四八

文字数 3,185文字


 空は雨降りと晴れと表情を激しく変えながら、日は流れて、八月の最初の日曜日を迎えた。
 わたし、北川瑞希は同級生であり親戚でもある妙子に誘われて、このグランドにいた。
 妙子のお兄さんである佐藤守さんが、サッカーの練習に参加しているからだ。
 青春をもう一度と燃える中年たち(笑えるけど、この人たちは真剣です)の熱い夏の物語がそこにあった。
 鴇さんが中心になるチーム情報屋は、来たる八月十四日の試合に向けて練習に励んでいた。
 すると、鴇さんの大声がグランドに響いた。
「えらいこっちゃ!サッカーって十一人でするものだったのか?九人だと思っていたよ」
 しかも、そこにいる早坂先生にしても、出門先生にしても、そう思っていたらしい。
 笑っちゃいけないと思っても…ごめんなさい。笑ってしまいました。
「どうしよう。人数が足りないよ…」と、鴇さんは、かなり動揺していた。
「心配いりませんよ、鴇兄さん。僕が昔チームを組んでいた仲間を呼びますよ」と言ったのは守さんだった。
「守、ありがとう。じゃあ、みんな、気を取り直して練習再開だ!」
「おう!」と、全員の声が、このグランドに響き渡った。
 妙子から聞いた話では、鴇さんはチームでサッカーをすることは初めてで、ルールはあまり詳しくないようだ。そこで、サッカーの経験者である守さんを頼りにしている。実は守さんは鴇さんと早坂先生の弟にあたるらしい。
「ねえ瑞希、あなたまた暴れたんだって?」
「もう妙子、その話はいいでしょ」
「そう言えば、あたしたちって中学、高校と一緒だったね」
「そうだった。あなたは真面目な生徒で、わたしはやんちゃしていたね。来る日も来る日も喧嘩ばかりで…」
「その度に、瑞希はお母さんに怒られていたでしょ。厳しいお母さんだったからね」
「お母さんには敵わないよ。…でも、わたしが教師をするなんて、その頃は思ってなかったな」
「瑞希はやんちゃだったけど、弱い者いじめはしなかったな。あたしを守ってくれたことも多かった」
「そして、いつの間にか、わたしたちは友達になっていた」
「それが今では、あなたとは姉妹で、あなたのお母さんは、あたしのお母さんでもあるわけだし…不思議なものよね」
「そうだね…」
「それよりも瑞希、あなたもそろそろいい人見付けたら?」
「…って、妙子、急にどうしたの?」
「あなたがやんちゃなままだったら、相手がなかなかできないかな、っと思って」
「もう、余計なお世話です」と、わたしはふくれっ面をした。けど…。
「瑞希、あなたちょっと顔が赤くなってない…?」と、妙子は少し間を置いてから「ははん…」と、含み笑いをした。
「な、なによ…」
「瑞希、もしかして…いるの?」
 わたしは、言葉にできずに頷いた。
「へえ、いるんだ。照れてるなんて、瑞希って可愛いね」
「もう…妙子の意地悪。…とても恥ずかしいのだからね」
「その彼は年上?年下?」
「と、年下…。この間、告白されたの。まだ学生さんだけど、卒業して働き出したら結婚しようって…」
「その人とは顔は、会わしているの」
「そうなの。…妙子、わたし、どうしよう」
「いいじゃない、それで…。あたし、応援するよ」
「妙子…ありがとう」
 わたしは人と会う約束があったので、グランドを離れて、家に向かった。
 猛暑の日が続いており、今日も例外ではなかった。
 距離は近いけど、遠く感じられた。すでに服は汗でびっしょりだった。
(帰ったら、すぐにシャワーを浴びないと)と、思っていた。
 そして、やっとの思いで家に辿り着き、すぐにシャワーを浴びた。もちろん衣服は下着も含めて脱ぎっぱなしだ。浴室から出ると、急いで脱いだ衣服は下着も含めて洗濯機の中へ入れて、新しい衣服を着た。もちろん下着も一緒にだ。
 暫くして、チャイムが鳴った。約束していた人が来られたようだ。すぐに玄関を開けた。
「リンダさん、いらっしゃい。どうぞお上がり下さい」
「失礼します」と、わたしはリンダさんをお母さんのいるリビングまで案内した。
「あっ、リンダさん、お久しぶりですね。どうぞ、お座り下さい」
「ありがとうございます。先生もお久しぶりですね」
 テーブルを囲んだ。お茶は置かれていた。あっ、わたしが置いたのだった(笑)。
「あたしとあなたが出会ったのは、あなたが中学生の頃でしたかね。とても懐かしく思えます。あの頃は、長い付き合いのように思えましたが、今思えば、短かったのかもしれません。この間、あなたのお譲さんに、お会いしました」
「海里にですか…」
「とても優しいお嬢さんでした。あなたに似ていますね。あなたと出会って間もない頃のことが思い出されました」
「リンダさん、あの時のことは、本当にすみませんでした。海里さんを危険な目にあわしてしまって…」
「瑞希先生、そのことはいいのですよ。あの子も瑞希先生に心配かけたから…いい薬になったでしょう」
「リンダさんって、意外と厳しいのですね。…実は、わたしの母も厳しい人です」と、わたしは含み笑いをした。
「瑞希!リンダさんの前で何て事を言うのですか。この子は、まったく…」と、やっぱりお母さんは怒った。
「ほらね」と、わたしはお母さんに少し悪戯をしてみたいだけだった。
「瑞希先生って、面白いですね。あの子も言っていましたよ」と、リンダさんは少し笑った。
「リンダさん、すみません。恥ずかしいところをお見せしまして…。あの頃、あなたは落ち込んでいたわたしのことを励ましてくれましたね。そのおかげで、あたしは教師を続けてこられたのかもしれません」
「そ、そんな、大したことではないですよ」と、リンダさんは困った表情で言った。
「いいえ、あたしにとっては、あなたは大切な人ですよ。今更ですが、ありがとう、リンダさん」
「初子先生…」
「リンダさん、わたしが幼い頃、母はよくあなたのことを話していました。わたしが教師になりたいと思えたのは、あなたが母を勇気付けてくれたからです。そして、あなたのお子さんの担任になれたことを誇りに思えます」
「瑞希先生まで…」
「それに、海里さんが言っていました。とても厳しいママだけど、世界一のママだって。八月二十四日のわたしたちの作った太陽の伝説を、絶対にママに見て貰うのだって言っていました」
「あの子が、そんなことを…」
「そこで、わたしからもお願いしたいのです。海里さんが作った太陽の伝説を見てあげて下さい」
「瑞希先生、喜んで見させて頂きますよ」と、リンダさんは笑顔で言った。
「ありがとうございます。リンダさん」と、わたしは感謝の思いで一杯だった。
「あっ、ところで瑞希先生。わたしたち家族は八月十五日に墓参りに行くことにしましたが、倶楽部活動とかの日程は大丈夫ですか?」
「そう言えば一緒ですね。わたしたちもその日、墓参りに行くのですよ。後、川合さんも、そうですが…」
「そうなんですか。あたしたちは金ヶ岬の方に行きます」
「またまた奇遇ですね。実は川合さんもそうですが、わたしたちもそうなのです」
「差し支えなければ教えて頂けたらと思うのですが、どなたのお墓参りですか?」
「毎川錠さん。あなたのお父さんです」と、お母さんが言った。続けて「実は鴇君から聞いたのですが、めぐり合わせが重なったことで、どうも、あたしたちは親戚の関係になったそうよ。後は、瑞希が話してくれるみたいよ」
「リンダさん、これも海里さんから聞いたことなのですが、ママはママのパパと仲直りがしたいのって。わたしもママのパパのお墓参りに行きたいって言っていました。わたしたちや鴇さんも同じ思いです。リンダさんとお父さんとの仲直りをさせてあげたいのです」
「あの子ったら…」
「リンダさん、本当に優しいお嬢さんですね。あたしも見に行きたいです。あの子の太陽の伝説を」
「お母さん…」と、わたしは素直に嬉しかった。(良かったね。海里さん)と、心の中で思った。



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