二三

文字数 2,128文字


 朝、目覚めれば、そこには白い世界があった。時計を見れば、六時三十分。
 ん?今、六時三十分…?
「よし!」と、大声を上げて更にガッツポーズをとったのは貢だった。
「何、どうしたの?」と、横で眠っていたリンダは、その大声に驚いて起き上がった。
「今日は、大丈夫だぞ」と、貢が言った途端、リンダはクスクスと笑いだした。
「もう、いきなり笑わさないでよ」
「何が可笑しい」
「だ、だって、まるで入学式に行く小学生みたいだもの」
「ははは…参ったな」と、貢は照れながら言った。
 そしてリビングに家族が集まって朝の食事をしていると、貢と同じように海里もまるで子供のようにはしゃいでいた。今日は特別な日で、貢は十年ぶり、海里と海斗は初めて、私立大和高等学園に行く日だからである。
「まあまあ二人とも、まるで子供みたいね」と、リンダは言った。
「ママ、パパはともかく、わたしは子供だもん」と、海里はふくれ面をして言った。
「はいはい。海斗、パパとお姉ちゃんの面倒みてあげてね」
「はいはい」と、海斗は返事をした。
 今日は二〇一五年六月二十四日。出発の日と名付けよう。貢と海里と海斗の三人は私立大和高等学園に向かった。
 この日、海里は特別な日ということもあって、朝から張り切って長い髪を三つ網にしていた。ちなみに、いつもはポニーテールである。わざわざ語ることもあり、このことが、ある事件につながるような予感がしてならない。
 ここで説明していなかったことを思い出したので、語ることにする。今回、貢は臨時の先生ではなくて、正式に教員として私立大和高等学園に行くのである。つまり期間は無期限である。本年に関しては本年の途中で赴任したこともあり、担当の学級は持たないが、来年の四月より、正式に担当の学級を持つことになる。担当科目は海外で教師をしていたこともあり、英語と思われるかもしれないが、実は数学である。理由は簡単、元々、数学教師だからである。
 因みに、北川瑞希は国語の先生だった。ついでに話は異なるが、リンダは自宅で翻訳の仕事を始めていた。
 そして校長室。静かな時間が流れる。
 室内には校長の中山弘明をはじめ、貢と海里と海斗がいた。そこに二年一組の担任の北川瑞希と一年一組の出門仁平が入室してきた。順番はノックが先で「失礼します」の一言が後だった。別に云うまでもないと思う。
(出門仁平って、まさか)と、貢は聞き覚えのある名前…いや、目の前にその人物がいることに驚いた。
「君は、まさか…」と、貢の驚きは声になった。
「み、貢なのか」
「そう、貢だよ。仁平なのか」
「ああ、仁平だ。今度、赴任してくる先生って、君だったのか」
「ああ、そのようだ」
「ここでは何だから、後でまた会おう」
「わかった」
 校長は笑顔で言った。
「早坂君、君は出門君と知り合いかね」
「はい。東京の私立薫栄高等学校で同窓生でした」
「そうか、君は確か推薦で薫栄高等学校へ行っていたのでしたね。確か奥さんも一緒でしたね」
「はい」
「奥さんは、お元気にしていますか」
「はい、元気にしています。家内は翻訳の仕事をしています」
「お元気そうですね」と、校長は少し間を置いてから「私はもう少し早坂君と話があるから、瑞希君と出門君はお子さんたちを教室まで案内してあげて下さい」
「はい」との返事とともに、瑞希は海里を、仁平は海斗を、それぞれの教室に案内するため、二人を連れて行った。
 室内には、校長と貢の二人が残った。
「お帰りなさい。あなたが来られるのを待っていました。十年ぶりでしたでしょうか」
「そうですね。もう十年になりますね」
「お気づきになったとは思いますが、今、少子化が進んでおり、生徒の人数が年々少なくなっています。現在、三年生は三クラス。二年生は二クラス。一年生も二クラスになってしまいました。このままいけば何年か後にはこの学園は廃校になることもあるかもしれません。赴任早々こんな話で申し訳ありません」
「…と、すれば、私に何かできることはないでしょうか」
「そうくると思いました。ありがとうございます。そこで、あなたにはお願いがあります。これは異例ですが、二年一組の副担任をお願いしたいと思っています。正式には七月三日。つまりは来週末からになります」
「二年一組は北川瑞希先生の担当しているクラスで、私の娘が入るクラスでもありますが…」
「だから、異例と言いました。あなただからこそ、このことを是非お願いしたいのです。瑞希先生はまだ教師になって日が浅く、そこへあなたの娘さんをお願いしています。息子さんは出門君にお願いできますが、日本の学校が初めてということもあり、彼女の負担が大きくなると思われます。そこであなたの協力が必要になります」
 校長は少し間を置いてから再び話し始めた。
「後、このことは瑞希先生には言わないでほしいのですが、彼女はこれからの人で、私も大きく期待をしています。また、この学園の存続の可能性も信じています。あなたの協力でこの学園も変わって行くとも信じていますよ」
「校長、わかりました。やらせて頂きます」
「早坂君、ありがとう。では、しっかり頼みますよ」
「はい」
 こうして、校長室を出た貢は、私立大和高等学園での出発を始めるのであった。



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