五四

文字数 2,056文字


 思えば、これまでの道程には、実に色々なことがあった。
 悶え苦しむ難局、それが絶体絶命の状態であるほど人はそれを乗り越えた時に大きく成長できる。
 向かう未来を繋ぐものが何一つなくても、必ず乗り越えられると確信することが最も大切である。
 過酷な現実から逃げることは、信念の闘いを放棄することになり、自分に対しての負けを認めることになる。
 どんなに絶望的なことがあったにしても、向かう未来を一途に信じぬくことである。
 まっすぐな思いを貫き通すことは決して間違ってはいない。それこそが精一杯に生きている証明である。
 感動は人の心を動かし、時には向かう未来を見せてくれる。
 感動という言葉の中で、遠い伝説から太陽の光は今蘇った。
 まっすぐな思いを貫き通すことが感動を起こし、感動は感動を伝えて更に大きなものとなっていく。
 感動という言葉を乗せて海里が筆をすべらせた結果、伝説を蘇らせる公演を開くことが決定された。
 冬は必ず春となり、雨が上がって地が固まり、空は青く広がり太陽が温かく光を大地に放っていた。
 部の人たちが激闘と呼べる程の活動を繰り返す中、生命を脈動させる愛を抱いて未来が姿を現した。
 わたしは十七日に校長と話をした。場所は校長室に移った。
「八月二十四日のふるさと祭りで行われる演劇部のイベントに、青空スタヂオの方々に撮影をお願いしようと思いますが、宜しいでしょうか。演劇部で活動している皆の記録を残したいのです」
「瑞希先生、それはいいことだと思いますよ。是非、お願いして下さい」
「ありがとうございます。皆、喜ぶと思います」
「それと合わせて、卒業写真や学校行事の撮影もお願いしたいと思っていますよ」
 その日、わたしは、早速、浩司さんにこのことを伝えた。
 蝉時雨が降り注ぐ中、この京都の地で青春の一ページを作り上げてきた。
 来たる八月二十四日。一つの完結を迎えてからまた一つの出発を迎える。
 それが、季節と呼ばれるものなのだろう。…新しい季節を目指して進んでいる。
 太陽の温かい日差しに照らされながら開幕の時は来たれり。
 演劇人が華麗に舞う我が大和高等学園の大舞台、伝説に残る太陽の光は今蘇る。
 光と影、その大舞台の裏側で、浩司さん率いる青空スタヂオの姿があった。
 場所は体育館。わたしは今、この場所にいる。舞台では、山越仲良座の人たちが寸劇をしていた。
 演劇部のメンバーは、舞台で行われている演劇を目に焼き付けていた。
(皆、いい顔になっているな)
 わたしは、普段のお兄ちゃんを知っているだけに、舞台にいるお兄ちゃんが、とても格好よく見えた。
 これは、女の子のファンが多いはずだ。そう言えば、海里さんもお兄ちゃんのファンだったな。
 それに、お兄ちゃんは考えてくれていたようだ。寸劇の中に、この後に続くわたしたちの演劇を予告していた。
 孝夫君も、やはりただ者ではなかった。わたしたち演劇部のために、かなりの時間を費やしてくれていた。そんな中でも、この寸劇を素晴らしいものにしていた。わたしたちの演劇の予告を取り入れたのは、彼の案に違いないだろう。
 そして、前半の山越仲良座の寸劇は、観客の盛り上がりの中で終了した。
「お兄ちゃん、お疲れ。とても格好よかったよ」
「瑞希からその言葉が出るとは思わなかったよ。後は、瑞希たちの舞台だな。楽しみにしているよ」
「満さん、格好よかったよ」
「海里ちゃん、ありがとう。実は瑞希にも同じことを言われたんだ。驚きだろ?」
「へえ、瑞希先生が?…珍しいねえ」と、海里さんは悪戯っぽい目でわたしを見ていた。
「こらこら、海里さん。変な冗談はやめようね」
「やっぱりわかっちゃった?ちょっと新ネタをやってみたのだけど、うまくいかなかったよ」
「もうこの子ったら、変なことして瑞希先生を困らせるんじゃないよ」
「あっ、ママ、来てくれたのね」
「当たり前でしょ、あなたは危なっかしいから…何てね」
「あ、それは、わたしの決め台詞だよ」
「何言っているの、元祖はママだよ。まあ、冗談はこれくらいにしといて…。海里、ママ楽しみにしているからね」
「ママ、ありがとう」
 やっぱり、海里さんの冗談の元祖は、リンダさんだったのだな。
「未来君、海里ちゃんのこと、頼んだよ」と、お兄ちゃんは未来君の両肩に手を置いて言った。
「わかりました、満さん」と、未来君は、わたしが見るのも初めてな笑顔で答えていた。
 未来君の今の笑顔は最高だった。わたしが初めて会った時と、目の輝きが違っていた。
「瑞希先生、僕たちも行きましょうか?」と、孝夫君はわたしに声を掛けてきた。
「そうですね。ここからは、わたしたちの舞台だよ」
 稽古不足を幕は待たない…。それに、わたしたちにとって、この大舞台は本当に初舞台だ。
 お兄ちゃんや、お母さん、リンダさんのために、わたしたちが今までやってきたことを、出し尽くしたい。
 早坂先生の合図で、出門先生が指揮をとり、吹奏楽部によるファンファーレが始まった。
 そして後半、わたしたちの劇「太陽の伝説」は、幕を開けた。


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