三九

文字数 2,950文字


 俺と海里(あっ、教室は違うけど海斗もか)は一学期末考査の試験に挑んでいた。科目は五教科である。
 七月七日。この日は七夕。その日は雨だった。
 最近、俺は親父のいるメゾンタウンに帰る機会が多くなっていた。今日も、そこで朝を迎えて、海里と海斗と一緒に学園に登校した。俺は、先日、妙子と守さんが訪ねて来てから、親父の様子が変だということに気付いていた。
 何があったのかはわからないが、守さんは、親父のサッカーチームに入ったそうだ。
 ならば何も問題はないと思うが…。親父のサッカーチームは八月十四日に、大阪の社会人サッカーチームと試合をすることになった。そのサッカーチームの名は「チーム・ドミノ」とか言っていたな。因みに親父のサッカーチームの名は「チーム・情報屋」と言っていた。(お互い変わった名前だな)と俺は思っていた。
 それはさておき、今は試験がある。昨日六日は英語と数学。今日七日は社会と国語。明日八日は理科の順番に行われている。今は二時間目の国語の試験が終わったところだった。答案用紙は回収された。
「今日は、終わった」と、俺は伸びをした。すると、俺の前の席の海里の様子がおかしいことに気が付いた。
「はあ、はあ…」と、海里は机の上でうつ伏せになっていた。俺は海里のそばに寄った。
「海里、どうした?」
「あっ、未来君。頭が痛くて、もの凄く寒いの…」と、海里は冷や汗流しながら瞳に涙を溜めていた。
 俺は海里の額に手を当てた。すると、やはり熱があった。慌てて俺は辺りを見渡した。良かった。瑞希先生がいた。
「瑞希先生、海里さんの体調が悪いようです!」と、俺は大声で叫んだ。
 瑞希先生は、すぐに俺たちのところに駆け寄って来た。
「海里さん、保健室まで歩ける?」と、瑞希先生は聞いた。
「ん、んんっ…」と、海里は両手で机を支えにしながら、ゆっくりと立ち上がった。でも、足元がふらついていた。
「瑞希先生、俺が海里さんを保健室まで運びます」と、言いながら両腕で海里の体を抱えて持ち上げた。
「み、未来君…?」
「あ、海里さん、お姫様抱っこされてる!」と、伊都子が言いだした。
「いいなあ。未来君もかっこいいし」と、周りの女子生徒たちが騒ぎだした。
「未来君、恥ずかしいよ…」と、海里は女の子らしく(女の子だけど)言った。俺は照れていた。
「お前ら、見せもんじゃねえぞ!」
「君たち、海里さんは体調が悪いのよ。ふざけないで!」と、瑞希先生が怒鳴った。
「ごめんなさい…」と、さっきまで騒いでいた女子生徒たちが静かになった。
「未来君、暫く我慢してね。そのまま保健室に行きますよ」と、瑞希先生は、俺たちと一緒に保健室に行った。
 そして保健室。海斗がドアを開けて入って来た。
「お姉ちゃん、大丈夫?」と、海斗は血相を変えていた。
「今、注射をうったので大丈夫ですよ。今日はもう帰って家でおとなしく寝かせてあげて下さいね」
 そう保健の先生は言った。海里は三十九度八分の熱を出していた。どうやら夏風邪のようだった。
「瑞希先生、未来君、ごめんなさい…」と、海里は泣きながら言った。
「海里さん、今日はもう帰っておとなしくしているのよ。明日もしんどかったら休んでね。試験の方はまた海里さんが良くなってから別の日にしますから、心配しなくて大丈夫ですよ」と、瑞希先生は言った。
「海里、瑞希先生もこう言っていることだし、今日はもう帰ろうな」
「…うん。未来君、一緒に帰ってくれる?」
「ああ、もちろんだ。俺も海斗も一緒だよ」
「じゃあ、頼むね。未来君と海斗君」と、瑞希先生は俺たち三人を見送ってくれた。
 朝から降っていた雨は止んでいた。…助かった。
 帰り道、思えば俺たちはもの凄い状態になっていた。俺は海里を背負い、海斗は自分のも合わせて三人分の荷物を持っていた。その状態を維持したまま歩き続けて、メゾンタウンの九棟が見えて来た。もうすぐ到着だった。すると、リンダさんがこちらに向かって歩いて来た。表情に焦りの色があり、鞄を持っていたので、急いで何処かに出掛けるところのようだった。
「海里、どうしたの?」と、リンダさんが海里に声を掛けたのは言うまでもなかった。
「ママ…頭痛くて、とても寒いの…」と、海里が泣き声で言った。
「ママ、すぐに帰るから静かに寝てるのよ」
「うん…」
「未来君、海里のこと、本当にありがとう」
「いいえ、おばさん。気にしないで下さい」
「海斗、お姉ちゃんのこと頼むね。ママ、なるべく早く帰って来るから」
「大丈夫だよ。それより翻訳の原稿を届けるのだろ。僕たちのことは心配いらないからさ」
「ありがとう、海斗。お願いね」と、リンダさんは少し駆け足になっていた。
 リンダさんのこと見送りたいけど、俺たちも急いでいた。そして二〇一号室に到着。鍵は海斗が開けた。中に入る。
 海斗は海里の部屋に入って布団を敷いた。そして、海里は着替えようとした。俺と海斗は慌てて部屋から出た。
「海斗、一緒にいてくれてありがとうな」
「いいえ、僕の方こそ。未来さんがいてくれて心強かったです」
 海里の着替えは終わったかな?この間みたいになったら大変だし、声は掛けた方がいいな。
「海里、入って大丈夫か?」
「入って大丈夫だよ」と、部屋のドアの向こうから海里の声が聞こえてきた。
 ドアを開けると、海里は布団に寝ていた。服はちゃんと着替えていた。それらを確認して俺は安心した。
「…未来君。また迷惑かけて、ごめんね」
「気にするなって。俺は迷惑だなんて思ってないよ。お前に元気になってほしいから」
「…ありがとう。わたしをお姫様抱っこしてくれた時の未来君って、まるで白馬の王子様みたいでかっこよかったよ」
「よ、よせよ。俺はそんな柄じゃないさ」
「未来君って可愛い。照れている」
「なにおって言いたいところだけど、病人に向かってもなあ。まあ、とりあえず静かに寝てるんだぜ。明日の朝、俺はまた来るけど、無理なら休んでも…」と、言いかけたところで、海里はニッコリした表情で、静かに寝息をたてていた。
「ははは…笑いながら寝てるよ。まるでガキだな」と、俺は呟いていた。
 どれくらい時間が経ったのだろう。気が付けば、俺は彼女の寝顔を暫く眺めていた。
「じゃあ、俺は帰るからな」と立ち上がろうとした時、海里は俺の手首を掴んできた。
「…やだ。一人にしないで」と、海里は眠ってはいたようだが、涙を零していた。
「まったく、お前も忙しい奴だな。笑ったかと思ったら泣いたり…わかったよ。もう少しここにいるよ」
「海斗!」と、俺は大声で呼んだ。
「どうしました?」と、海斗は部屋のドアを開けた。
「海斗、見ての通り海里が手を離さないみたいなので、俺もう少しここにいるわ」
「ありがとう、未来さん。お姉ちゃんも喜ぶよ」
「…も、ということは、お前もか?」
「はい。未来さんがいてくれたら安心です。僕もお姉ちゃんも」
「ははは…参ったなあ」と、俺は照れていた。
 翌日、海里は元気になっていた。俺たちと一緒に最終日の試験を受けることができた。まあ、色々とあったが、無事に山を乗り切って、演劇部の活動再開を迎えることができそうだ。ただ、親父のこと。そして早坂家を訪ねて来たおばさんが誰かということは、まだ謎のままである。これからも、また色々なことが起きそうだ。



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