三二

文字数 2,278文字


 電車の窓から見た外の景色は流れていた。変化を続ける景色を見て、夏の季節が訪れたことを感じていた。
 電車は京都駅に到着した。わたしの前には未来君の背中があり、横には海斗がいた。
 この大都会を一緒に歩き、メゾンタウンを目指していた。何故か静かな時間が流れていた。
 昨日と今日の二日間、未来君はわたしたちと一緒に家まで歩いてくれていた。未来君の家は清川屋台荘というところだけど、もう一つ家があって、未来君のパパとママ、そして未来君のパパのママが住んでいるところが、わたしたちの家の向かいだった。未来君はその家に一旦、寄ってから、自分の家に帰っているみたい。
 わたしたちが、マンデーパークを通りかかると、ブランコに満さんが座っているのが見えた。わたしは思った。
 ここで、この公園で初めて白馬の王子様(満さんのこと)に会ったのは十年前のことだった。
 あの頃はいつも笑顔で話せたのに、もう子供みたいにできない。
(王子様…いえ、満さんが素敵すぎるからいけないのよ)と、心の中で叫んだ時に、満さんはわたしに気が付いたのか、木漏れ日が優しく降り注ぐ中を、こちらに向かってゆっくりと歩いてきた。この場面は、出来すぎた会い方だと思った。別に今日、会う約束をしていなかったから、まるで制作されたドラマを実演しているような感じだった。
 静かな時間だった。今は未来君の声が聞こえてくる。…えっ、未来君の声?
「おい、海里。どうした。急に立ち止まって?」
「未来君、ごめん。海斗と一緒に先に帰っていて。わたし、この人と少しだけお話があるの」
「…わかった。じゃあ、海斗、行こうか」
「はい、未来さん」と、海斗が返事をしてから、未来君は海斗を連れて、その場を去って行った。
 二人の世界に入ったけど、暫く言葉が出なかった。
 子供の頃なら理由もいらずに自分から何でも喋りかけていたのに、今は満さんから何か言ってくれないと自分はそのまま言葉を失ってしまう。それはきっと、満さんがいつも穏やかな瞳を見せてくれていたからなのだろうか。
 それとも…。
 かなりの時間に感じられた。満さんは話しかけてくれた。でも、わたしの体は震えていた。
「髪切ったんだね」
「え、ええ…」
「夏向き?」
「…いいえ、初恋に破れて切ったの」
「またまた冗談を。海ちゃん、冗談がうまいから…」
「本当よ、本当。髪が長かったから切る時、とても痛くて涙が出ちゃったよ」と言った時、わたしは涙で視界がぼやけてきていることを感じていた。(駄目…)咄嗟に手の甲で涙を拭って笑顔を作っていた。
「…なんてね。やっぱり冗談でした」
「良かった、安心したよ。一瞬、本当かと思ったよ」
「…みっちゃん。わたしたちずっと友達だよ」
「ああ、友達だ」
「じゃあ、わたし行くから。また今度ね」
「海ちゃん、バイバイ。また今度」
 わたしは満さんが手を振ったのを見てから、わたしも手を振っていた。
 さようなら、わたしの初めての恋…。と心の中で呟いたら泣けてきた。
 わたしは走っていた。いつの間にか涙が零れていた。そして、小さな公園の片隅で泣き崩れていた。
 暫くしてから、わたしの肩をポンポンと誰かが軽く叩いていた。また反射的に一本背負いしてしまうかと思われたが、今はそれどころではなかった。でも、わたしの肩を叩いた人はとても勇敢な人だと素直に思えた。
「海里…」と、その人は、わたしに声をかけてくれていた。そして、わたしは振り向いた。
「あっ、未来君…」と、わたしはゆっくり立ち上がった。
「大丈夫か?」と、未来君の声が懐かしく思えて、とても優しかった。
「未来君、ごめんね。君が一生懸命、わたしのこと元気付けてくれたのに、わたしまた泣いちゃった」
「いいさ。何度でもお前を元気付けてあげるさ」
 そう言った未来君は、わたしの身体を優しく抱きしめた。「あっ…」と、わたしは思わず声を上げてしまった。
 すると、未来君の心臓の鼓動が速くなっていることが、わたしの身体を通して感じられていた。
 わたしは何を思ったのか自分の顔を未来君の顔に近づけようとしていた。でも、背が足りなくて届かない。そんなわたしに未来君も気が付いたみたいで、顔を近づけてくれた。そして二人の唇と唇が重なっていた。
 わたしは、自分の頬が赤くなっているのと心臓の鼓動か早くなっているのを感じていた。
 そして、未来君の唇が離れた時、わたしは頬を赤くしたまま思わず言っていた。
「未来君、気持ちいいよ…」と。どうも未来君から見たわたしは瞳を潤ませながら頬を赤くしていて、その甘い言葉が出たものだから、変に色気があったように見えたらしい。未来君は我に帰ったのか、驚いた表情をしていた。
「か、海里、ごめん。俺はまた何て事をしてしまったのだろう」と、言った未来君がとても愛おしく思えた。
「わたしこそ、ごめんなさい…」
「えっ?」
「どうも君こと誘ったみたいで。恥ずかしかったけど…でも、わたしはそれでよかったの」
「俺でよかったのか?」
「うん。君だからなのよ」と、言った海里はいつの間にか泣き止んでいた。
「じゃあ、俺もだ。とにかくお前のこと守りたい。お前の傍にいたいんだ」
「わたしでいいの?」
「お前だからさ。俺たちはいつも一緒だよ」
「未来君、ありがとう」と、わたしは笑顔になれた。
 この日、わたしたちは新しい季節を一緒に歩み出した。そして、実はキスの中、わたしはあることを思い出しかけていた。わたしと未来君は十年前に会っていたような気がする。それはほんの一瞬の出来事かもしれないけど…。
 それは、もう一人の白馬の王子様の物語だったのかもしれない。



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