インテリ住職 其の九

文字数 1,591文字

 午後六時十五分。

 斎堂寺に到着したものの、正門はすでに閉じられていた。
(六時に閉めるって言ってたっけ……)
 わざわざ呼び出すのも悪いかと思いつつ……かといってこのまま家に帰る気にもならず、私はそのまま廃病院へ向かう事にした。
(ちょっと下見に行くだけだから、大丈夫、大丈夫……)
 そう自分に言い聞かせながら、印刷しておいた地図を片手に歩き出す。
 日の入りまでもう少し時間があるといえど、辺りはとても静まり返っており、なぜか肌寒く、薄気味悪さを感じる。
 そんな中、病院まであと少しという所で聞きなれた着信音が鳴り響き、私はビクリと身体を震わせる。
 慌てて鞄から取り出しディスプレイを確認すると、登録していない番号が映し出された。
(え……誰?)
 恐る恐る通話ボタンを押し、耳に当てると……
『――お前は馬鹿か?』
 開口一番、低い声で馬鹿呼ばわりされた。
「え、栄慶さん!? どうしてこの番号知って……」
 掛けてはくれないだろうと思って、教えてなかったのに。
『貴一朗から聞いた。お前、廃病院を取材する事になったそうだな。何かあれば手助けするよう言われたが……、まさか今、そこへ向かってはいないだろうな?』
(うっ、するどい!)
 何も言えずに黙っていると、受話口から深い溜息が漏れ聞こえた。
『向かってるんだな? お前、自分の体質が分かってるのか? なぜ自ら憑かれやすい場所に行く必要があるんだ』
「あ、あの廃病院で少年の霊が何度も目撃されてるんです。もしかしたら何か伝えたい事があって、成仏できないんじゃないかと……」
 思って……と、最後の方はゴニョゴニョと小さな声になってしまう。
『……すべての霊が成仏したいとは限らないんだぞ』
 彼は声を荒げてはいないが、静かに怒っているような気配が受話口から感じ取れる。
『それが悪意のない者かどうかも分かっていない……お前は今まで嫌というほど体験してきたはずだ』
『そんな事も忘れるほど、お前は 馬 鹿 だったのか』
(ううっ……)
 また馬鹿って言ったな! しかも今度は強調して!!
「こっ、この前は〝お前がそうしたいならそうすればいい〟って言ってくれたじゃないですか!!」」
 ついムキになって言い返してしまう。
『そういう意味で言ったんじゃない。わざわざ行かなくても記事は書けるだろうと言ってるんだ』
「それじゃ意味がないんです!!
 私は叫んだ。

 今まで……沢山怖い思いをしてきた。

 なんで私がこんな目に合うんだろうって……何度も思った。

 嫌で嫌で仕方がなかった。

 今でもそう思ってる。

 でも……栄慶さんと出会ってから……彼と同じようにはできないけど、少しでも何かできたらって……そう思っただけなのに……。
(そりゃあ斎堂寺に寄ったのも少しは心配してくれるかもって……もしかしたら一緒に来てくれるかもって、ちょっとは期待してたけどさ)


 だけど馬鹿って…


 二回も馬鹿って……!


『おい、聞いてるのか? 少しは人の話を……』
「っふ……」
 急に目頭が熱くなり、抑えていた感情が溢れそうになってしまう。
「うっ……くっ……」
 何で分かってくれないんだろう、何で理解してくれないんだろう。そんな気持ちが渦巻いて……悲しさが込み上げてきた。
『おい……?』
「うう~~っっ」
『お前、泣いて……』




「栄慶さんの……」




「栄慶さんの……」








「栄慶さんのハゲ――――っっ!!




『なっ――!?
(ふんだっ。栄慶さんが居なくたって全然大丈夫なんだからっ、なんなら私が成仏させてあげるわよっ!!

 そう心に決めた私は、『これは剃ってるんだ、ハゲじゃない!!』と叫ぶ彼を無視し、電源をオフにする。
 そして再び廃病院へと歩き出した。
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登場人物紹介

室世癒見【むろせゆみ】24歳 

主人公

憑かれやすい女性編集者

永見栄慶【ながみえいけい】27歳

御祓いを得意とするインテリ坊主

壮真貴一朗【そうまきいちろう】43歳

ナルシストタイプな敏腕編集長

匡木圭吾【まさきけいご】

第二章登場人物

洋食亭サン・フイユ現オーナー

間柴一【ましばはじめ】 38歳

第三章登場人物

ガイスト編集部カメラマン

一条史真【いちじょうししん】27歳

第四章登場人物

宗國寺副住職

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