四四

文字数 3,473文字


 同じくまだ夕方。窓の外は雨が降り続いていたが、台風九号は通り過ぎて、温帯低気圧になっていた。
「未来君、わたしを泊めてくれるお礼と言っては何だけど、晩御飯はわたしが作るね」
「…お前、料理できるの?」
「失礼ね。わたしだって料理くらいできるよ…って言いたいところだけど、実は簡単なのしかできないの…」
「ははは…それでいいよ」
「ありがとう。ところで未来君、エプロンない?」
「あるけど…。お前、まさか…」と言いながら、未来君はエプロンを手渡してくれた。
「じゃあ、ちょっと着替えて来るね」
 わたしは風呂場にいくとTシャツを脱いでからエプロン姿になった。だって、Tシャツが邪魔なのだもん。
「未来君、お待たせ」と、言った今のわたしの顔は赤くなっていたことだろう。
「おいおい、その格好はいくらなんでもまずいだろ」と、未来君はかなり動揺していた。
 確かに未来君の言う通り、わたしは今、エプロンとスリッパ以外、何も身に着けてない状態になっている。
「だって、料理するのにTシャツが邪魔なのだもん。それに、君には一回、その…見られているし…」と、言ったわたしは手を後ろで組んで、頬を赤くしながら、上目使いをしていた。きっと未来君の目にもそう映っているだろう。
「い、いや。そういう問題じゃなくて…」と、未来君は目のやり場に困っていたようだ。
「じゃあ、わたし、台所に向かうから、それなら目が合う心配はないでしょう。それにわたしのこと…見てくれても全然、構わないよ」と、言いながら(わ、わたしって、何言っているのだろう。めっちゃ恥ずかしいよ…)と、思った。
 わたしは、自分が言った通りに台所に向かい料理を作っている。未来君はテレビを見ていたが、ソワソワしている様子が、とても解り易かった。それでいて、わたしの方へ視線を向けないようにしていたのだと思われる。
 未来君って可愛い…。
 そんなことを思いながら料理ができた。わたしは料理を台所の近くのテーブルに運んで晩御飯の支度を済ませた。
「未来君、できたよ」
「どれどれ…」と、未来君は言いながらテーブルに座った。わたしは向かい合わせに座った。お互いの目は合った。
「じゃあ、未来君。頂きましょうか」
「ああ…」と、未来君は料理を、先ずは一口食べた。
「どう?」
「うまいよ」と、未来君は言って次々と食べ出した。
 わたしも料理を食べ出した。自分で言うのもなんだけど、今回は最高だった。
 未来君は料理を食べることに夢中になっていた。そんな未来君を見ながら…。
(明日になったら家に帰るのね…)そのことが頭の中を過ぎり、わたしは急に淋しくなった。
(このまま、時間が止まってくれたら、どんなにいいだろう)とさえ思うようになっていた。
「お前、どうしたの?」と、未来君はわたしの方を見た。
「…未来君、今日はありがとう」と言ったわたしは、涙を零していたようだ。
「おいおい、何も泣かなくても…」
「…ねえ、未来君。わたしのわがまま聞いてほしいの。…いいかな?」
「何だい?」
「わたしのこと…抱いてほしいの…」
 未来君は耳を疑ったようだ。少し間が置かれた。そして…。
「お、お前…自分が何言っているのか、わかっているのか…」
「…わかっている」
 わたしはエプロンの紐を解いて、それを脱いだ。畳んで椅子の上に置いた。
「か、海里…」と、未来君は後の言葉が出なかったようだ。
 わたしはスリッパ以外、何も身に着けていない状態になった。更に部屋の蛍光灯の明かりは付いているので、未来君から見たら何もかもが見える状態になっていた。わたしは、自分の顔が火照っていることを感じていた。
「…わたし、未来君のこと忘れたくないの。…だから、忘れられなくしてほしいの」
 すると、未来君はわたしを優しく抱きしめた。わたしは「あっ…」と、思わず吐息が出た。
「ああ、当たり前だ。俺のこと、忘れられてたまるか。それに、お前が俺のこと誘っていたことに気付いていたよ…」
「えっ、バレていたの。どの辺りから…?」
「お前がTシャツ脱いでエプロンをした時から…。お前のリアクションがあまりにも解り易かったから」
「もう、あの格好、めっちゃ恥ずかしかったのだからね。…もうしたくないよ」
「でも、今はそれより恥ずかしい格好になっていると思うよ。何も着てないからな」
「もう、未来君の意地悪…」と言ったわたしの口を、未来君は唇で塞いだ。
 そして、唇を離した未来君は「いいかい?」と、優しく言った。わたしが「うん…」と、言ってすぐ、わたしをお姫様抱っこして、わたしをベッドの上に寝かした。暫く未来君は、ベッドの上のわたしの裸を眺めていた。
「あの…未来君、何か言ってくれないと、わたし、もの凄く恥ずかしいのだけど…」
「あっ…ごめん、お前の裸があまりにも綺麗だったから、つい見とれてしまって…」
「わたしも、未来君の裸、見たいな…。わたしだけじゃ、恥ずかしいから…」
「ああ、そうだな」と、未来君は着ているものを脱いで一糸まとわない姿になった。
 わたしは、未来君の裸を見て…驚いた。何に驚いたかは、恥ずかしくて言えない。
「未来君、優しくしてね…」
「ああ…」と言った未来君は、再びわたしに唇を重ねた。
 そして、わたしたちはベッドの上で横になりながら抱き合った。未来君の体にわたしの胸が押し付けられた。
「あ…」と、わたしはまた吐息を漏らした。
 未来君はわたしの体を隅々まで触っている。わたしもまた未来君の体を隅々まで触っていた。
 お互いのことを忘れないように、何度も…。
 そして、未来君はわたしをまた抱きしめた。
「海里、お前のことを絶対に一人にさせないからな…」
「…えっ?」と、驚いた。すると未来君の体が少し震えていることをわたしの体が感じていた。
 そして、あたたかい雫が、わたしの背中に零れた。未来君の、その言葉がとても嬉しかった。
「うん…」と、返事をしたわたしも涙を零していた。
 暫くして、未来君はわたしの体から離れると、わたしに背を向けて何かゴソゴソとしていた。
「ねえ、未来君。どうしたの?」
「…一人にさせないって言ったろう。そ、その準備だよ」と、未来君は少し焦ったかのようだ。
(…?)わたしは背を向けているそんな未来君を見て、プッと笑ってしまった。でも、笑っちゃいけないのだね。
「さあ、準備完了だ。いくぞ、海里!」と、未来君は勢いよく、わたしをベッドに押し倒した。
「ちょ、ちょっと、待って。未来君…」未来君がわたしに目を合わせてから「あの…ちょっと怖いから優しくしてね…」
「あっ、ごめん。…でも、最初は痛いかもしれないけど、我慢できる?」
 わたしは頷いてから「して…」と、自分でも大胆な発言をしていた。そして、わたしは目を閉じて踏ん張った。が…。
「…こ、この辺だったっけ」と、未来君は…探っていた。「んん…」と、わたしは少し腰を動かした。すると…。
「い、痛い!」と、わたしは叫んだ。―未来君が…わたしの中に入った。
「海里、大丈夫か?」と、未来君はわたしのことを心配してくれた。
「うん…。わたし、我慢できるから、続けて…」と、わたしが言った途端、未来君は…動き出した。
「未来君…激しいよ」と、言っていたわたしは、何か舞い上がるものを感じていた。
 あたたかかった。…一人ぼっちじゃない。未来君の体温を肌で感じている。わたしの体が未来君を感じている。
 …わたしたちは、一緒なのよ。
 こうして、わたしたちは一緒に…finishを迎えた。そして、お互いの顔を見合わせた。
「なあ、海里。俺達って会ってから、まだそんなに日が経ってないよな…」
「それもそうね。…確かに、いきなりこんなことになっているのだもの」
「まあ、それはそれとして、俺たち恋愛の順序が逆だったかな…?」
「こんな形があってもいいと思うよ。…わたしは後悔していないよ」
「思えば、俺たちはまだデートもしていなかったな…」
「そうね。でも、わたしたち、色々あったね。退屈する暇なんてなかったね」
「それは、お前がいつも原因だったけどな…」
「もう、未来君の意地悪…」
 窓からは月の光が差していた。雨もいつの間にか止んでいた。わたしは窓の傍で月の光を素肌に浴びた。
「ねえ、未来君。…こんなわたしだけど、これからも宜しくね」
「ああ、俺はお前のこと、離さないよ」
 わたしは自分の裸体を何処も隠さずに未来君の方に向けた。多分、泣き笑いの顔をしていたと思う。
「未来君、ありがとう」
 こうして、わたしたちの初体験は月の光に照らされながら幕を閉じた。
 これから二人で歩んで行くことを、約束しながら…。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み