーナーはカウンターを挟んで圭吾さんを見ていた。
見守るようなその姿がとても寂しそうで、心が痛んだ。
ずっとそばにいたのに圭吾さんは気づく事ができない。ずっとそばにいるのにオーナーは何も言うことが出来ない。
近いようで遠い二人の距離。
少しでもその距離を縮めてあげたいと思った。
『オーナーっ』
私は心の中で強く呼びかけた。
――するとその声が通じたのか、オーナーは私の方を見てフッと笑みを浮かべた。
「――っ」
オーナーは普段無口で笑わない人だったけど、私が美味しいって笑顔で言うと今みたいに微かに笑ってくれた。
懐かしさで涙が溢れそうになる。
(駄目っ、今は感傷に浸ってる場合じゃないんだからっ!!)
ゴシゴシと目をこすり、再びオーナーに呼びかけた。
『お願いっ、圭吾さんに……息子さんに少しでもオーナーの気持ちを伝えてあげたいのっ』
『何か思い出すきっかけになるような事を教えてっ』
『圭吾さんに……お父さんの本当の気持ちを少しでも知ってもらいたいのっ。だからっ』
私の言葉に、オーナーは少し考えるような仕草をする。
そしてカウンターで一人悩む圭吾さんにそっと手を伸ばした。
彼の頭を二、三度なでると、私の方を見て口を開く。
「……」
私は耳を澄ませる。
「…………」
「…………?」
「――――!?」
嘘……どうして……。
私はサッと青ざめた。
オーナーの声が……
聞こえない。
(ど、どうして何も聞こえないの!?)
オーナーは確かに私に話しかけてくれてる。
なのに……。
(何も……聞こえない……)
数珠を持つ手が震え出す。
そんな私の表情を見て……オーナーは口を閉ざし、探るような目を向ける。
私は首を左右に振る。
(聞こえ……ないんです……)
もう一度、強く左右に振って彼に伝える。
それを見て、オーナーはゆっくりと頷き、カウンターに座る圭吾さんを見つめながら、静かに消えていった……。
もう一度視る事ができたのに……何もできなかった。
(ごめんなさい……ごめんなさい……っ)
何も伝える事が出来なかった。
「――うっ、く……っ」
ポタリポタリと数珠の上に涙が零れ落ちる。
(栄慶さん……ごめんなさい……)
せっかく貸してくれたのに、何もできなかった。
数珠を握りしめながら、ただ泣く事しか出来ない自分が、凄く情けなかった。
「癒見ちゃん!?」
圭吾さんがそんな私に気づき、慌てて立ち上がる。
私はビクリと身体を強張らせ、一歩後ずさった。
「――っ」
「ごめん、君を泣かせるつもりは……」
動揺する彼を見て、そうじゃないと頭を振って応える。
「違っ……圭吾さんは悪く……私が……ごめんなさ……ごめんなさいっ……」
ただひたすら、彼に謝る事しか出来なかった。
「癒見ちゃん……」
そんな私を見て、圭吾さんはゆっくりと私の頬へ手を伸ばし、触れるか触れないかの距離で握りこぶしを作る。
「圭吾……さん……?」
「癒見ちゃん…俺は……、俺は別の場所で1から君と……」
そう言って、悲痛な表情で私に顔を近づけた……
次の瞬間。
「熱っっ!!」
「え?」
圭吾さんは驚きの声を上げ、弾かれるように後ろへと下がった。
そしてすぐに私の胸元を指差して、焦ったような声を出す。
「それ、凄く熱いんだけどっ! 持っていて大丈夫なのか!?」
「それ……?」
「その数珠みたいなやつ、火傷するぐらい熱いだろ!?」
ようやく彼の言っている事が、栄慶さんの数珠の事だと気が付く。
(数珠が火傷するくらい熱い?)
握って確認してみるが、私には少し温かいくらいにしか感じない。
ただ……
さっき感じたものとはまた違う……?
懐かしいような……心が落ちくような、不思議な感覚を覚える。
(あ……れ……?)
グニャリと視界が歪み始める。
温もりを放つ黒い数珠に吸い込まれそうな感覚に陥りながら、私は瞼を閉じた。