三一

文字数 1,928文字


 六月三十日。未来が語っていたように六月も終わりを迎えた。過ぎゆく日々の中で新たな記念日が生まれる。
 これからは生まれ行く新たな記念日を大切にしようと思う。これからがスタートになるからだ。
 その日の午後、大和高等学園に来訪者が姿を見せた。その人物は校舎に入り、職員室に向かっていた。
「あっ、お兄ちゃん」
「よお!」と、その人物は返事をした。
「お兄ちゃん、瑞希先生を呼んで来るから待っていてね」
「ああ。待っているよ、伊都子」
 この会話でわかったと思うが、その来訪者とは平田孝夫、その人であった。彼は伊都子との約束を果たすべく、この学校を訪れたのである。そして、同じ場所に未来と海里、海斗と恭平の四人も集まって来た。
 職員室から出てきた伊都子は当然この四人とも顔を合わせることになる。
「あなたたち、どうしたの?」と、伊都子は驚いていた。
「実は、とっても悪いことをしちゃって…」と、海里は少し含み笑いをしていた。
「万引きでもしたのかな?」
「ううん、もっと悪いこと。わたし、瑞希先生にものすごく怒られちゃうよ」
「…で、オチは、なんてねってところかな」
「よくおわかりで。って、それわたしの台詞だよ」と、海里はあまりにも可笑しくて笑い出した。
 海里が笑い出したことにつられて伊都子を始め周りを笑いの渦に巻き込んでいた。
「おいおい。自分の冗談で自分が受けるとは…傑作だな」と、未来は腹を抱えていた。
「お姉ちゃん、それ面白すぎるよ」
「な、なるほど、コメディはいけそうだな」と、孝夫まで巻き込んでいた。
 笑いの渦の中、瑞希が職員室から出てきた。(…?)と、彼女はこの状況を理解できなかった。本題に入るには少しばかりの時間が必要だった。たまたまか狙っていたのかはわからないが、緊張がほぐれて丁度いい感じになった。
「…ということは、この三人が演劇部に入部したいということね。未来君」
「はい。瑞希先生」
「そして、伊都子さん。この人がインストラクターを希望している人ですね」
「はい。わたしの兄です」
「平田孝夫と言います。あなたのお兄さんにはお世話になっています。宜しくお願いします」
「…では、あなたは兄と同じ劇団山越仲良座の人ですね。こちらこそ、宜しくお願いします」
 瑞希にとっては驚かされることばかりだった。当初、七月十七日を目標にしていたのだが、この日、演劇部はメンバーが揃って、活動が再開できる状況になった。正式に七月三日に結成式を行うことにした。
 実は伊都子の兄である孝夫も、この学園の卒業生だった。校長とも顔を合わせて懐かしき話で盛り上がっていた。
 言い忘れていたが、この日の授業は午前中までだった。つまり今は放課後である。
 七月三日の演劇部の結成式で集うことを約束して、この日は解散した。そして、未来と海里と海斗が帰ろうとした時、瑞希は未来に声をかけて二人は一緒に職員室に入って行った。海里と海斗は職員室の前で未来を待つことにした。
「未来君、昨日は海里さんのこと、ありがとう。元気付けてくれたようね」
「僕は海里さんのこと保健室に連れて行っただけですけど…?」
「実は先生、君たちのことを見ていたのよ。保健室へ向かう時の君の表情を見てわかったわ。海里さんの具合が悪いのは体ではなくて心だったのね。それでプールでの出来事と合わせて、君は体当たりであの子を元気にしたのね」
「瑞希先生。嘘ついて…ごめんなさい」
「いいえ。君は嘘なんかついてないよ」
「えっ?」
「君はあの時に体がとは一言も言ってなかったよ。ただ具合が悪いとしか言ってなかった」
「そうでしたか?」
「だから、わたしは海里さんのこと、君に頼んだのよ。わたしは国語の先生なのだからね」
「瑞希先生…」
「それに演劇部のメンバーを揃えてくれてありがとう」
「いえ、そんな…」
「海里さんは演劇部で脚本をしたいとのことでしたね」
「はい、そうです」
「先生は脚本の内容も海里さんにお願いしようと思っています。そこであなたにお願いがあります。海里さんと一緒に脚本を手伝ってあげてほしいのです。そして出来上がった脚本は、わたしがまた見させて貰います」
「実は僕も昨日、海里さんから、そうお願いされていました。もとより、そのつもりでした」
「…ということは、引き受けてくれるということですね」
「はい」
「このことは七月三日の結成式の日に全員に発表しますので、また宜しくお願いします」
 そして未来と瑞希は職員室から出て来た。
「あっ、未来君と瑞希先生」
「海里さん。脚本の件、わかりましたよ。内容はあなたに任せますので、また考えといてね」
「瑞希先生、ありがとうございます」と、海里は瞳を輝かせていた。
 そして、煌めく午後の日差しを受けながら、三人は帰途に着いた。



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