一六

文字数 859文字


 夜が明ける頃、海里はまだ眠りの中だった。
「白馬の王子様…」と、彼女は寝言で、そう呟いていた。
 実は海里が六歳の頃、早坂家は一度この京都に半年程、住んでいたことがあった。私立大和高等学園でその時の英語の先生が産休になったため、交替の先生として呼ばれたからである。彼を呼んだのは、その時も北川初子だった。
 何の因果か、その頃住んでいた場所も、このメゾンタウンである。…そして思い出は繰り返す。
 その中で、海里は自分の心の中に住む白馬の王子様のことを思い出した。
 その思い出の中で、白馬の王子様であるあの人の姿を見た。
 そう、あれはもう十年くらい前のことだろうか。わたしがあなたに初めて会ったのは…。
 あの公園のブランコに、わたしの王子様が座っていた。
 ブランコは静かに揺れて、王子様は何処か遠くを見るような目をしていた。まるで夢を見ているような。
 だったら、わたしもあなたと同じで夢を見ていた。
 それが夢だとわかっていても、ずっと見ていたい夢…。
 あなたは優しい目をして、小さなわたしをあたたかく包んでくれた。
「お兄ちゃん。何て名前?」
「満だよ。み・つ・る…」
「じゃあ、パパと一文字ちがいだね」
「パパは何て名前なの?」
「はやさかみつぐっていうの」
「そうか。じゃあ、君は何て名前?」
「はやさかかいりだよ。ねえ、お兄ちゃんのこと、みっちゃんって呼んでいい?」
 わたしははしゃぎながら、王子様に笑顔を見せた。そしたら、ママの呼ぶ声がして、わたしはパパに連れられる。
「また遊んでね。みっちゃん」
「ああ、いつでもおいで…」
 白馬の王子様こと、みっちゃん。…あっ、満さんだ。
 それが、わたしの夢の中の一コマ。それを人は思い出と言うけれど…。
 今、蘇る夢という名の思い出からの数々。わたしは、あの太い腕の中に、わたしは何度か抱かれたことがある。
 あなたと一緒に過ごした時間、わたしはいつもあたたかい夢の中にいた。
 わたしだけの王子様…そう、あなたと一緒に遊んだこと…。
 そこで、海里は目を覚ました。おはよう。これからが新しい出発だよ。



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