四七

文字数 3,444文字


 わたしは自分の部屋に入った。すると部屋の中は綺麗に整理されていた。
 あの時、わたしはそのまま飛び出したから部屋はバタバタに散らかっていたはずが…。
「ママ…」と、呟いた。…ママが整理してくれたようだ。
 すると、部屋の片隅に、ママのtime capsuleが、新しい箱(今度は木箱)に収まっていた。
 その箱には、手紙が貼ってあった。
 ―親愛なる私の娘へ。私の作った作品を大切にしてくれて本当にありがとう。また著者の佐倉歩実としても作家冥利に尽きます。本は何回も繰り返し読まれるほど嬉しいことはないです。また、演劇部の劇にこの作品を選んでくれたことは、とても嬉しい限りです。あなたはこの作品の意味を知っていることだろうと思われます。私はあなたの作ったこの作品の劇をとても楽しみにしています。そんなあなたに悲しい思いをさせて本当にごめんなさい。それでも、もし私の協力を求めてくれるのであれば、私はあなたに力の限り協力します。そこで、私の書いたこの原稿が必要であれば、あなたの思った通り使って下さい。私はあなたのことを愛しています。世界でたった一人の大切な娘ですもの―
「ママ…」と、わたしは、ママの思いを知って、また涙を零していた。
 すると、部屋のドアが開いた。わたしはそちらの方に顔を向けると、そこにママがいた。
「あらあら…どうしたの?」
「ママ…。わたし、ママのこと大好きよ!」と、わたしはママの胸に飛び込んだ。
「この子ったら、本当に甘えぼさんね」と言って、ママはあたしの頭を撫でていた。
「ねえ、ママ…」
「なあに?」
「ママのパパって航海士だったよね。わたしは会うことがなかったから、どんな人かわからないけど、とてもママのことを大切に思っていたみたいよ…」
「急に…どうしたの?」
「強く生きてほしい…。それはママのパパが、ママに残してくれた言葉だったのだよね…」
「…そうよ。ママのパパは最期に言い残してくれた言葉だった。それなのに、ママは長い間、誤解して許してなかったの。ママはとても悪い娘だった。でも、あなたがいてくれたから、ママは大切なことに気が付くことができたのよ」
「ママ…?」
「海里、ママの娘でいてくれて、本当にありがとう」と言ったママは、涙を零していた。
 ママが後で言ってことだけど、わたしが原稿用紙の中から見つけたメモ用紙は、ママのお姉さんが書いたものだった。
 そのメモ用紙は、表は英語で、裏は日本語で書かれてあった。因みに、裏はわたしが見た時には書かれていなかった。
 実のところ、表の英文は所々が滲んでいたが、それをそのまま読むと意味は違うものになってしまう。わたしは何度か読み返しているうちに、その人が言いたかったことは、たった一言のことだった。―強く生きてほしい。
 ママのパパは、ママにその一言を言いたかったのだと。裏の日本語は、ママが翻訳して書いたものだった。
「これでママも、ママのパパと仲直りできるね」
「…そうよ。今度、ママと一緒にママのパパの墓参りに行きましょう。未来君も連れてね」
「えっ?」
「ところで、あなた、未来君と初体験したでしょう?」
「な、何のこと…」
「図星だな。あたしにはわかるよ、海里のこと…」
「うん…。実は未来君は、わたしが六歳の頃に日本で初めてできた大切なお友達だったの…。そのことは、わたしも未来君も、ついこの間、わかったことなの。…わたしは未来君のこと、今も大切なお友達なのよ」
「…お友達以上じゃないかな」
「えっ?」
「このことは未来君のお父さんが言ってたことなんだけど、未来君、あなたと会ってから変わったって言ってたの」
「未来パパが…?」
「そうよ。未来君を変えたのはあなただし、あなたは未来君のことを本当に信頼してる。お友達以上にね」
「…ということは、わたしたち親友なのかな?」
「いいえ、恋人同士なのだと思う。あなた、未来君のことを考えると、ドキドキすることあるでしょう」
「…あるよ」
「未来君も、あなたと同じだと思うの」
「そ、そうなの…?」
 わたしは顔の火照りを感じた時、チャイムが鳴った。(わあ、未来君だ。今のわたし、顔が真っ赤だよ)
「海里、どうやら白馬の王子様が来られたみたいね」と、ママは言った。わあ、更に恥ずかしいよ…。
「ママ、ごめん。玄関に行って未来君を迎えて…」
「はいはい」と、ママは玄関を開けた。…やっぱり未来君だった。
「よお、お姫様。遅くなってごめんな」と、未来君は部屋のドアを開けた。
「み、未来君まで…。わたし、めっちゃ恥ずかしいよ」と、わたしは両手で熱くなった顔を押えた。
「お前、どうしたの…?」
「じゃあ、ママは行くから、後は二人でゆっくりね」と、ママは部屋のドアを閉めた。
「未来君…わたし、今、顔が真っ赤なの。こんな顔、未来君に見られることが恥ずかしいの」と同時に(わあ、わたしは何を言っているのだろう。そんなことを言ったら、未来君のことだから、余計に顔を見たがるでしょ!)
「大丈夫だよ。俺は、お前のそれ以上に恥ずかしいところを見ているから」
「えっ、何それ?」と、わたしは思わず顔を覆っていた両手を離してしまった。(あっ、しまった!)
「やっと顔を見せてくれたね。お前って可愛いな…」
「…やだ、未来君の意地悪」
「ところで、俺に相談って何かな?」
「実は、これなの」と、わたしは未来君にママのtime capsuleを見せた。
「これは…?」
「そう、太陽の伝説の原作なの…」
「どうしてお前の部屋に…?」
「ママにひどいことを言ったのは…これが原因だったの。これがもっと早くわかっていたら、未来君に苦労かけずに済んで、劇の練習にも早々に打ち込めたと思う。…でも、わがままかもしれないけど、わたしは自分のを作りたくなった」
「ちょっと待て、海里。じゃあ、おばさんは、もしかして…」
「そうよ。君が思っている通り、ママが太陽の伝説の著者だったの。そして、この二冊の本は、あの頃、日本語がわからなかったわたしのために、ママが英語にしてくれたものだったの」と、わたしは二冊の本を大切に抱えていた。
「海里…。それって凄いことじゃないか」
「えっ?」
「親子二代で、この物語に関わってきたわけじゃないか。やろうよ。お前の納得できる作品にしてみなよ」
「…いいの。未来君?」
「当たり前じゃないか。俺たちは二人で一人じゃないか。俺はお前にとことん付き合うと決心してるんだぜ」
「ありがとう、未来君。絶対、いいものにしてみせるよ」
 その具体的な内容は、原作からも抜粋して、今、自分が作っているものと組み合わせる。そして、この話にはなかったことだが、本当の完結はここにあると、わたしは確信している。…これは絶対に外せないことだ。
 あのメモ用紙に書かれてあったことが、重要なことだと思うからだ。
「あのね、未来君…バレちゃったよ」と、わたしは小声で言った。
「えっ、何?」
「あの…わたしが未来君と初体験したことが、ママにバレちゃったの」と、わたしは顔を赤くしていたと思う。
「そのことなら、心配いらないと思う」
「ど、どうして…?」
「そりゃ、年頃の男女が一緒に泊まるんだぜ。何事もない方がおかしいよ。それに早坂先生はすでに察していたよ」
「パパが…?」
「そうだ。お前のすることは、早坂先生もおばさんもお見通しだったようだ」
 すると、部屋のドアは再び開いて、海斗が姿を見せた。
「僕もお姉ちゃんのこと、わかっていたよ」
「海斗まで…。ねえ、もしかして見ていたの?」と、同時に(やだ。あんな恥ずかしい格好を見られていたのかな)
「ううん、見てないよ。でも、お姉ちゃんの顔を見ていたらわかるよ。だって、お姉ちゃんってわかりやすいから」
(…良かった。あんな格好、恥ずかしくて見せられないよ)と、わたしは安心した。
「ははは…こりゃ参ったな。なあ、海里?」
「そう言う未来君だって、結構、顔に出やすいと思うよ」
「何だって?」
「わたしが迫った時の未来君って、とってもわかりやすく焦っていたもの」
「なにお、お前だってバレバレの演技をして、俺を挑発してたじゃないか」
「まあまあ、二人とも。仲のいいほど喧嘩するって言うじゃない。…ねえ、お兄ちゃん。これからも宜しくね」
「そうか、俺は海斗のお兄ちゃんてわけか…。えらいでっかい弟ができたものだな」
「もう、海斗まで…」
 わたしたち三人は一緒に笑い合った。今思えば、とても恥ずかしい出来事だったけど、後悔はしていない。
 だって、それ以上に、素敵なことにめぐり会えたから…。



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