インテリ住職 其の四
文字数 1,771文字
ザッザッザッ……
境内に箒の掃く音が響き渡る。
斎堂寺には数百年前に植えられたという、とても大きな楠 がある。
常緑樹であるこの木は冬にも葉がつき、春の新芽が成長するころ一斉に落葉する。ちょうど今の時期だ。
「はぁ~、落ち葉多すぎ~」
掃いても掃いても終わらない作業にうんざりしながらも、仕方がないと自分に言い聞かせ手を動かす。
栄慶さんが私に選択させた《身体で払う》って言うのがコレ。
【金がないなら身体で払え】
つまり
【金がないなら雑用をやれ】
っていう事なのだ。
本来、こんな所で祓ってもらうには御布施が必要になってくる。
憑かれやすい私にとってそれが積み重なればかなりの出費、それこそ毎月の給料の大半を持っていかれてしまう。
栄慶さんに出会うまでは神社やお寺、自称霊媒師など……ありとあらゆる
でも実際ソレができたのはごく僅か、しかも低級霊のみ。中には悪霊を寄せ付けないという高価な壺や数珠を売りつけてくる人もいた。
〝誰も助けてくれない〟
〝もう誰かに縋 ったりなんかしない〟
そう泣きながら決心した私は、離れてくれるまでひたすら我慢する日々を選んだ。
(――あの頃に比べれば、雑用をこなす事くらい何てことない)
「喉が渇いた。それが終わったら茶の用意な」
と、思いたい。
彼は私に憑いた霊を祓った後、庭に面した客間で寛ぎながら雑誌を読んでいた。
(……この暴君め)
心の中で悪態を付きつつ、何とか掃除を終わらせ、私は中へと戻った。
「どうですか?」
「相変わらず不味 いな」
座卓を挟んで座りながら、淹れたお茶の感想を窺うと、彼は眉を顰 めながら答える。
「悪かったですね、淹れるの下手で!」
(普段ペットボトルのお茶しか飲まないから急須の淹れ方なんて分からないのよっ)
でも前よりかは美味しく淹れられるようになったのだと、少しむくれながら自分も口に含む。
(――うん、不味いわ!)
蒸らしすぎたのか超苦い!!
「まぁ茶は不味いが手土産の菓子は旨いな」
凹みながらお茶を啜 っていた私は、その一言でパッと明るくなる。
「でしょ? この和菓子店、この前の休日に発見したんですよ。あ、それっ! 桜金時は私のオススメ!」
そう言って指差すと、彼はそれを口に入れ、なるほど……と頷いた。
(んふふ~)
「私、食べ物の見る目はあるんですよ? 今の出版社もグルメ誌の編集がしたくて入社したんですからっ」
私はどんな仕事をしたかったのか栄慶さんに嬉々として語る。
それをお茶を飲みながら聞いていた彼は、一通り聞き終わると湯呑を座卓に置き、こちらに視線を向けて答えた。
「ほう……、――で? 現状〝オカルト雑誌〟の編集で働くお前は、相当な マ ゾ なのか?」
「ち、違います――っ!!」
咄嗟に否定してみたものの、座卓の上に置かれた雑誌を見て深いため息をつく。
彼がさっきまで読んでいた月刊誌。
【ホラーミステリー雑誌 ガイスト】
そう……なぜか私は希望していたグルメ誌を扱う部署とは違う、オカルト誌を発行している部署へと配属されてしまったのだ。
編集長曰く、入社初日に
【鞄にぶら下がった大量のお守り】
【左腕にはめられた複数の数珠】
【幸薄そうな顔】
……の私を廊下で見た瞬間、ウチにピッタリの人材だと急遽上層部にかけあったらしい。
(っていうか幸薄い顔は余計だと思いますよ、編集長)
――そんな風変わりな編集長がいるガイスト編集部には、毎日のように曰く憑きの何かが届く。心霊写真や心霊動画、髪が伸びる人形に不幸の手紙エトセトラ……後は宜しくと言わんばかりに届く。
ほとんどは思い込みや勘違いなんだけど、中には本物が混ざってる場合がある。おかげで私は今まで以上に憑かれてしまう日々を送る羽目になってしまった。
「だったら事情を説明して元の部署に替えてもらったらどうだ?」
「それは……そうなんですけど――……」
嫌ならなぜそうしない、と眉を顰める彼を見て、私は口籠る。
だって貴方のせいで知ってしまったから……アレは悪いモノばかりじゃないって。
境内に箒の掃く音が響き渡る。
斎堂寺には数百年前に植えられたという、とても大きな
常緑樹であるこの木は冬にも葉がつき、春の新芽が成長するころ一斉に落葉する。ちょうど今の時期だ。
「はぁ~、落ち葉多すぎ~」
掃いても掃いても終わらない作業にうんざりしながらも、仕方がないと自分に言い聞かせ手を動かす。
栄慶さんが私に選択させた《身体で払う》って言うのがコレ。
【金がないなら身体で払え】
つまり
【金がないなら雑用をやれ】
っていう事なのだ。
本来、こんな所で祓ってもらうには御布施が必要になってくる。
憑かれやすい私にとってそれが積み重なればかなりの出費、それこそ毎月の給料の大半を持っていかれてしまう。
栄慶さんに出会うまでは神社やお寺、自称霊媒師など……ありとあらゆる
祓う力
がある人達に助けを求めてきた。でも実際ソレができたのはごく僅か、しかも低級霊のみ。中には悪霊を寄せ付けないという高価な壺や数珠を売りつけてくる人もいた。
〝誰も助けてくれない〟
〝もう誰かに
そう泣きながら決心した私は、離れてくれるまでひたすら我慢する日々を選んだ。
(――あの頃に比べれば、雑用をこなす事くらい何てことない)
「喉が渇いた。それが終わったら茶の用意な」
と、思いたい。
彼は私に憑いた霊を祓った後、庭に面した客間で寛ぎながら雑誌を読んでいた。
(……この暴君め)
心の中で悪態を付きつつ、何とか掃除を終わらせ、私は中へと戻った。
「どうですか?」
「相変わらず
座卓を挟んで座りながら、淹れたお茶の感想を窺うと、彼は眉を
「悪かったですね、淹れるの下手で!」
(普段ペットボトルのお茶しか飲まないから急須の淹れ方なんて分からないのよっ)
でも前よりかは美味しく淹れられるようになったのだと、少しむくれながら自分も口に含む。
(――うん、不味いわ!)
蒸らしすぎたのか超苦い!!
「まぁ茶は不味いが手土産の菓子は旨いな」
凹みながらお茶を
「でしょ? この和菓子店、この前の休日に発見したんですよ。あ、それっ! 桜金時は私のオススメ!」
そう言って指差すと、彼はそれを口に入れ、なるほど……と頷いた。
(んふふ~)
「私、食べ物の見る目はあるんですよ? 今の出版社もグルメ誌の編集がしたくて入社したんですからっ」
私はどんな仕事をしたかったのか栄慶さんに嬉々として語る。
それをお茶を飲みながら聞いていた彼は、一通り聞き終わると湯呑を座卓に置き、こちらに視線を向けて答えた。
「ほう……、――で? 現状〝オカルト雑誌〟の編集で働くお前は、相当な マ ゾ なのか?」
「ち、違います――っ!!」
咄嗟に否定してみたものの、座卓の上に置かれた雑誌を見て深いため息をつく。
彼がさっきまで読んでいた月刊誌。
【ホラーミステリー雑誌 ガイスト】
そう……なぜか私は希望していたグルメ誌を扱う部署とは違う、オカルト誌を発行している部署へと配属されてしまったのだ。
編集長曰く、入社初日に
【鞄にぶら下がった大量のお守り】
【左腕にはめられた複数の数珠】
【幸薄そうな顔】
……の私を廊下で見た瞬間、ウチにピッタリの人材だと急遽上層部にかけあったらしい。
(っていうか幸薄い顔は余計だと思いますよ、編集長)
――そんな風変わりな編集長がいるガイスト編集部には、毎日のように曰く憑きの何かが届く。心霊写真や心霊動画、髪が伸びる人形に不幸の手紙エトセトラ……後は宜しくと言わんばかりに届く。
ほとんどは思い込みや勘違いなんだけど、中には本物が混ざってる場合がある。おかげで私は今まで以上に憑かれてしまう日々を送る羽目になってしまった。
「だったら事情を説明して元の部署に替えてもらったらどうだ?」
「それは……そうなんですけど――……」
嫌ならなぜそうしない、と眉を顰める彼を見て、私は口籠る。
だって貴方のせいで知ってしまったから……アレは悪いモノばかりじゃないって。