三四

文字数 1,445文字


 昼休み。食事を済ませたわたし、早坂海里はいつものように屋上で本を読んでいた。読んでいる本はいつもと一緒。
 その本も、上巻を読み終えて下巻を読み始めていた。今は二冊とも持ち歩いている。
 もう何十回と読んだことだろう。同じ本だけど読む度に物語に深みが出てきて、感じるものに変化がある。
 この本は、わたしが六歳の誕生日に、ママがプレゼントしてくれた大切な本だもの。
 わたしは、その二冊の本が愛おしくなり、いつの間にか瞳を閉じてぎゅっと抱きしめていた。
「はあ、んん…」と、吐息まで出てしまっていた。
 そんな中、ただ、未来君の声が聞こえてくるだけだった。…えっ、未来君の声?
「お…おい。お前、悩ましい声を出して何してるの?」
「あっ、未来君」と、わたしは振り向いた。すると、未来君の隣には瑞希先生がいた。
「あの…海里さん、それって新しい冗談かしら…」
「ま、まあ…そんなところです」と、わたしは顔を赤くしながら言っていた。
 それと同時に(あわわわ…これは周りが見ればかなり危ないぞ)と、思った。
「で、でも…刺激が大きすぎたのでしょうか」と、続けて言っていた。
 それも同時に(わあ、わたしは何言っているのだ)と、思った。
「それは、アレンジすれば大丈夫じゃないかな…って。まあ、冗談はさておき、あなたに話があって来たの」
「さすがは瑞希先生、海里の冗談をうまくかわして大爆笑を免れた」と、未来は言った。
(あの…わたしは別に冗談で大爆笑を狙っていたわけではないのだけど…)と、わたしは思っていた。
「あの…お話って何でしょう?」と、わたしは言った。すると、瑞希先生はわたしの隣に腰をかけた。
「まだ考えている途中でしたら申し訳ないのですが、演劇部の脚本の内容って、どうかな?」
「瑞希先生、実は最初から決めていました。この二冊の本です」
 わたしは二冊の本を瑞希先生に手渡した。瑞希先生はその二冊の本に目を通した。
「海里さん、この本を何回も読み返しているみたいね。そんなに大好きなのかな」
「はい。この本はママがプレゼントした大切なもので、わたしは小さい頃からずっとこの本と一緒にいました」
「つまり、この本は、君の大切なお友達なわけですね」
「いいえ、それ以上だと思います。わたしと一緒に暮らしてきたわけですから…」
「じゃあ、家族かな」
「そうですね。大切な家族です。だからこそ、この本をもとに脚本をしたいのです。瑞希先生、如何でしょうか?」
「か、海里…」と、未来は驚いた表情で呟いた。
「君の決意は固いようですね。…大丈夫ですよ。でも、困ったことがあったら遠慮なく言ってね」
「瑞希先生、ありがとうございます」
「あと、未来君も一緒に脚本にあたって貰いますので、二人で協力し合ってね」
「未来君、いいの?」
「ああ、実は俺から瑞希先生に頼んだんだ」
「未来君、ありがとう」
「ところで、その本のタイトルは何かな?」と、瑞希先生は聞いた。
「Traditional of the sun太陽の伝説です」
「いいタイトルですね。…ところで海里さん。今日、君の家にお伺いしていいかな?」
「いいですけど…。どうしたのですか?」
「家庭訪問といいますか、君のお母さんに会いたくなって…」
「いいですよ。ママも喜ぶと思います」
「じゃあ、今日は先生と一緒に帰ろうね」
「はい。瑞希先生」
 この時、わたしはこの二冊の本に、わたしが思っている以上に深い意味があることは知りませんでした。
 なんとなくではありますが、それにママが関わっているような予感がしていました。



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