二六

文字数 2,357文字


 同じ時間の流れ中、場所を変えて、もう一組の話しに移ろう。ここで、何て長い昼休みだと思うところだろうが、できれば、今は突っ込まないでほしい。この話も今後の展開に意味を持つことだと思われる。
 実は、ここにも異例が存在しており、出門仁平の息子の恭平もこの学園に通っている生徒だった。そして今、恭平は未来と一緒にいる。その場所は屋上であった。
「なあ、恭平。何処か倶楽部に入る気はないか」
「そうだな。剣道部は廃部になってしまったし、何かきっかけはないものかな」
「じゃあ、演劇部はどうだろう」
「えっ、演劇部は活動中止になっているんじゃないのか?」
「…だからさ。実は言うと、人数を集めているんだ。そこで是非、お前に力を貸してほしいんだ」
「まあ、お前の頼みじゃ、断れないな。わかった、やるよ」
「そうか。ありがとう!」
「それよりあれ、あのままでいいのかい?」と、言った恭平の視線の先には、本を読みながら転寝をしている海里の姿があった。その姿が未来の視線にも入り(あらら、何ちゅう格好)と、思いながら、二人は彼女の近くに寄った。
 二人が見たその姿とは、座っていた状態から崩れたようで、うつ伏せになって地面に転がっていた。そしてスカートは捲れ上がっていた。それに、これ以上の説明は、あまりにも本人が可哀想なので、ご想像にお任せします。
「恭平、悪いがここで別れよう。この子は俺が何とかするよ。それにここには誰も呼ばないでくれ」
「わかった。その子のこと、頼んだぞ」
 恭平はその場を去り、未来と眠っている海里だけが、その場に残された。ただ、いい恰好をしたかっただけである。
(ふふふ…。さっきの仕返しをしてやる)と、未来はニヤッと笑った。すると、スカートが捲れ上がっているために純白の下着が露わになっているお尻をペチペチと音を立てながら叩いた。
「…あっ」と、彼女は吐息をもらした。
(おいおい、悩ましい声を出すなよ。)と、未来は彼女のその反応を見て、ゾクッとするものを感じた。
 慌てて彼女の捲れ上がったスカートを直して、櫛とリボンを取り出した。そのリボンは実のところ妙子にプレゼントする予定にしていたものだった。まあ、今は感傷に浸っている場合ではない。なすべきことをなさねばならぬ。
 まず、うつ伏せになっている彼女の体の向きをゴロンと横に転がしながら変え、地面に座らせるようにして、上半身を起こした。でも、普通ここまでしたら途中で眠りから覚めそうな気がするが…まだ眠ったままなのである。
(まあ、今、起きてもらっても困るがな。張り倒されるか、投げ飛ばされるかのどちらかだな)
 そう思うならやめとけばいいのに…。何故か遊び心とスリルを味わいながら変な期待をしている未来だった。
(このまま寝とけば結構かわいいのにな)と、未来は彼女の寝顔を見ながら、そう思った。
 そして何故か、ドキドキと胸の鼓動が高鳴るのを感じていた。そんな中、手際良く彼女の三つ網を解き、櫛で髪を解きながら、整えていく。整った長い髪を後ろで束ねながら、リボンで飾りをつけた。…美しい。と、自画自賛。
(…て、俺は何をやっているのだろう。これは仕返しにならないではないか)と、未来は彼女の傍に置いてある本を手に取って、開いてみた。すると、未来は驚いた。実に書いてある内容がさっぱりわからなかった。
 なぜならば(この本、すべて英語で書かれているじゃないか。それに本がボロボロだし、何回も読み返しているみたいだ。)と、思ったからである。ここまでして、この本が好きなのかな。と、思えてならない。
 未来は、本の汚れを丁寧に叩きながら、彼女の手に持たせて、大事に抱え込むようにしてあげた。そして、何を思ったか、彼女の背中を自分の体で優しく包み込んだ。もうひとつ驚いたことは、彼女が思ったより小柄で華奢だった。
 確かに彼女が途中で目を覚ましたら、間違いなく投げ飛ばされていただろう。でも、もう少しこのままでいたい。
(まあ、いいか。)と、つまり今となっては、仕返しなんてどうでもよくなっていた。それも束の間、予鈴のアマリリスが鳴り、昼休みは終りを迎えようとしている。すると、未来は彼女の背中を少し強めに叩いて「おい、昼休み終わるぞ!」と大声で言いながら、素早くその場を去って行った。その場に残された海里は「誰?」と、辺りを見渡しながら立ち上がった。(あっ、いけない。わたし寝てしまった。でも、誰が起こしてくれたのかな?)と、思いながら、その場を離れ、教室に戻って行った。そして、教室に入るなり、三、四人の女子生徒が彼女に駆け寄ってきた。
「え、えっ、なになに?」と、海里は背後にあったドアに頭をぶつけた。
「海里さん、どうしたの?イメチェンしたの?」
「まあ、かわいい!」
「あ、あの…。わたし、どうしたのかな?」と、海里は次々と声をかけてくる女子生徒に聞いてみた。
「まあまあ、鏡を見てごらんよ。似合っているから」と、女子生徒の一人が手鏡を渡した。
 海里は、自分の顔を鏡に映してみると「ええっ!」と大声を上げた。それを遠くから見ていた未来は笑いを堪えていた。まあ、今の海里はそれどころではなくて、何が起きたかさっぱりわからなかった。
「こ、これって…誰がしたのかな?ま、まさか…夢を見ているうちにやっちゃったのかな?」
 すると、まわりにいた女子生徒たちは一斉に笑い出した。
「もう海里さん、笑わさないでよ」
「わ、笑いすぎて、お、おなかが苦しい」
「海里さん、冗談うますぎるよ…」
「そ、そうだよね。ははは…」と、海里は困ったような表情で笑っていた。
(…まじかよ。まったく面白いやつだよ、お前は)と、未来も堪えきれずついに笑い出した。
 それは何故か気持ちのいい(何のこっちゃ?)そして笑いの絶えない午後の出来事だった。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み