母と子 其の三

文字数 1,435文字

 泊まりだと言うから他府県だと思ってたのに、実際は電車で20分もかからないよな近場の海だった。
(まぁ栄慶さんも私も次の日仕事だから仕方がないのかもしれないけど……)
 今日は平日。普段なら仕事に行ってる日。
 入社して半年も経たない私は、まだ有給休暇を取得する事が出来ないわけだけど、この時期は書店で心霊関係の雑誌や書籍が立ち並ぶ、一年で最も忙しい時期。
 ガイストもそれに合わせて月刊とは別に増刊号を発行する為、私たち編集者は土日も出勤して作業に追われる。
 その休日の振替として、時間に少しでも余裕が出来た者から各自、休みを取るようになっていた。
 だから今回休みを取る事ができたわけ。
 しかも……
「来週の火曜日? うん、かまわないよ。楽しんでおいで」
 編集長は進行状況も聞かずに、あっさりと了承してくれた。
 ……まぁね。 まだまだヒヨっ子の私は、居ても居なくても作業の進行には影響しないからね。
 そう思いつつ即戦力にならない自分の不甲斐なさに、ちょっと凹んでしまう。
 そんな気持ちを知ってか知らずか、編集長はニコリと笑みを浮かべ、壁に掛けてあるホワイトボードに私の名前を書き込んでいく。
 そんな彼の背中を見ながら、ある違和感を覚えた。
(楽しんでおいで?)
 ゆっくり休んで、とかではなく?
 どこか出かける予定があると分かってるかのような言い方よね?
 編集長は名前を書き終えると、複雑な表情を浮かべる私に気づき、クスクスと笑いだした。
「火曜は友引だから火葬場休みでしょ。栄慶君とデートに行くんじゃないのかな?」
(――っ!?
 するどいっ。
 ――って、デートの部分が、じゃなくて。
 お坊さんは365日、休みはないと言われてる仕事だったりする。
 その理由は、いつ訃報の連絡が入るか分からないから。
 でも友引の日は【死者が友を引きよせ連れて行く】と言われることから葬儀は行われず、火葬場も休みの所が多い。
 だからその日に休んだり私用で出かけたりするのだと聞いた事がある。
 ほんと、お坊さんって大変な仕事だと思う。
(本当ならゆっくり休みたいはずなのに、栄慶さんは私を一泊旅行に連れて行ってくれるんだよね……)
 思わず頬が緩む。
「その様子だと当たってるのかな?」
「あ、いえっ、ちょっと海に行くだけですよ?」
 デートじゃないですっ、と訂正しつつも、頬は緩みっぱなしだ。
(そっか、デートかぁ……、デート……なんだよね?)
 新しい水着買いに行かなきゃっ
 あ、あと服とか靴とかも……
 そんな事を考えていると、編集長はデスクに両肘をつき、手の甲に顎を乗せながら笑みを浮かべた。
「海かぁ~、いいね。僕も連れてってくれない?」
 首を斜めに傾け、上目遣いでお願いされる。
「え!? あ、あの……っ」
 突然の申し出に、思わず言葉が詰まってしまう。
(っていうか、そのお願いの仕方はやばいですって)
 それが有効なのは可愛い女の子だけだと思ってたのにっ
 思わず「はい、よろこんでっ!」と、どこかの居酒屋で言うようなセリフが喉から出そうになり、グッと堪える。
「一昨年は編集部の子達と海に行ったんだけど、去年は皆行きたがらなくてねぇ~」
「ね、駄目かな?」
「あの、いや、その……」
「癒見やん、あかんで~。編集長と海に行ってみぃ、ひたすら写真撮らされんで~」



 素直にデートだと言えない私に、後方から助け舟が出た。
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登場人物紹介

室世癒見【むろせゆみ】24歳 

主人公

憑かれやすい女性編集者

永見栄慶【ながみえいけい】27歳

御祓いを得意とするインテリ坊主

壮真貴一朗【そうまきいちろう】43歳

ナルシストタイプな敏腕編集長

匡木圭吾【まさきけいご】

第二章登場人物

洋食亭サン・フイユ現オーナー

間柴一【ましばはじめ】 38歳

第三章登場人物

ガイスト編集部カメラマン

一条史真【いちじょうししん】27歳

第四章登場人物

宗國寺副住職

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