一七

文字数 2,274文字


 穏やかな日曜日の朝、貢は出かける準備をしていた。初子の待つ四棟の三〇四号室に向かおうとしていた。
 そこに海里が来て「パパ、わたしも一緒に行く」と言い、二人は一緒に出かけた。
 四棟の三〇四号室に向かう途中、夢の中に出てきた公園があった。そこにはブランコもあった。海里はじっとその景色を眺めていた。そんな彼女の様子を見て貢は優しく言った。
「じゃあ、パパは先生の所に行っているから、海里はここで待っているんだよ」
「うん!パパ、行ってらっしゃい」と、海里は笑顔で貢に手を振った。
 すると海里は、その公園でブランコに座り、持ってきた本を読み始めた。その本はあの「太陽の伝説」だった。
 その本はすでに廃版となり、手に入れるのはかなり困難なものだった。今、彼女が持っているものは、リンダから六歳の誕生日の日にプレゼントされたものだった。上巻と下巻の二冊を持っている。彼女はとても大事にしていた。
 場面が変わる。貢は三〇四号室の玄関にいた。そして、チャイムを鳴らす。
「あっ、先生」と、玄関に出たのは瑞希だった。
「瑞希君、お久しぶり。元気そうだね」
「先生こそ、お元気そうで。あっ、母に用事があったのですね。どうぞ、中にお入り下さい」
 貢は瑞希にリビングに連れられた。そこに初子がいた。
「北川先生、お久しぶりです。お元気でしたか」
「早坂君、お久しぶりです。あなたも元気そうですね。どうぞ、お掛け下さい」
「失礼します」と、貢は椅子に腰をかけた。
 初子と貢がテーブルを囲んで向かい合う中、「失礼します」と、瑞希がお茶を運んできた。
 そして、瑞希は初子の隣に座った。そこから、話は始まった。
「十年前でしたね。早坂君が大和高等学園に臨時の先生として来られたのは」
「そうでしたね」
「実は私は、今年の三月で教師を辞めました。今は専業主婦をしています」
「そ、そうでしたか…」
「でも、この子が教師になりました」と、初子は瑞希の肩をポンと叩いた。
「先生、改めて宜しくお願いします」と、瑞希は貢に挨拶をする。
「こちらこそ、宜しくお願いします。瑞希先生」と、貢は瑞希に挨拶をした。
「まあ、久しぶりに会ったのですから、堅い話はこれぐらいにして、ざっくばらんにいきましょう」
 と、初子は笑顔で言った。そこからは、昔話も盛り込みながらの楽しい時間となった。
 貢に初子が言いたかったことは、瑞希はまだ教師として日が浅いので、守ってやってほしいとのことだった。
 場面が変わり、再び公園。
 海里はブランコに座ったまま、読書に集中していた。すると、そこに一人の男性が現れた。
「ここいいですか?」と、その男性は海里に声をかけた。
「あっ、はい。いいですよ」と、海里は、慌ててその男性の顔を見上げた。
 その男性は、隣のブランコに座った。海里はその男性の顔をじっと見ていた。
 夢の中の光景と同じだか…。もしかして、de.jave?
「あの、僕の顔に何かついてます?」
「え、あの…間違っていたらごめんなさい。もしかして、あなたは…満さんですか?」
「はい。僕は北川満ですが…」
「わたしのこと、覚えています?海里です。あなたとお会いしたのは六歳の時でしたけど…」
 満は記憶を辿った。…そういえば昔、小さい女の子がよく遊びに来ていたよな。
「もしかして、海ちゃん?」
「やっぱり、みっちゃんだ」
「大きくなったね。元気にしてた?」
「うん。みっちゃんも元気そうで良かった」
 ここでも、昔話を盛り込みながらの楽しい時間があった。そこに貢と瑞希が近づいてきた。
「海里、お待たせ」
「あっ、パパ!」と、海里は手を振った。
「あっ、すみません。この子のこと、ありがとうございます」と、貢は海里の横にいる満に挨拶をした。
「いいえ、構いませんよ。あなたのお子さんでしたか。こちらも楽しい時間を過ごさせて頂きました」と、満。
「じゃあ、この子は先生のお子さん」と、瑞希。
「ねえ、パパ。このお姉さん、誰?」と、海里は聞いた。
「これから海里の通う学校の先生だよ」と、貢は言った。
「先生、早坂海里です。宜しくお願いします」と、海里はお辞儀をした。
「こちらこそ、宜しくね。海里さん」と、瑞希は笑顔で挨拶をした。
 帰り際、海里は満に手を振った。
「みっちゃん、また遊んでね」
「ああ、また今度の日曜日のこの時間にこの場所にいるよ」と、満は手を振った。
(わたし、あなたにまた会えて嬉しかった。また会えるのね)
 嬉しくて、嬉しくて…涙も一緒になって込み上がってきそうになった。
 そこに残された二人は、実は待ち合わせをしていた。
「お兄ちゃん、海里さんと知り合い?」と、瑞希は聞いた。
「ああ…。俺のファンなんだ」と、満は答えた。
 そして二人は場所を変えて、近所の喫茶店・ミザールに入った。
 ウェートレスに案内され、テーブルを囲んで座った。…見つめ合う瞳と瞳。静かな時間は流れる。
「お兄ちゃんと、こうして喫茶店に入るの、久しぶりだね」と、瑞希が先に言った。
「ああ、そうだったな。それより話ってなんだい?」と、満は聞く。
「実は、まだ先の話だけど、八月二十四日の日に学園に来てほしいのよ」
「それは劇団山越仲良座としてか。別に構わないが…何かあったのか?」
「…うん。その日、演劇部は再活動するの。部員たちに見てもらいたいのよ」
「何かわけありのようだな…。でも、どうせやるならイベントの方がいいと思うよ」
「そうね。その日、学校で、ふるさと祭りがあったわね。お兄ちゃん、ありがとう」
 と、瑞希は笑顔になった。後は、部員の人数の問題が残されていた。
(後、三名…)と、胸中で呟いていた。



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